2029年8月から、75歳以上の後期高齢者医療制度に株式や投資信託の売却益、配当などの金融所得を反映する新たな仕組みが始まる予定です。
この制度変更で注意したいのは、金融所得によって医療保険料が増えるだけでなく、医療機関で支払う窓口負担割合も変わる可能性があることです。
現在、後期高齢者医療制度の窓口負担割合は、所得に応じて1割、2割、3割に分かれています。
例えば、これまで1割負担だった人が、金融所得の増加によって2割負担になれば、同じ医療サービスを受けても窓口で支払う金額が増えることになります。
さらに、一定の所得基準を超えて3割負担になれば、医療費の自己負担は大きく変わります。
ただし、金融所得が増えれば必ず負担割合が上がるわけではありません。本人の所得だけでなく、世帯構成や住民税の課税所得など、複数の条件によって判定されるためです。
今回は、後期高齢者医療制度の窓口負担割合の仕組みと、金融所得が家計に与える影響を具体的に整理します。
後期高齢者医療制度の窓口負担割合
後期高齢者医療制度では、原則として75歳以上の人が加入し、医療機関で支払う窓口負担割合は所得区分によって決まります。
現在の負担割合は1割、2割、3割の3段階です。
3割負担となるのは、原則として住民税の課税所得が145万円以上である後期高齢者医療制度の被保険者が同じ世帯にいる場合です。
ただし、収入額による判定などにより、3割負担とならない場合もあります。
3割負担に該当しない人のうち、一定以上の所得がある人は2割負担となります。
2割負担の判定では、同じ世帯の後期高齢者医療制度の被保険者について、住民税の課税所得が28万円以上であることなどが条件になります。
さらに、年金収入とその他の合計所得金額の合計が、被保険者1人の世帯では200万円以上、被保険者が2人以上の世帯では合計320万円以上であることが基準となります。
これらに該当しない人は、原則として1割負担です。
したがって、金融所得の増加が窓口負担割合に与える影響は、現在どの所得区分にいるかによって異なります。
金融所得によって負担割合が変わる仕組み
今回の制度変更では、源泉徴収ありの特定口座で得た一定の金融所得について、確定申告をしなくても窓口負担割合などの判定に反映する仕組みが導入されます。
対象となるのは、上場株式や公募株式投資信託の売却益、配当、普通分配金、対象となる債券の利子などです。
一方、NISA口座で得た非課税所得や預貯金の利子は、今回の新たな反映対象には含まれません。
重要なのは、金融資産の保有額ではなく、原則として実現した金融所得が判定に影響することです。
例えば、1,000万円で購入した株式の時価が2,000万円になっていても、保有しているだけでは1,000万円の評価益は金融所得として反映されません。
しかし、売却して利益を確定させれば、その所得が窓口負担割合の判定に影響する可能性があります。
また、株式の売却益が発生しなくても、毎年受け取る配当金が一定額に達すれば、継続的に所得判定へ影響する場合があります。
1割負担から2割負担になる場合
例えば、75歳以上の単身者で、公的年金収入が年間180万円あるケースを考えます。
65歳以上で年金収入が330万円以下の場合、公的年金等控除額は原則110万円です。
したがって、年金に係る雑所得は70万円となります。
住民税の課税所得は、基礎控除や社会保険料控除などを差し引いて計算されます。
そのため、年金収入180万円という情報だけでは、窓口負担割合を確定することはできません。
ここに課税口座から年間100万円の配当所得が加わる場合を考えます。
金融所得が新制度の判定対象となれば、住民税の課税所得や2割負担の収入判定に影響する可能性があります。
その結果、これまで1割負担だった人が2割負担になる場合があります。
ただし、金融所得100万円が発生した人すべてが2割負担になるわけではありません。
所得控除、世帯構成、金融所得の種類、判定基準などを確認する必要があります。
3割負担になる所得基準
3割負担は、一般に現役並み所得者と呼ばれる区分です。
原則として、同じ世帯の後期高齢者医療制度の被保険者に住民税の課税所得145万円以上の人がいる場合、3割負担の判定対象となります。
ただし、収入額が一定基準に満たない場合などには、1割または2割負担となることがあります。
例えば、後期高齢者医療制度の被保険者が1人の世帯では、収入額383万円未満などが判定に関係します。
被保険者が2人以上の世帯では、収入額520万円未満などの基準があります。
このため、住民税の課税所得が145万円を超えたからといって、必ず3割負担になるとは限りません。
一方、金融所得が大きく増えれば、課税所得だけでなく収入額の判定にも影響する可能性があります。
特に、株式や投資信託をまとめて売却し、多額の利益を確定させる場合には注意が必要です。
医療費が年間60万円の場合の負担比較
窓口負担割合が変わると、実際の医療費負担はどの程度変わるのでしょうか。
例えば、保険診療の対象となる医療費の総額が年間60万円だった場合を考えます。
高額療養費制度などによる負担軽減を考慮しない単純計算では、次のようになります。
1割負担では年間6万円です。
2割負担では年間12万円です。
3割負担では年間18万円です。
1割から2割になると年間6万円、1割から3割になると年間12万円の差が生じます。
ただし、実際には高額療養費制度があるため、医療費が高額になった場合には自己負担が一定の限度額に抑えられます。
また、後期高齢者医療制度では、2割負担への移行に伴う配慮措置が設けられていた時期もありますが、2025年9月30日で終了しています。
したがって、2029年以降の負担を考える際には、過去の経過措置を前提としないことが重要です。
高額療養費制度にも影響する
窓口負担割合と合わせて確認したいのが、高額療養費制度です。
高額療養費制度は、医療機関や薬局で支払う自己負担額が、一定の限度額を超えた場合に、その超過分が支給される仕組みです。
後期高齢者医療制度では、所得区分によって自己負担限度額が異なります。
例えば、2026年時点の一般所得者については、外来の個人単位の限度額と、外来・入院を合わせた世帯単位の限度額が設定されています。
一方、現役並み所得者については、所得に応じてさらに区分が設けられています。
金融所得の反映によって所得区分が変われば、高額療養費制度の自己負担限度額も変わる可能性があります。
特に、継続的な通院や入院が必要な人にとっては、窓口負担割合だけでなく、高額療養費の所得区分が重要になります。
なお、高額療養費制度についても見直しの議論があるため、2029年度に適用される限度額は、その時点の制度を確認する必要があります。
夫婦世帯では判定が複雑になる
後期高齢者医療制度の窓口負担割合は、本人だけでなく、同じ世帯にいる被保険者の所得状況も関係します。
例えば、夫婦ともに75歳以上で後期高齢者医療制度に加入している場合です。
夫の年金収入が180万円、妻の年金収入が120万円であっても、夫が多額の金融所得を得れば、世帯の所得判定に影響する可能性があります。
また、妻自身に金融所得がなくても、夫の所得によって世帯の窓口負担割合が変わる場合があります。
一方、夫が75歳以上で妻が75歳未満の場合には、後期高齢者医療制度の被保険者数や収入判定の取り扱いが異なる場合があります。
このため、夫婦の年齢差や加入している医療保険制度によっても、金融所得の影響は変わります。
金融資産の名義や所得の帰属を確認することは重要ですが、医療費負担を抑える目的だけで安易に資産名義を変更すると、贈与税など別の問題が生じる可能性があります。
金融所得が一時的に増える場合の注意点
株式や投資信託の売却益は、毎年同じ金額が発生するとは限りません。
例えば、長年保有していた株式を売却し、ある年だけ500万円の利益が発生する場合があります。
その年の金融所得が翌年度以降の窓口負担割合に反映されれば、一時的に負担区分が上がる可能性があります。
一方、翌年以降に大きな金融所得が発生しなければ、その後の判定で負担区分が下がることも考えられます。
ただし、金融所得が発生した年と窓口負担割合に反映される時期にはずれがあります。
2029年8月から始まる新制度では、最初は原則として2028年分の金融所得が対象となる予定です。
したがって、売却した年だけでなく、いつの所得がいつの負担判定に使われるのかを確認する必要があります。
特に75歳前後で資産売却を予定している人は、年齢だけでなく所得の判定年度にも注意することが大切です。
医療保険料と窓口負担を合わせて考える
金融所得による家計への影響を考える際には、医療保険料と窓口負担を分けて計算し、最後に合計する必要があります。
例えば、金融所得の反映によって年間の医療保険料が10万円増え、窓口負担割合の上昇によって医療費の自己負担が年間5万円増えた場合です。
家計全体では年間15万円の負担増になります。
一方、金融所得が増えても窓口負担割合が変わらず、保険料だけが増える場合もあります。
また、既に保険料が賦課限度額に達している人では、金融所得が増えても保険料がそれ以上増えない場合があります。
そのため、金融所得に一定の保険料率を掛けるだけでは、家計全体への影響を把握できません。
年金収入、金融所得、世帯構成、医療費の利用状況を合わせて確認することが重要です。
2029年に向けて準備しておきたいこと
今回の制度変更に備えるためには、まず現在の窓口負担割合を確認することが必要です。
次に、住民税の課税所得や年金収入、課税口座で発生している金融所得を把握します。
特に、現在1割負担で2割負担の判定基準に近い人や、2割負担で3割負担の基準に近い人は、金融所得の影響を受けやすい可能性があります。
また、医療費が多い人は、高額療養費制度の所得区分が変わる可能性にも注意が必要です。
資産運用については、NISA口座の活用や売却時期の分散などが検討対象になります。
ただし、社会保険負担を抑えるためだけに金融資産を売却したり、必要以上に運用方針を変更したりすることは避けるべきです。
将来の生活費、税負担、投資リスク、相続対策などを総合的に考えることが重要です。
結論
2029年8月から始まる金融所得の後期高齢者医療制度への反映は、医療保険料だけでなく、医療機関の窓口負担割合にも影響する可能性があります。
特に、1割負担から2割負担、2割負担から3割負担へと所得区分が変わる場合には、医療費の自己負担が増えることになります。
さらに、高額療養費制度の所得区分が変われば、医療費が高額になった場合の負担にも影響する可能性があります。
ただし、金融所得が増えれば必ず窓口負担割合が上がるわけではありません。住民税の課税所得、年金収入、世帯構成、収入額による判定など、複数の条件を確認する必要があります。
人生100年時代の老後資産管理では、金融資産の運用益だけでなく、医療保険料や医療費の自己負担も含めた家計管理が重要になります。
金融所得をいつ、どの程度実現させるかを考える際には、税金と社会保険料だけでなく、医療費負担への影響まで見据えた長期的な資産管理が求められます。
参考
日本経済新聞 2026年10月31日 朝刊「金融所得を高齢者医療に反映 NISAは対象外、資産売却時期で負担変化」
厚生労働省「後期高齢者医療制度」
厚生労働省「後期高齢者医療制度における窓口負担割合の見直し」
厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
東京都後期高齢者医療広域連合「医療機関等の窓口での自己負担割合」