相続税の実務では、国内の不動産と海外の不動産で税務上の取扱いが異なることがあります。
特に、海外に居住する日本人が増えるなか、国外財産に対する相続税の課税関係は複雑になっています。
しかし、海外にある土地だからという理由だけで、日本の小規模宅地等の特例が適用できないと判断するのは誤りです。
今回は、アメリカにある自宅敷地をめぐる失敗事例を参考に、相続税の納税義務と小規模宅地等の特例の関係について解説します。
アメリカの自宅敷地を対象外と判断した事例
父親はアメリカで自宅とその敷地を取得し、母親と同居していました。
夫婦はアメリカに移住して8年が経過しており、子どもは日本に居住していました。
2026年7月に父親が亡くなり、母親がアメリカの自宅とその敷地を相続しました。
一方、父親は日本国内にも賃貸アパートの敷地200㎡を所有していました。
相続税申告を担当した税理士は、アメリカにある自宅敷地は国外財産であるため、小規模宅地等の特例を適用できないと判断しました。
そこで、国内のアパート敷地について貸付事業用宅地等の特例を適用しました。
しかし、研修資料では、この判断が失敗事例として紹介されています。
海外にある自宅敷地についても、一定の要件を満たせば小規模宅地等の特例を適用できるためです。
最初に確認するのは相続税の納税義務
国際相続では、まず財産の所在地を確認する前に、相続人がどのような納税義務者に該当するかを判定する必要があります。
相続税法第1条の3では、相続税の納税義務者を、住所、国籍、過去の居住状況などに応じて区分しています。
代表的な区分には、居住無制限納税義務者、非居住無制限納税義務者、居住制限納税義務者、非居住制限納税義務者があります。
無制限納税義務者に該当する場合には、原則として国内財産だけでなく、国外財産も日本の相続税の課税対象となります。
一方、制限納税義務者の場合には、原則として国内財産が課税対象となります。
今回の事例では、母親は非居住無制限納税義務者に該当するものとされています。
したがって、アメリカにある自宅とその敷地も、日本の相続税の課税対象となることが前提です。
ここで重要なのは、国外財産が日本の相続税の課税対象となるかという問題と、小規模宅地等の特例を適用できるかという問題を分けて考えることです。
小規模宅地等の特例には国内限定の規定がない
小規模宅地等の特例は、租税特別措置法第69条の4に規定されています。
この条文では、被相続人等の居住用や事業用に供されていた宅地等について、一定の要件を満たす場合に評価額を減額することが認められています。
特定居住用宅地等については330㎡まで80%減額、貸付事業用宅地等については200㎡まで50%減額することができます。
そして、重要なのは、特例対象宅地等について、その所在地を日本国内に限定する規定が設けられていないという点です。
つまり、海外にある土地でも、日本の相続税の課税対象となる財産であり、特例の適用要件をすべて満たしていれば、対象となり得ます。
制度の名称や一般的な説明だけで判断するのではなく、法律が所在地について制限を設けているかどうかを確認する必要があります。
海外の自宅と国内アパートのどちらが有利か
今回の事例では、アメリカの自宅敷地と日本のアパート敷地が存在しています。
仮に、アメリカの自宅敷地の評価額が1億円、面積が250㎡だったとします。
特定居住用宅地等の要件を満たせば、8,000万円の評価減が可能です。
一方、日本のアパート敷地の評価額が6,000万円、面積が200㎡であれば、貸付事業用宅地等としての評価減は3,000万円です。
この例では、自宅敷地について特例を適用した方が、評価減額は5,000万円大きくなります。
もちろん、これは比較のための仮定です。
実際には、国外不動産の相続税評価額、宅地の利用状況、取得者の要件、ほかの特例対象宅地等との限度面積の調整などを確認する必要があります。
また、国外財産の評価については、外国通貨の円換算や現地の不動産制度も考慮しなければなりません。
国外財産に適用できない特例との違い
国外不動産について誤解が生じやすい理由の一つは、他の税制には国内財産であることを明確に求めるものがあるためです。
例えば、住宅取得等資金の贈与税非課税制度では、対象となる住宅用家屋について国内所在地の要件が設けられています。
また、贈与税の配偶者控除についても、対象となる居住用不動産は相続税法の施行地にあるものとされています。
農地等の納税猶予制度についても、制度の趣旨や対象となる農地の定義から、国内の農地を前提とした仕組みになっています。
このように、同じ資産税の特例であっても、財産の所在地に関する要件は制度ごとに異なります。
ある特例では国外財産を対象外としているからといって、別の特例についても同じ結論になるとは限りません。
家なき子特例との混同にも注意する
小規模宅地等の特例には、いわゆる家なき子特例があります。
この特例では、相続開始前3年以内の居住状況を判断する際、日本国内にある一定の所有家屋に居住していたかどうかが重要になります。
しかし、家なき子特例における国内家屋の判定規定と、特例対象宅地等そのものの所在地に関する規定は別の問題です。
特定の要件に国内所在地という文言があるからといって、制度全体が国内不動産だけに適用されるとは判断できません。
税法を読む際には、何についての要件なのかを区別することが重要です。
国際相続では外国の税金にも注意する
海外の自宅敷地に日本の小規模宅地等の特例を適用できる場合でも、それだけで国際相続の税務問題が解決するわけではありません。
例えば、アメリカにある不動産については、現地の遺産税や州ごとの税制を確認する必要があります。
日本と外国の双方で課税される場合には、外国税額控除などの調整制度が問題になることがあります。
また、現地の相続手続きや財産評価方法、日本の相続税申告に必要な資料も確認しなければなりません。
日本の税制上の特例を検討するとともに、現地の法律や税務制度を理解する専門家との連携が重要になります。
結論
海外にある不動産だからという理由だけで、小規模宅地等の特例の適用を否定してはいけません。
まず、相続人の納税義務者区分を確認し、国外財産が日本の相続税の課税対象となるかを判断する必要があります。
そのうえで、租税特別措置法第69条の4に規定された要件を検討します。
今回の事例が示しているのは、税制の適用要件について思い込みで判断する危険性です。
国内財産と国外財産の取扱いは、制度ごとに条文を確認することが欠かせません。
海外で暮らす日本人の相続が増えるなか、国際相続における小規模宅地等の特例は、今後ますます重要な検討課題になると考えられます。
参考
東京税理士会 2026年度第15回会員研修会資料 相続税申告における失敗事例から学ぶ対応法 2026年度版 15ページから33ページ
相続税法第1条の3
租税特別措置法第69条の4
租税特別措置法第70条の2
相続税法第21条の6
国税庁 相続税の申告のしかた 2025年度版