親子の対立が会社を揺るがす 事業承継で起こりやすい経営権争い

経営

中小企業の事業承継では、創業者が自分の子供を後継者に選び、長年かけて経営を引き継ぐことがあります。

親子であれば経営理念を共有しやすく、会社の歴史や取引先との関係も理解しているため、円滑な承継が期待できます。

しかし、親子であることが、必ずしも経営方針の一致を意味するわけではありません。

創業者は自分が築いてきた経営手法を重視する一方、後継者は新しい事業への投資や組織改革を進めたいと考えることがあります。

こうした意見の違いが深刻化すると、単なる親子げんかでは済まなくなります。

株式の保有割合や取締役の地位を巡って対立し、会社の経営そのものが混乱する可能性があるからです。

2026年10月20日の日本経済新聞では、大阪府内の不動産会社で、創業者の父親と長男の対立が株主総会決議を巡る訴訟に発展した事例が紹介されました。

父親は長男に会社を承継させるつもりで株式を贈与しましたが、その後、親子関係が悪化しました。

さらに、父親が長男を取締役から解任したとする株主総会議事録を作成したことが、裁判で争われました。

今回は、同族会社の事業承継で起こりやすい親子間の経営権争いと、その予防策について解説します。

親族内承継には特有の難しさがある

中小企業の事業承継には、親族内承継、従業員承継、第三者への承継などがあります。

親族内承継は、創業者の子供や配偶者などが経営を引き継ぐ方法です。

長年にわたり家族が会社を支えてきた場合には、親族への承継が自然な選択肢となります。

しかし、親族内承継には特有の難しさがあります。

第一に、家族関係と経営上の上下関係が重なりやすいことです。

父親が社長、長男が専務取締役という会社では、家庭では親子であっても、会社では経営上の役割分担が必要です。

ところが、創業者が家庭内と同じ感覚で後継者に指示を出すと、後継者が自分の判断で経営できない状況になることがあります。

第二に、経営方針の違いです。

創業者は長年の経験を重視し、後継者はデジタル化や新規事業への投資を重視するかもしれません。

第三に、株式の承継と経営権の承継が必ずしも一致しないことです。

後継者が代表取締役に就任しても、創業者が株式の大部分を保有していれば、株主総会を通じて経営に強い影響力を持ち続けることができます。

反対に、創業者が代表取締役の地位にとどまっていても、後継者に株式の大部分を贈与していれば、創業者の経営支配力が低下している場合があります。

事業承継では、経営者としての地位と株主としての権利を分けて考える必要があります。

後継者への株式贈与が対立の原因になる

大阪府内の不動産会社の事例では、父親は長男を後継者にするつもりでした。

会社は1982年に設立され、父親が長年にわたり経営を担っていました。

父親は2004年以降、自身が保有する株式の一部を長男に贈与しました。

2006年時点では、長男の持株比率は40%を超えていました。

また、父親の妻も増資によって20万株を取得していました。

しかし、長男は別会社で音楽関連事業を営んでおり、父親が事業に口出しすることを好ましく思っていませんでした。

親子関係は悪化し、2008年ごろから接触が途絶えました。

その後、父親は会社が保有するビルの建て替えなどを検討しました。

妻はその方針に反対し、長男に相談しました。

株式の保有関係を調べる過程で、妻の保有株式数が大幅に少なく記載されていることなどが明らかになりました。

さらに、父親が2014年に長男を取締役から解任したとする株主総会議事録を作成し、解任登記を行っていたことも問題になりました。

長男と妻は2019年、株主総会決議が存在しないとして提訴しました。

大阪地方裁判所は2021年1月、決議が存在しないと判断しました。

この事例は、後継者への株式贈与が、親子関係の悪化によって経営権争いにつながる可能性を示しています。

株式を贈与しても経営方針が一致するとは限らない

創業者が後継者に株式を贈与する場合、将来の経営を任せたいという期待があります。

しかし、株式を贈与したからといって、後継者が創業者の経営方針に従う義務を負うわけではありません。

株式の贈与が有効に成立すれば、後継者は株主としての権利を取得します。

その後、経営方針を巡って対立しても、創業者が当然に株式を取り戻せるわけではありません。

例えば、創業者が長男に40%の株式を贈与し、残り60%を保有している会社を考えてみます。

創業者は普通決議について大きな影響力を維持しています。

しかし、長男が特別決議に反対した場合、株主全員が出席する状況では、創業者の60%の賛成だけでは原則として特別決議を成立させることができません。

さらに、創業者が追加で株式を贈与し、長男の議決権割合が過半数になれば、普通決議に関する主導権も変わる可能性があります。

このように、株式の贈与は段階的に経営権を移転させる効果があります。

そのため、贈与する株数や時期については、後継者との信頼関係だけでなく、法律上の議決権構成も考慮する必要があります。

代表取締役の地位と株式所有は別問題

事業承継では、代表取締役の交代と株式の移転を同時に行うとは限りません。

例えば、父親が代表取締役を退任し、長男が新たに代表取締役に就任した場合でも、父親が株式の80%を保有し続けることがあります。

この場合、長男は日常的な経営を担いますが、父親は株主総会を通じて重要な意思決定に影響を与えることができます。

逆に、父親が代表取締役のまま、長男に株式の80%を贈与する場合もあります。

この場合、長男は株主として強い影響力を持つことになります。

会社の機関設計や定款によって異なりますが、長男が株主総会で取締役の選任や解任を主導できる可能性があります。

つまり、代表取締役として会社を経営していることと、会社を支配する議決権を保有していることは、必ずしも一致しません。

この違いを理解しないまま事業承継を進めると、創業者と後継者の双方が、自分こそ会社の最終的な意思決定者だと考える可能性があります。

その結果、経営方針の対立が会社法上の紛争に発展することがあります。

創業者が経営から退く時期を明確にする

親族内承継で重要なのは、創業者がいつ、どのような形で経営から退くのかを明確にすることです。

例えば、長男が代表取締役に就任した後も、父親がすべての重要事項に口を出す場合、長男は実質的な経営権を持てないことがあります。

一方、父親が突然すべての権限を手放すと、長男が取引先や金融機関との関係を十分に引き継げない可能性があります。

そのため、段階的な権限移譲が有効です。

最初の段階では、後継者に一部の事業部門や業務を任せます。

次に、経営会議や取締役会などを通じて、重要な意思決定に参加させます。

その後、代表取締役の交代や株式の移転を進めます。

ただし、創業者が相談役や会長として残る場合には、その権限を明確にする必要があります。

後継者の経営判断を尊重しながら、必要な助言を行う立場に移行することが望まれます。

創業者が経営への関与を続ける場合には、後継者との役割分担を事前に合意しておくことが重要です。

兄弟姉妹への株式分散も紛争の原因になる

親族内承継では、後継者以外の子供への財産分配も問題になります。

例えば、創業者に長男、次男、長女の3人の子供がいる場合を考えてみます。

長男が会社を承継する一方、次男と長女は会社経営に関与しないとします。

創業者が財産分配の公平性を重視し、3人に株式を均等に贈与した場合、長男の議決権割合は3分の1程度になります。

この状態では、長男が代表取締役に就任しても、次男と長女が協力すれば、株主総会で長男の意向と異なる決議を成立させる可能性があります。

また、会社経営に関与しない株主が配当を求める一方、後継者は設備投資のために内部留保を重視することもあります。

このような利害の違いが、親族間の対立につながる場合があります。

そのため、後継者には議決権のある株式を集中させ、他の相続人には預貯金や不動産など別の財産を承継させる方法が考えられます。

ただし、財産の種類や価値によっては、相続人間の公平性や遺留分の問題が生じます。

必要に応じて、遺言、生命保険、種類株式、遺留分に関する民法の特例などを組み合わせることが重要です。

事業承継税制だけでは経営権争いを防げない

中小企業の株式承継では、法人版事業承継税制の活用が検討されます。

一定の要件を満たす場合、非上場株式の贈与や相続に伴う贈与税、相続税について納税猶予を受けることができます。

特例措置では、対象となる税額の全額について納税猶予が認められる仕組みがあります。

しかし、事業承継税制は税負担を軽減するための制度であり、親族間の経営権争いを直接解決する制度ではありません。

例えば、長男に株式を贈与し、事業承継税制を利用した場合でも、その後、父親と長男の関係が悪化する可能性があります。

また、後継者が代表取締役を退任したり、株式を譲渡したりした場合には、納税猶予の継続に影響することがあります。

具体的な取扱いは、適用している制度や事由によって異なります。

そのため、事業承継税制を利用する際には、税務上の要件だけでなく、後継者の経営能力や親族間の合意形成も確認する必要があります。

税金の負担を抑えられても、会社の経営が混乱すれば、事業承継が成功したとはいえません。

税務対策と経営権対策は、一体として検討することが重要です。

親族間の対立を防ぐための事業承継計画

親族間の経営権争いを防ぐには、事業承継計画を作成することが有効です。

事業承継計画では、後継者、承継時期、株式の移転方法、経営権の移譲方法などを整理します。

例えば、5年間で事業承継を進める場合を考えてみます。

最初の1年間は、後継者に経営管理や財務の実務を経験させます。

2年目には、主要取引先や金融機関との関係を引き継ぎます。

3年目には、後継者を代表取締役に就任させることを検討します。

4年目には、株式の移転を進め、議決権構成を整理します。

5年目には、創業者が経営の第一線から退き、後継者が主体的に経営する体制を整えます。

これは一例であり、実際には会社の規模や後継者の経験などに応じて調整する必要があります。

また、株式移転を代表取締役の交代より先に行う方法もあります。

重要なのは、会社の実情に応じて、経営権と株式所有権の移転時期を計画的に設計することです。

さらに、事業承継計画は、創業者と後継者だけで決めるのではなく、必要に応じて他の株主や相続人とも情報を共有することが望まれます。

親族間の合意は書面で残すことが重要

事業承継では、親族間で話し合った内容を記録しておくことも重要です。

例えば、後継者の選定、株式の移転時期、創業者の退任時期、役員報酬、退職慰労金などについて合意した場合には、内容を明確にしておく必要があります。

口頭だけの合意では、時間の経過とともに認識が食い違う可能性があります。

特に、株式贈与や役員の選任など、法律上の効果が生じる事項については、適切な契約書や株主総会議事録などを作成することが重要です。

ただし、親族間で合意書を作成すれば、会社法上の手続きがすべて不要になるわけではありません。

例えば、取締役の選任には株主総会決議が必要です。

また、株式譲渡制限会社では、株式の贈与について会社の承認が必要になる場合があります。

親族間の合意と会社法上の手続きを区別し、双方を適切に進める必要があります。

さらに、事業承継の途中で事情が変わった場合には、計画を見直すことも重要です。

後継者の意向や会社の業績、親族の状況などが変化することは珍しくありません。

事業承継計画は、一度作成したら変更できないものではなく、定期的に見直すべきものなのです。

結論

親族内承継は、中小企業にとって重要な事業承継の方法です。

しかし、親子であることだけを理由に、経営方針や会社の将来像が一致するとは限りません。

創業者と後継者の意見の違いが深刻化すれば、取締役の地位や株式の所有関係を巡る紛争に発展する可能性があります。

特に注意したいのは、株式の贈与によって経営支配権が変化することです。

後継者に株式を贈与した後、親子関係が悪化しても、創業者が当然に株式を取り戻せるわけではありません。

また、代表取締役の地位と株主としての議決権は別のものであり、経営者としての権限と会社の所有関係を整理する必要があります。

大阪府内の不動産会社を巡る裁判例は、親族間の信頼関係だけに依存した事業承継の危険性を示しています。

円滑な事業承継を実現するためには、後継者の選定だけでなく、株式の移転、経営権の移譲、創業者の退任時期、他の相続人への配慮などを総合的に検討する必要があります。

さらに、重要な合意事項については書面を作成し、会社法上の手続きを適切に履行することが重要です。

事業承継の成功は、単に代表取締役を交代させることではありません。

創業者が築いてきた会社を、後継者が安定的に経営できる体制へ移行させることです。

中小企業の経営者には、親子関係と会社経営を区別し、将来の対立まで想定した事業承継計画を準備することが求められます。

親族内承継を成功させるためには、家族の信頼関係に加えて、法律と税務に基づく客観的な仕組みを整えることが重要なのです。

参考

日本経済新聞 2026年10月20日 役員務める長男、知らぬ間に解任 「一人で経営」父が株主総会開かず

会社法第106条 共有者による権利の行使

会社法第139条 譲渡等の承認の決定等

会社法第309条 株主総会の決議

会社法第329条 役員の選任

会社法第339条 役員の解任

中小企業庁 事業承継ガイドライン

中小企業庁 法人版事業承継税制

経営承継円滑化法 遺留分に関する民法の特例

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