2029年8月から、75歳以上の後期高齢者医療制度に株式や投資信託の売却益、配当などの金融所得を反映する新たな仕組みが始まる予定です。
これまで源泉徴収ありの特定口座で得た金融所得は、確定申告をしなければ原則として医療保険料の計算に反映されませんでした。しかし、新制度では申告の有無にかかわらず、対象となる金融所得が保険料の算定に反映されるようになります。
そこで気になるのが、金融所得が増えると医療保険料はいくら高くなるのかという問題です。
例えば、年間100万円の株式売却益がある場合、所得割率が10%程度であれば、単純計算で年間約10万円の負担増につながる可能性があります。
ただし、実際の保険料は年金収入、世帯構成、所得控除、均等割の軽減制度、保険料の上限などによって異なります。
制度の仕組みを正しく理解し、具体的な計算例から家計への影響を考えることが重要です。
後期高齢者医療保険料の基本構造
後期高齢者医療制度は、原則として75歳以上の人が加入する公的医療保険制度です。
保険料は被保険者一人ひとりについて計算され、基本的に「均等割額」と「所得割額」の合計で決まります。
均等割額は、所得の多寡にかかわらず加入者が負担する定額部分です。
一方、所得割額は、前年の所得に応じて計算される部分です。
所得割額の基本的な計算式は、次のとおりです。
所得割額=賦課のもととなる所得金額×所得割率
賦課のもととなる所得金額は、原則として前年の総所得金額等から住民税の基礎控除額を差し引いて求めます。
合計所得金額が2,400万円以下の場合、基礎控除額は43万円です。
なお、2026年度からは子ども・子育て支援金分も加わっており、医療分と合わせた保険料を考える必要があります。
2026年度の所得割率は全国平均10.42%
厚生労働省が公表した2026・2027年度の後期高齢者医療制度の保険料率では、医療分の全国平均所得割率は10.17%です。
これに2026年度の子ども・子育て支援金分の全国平均所得割率0.25%を加えると、10.42%となります。
ただし、これは全国平均の数値であり、実際の所得割率は都道府県ごとの後期高齢者医療広域連合によって異なります。
例えば、東京都の2026年度の所得割率は、医療分が9.88%、子ども・子育て支援金分が0.26%で、合計10.14%です。
同じ所得でも、住んでいる都道府県によって保険料が異なることになります。
また、所得割率は改定されるため、2029年度の実際の負担額を計算する際には、その時点の保険料率を使用する必要があります。
金融所得100万円で約10万円の負担増
金融所得が医療保険料に反映される影響を、具体的に考えてみます。
例えば、年金収入とは別に、課税口座で株式の売却益100万円が発生した場合です。
2026年度の全国平均所得割率10.42%を用いると、所得割額への影響は次のようになります。
100万円×10.42%=10万4,200円
つまり、他の条件が変わらず、所得割額が上限に達していない場合には、年間約10万4,200円の負担増となる計算です。
金融所得が50万円なら約5万2,100円、200万円なら約20万8,400円となります。
ただし、これは所得割額の増加を示した単純計算です。
実際には均等割の軽減が外れる場合や、保険料の賦課限度額に達する場合があるため、負担増がこの金額と一致するとは限りません。
また、金融所得の反映によって医療費の窓口負担割合が変わる場合には、保険料以外の負担増も生じます。
年金収入180万円の場合の計算例
年金収入180万円の75歳以上の単身者を想定します。
65歳以上で公的年金等に係る雑所得以外の所得が1,000万円以下の場合、公的年金等控除額は、年金収入330万円以下の範囲では原則110万円です。
したがって、年金収入180万円に対する公的年金等の雑所得は70万円となります。
ここから基礎控除43万円を差し引くと、保険料の賦課のもととなる所得金額は27万円です。
東京都の2026年度の保険料率を使用し、均等割の軽減がないものとして単純計算すると、次のようになります。
医療分の均等割額は5万3,300円、子ども・子育て支援金分の均等割額は1,300円です。
所得割額は27万円×10.14%=2万7,378円となります。
合計は8万1,978円です。
実際には医療分と支援金分をそれぞれ計算し、100円未満を切り捨てるため、この条件での年間保険料は8万1,900円となります。
この人に新たに100万円の金融所得が加わると、賦課のもととなる所得金額は127万円になります。
所得割額は127万円×10.14%=12万8,778円です。
均等割額を加え、所定の端数処理をすると年間保険料は18万3,300円となります。
差額は年間10万1,400円です。
この計算例では、金融所得100万円の追加によって、保険料が年間約10万円増えることになります。
なお、これは2026年度の東京都の料率を使った仮定計算であり、2029年度の保険料を予測したものではありません。
均等割の軽減が外れる場合は負担増が大きくなる
後期高齢者医療制度には、所得の低い世帯に対して均等割額を軽減する制度があります。
世帯主と被保険者の所得の合計額などに応じて、均等割額が7割、5割、2割軽減される仕組みです。
例えば、所得が少なく7割軽減を受けている人が、株式の売却によって多額の金融所得を得た場合を考えます。
金融所得が反映されることによって軽減判定の基準を超えると、均等割額の軽減割合が縮小したり、軽減対象から外れたりする可能性があります。
その場合、所得割額の増加に加えて、均等割額も増えることになります。
したがって、金融所得100万円に所得割率を掛けた金額だけでは、実際の負担増を正確に把握できません。
特に、年金収入が比較的少なく、現在は均等割の軽減を受けている人ほど注意が必要です。
ただし、軽減判定では公的年金所得に対する特別な取り扱いなどもあるため、個別の条件に基づいた計算が必要になります。
保険料には年間の上限がある
所得が増えれば医療保険料も際限なく増えるわけではありません。
後期高齢者医療制度には、年間保険料の賦課限度額が設けられています。
2026年度の東京都では、医療分の賦課限度額が85万円、子ども・子育て支援金分が2万1,000円です。
両者を合わせると年間86万1,000円が上限となります。
既に保険料が上限に達している人は、金融所得が追加されても保険料がそれ以上増えない場合があります。
一方、上限に達していない人は、金融所得の増加によって保険料が上昇する可能性があります。
このため、同じ100万円の金融所得が発生しても、もともとの所得水準によって影響は異なります。
高所得者ほど負担増が大きいとは必ずしも限らない点が重要です。
金融所得と年金収入では計算上の取り扱いが異なる
年金収入と金融所得は、どちらも保険料に影響する所得ですが、計算方法は同じではありません。
公的年金には公的年金等控除があります。
一方、株式の譲渡所得については、売却代金から取得費や譲渡費用などを差し引いて利益を計算します。
例えば、500万円で購入した株式を600万円で売却した場合、金融所得は原則として売却代金600万円ではなく、売却益100万円です。
また、1,000万円で購入した株式を900万円で売却した場合、原則として100万円の譲渡損失が発生します。
譲渡損失については、一定の条件を満たせば上場株式等の配当所得などとの損益通算が可能ですが、社会保険料の計算への反映には税務上の申告方法や制度上の取り扱いが関係します。
したがって、金融資産の売却額だけを見て保険料への影響を判断することはできません。
重要なのは、保険料算定の対象となる所得が実際にいくら発生するかという点です。
確定申告しなくても金融所得が反映される
新制度の大きな特徴は、金融所得の把握方法が変わることです。
現在、源泉徴収ありの特定口座では、確定申告をしない場合、対象となる金融所得が後期高齢者医療制度の保険料計算に反映されない取り扱いがあります。
しかし、2029年8月から始まる予定の仕組みでは、金融機関等が提出する法定調書を活用して金融所得を把握します。
最初は原則として2028年分の金融所得が対象となる予定です。
これにより、確定申告をしないという選択だけで保険料への反映を避けることはできなくなります。
ただし、NISA口座で得た非課税所得や預貯金の利子は、今回の新たな反映対象には含まれません。
また、金融資産の評価益そのものが対象となるわけでもありません。
保有しているだけの株式や投資信託について、値上がり益が毎年保険料に加算されるという理解は誤りです。
保険料の増加と医療費の負担増は分けて考える
金融所得が反映されることによる家計への影響は、保険料の増加だけではありません。
後期高齢者医療制度では、所得に応じて医療機関の窓口負担割合が1割、2割、3割に区分されています。
金融所得が増えることで、これまで1割負担だった人が2割負担になる場合や、一定の条件で3割負担になる場合も考えられます。
また、高額療養費制度の自己負担限度額が変わる可能性もあります。
例えば、保険料が年間10万円増え、さらに窓口負担割合が上がれば、年間の家計負担は保険料の増加額だけでは済みません。
一方、金融所得が増えても所得区分が変わらなければ、窓口負担割合が据え置かれる場合もあります。
したがって、保険料、窓口負担、高額療養費の3つを分けて確認する必要があります。
2029年に向けて確認しておきたいこと
今回の制度変更を踏まえると、75歳以上の人だけでなく、これから75歳を迎える人も準備が必要です。
まず確認したいのは、公的年金の年間収入と、課税口座で発生している配当や売却益です。
次に、現在の医療保険料、均等割の軽減の有無、医療費の窓口負担割合を確認します。
そのうえで、今後予定している株式や投資信託の売却によって、年間の金融所得がどの程度発生するかを把握します。
ただし、保険料を抑えるためだけに、必要な金融資産を急いで売却することは適切ではありません。
売却時の税金、将来の生活費、資産運用の方針なども含めた判断が必要です。
また、2029年度の保険料率や制度の具体的な運用方法については、今後の公表内容を確認する必要があります。
結論
金融所得を後期高齢者医療制度に反映する新たな仕組みでは、株式や投資信託の売却益、配当などが保険料の増加につながる可能性があります。
2026年度の全国平均所得割率10.42%を用いた単純計算では、金融所得100万円の増加によって、年間約10万4,200円の所得割負担増となります。
ただし、実際の保険料は都道府県ごとの料率、年金収入、均等割の軽減制度、賦課限度額などによって異なります。
さらに、金融所得によって医療費の窓口負担割合や高額療養費の自己負担限度額が変わる場合もあります。
重要なのは、金融所得100万円で必ず約10万円の負担増になると考えるのではなく、自分の所得状況に応じて具体的に試算することです。
人生100年時代の老後資産管理では、金融資産の運用益だけでなく、税金や社会保険料を差し引いた後に、実際に使えるお金を把握することがますます重要になります。
参考
日本経済新聞 2026年10月31日 朝刊「金融所得を高齢者医療に反映 NISAは対象外、資産売却時期で負担変化」
厚生労働省「後期高齢者医療制度の令和8・9年度の保険料率について」
東京都保健医療局「後期高齢者医療制度について 保険料の仕組み」
厚生労働省「後期高齢者医療制度における金融所得の公平な反映」
国税庁「公的年金等の課税関係」