中小企業こそ福利厚生で人材を確保 低コストで採用力を高める方法

経営

インフレと人手不足が続くなか、中小企業の人材確保が一段と難しくなっています。

大企業では賃上げや初任給の引上げが進み、採用競争が激しくなっています。一方、中小企業では原材料費やエネルギー価格の上昇もあり、人件費を大幅に増やすことが難しい企業も少なくありません。

こうした状況で注目されているのが、福利厚生を活用した人材戦略です。

福利厚生というと、社員食堂や保養所など、多額の費用が必要な制度を想像するかもしれません。

しかし、実際には年間数万円程度の支援でも、従業員の生活や働きやすさを改善できる可能性があります。

重要なのは、福利厚生に多額の予算を投入することではありません。

従業員が本当に必要としている支援を見極め、限られた予算を効果的に配分することです。

今回は、中小企業が低コストで福利厚生を充実させ、採用力と定着率を高めるための具体策を解説します。

中小企業の人材確保はますます難しくなる

日本では少子高齢化によって、生産年齢人口の減少が続いています。

企業が必要な人材を確保するためには、給与水準だけでなく、働きやすさや職場環境を改善することが重要になっています。

特に建設業、運輸業、介護業、サービス業などでは、人手不足が経営上の大きな課題です。

帝国データバンクが2025年に実施した調査によると、福利厚生を充実する予定と回答した企業は47.6%に達しました。

業種別では建設業が58.7%、運輸・倉庫業が55.1%、農林水産業が52.7%となっています。

人材確保が難しい業種ほど、福利厚生の充実に積極的な傾向がみられます。

これは、福利厚生が従業員へのサービスというだけでなく、採用と定着を支える経営施策として認識され始めていることを示しています。

賃上げだけでは採用競争に勝てない

中小企業にとって、賃上げは重要な課題です。

しかし、大企業と同じ水準の給与を提示することは容易ではありません。

例えば、従業員30人の企業が全員の基本給を月額1万円引き上げるとします。

年間の給与増加額は360万円になります。

さらに、社会保険料の会社負担などが増加する可能性があります。

基本給の引上げは原則として継続的な負担となるため、将来の収益状況も考慮する必要があります。

一方、福利厚生は制度の内容や利用条件を工夫することで、予算を管理しやすい場合があります。

例えば、従業員の資格取得費用を補助したり、健康診断の内容を充実させたりする方法です。

これらは必ずしも毎月一定額の支出を伴うわけではありません。

ただし、福利厚生も労働条件として定着すれば、自由に廃止できるとは限りません。

導入時から目的、対象者、予算、見直し条件を明確にしておく必要があります。

また、福利厚生は適正な賃金の代わりにはなりません。

企業には、賃金と福利厚生の両面から従業員の生活を支える姿勢が求められます。

月額3,000円の食事補助でも効果は期待できる

中小企業が比較的導入しやすい福利厚生の一つが、食事補助です。

例えば、従業員30人に対して、1人当たり月額3,000円の食事補助を行うとします。

全員が利用した場合、会社の負担額は月額9万円です。

年間では108万円になります。

従業員にとっては、年間3万6,000円の食費支援に相当します。

食費は毎日の生活に直結するため、補助額が比較的小さくても恩恵を実感しやすい特徴があります。

ただし、食事補助には税務上の注意点があります。

会社が従業員に食事手当として現金を支給した場合には、原則として給与課税の対象になります。

一方、会社が食事を現物で提供し、従業員が食事の価額の半分以上を負担するなど、一定の要件を満たせば、所得税上の非課税取扱いが認められます。

2026年4月1日以後の通常の食事補助については、会社負担額が月額7,500円以下であることも要件となります。

社会保険については別の基準があるため、制度設計時に確認する必要があります。

資格取得支援は企業と従業員の双方にメリット

中小企業にとって、資格取得支援も有力な福利厚生です。

例えば、建設業では施工管理技士、運輸業では業務に必要な運転免許や資格、経理部門では簿記などが考えられます。

会社が受験料や研修費用を負担することで、従業員の経済的負担を軽減できます。

同時に、企業にとっては従業員の専門能力向上につながります。

例えば、従業員30人の企業で、年間10人が1人当たり5万円の資格取得支援を利用した場合、年間費用は50万円です。

この支援によって業務に必要な資格保有者が増えれば、外部委託費用の削減や業務品質の向上につながる可能性があります。

また、従業員にとっては、会社が自分の成長を支援してくれるという安心感にもつながります。

税務上、職務に直接必要な技術や知識を習得するための研修費用などを会社が適正に負担する場合には、給与課税しない取扱いが認められることがあります。

ただし、業務との関連性が乏しい資格や、個人的な趣味に近い学習費用まで一律に非課税になるわけではありません。

会社は支援対象となる資格や研修の範囲を明確にしておくことが重要です。

健康支援は欠勤や離職の防止にもつながる

健康支援も、中小企業が取り組みやすい福利厚生です。

例えば、定期健康診断に追加検査を設けたり、一定の条件を満たす人間ドックの費用を補助したりする方法があります。

また、職場での運動習慣づくりや健康相談の機会を設けることも考えられます。

従業員の健康状態が改善すれば、欠勤の減少や業務効率の向上が期待できます。

特に従業員数の少ない企業では、1人の長期欠勤が業務全体に与える影響が大きくなります。

例えば、従業員20人の企業で、特定の業務を担当する社員が長期間休職すると、他の従業員への負担が増加する可能性があります。

健康支援は、従業員の生活を守るだけでなく、企業の事業継続を支える取組みでもあります。

ただし、健康支援によって医療費や欠勤日数が必ず減少するとは限りません。

制度の利用率や従業員の満足度などを確認しながら、継続的に改善することが重要です。

柔軟な働き方は費用を抑えやすい福利厚生

福利厚生は、必ずしも金銭的な支援だけではありません。

柔軟な働き方を認めることも、従業員にとって大きな価値があります。

例えば、時差出勤、短時間勤務、在宅勤務、時間単位の年次有給休暇制度などです。

育児や介護を抱える従業員にとって、勤務時間を調整できることは、給与の増額と同じくらい重要になる場合があります。

また、通勤時間が短縮されれば、生活に使える時間が増えます。

例えば、週2日の在宅勤務によって、往復2時間の通勤が不要になる場合、週4時間の時間を節約できます。

年間50週で計算すると、200時間になります。

ただし、在宅勤務には情報セキュリティや労働時間管理などの課題もあります。

また、時間単位の年次有給休暇制度には労使協定などの要件があります。

制度を導入する際には、労働関係法令を踏まえた適切な運用が必要です。

従業員30人の企業で福利厚生を設計する

具体的な予算を考えてみましょう。

従業員30人の中小企業が、年間200万円を福利厚生の追加予算として確保するとします。

例えば、次のような配分が考えられます。

食事補助に年間108万円を充てます。

資格取得支援には年間50万円を確保します。

健康診断の追加支援には年間30万円を充てます。

残りの12万円を、従業員アンケートや制度改善などの費用に充てます。

合計200万円です。

従業員1人当たりに換算すると、年間約6万7,000円になります。

月額では約5,600円です。

この金額だけを見ると、大きな福利厚生とは感じられないかもしれません。

しかし、食事補助、資格取得、健康支援を組み合わせることで、日常生活と将来の能力開発を同時に支援できます。

なお、実際には制度運営費用や社会保険料への影響が生じる場合があるため、予算には一定の余裕を持たせることが望まれます。

採用費用の削減効果をどう考えるか

福利厚生の費用対効果を考える際には、採用費用との比較が参考になります。

例えば、従業員1人を採用するために、求人広告費、人材紹介手数料、面接対応、教育研修などで100万円かかる企業を想定します。

福利厚生の充実によって年間2人の離職を防止できた場合、単純計算では200万円相当の採用関連費用を回避できる可能性があります。

年間200万円の福利厚生予算と同じ金額です。

ただし、離職防止効果がすべて福利厚生によるものとは限りません。

給与、上司との関係、仕事内容、労働時間、職場環境など、離職には多くの要因があります。

したがって、福利厚生の導入前後で離職率が低下したとしても、それだけで制度の効果を断定することはできません。

採用応募数、内定承諾率、離職率、従業員満足度などを継続的に確認することが重要です。

中小企業が避けたい福利厚生の失敗

福利厚生を充実させても、期待した効果が得られない場合があります。

代表的なのは、従業員のニーズと制度の内容が一致していないケースです。

例えば、利用者が少ない保養施設に多額の費用をかけても、従業員の満足度向上にはつながりにくいでしょう。

また、若手社員だけを対象とした制度を増やしすぎると、中高年社員との間で不公平感が生じる可能性があります。

反対に、家族手当や住宅手当だけを充実させると、独身者や持ち家の従業員が利用できない場合があります。

さらに、制度が複雑になると、人事担当者の事務負担が増えます。

中小企業では、制度の運営に多くの人員を割けないこともあります。

そのため、福利厚生はできるだけ簡単で、利用条件が分かりやすい制度にすることが望まれます。

導入前に従業員アンケートを実施し、利用希望の多い制度から優先的に導入する方法が有効です。

福利厚生は企業文化を伝える手段になる

福利厚生には、従業員への経済的支援だけでなく、企業の価値観を伝える役割もあります。

例えば、資格取得支援を重視する企業は、人材育成を大切にしていることを示せます。

健康支援を充実させる企業は、従業員の長期的な健康を重視している姿勢を伝えられます。

柔軟な働き方を認める企業は、従業員の家庭生活や個人の事情を尊重していることを示せます。

中小企業は、大企業ほど知名度が高くない場合があります。

そのため、独自の福利厚生を通じて企業の特徴を明確にすることは、採用活動でも意味があります。

ただし、採用時に制度を魅力的に説明するだけでは不十分です。

入社後も実際に利用できる制度でなければ、期待と現実の差が従業員の不満につながる可能性があります。

制度の内容と運用実態を一致させることが重要です。

結論

人手不足とインフレが続くなか、中小企業にとって福利厚生の充実は重要な経営課題になっています。

大企業と同じ水準の賃上げを実施することが難しくても、従業員の生活や働き方に合った支援を行うことは可能です。

食事補助、資格取得支援、健康支援、柔軟な働き方などは、比較的限られた予算でも導入を検討できる制度です。

重要なのは、制度の数や豪華さではありません。

従業員が実際に利用でき、生活の改善や働きがいにつながることです。

また、企業側では、福利厚生の費用だけでなく、採用費用、離職率、生産性などへの影響を確認する必要があります。

税務上の取扱いや社会保険料への影響にも注意が必要です。

これからの中小企業経営では、給与と福利厚生を組み合わせた総合的な人材戦略が求められます。

従業員の生活を支え、成長を後押しし、長く働きたいと思える環境を整えることが、企業の競争力につながります。

福利厚生は単なる経費ではありません。

人材を確保し、企業の持続的な成長を支えるための重要な投資と考えるべきでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年10月20日 朝刊 美容手当に年20万円・社食3食無料 福利厚生、インフレが変える

厚生労働省 2025年 企業の福利厚生に関する調査

帝国データバンク 2025年 福利厚生に関する企業の意識調査

国税庁 タックスアンサー 食事を支給したとき

厚生労働省 働き方改革に関する制度案内

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