確定申告しなくても金融所得が把握される時代へ――特定口座と税務情報の仕組み

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2029年8月から、75歳以上の後期高齢者医療制度に株式や投資信託の売却益、配当などの金融所得を反映する新たな仕組みが始まる予定です。

今回の制度変更で特に重要なのは、確定申告をしなくても金融所得が医療保険料や医療費の窓口負担割合などの判定に反映されるようになることです。

これまで、源泉徴収ありの特定口座で得た株式の売却益や配当などは、確定申告をしなければ、原則として後期高齢者医療制度の所得判定に反映されませんでした。

しかし、新制度では金融機関などが税務当局に提出する情報を活用し、申告の有無にかかわらず、対象となる金融所得を把握する仕組みが導入されます。

これは、単なる事務手続きの変更ではありません。

金融所得を含めた負担能力に応じて社会保険料や医療費の負担を求める方向への転換を意味します。

今回は、特定口座の仕組み、確定申告との関係、金融所得の把握方法、今後の実務上の注意点を整理します。

特定口座とはどのような制度なのか

特定口座は、株式や投資信託などの取引について、金融機関が取得価額や売却損益などを計算する仕組みです。

投資家が自分で複雑な損益計算を行う負担を軽減するために設けられています。

特定口座には、源泉徴収ありと源泉徴収なしの2種類があります。

源泉徴収ありの特定口座では、原則として金融機関が売却益に対する所得税・住民税を源泉徴収します。

上場株式等の譲渡益に対する税率は、原則として20.315%です。

例えば、100万円の株式売却益が発生した場合、原則として20万3,150円の税金が徴収されます。

そのため、投資家は確定申告をしなくても、基本的な納税手続きを完了できます。

一方、源泉徴収なしの特定口座では、金融機関が年間の損益を計算しますが、原則として投資家自身が必要な確定申告を行います。

この違いが、これまで社会保険料の計算にも影響していました。

確定申告の有無で社会保険負担が異なっていた

現在の制度では、源泉徴収ありの特定口座で得た金融所得について、確定申告をしなければ、原則として後期高齢者医療制度の所得判定に反映されません。

例えば、75歳以上の年金生活者が、源泉徴収ありの特定口座で年間200万円の株式売却益を得た場合を考えます。

確定申告をしなければ、原則としてその売却益は後期高齢者医療制度の保険料算定に含まれません。

一方、同じ200万円の売却益について確定申告をした場合には、保険料や医療費の窓口負担割合に影響する可能性があります。

つまり、経済的には同じ200万円の利益を得ていても、確定申告の有無によって社会保険負担が異なる場合がありました。

この問題は、金融所得を多く得ている人の負担能力を、社会保険制度に十分反映できていないという議論につながっていました。

今回の制度変更は、こうした申告方法による違いを是正することを目的としています。

2029年8月から何が変わるのか

新制度では、原則として2029年8月から、確定申告をしなかった一定の金融所得についても、後期高齢者医療制度の保険料や窓口負担割合などに反映される予定です。

最初は原則として2028年分の金融所得が対象となります。

例えば、2028年中に源泉徴収ありの特定口座で300万円の株式売却益が発生した場合です。

これまでであれば、確定申告をしないことで、原則として後期高齢者医療制度の所得判定に反映されない取り扱いがありました。

しかし、新制度では確定申告をしなくても、対象となる金融所得が判定に反映されることになります。

その結果、医療保険料が増える場合や、医療費の窓口負担割合が変わる場合があります。

ただし、金融所得が発生した人すべての負担が増えるわけではありません。

年金収入、世帯構成、所得控除、均等割の軽減制度、保険料の賦課限度額などによって影響は異なります。

金融機関が提出する法定調書の役割

金融所得を把握する仕組みの中心となるのが、金融機関などが提出する法定調書です。

法定調書とは、税務上必要な所得や支払いに関する情報を、金融機関や企業などが税務当局へ報告する書類です。

例えば、証券会社は一定の株式取引や配当などについて、税法に基づく情報を提出しています。

源泉徴収ありの特定口座については、特定口座年間取引報告書などが重要な情報となります。

新制度では、こうした税務情報を活用し、対象となる金融所得を社会保険の負担判定に反映する仕組みが整備されます。

これにより、確定申告書に記載されていない金融所得についても、制度上必要な情報を把握できるようになります。

ただし、金融機関が保有するすべての資産情報が、そのまま医療保険料の計算に利用されるわけではありません。

今回の対象は、制度上定められた金融所得に関する情報です。

金融資産の残高や未実現の評価益を一律に保険料へ反映する仕組みではありません。

マイナンバーと金融所得の把握

金融所得の把握では、マイナンバーを活用した税務情報の管理も重要な役割を果たします。

証券口座の開設時などには、原則としてマイナンバーの提出が必要です。

金融機関は、法令に基づいて税務関係の書類にマイナンバーを記載する場合があります。

これにより、税務当局は個人ごとの所得情報を適切に管理する仕組みを整えています。

ただし、マイナンバーによって、すべての金融資産の残高や取引内容が無制限に把握されるという理解は適切ではありません。

情報の取得や利用には、法令上の根拠と利用目的が必要です。

また、今回の制度変更は、金融資産そのものに対して医療保険料を課す制度ではありません。

あくまで対象となる金融所得を、負担能力の判定に反映する仕組みです。

金融所得の把握と金融資産への課税を混同しないことが重要です。

NISA口座の所得は対象外

今回の制度変更では、NISA口座で得た非課税所得は、新たな金融所得反映の対象外とされています。

例えば、NISA口座で購入した投資信託が値上がりし、100万円の売却益が発生した場合です。

NISAの非課税要件を満たしていれば、所得税・住民税は課税されません。

また、その非課税所得は、今回の後期高齢者医療制度における新たな金融所得反映の対象にもなりません。

一方、課税口座で同じ100万円の売却益が発生した場合には、原則として20.315%の税金がかかり、さらに社会保険負担にも影響する可能性があります。

この違いによって、NISAは税制優遇だけでなく、高齢期の社会保険負担を抑える手段としても重要になります。

ただし、NISAには年間投資枠や非課税保有限度額があります。

また、課税口座の資産をそのままNISAへ移すことはできません。

制度のメリットだけでなく、投資枠や売却時の税負担も考慮する必要があります。

預貯金の利子は今回の対象外

今回の制度変更では、預貯金の利子も新たな金融所得反映の対象外とされています。

例えば、銀行預金から年間10万円の利子を受け取った場合です。

預貯金の利子には、原則として20.315%の税金が源泉徴収されます。

しかし、その利子は今回の後期高齢者医療制度における新たな金融所得反映の対象外です。

一方、上場株式の配当や対象となる債券の利子などは、制度上の金融所得として反映される場合があります。

したがって、同じ利子や運用収益であっても、金融商品の種類によって社会保険上の取り扱いが異なります。

ただし、預貯金の利子が対象外だからといって、すべての金融資産を預貯金へ移すことが合理的とは限りません。

預金金利、物価上昇、資産運用の目的、必要な生活費などを総合的に考える必要があります。

確定申告が不要になるわけではない

今回の制度変更によって、確定申告そのものが不要になるわけではありません。

源泉徴収ありの特定口座では、一定の取引について申告不要を選択できます。

しかし、源泉徴収なしの特定口座や一般口座で得た所得については、所得金額などに応じて確定申告が必要になる場合があります。

また、複数の証券会社で発生した株式の譲渡損益を通算する場合や、譲渡損失の繰越控除を利用する場合には、確定申告が必要です。

さらに、配当控除の適用などを検討する場合にも、申告方法の選択が重要になります。

新制度では、確定申告をしなくても一定の金融所得が社会保険負担に反映されますが、税務上の申告制度がなくなるわけではありません。

確定申告をするかどうかは、所得税・住民税の取り扱いと、社会保険負担への影響を分けて検討する必要があります。

複数の証券口座を保有している場合の注意点

金融資産を複数の証券会社で運用している人も少なくありません。

例えば、A証券会社で100万円の売却益が発生し、B証券会社で80万円の売却損失が発生した場合です。

税務上は、一定の条件を満たせば損益通算が可能です。

その結果、課税対象となる譲渡益を20万円に圧縮できる場合があります。

しかし、複数の証券会社の特定口座間で損益通算するためには、原則として確定申告が必要です。

今回の制度変更において、申告不要の金融所得と申告によって損益通算した所得をどのように取り扱うかは、具体的な制度運用を確認する必要があります。

特に、複数口座で利益と損失が発生している人は、税金だけでなく社会保険負担への影響も考慮することが重要です。

金融所得の把握は公平性の向上につながるのか

今回の制度変更の背景には、社会保険負担の公平性という問題があります。

同じ所得を得ていても、確定申告の有無によって医療保険料が異なることは、負担能力に応じた制度という観点から課題がありました。

新制度では、金融所得をより広く把握することで、申告方法による負担の違いを縮小することが期待されています。

一方、金融所得を社会保険負担に反映することには、慎重な検討が必要な側面もあります。

例えば、老後の生活費を確保するために長年積み立ててきた金融資産を売却した場合、その売却益が一時的に所得を押し上げることがあります。

また、株式市場の変動によって、売却益が大きい年と少ない年が生じる場合もあります。

そのため、金融所得を単年度で判定することが、高齢者の実際の負担能力をどこまで適切に反映するかという課題もあります。

公平性の向上と、老後の資産形成を阻害しない制度設計の両立が重要です。

今後は介護保険や国民健康保険にも広がるのか

金融所得の反映は、まず後期高齢者医療制度から始まる予定です。

しかし、今後は介護保険や国民健康保険についても、金融所得をどのように取り扱うかが検討課題になる可能性があります。

特に介護保険では、所得に応じて利用者負担割合が1割、2割、3割に分かれています。

また、一定の施設サービスなどでは、預貯金等の資産要件も設けられています。

金融所得の把握が進めば、こうした制度の負担判定にも影響する可能性があります。

ただし、後期高齢者医療制度の仕組みが、そのまま他の社会保険制度に適用されると決まったわけではありません。

制度ごとの目的や保険料の計算方法が異なるため、今後の議論を確認する必要があります。

税理士・FPの視点から考える金融所得の管理

2029年からの制度変更によって、金融所得の管理は税務だけでなく、社会保険の観点からも重要になります。

これまでは、源泉徴収ありの特定口座を利用することで、確定申告の手間を省きながら資産運用を行うことができました。

今後も特定口座の利便性は変わりませんが、確定申告をしないことによって社会保険負担への反映を避けるという取り扱いは変わる予定です。

そのため、金融資産の管理では、年間の配当収入、株式や投資信託の売却益、複数口座の損益、NISA口座の保有状況などを把握する必要があります。

また、75歳以降に多額の金融資産を取り崩す予定がある場合には、売却時期と所得判定年度の関係を確認することが重要です。

ただし、社会保険料を抑えるためだけに資産を売却したり、必要以上に運用方針を変更したりすることは適切ではありません。

税金、社会保険料、医療費、生活費、相続対策を総合的に考える必要があります。

結論

2029年8月から始まる金融所得の後期高齢者医療制度への反映によって、源泉徴収ありの特定口座で確定申告をしなかった金融所得についても、医療保険料や窓口負担割合などの判定に反映されるようになる予定です。

これまで、確定申告の有無によって社会保険負担が異なる場合がありましたが、新制度では金融機関などが提出する税務情報を活用し、こうした違いを縮小することが目指されています。

一方、NISA口座で得た非課税所得や預貯金の利子は、今回の新たな金融所得反映の対象外です。

また、金融資産の保有残高や未実現の評価益そのものが、保険料に反映されるわけではありません。

重要なのは、金融所得の把握が進むことと、金融資産そのものに保険料が課されることを区別することです。

人生100年時代の資産管理では、確定申告をするかどうかだけでなく、金融所得がいつ、どの程度発生するかを把握することが重要になります。

今後は、税務情報と社会保険制度の関係を理解し、税金、医療保険料、医療費負担を含めた長期的な資産管理を進めることが求められます。

参考

日本経済新聞 2026年10月31日 朝刊「金融所得を高齢者医療に反映 NISAは対象外、資産売却時期で負担変化」

厚生労働省「後期高齢者医療制度」

厚生労働省「後期高齢者医療制度における金融所得の公平な反映」

国税庁「特定口座制度」

国税庁「株式等を譲渡したときの課税」

国税庁「法定調書の種類」

金融庁「NISAを知る」

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