中小企業の経営者の中には、自社の株式を誰が何株保有しているのか、正確に把握していない人がいます。
創業時には社長がすべての株式を保有していても、その後の増資、親族への贈与、相続などによって、株主構成が変化することがあります。
特に同族会社では、株式の移転を家族間の話し合いだけで済ませ、契約書や株主名簿の整備が不十分な場合があります。
こうした管理上の問題は、日常の経営では表面化しないかもしれません。
しかし、事業承継や親族間の対立が生じた場合には、誰が本当の株主なのかという問題が会社の経営権を左右することがあります。
2026年10月20日の日本経済新聞では、大阪府内の不動産会社で、創業者の妻が保有しているはずの株式について、会社の記録では保有株数が大幅に少なく記載されていた事例が紹介されました。
この会社では、株式の所有関係を巡る問題が、長男の取締役解任に関する株主総会決議の紛争にもつながりました。
今回は、同族会社における株主名簿の重要性、名義株の問題、株式贈与や増資の管理、相続による株式分散、株主の地位を巡る紛争の予防策について解説します。
株主名簿は会社の所有関係を示す重要な記録
株式会社では、株主名簿を作成し、適切に管理する必要があります。
会社法121条は、株主名簿に記載または記録すべき事項を定めています。
主な事項は、株主の氏名または名称、住所、保有株式数、株式の取得日などです。
株券発行会社では、株券番号なども関係します。
株主名簿は、会社が誰を株主として扱うべきかを判断するための基本的な資料です。
例えば、株主総会の招集通知を送付する場合には、株主の氏名や住所を確認する必要があります。
また、議決権の数を把握する際にも、株主名簿が重要になります。
さらに、剰余金の配当や株式譲渡、相続などが生じた場合にも、株主名簿の管理が必要です。
しかし、同族会社では、株主名簿が設立時のまま更新されていないことがあります。
例えば、創業者が長男に株式を贈与したにもかかわらず、株主名簿には創業者の名前が残っている場合です。
反対に、実際には株式を取得していない親族の名前が記載されていることも考えられます。
こうした状態を放置すると、後日、株主の地位を巡る紛争が生じる可能性があります。
株主名簿の記載と実際の株式所有は一致するとは限らない
株主名簿は重要な記録ですが、そこに名前が記載されていることだけで、あらゆる場合に実質的な株式所有者が確定するわけではありません。
例えば、株式の贈与契約が有効に成立しているにもかかわらず、株主名簿の変更が行われていない場合があります。
この場合、株式の取得者と会社に対して株主としての権利を主張できる者との関係を検討する必要があります。
会社法130条は、株式の譲渡について、株主名簿への記載または記録がなければ、原則として株式会社その他の第三者に対抗できないと定めています。
ただし、株券発行会社については別の規律があり、株式移転の効力や対抗要件を判断する際には、株券の交付なども確認する必要があります。
また、株式の相続など、譲渡以外の原因による取得についても、それぞれの法的関係を整理する必要があります。
重要なのは、株主名簿の記載だけで判断せず、株式取得の原因や手続きも確認することです。
株式の所有関係が争われた場合には、贈与契約書、株式譲渡契約書、増資関係書類、株券、払込記録などが重要な証拠となります。
妻の持株数が大幅に減っていた裁判例
大阪府内の不動産会社の事例では、創業者の妻が2006年の増資で20万株を引き受けていました。
その後、創業者は会社が保有するビルの建て替えなどを検討しました。
妻はその方針に反対し、長男に相談しました。
ところが、会社の株式に関する記録を調べると、妻が保有する株式は大幅に少なく記載され、株式が娘や孫に分散していることになっていました。
妻は自分の株式所有について疑問を持つことになります。
さらに、父親が長男を取締役から解任したとする株主総会議事録を作成していたことも判明しました。
長男と妻は2019年、株主総会決議が存在しないとして提訴しました。
大阪地方裁判所は2021年1月、父親が否定していた妻の株式保有を認定しました。
そのうえで、長男と妻が合計で80%近い株式を保有していたことなどを踏まえ、株主総会決議は存在しないと判断しました。
この事例は、株主名簿などの記録と実際の株式所有関係に食い違いが生じた場合、会社の意思決定の有効性にも影響することを示しています。
同族会社では、株式の所有関係を正確に管理することが、経営権の安定につながるのです。
名義株は事業承継で問題になりやすい
同族会社で注意したい問題の一つが名義株です。
名義株とは、株式の名義人と実質的な所有者が異なる株式を指す場合に用いられる言葉です。
例えば、会社設立時に親族や知人の名義を借りて株式を引き受けたケースなどが考えられます。
現在の会社法では、株式会社の設立に必要な発起人は1人でも構いません。
しかし、過去の法制度では株式会社の設立に複数の発起人が必要だった時期がありました。
そのため、古い同族会社では、創業者以外の親族や知人の名前が株主として残っていることがあります。
例えば、創業者が出資金を全額負担したものの、株式の一部を兄弟の名義にしていた場合です。
長年問題が生じなかったとしても、創業者や名義人が死亡すると、相続人がその株式の所有権を主張する可能性があります。
この場合、誰が実際に出資したのか、株式取得についてどのような合意があったのかなどが問題になります。
ただし、出資金を負担した人が必ず実質的な株主になるとは限りません。
名義借りの経緯や当事者の意思などを総合的に判断する必要があります。
名義株の問題を放置すると、事業承継の段階で経営権争いに発展する可能性があります。
株式贈与では契約書と承認手続きを確認する
同族会社では、親から子供への株式贈与がよく行われます。
しかし、家族間の贈与であっても、法律上の手続きを軽視してはいけません。
まず、贈与契約が有効に成立していることを確認する必要があります。
民法549条は、贈与について、当事者の一方が無償で財産を与える意思を表示し、相手方が受諾することによって効力が生じると定めています。
株式贈与でも、贈与者と受贈者の意思の合致が重要です。
また、非上場会社では、株式の譲渡について会社の承認を必要とする譲渡制限が設けられていることが一般的です。
贈与による株式移転についても、定款や会社法上の承認手続きを確認する必要があります。
さらに、株主名簿の書換えも重要です。
贈与契約書を作成しただけで、会社に対する株主としての権利行使に必要な手続きがすべて完了するわけではありません。
株券発行会社の場合には、株券の交付についても確認する必要があります。
税務上は、贈与税の申告が必要になる場合があります。
ただし、贈与税の申告を行ったことだけで、会社法上の株式移転手続きがすべて適法に完了したと判断できるわけではありません。
会社法と税法の両方から確認することが重要です。
増資では誰が株式を取得したのかを明確にする
株式の所有関係は、増資によっても変化します。
例えば、会社が新株を発行し、創業者の配偶者や子供が引き受ける場合です。
増資によって新しい株式が発行されると、既存株主の持株比率が変化します。
例えば、創業者が1,000株を保有し、発行済株式の100%を所有している会社を考えてみます。
この会社が新たに1,000株を発行し、長男がすべて引き受けた場合、創業者と長男の持株比率はそれぞれ50%になります。
創業者の保有株数は変わっていませんが、議決権割合は100%から50%に低下します。
このように、増資は会社の資金調達手段であると同時に、経営支配権を変化させる行為でもあります。
そのため、募集株式の発行では、会社法上必要な決定手続き、引受け、払込みなどを適切に行う必要があります。
特に同族会社では、親族の誰が新株を引き受けるのかによって、将来の経営権が大きく変わることがあります。
また、時価より著しく低い価額で株式を発行する場合には、会社法上の有利発行の問題や、税務上の利益移転の問題が生じる可能性があります。
増資を行う際には、資金調達の必要性だけでなく、株主構成と税務上の影響を確認することが重要です。
相続によって株式の所有関係が複雑になる
同族会社の株式は、相続によっても移転します。
例えば、創業者が株式の80%を保有したまま死亡し、配偶者と複数の子供が相続人となる場合です。
遺言や遺産分割などによって承継先が決まるまで、株式が共同相続人の共有状態になることがあります。
会社法106条は、株式が共有に属する場合の権利行使について定めています。
原則として、共有者は権利を行使する者1人を定め、会社に通知する必要があります。
ただし、会社が権利行使に同意した場合などには、例外的な取扱いがあります。
相続人間で意見が対立すると、株主総会での議決権行使が難しくなることがあります。
また、遺産分割によって株式が複数の相続人に分散すると、後継者が十分な議決権を確保できなくなる可能性があります。
例えば、長男が代表取締役に就任していても、他の相続人が合計で過半数の議決権を保有することになれば、長男の経営基盤は不安定になります。
そのため、事業承継では、株式の相続先を事前に検討しておくことが重要です。
遺言の作成や生前贈与、種類株式の活用などによって、株式分散を防ぐ方法が考えられます。
ただし、他の相続人の遺留分や税務上の負担にも配慮する必要があります。
商業登記だけでは株主構成を確認できない
株式会社では、取締役や代表取締役などの一定の事項について商業登記が行われます。
しかし、一般的な株式会社の商業登記には、すべての株主の氏名や保有株式数が記載されるわけではありません。
そのため、登記事項証明書を取得しただけでは、現在の株主構成を正確に把握することはできません。
例えば、代表取締役として父親の名前が登記されていても、株式の大部分を長男が保有している場合があります。
また、役員変更登記が完了していても、その前提となる株主総会決議の適法性が後日争われることがあります。
大阪府内の不動産会社の事例でも、長男の解任登記が行われていましたが、裁判所は株主総会決議が存在しないと判断しました。
このように、登記が存在することと、会社内部の法律関係がすべて適法であることは同じではありません。
会社の所有関係を確認するには、登記事項証明書だけでなく、株主名簿、定款、株式譲渡契約書、贈与契約書、増資関係書類などを総合的に確認する必要があります。
株式所有を巡る紛争を防ぐための実務対策
同族会社が株式所有を巡る紛争を防ぐためには、日頃から株式管理を徹底することが重要です。
まず、株主名簿を最新の状態に保つ必要があります。
株式の贈与、譲渡、相続、増資などがあった場合には、必要な手続きを確認し、適切に記録を更新します。
次に、株式取得の根拠となる書類を保存することです。
贈与契約書、株式譲渡契約書、株主総会議事録、取締役会議事録、払込記録などを整理しておく必要があります。
また、古い会社では、名義株が存在していないか確認することも重要です。
名義株の疑いがある場合には、設立時の資料や出資の経緯などを調査し、実質的な権利関係を整理する必要があります。
さらに、株主名簿と法人税申告書に添付する同族会社等の判定に関する明細書などを照合することも有効です。
ただし、税務申告書に記載された株主構成だけで、法律上の株式所有者が確定するわけではありません。
記録に食い違いがある場合には、その原因を調査する必要があります。
事業承継を予定している会社では、後継者への株式移転を進める前に、現在の株式所有関係を確定させておくことが望まれます。
結論
同族会社では、株式の所有関係が経営権を左右します。
創業者が長年にわたり会社を経営していても、株式の贈与や増資、相続によって議決権構成が変化している場合があります。
そのため、代表取締役として会社を経営していることと、株主として会社を支配していることは区別して考える必要があります。
また、株主名簿は重要な記録ですが、その記載だけで実質的な株式所有関係が常に確定するわけではありません。
株式の贈与や譲渡、増資などの経緯を確認し、必要な契約書や議事録を保存しておくことが重要です。
特に古い同族会社では、名義株や過去の株式移転に関する記録の不備が、事業承継の障害になる可能性があります。
大阪府内の不動産会社を巡る裁判例は、株式の所有関係を巡る問題が、株主総会決議の有効性や取締役の地位にまで影響することを示しています。
さらに、相続によって株式が分散すると、後継者の経営基盤が不安定になる可能性があります。
株式管理は、単なる事務作業ではありません。
会社の所有関係を明確にし、経営権を安定させるための重要な管理業務です。
中小企業の経営者には、株主名簿を定期的に確認し、株式移転の記録を整備するとともに、将来の事業承継まで見据えた株式管理を行うことが求められます。
会社を次世代に円滑に引き継ぐためには、まず誰が本当の株主なのかを明確にすることが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月20日 役員務める長男、知らぬ間に解任 「一人で経営」父が株主総会開かず
会社法第106条 共有者による権利の行使
会社法第121条 株主名簿
会社法第130条 株式の譲渡の対抗要件
会社法第139条 譲渡等の承認の決定等
会社法第199条 募集事項の決定
民法第549条 贈与
国税庁 財産評価基本通達 取引相場のない株式の評価
中小企業庁 事業承継ガイドライン