50代・60代の働き方を考えるうえで、見過ごせない問題があります。それが「キャリア・プラトー」です。
長年にわたり企業で経験を積み、専門知識や管理能力を身につけてきたにもかかわらず、昇進の可能性が小さくなり、仕事への意欲や成長実感が薄れていく状態を指します。
人生100年時代を迎え、60歳以降も働き続けることが一般的になりつつあります。しかし、雇用期間が延びることと、働く人が充実した職業人生を送れることは必ずしも同じではありません。
企業にはミドル・シニア世代の能力を生かす仕組みが求められ、働く人自身にも、会社の人事制度だけに依存しないキャリア形成が必要になっています。
キャリア・プラトーとは何か
キャリア・プラトーの「プラトー(plateau)」とは、もともと高原を意味する言葉です。
山を登っている間は標高が上がりますが、高原に到達すると平坦な地形が続きます。この状態を職業人生に当てはめたものがキャリア・プラトーです。
キャリア・プラトーには、大きく分けて2つの種類があります。
1つ目は「昇進の停滞」です。
現在の役職から、さらに上位の職位へ昇進する可能性が著しく低くなった状態です。
2つ目は「仕事上の停滞」です。
仕事に新しい挑戦や学習の機会が少なくなり、成長実感や達成感を得られなくなった状態です。
重要なのは、この2つが必ずしも一致しないことです。
昇進できなくても、新しい仕事に挑戦して充実感を得ている人はいます。一方、管理職として高い地位にあっても、毎日の仕事に刺激がなく、成長を感じられない人もいます。
したがって、キャリアの充実を役職や給与だけで判断することには限界があります。
ミドル・シニア世代で昇進の停滞が広がる背景
企業の管理職ポストには限りがあります。
組織の階層が大きく変わらない限り、すべての社員が部長や役員まで昇進できるわけではありません。
資料で紹介されている男性大卒50~54歳の役職者比率の推移によると、1990年代までは部長級と課長級を合わせた割合がおおむね50%を超えていました。
しかし、2000年代以降は低下傾向が続き、近年では40%程度となっています。
管理職の平均年齢も上昇しており、昇進の停滞を経験する社員が増えていることがうかがえます。
さらに、企業では組織のスリム化や管理職ポストの見直しが進められています。
こうした環境では、本人の能力や努力だけで昇進の可能性を高めることは難しくなります。
昇進できないことを本人の能力不足と結びつけるのではなく、組織構造の問題として理解する必要があります。
仕事上の停滞を生み出す2つの原因
仕事上の停滞には、主に2つの原因があります。
第一に、仕事のマンネリ化です。
同じ業務を長期間担当すると、仕事の進め方を習熟する一方で、新しく学ぶことが少なくなります。
若い頃には難しかった仕事も、経験を重ねることで容易に処理できるようになります。
しかし、仕事を効率的に処理できることと、成長を実感できることは別です。
異動や研修によって刺激を受ければ、マンネリ感が解消する場合もあります。
ところが、ミドル・シニア世代になると、職種をまたぐ異動や新しい業務を経験する機会が減少する傾向があります。
その結果、仕事に対する新鮮さを取り戻しにくくなります。
第二に、本人の能力を超える仕事を抱えることです。
仕事上の停滞は、仕事が簡単すぎる場合だけに生じるものではありません。
業務量や難易度が過大で、目の前の仕事を処理するだけで精いっぱいになる場合にも発生します。
特にプレイングマネジャーは注意が必要です。
管理職として部下の育成や組織運営を担いながら、自分自身も担当業務を抱えるため、新しい知識を学んだり、仕事の進め方を改善したりする時間を確保できなくなります。
忙しく働いているにもかかわらず、成長を実感できないという状況です。
キャリアの停滞が企業経営に与える影響
キャリア・プラトーは、個人の働きがいや満足度だけの問題ではありません。
企業経営にも影響を及ぼします。
まず、人件費と生産性のバランスが崩れる可能性があります。
長年勤務して給与水準が高くなった社員が、仕事上の停滞によって十分な成果を発揮できなくなると、人件費に見合う付加価値を生み出しにくくなります。
次に、職場全体の士気が低下する可能性があります。
若手社員が、給与水準の高いベテラン社員の働きぶりに不公平感を持つようになれば、組織への信頼や仕事への意欲にも影響します。
さらに、企業変革への抵抗が生まれることもあります。
過去の成功体験に依存し、新しいITツールや業務プロセスの導入に消極的になると、DXや新規事業への対応が遅れる可能性があります。
ただし、こうした問題をミドル・シニア世代の年齢そのものに原因があると考えることは適切ではありません。
経験豊富な社員が能力を発揮できる仕事や環境を整えているかどうかが重要です。
副業がキャリアの停滞を防ぐ可能性
キャリア・プラトーへの対策として注目されるのが、副業です。
副業には収入を増やすという目的がありますが、それだけではありません。
本業とは異なる仕事や人間関係に触れることで、新しい知識や視点を獲得できる可能性があります。
資料で紹介されているパーソル総合研究所の2023年の調査では、副業による学びの効果として、視野が拡大した人が30.4%、業務に役立つスキルや知識を身につけた人が19%、モチベーションが高まった人が18.8%とされています。
副業で得た経験を本業に還元できれば、企業側にもメリットがあります。
もっとも、すべての企業で副業が認められているわけではありません。
副業が禁止されている企業では、就業規則や守秘義務などを遵守する必要があります。
その場合でも、社内の別部門の業務に参加するダブルジョブ、社内プロジェクトへの参画、資格取得や学習などによって、新しい経験を積むことは可能です。
重要なのは、副業そのものではなく、現在の仕事とは異なる刺激や学びを継続的に得ることです。
社内公募制度による新しいキャリア形成
企業が取り組める施策として、社内人材公募制度があります。
新規事業や専門業務などの募集を社内に公開し、希望する社員が応募できる仕組みです。
従来の人事異動では、会社が社員の配置を決めることが一般的でした。
しかし、社内公募制度では、社員自身が希望する仕事に挑戦する機会を持てます。
企業側にとっては、これまで把握できなかった社員の能力や意欲を発見できるメリットがあります。
ミドル・シニア世代は、複数の部門や職務を経験している場合も多く、その経験を新しい分野で生かせる可能性があります。
会社が社員の過去の役職や所属部門だけで能力を判断するのではなく、保有する知識や経験を幅広く評価することが重要です。
リスキリングは経験を捨てることではない
キャリア・プラトーを防ぐためには、リスキリングも重要です。
リスキリングとは、新しい職務に就くため、あるいは現在の仕事で必要となる能力の変化に対応するために、新たな知識や技能を身につけることです。
近年は、AIやデジタル技術に関する学習が注目されています。
ただし、ミドル・シニア世代が長年培ってきた専門知識を捨てて、まったく新しい分野に転換する必要があるとは限りません。
むしろ、既存の専門性とデジタル技術を組み合わせることに大きな価値があります。
例えば、経理・財務部門で経験を積んだ社員であれば、会計や税務の知識に加えて、生成AI、データ分析、業務自動化などを学ぶことで、新たな役割を担える可能性があります。
人事部門であれば、人材育成の経験と人事データの分析を組み合わせることが考えられます。
営業部門であれば、顧客との関係構築能力にデジタルマーケティングの知識を加えることができます。
これまでの経験を土台に、新しい技術を積み重ねることが、キャリアの停滞を防ぐ現実的な方法です。
役職定年後の働き方と企業の責任
ミドル・シニア世代のキャリアを考えるうえで、役職定年制度も重要です。
一定の年齢に達した管理職を役職から外す制度で、給与の減額や職務内容の変更を伴う場合があります。
企業にとっては、管理職ポストの新陳代謝や人件費管理という目的があります。
一方、対象となる社員は、役職を離れたことで会社から期待されなくなったと感じる場合があります。
その結果、仕事への意欲が低下し、キャリア・プラトーが深刻化する可能性があります。
企業には、役職定年後も本人の能力に見合った仕事を任せることが求められます。
専門職としての活躍、後継者の育成、若手社員への知識継承、新規事業への参画など、経験を生かす方法は複数あります。
また、役職定年制度を廃止する場合には、年齢や勤続年数に依存した昇進制度そのものを見直す必要があります。
年齢だけで一律に処遇を決めるのではなく、能力、役割、成果に応じて評価する仕組みが重要になります。
50代から考えたい会社に依存しないキャリア
キャリア・プラトーへの対応は、企業の人事制度だけに任せるものではありません。
働く人自身も、50代から将来の働き方を考える必要があります。
その際、重要になるのは3つの視点です。
第一に、自分の専門性を明確にすることです。
長年の経験のなかで、どのような知識や能力を蓄積してきたのかを整理します。
第二に、新しい学習を継続することです。
現在の仕事に必要な知識だけでなく、将来の働き方に役立つ能力を身につけることが重要です。
第三に、会社の役職以外にも自分の価値を見いだすことです。
役職は会社の組織によって決まりますが、専門知識や経験は個人に蓄積されます。
定年後の再雇用、専門職としての継続勤務、転職、独立開業など、働き方の選択肢を広げるためにも、会社の外でも通用する能力を意識することが大切です。
ただし、独立開業がすべての人に適しているわけではありません。
収入の安定性、健康状態、家族の生活、社会保険、年金などを総合的に考え、自分に合った働き方を選択する必要があります。
人生100年時代のキャリアは昇進だけでは測れない
従来の日本企業では、昇進や昇格がキャリア形成の中心に置かれてきました。
しかし、人生100年時代には、昇進だけを職業人生の成功基準とする考え方には限界があります。
50代で昇進が止まったとしても、その後の20年、30年にわたって成長し続けることは可能です。
反対に、高い役職に就いていても、新しい学びや挑戦がなければ、仕事上の停滞に陥る可能性があります。
大切なのは、現在の役職よりも、これからどのような価値を生み出せるかという視点です。
企業も、ミドル・シニア世代を単に雇用し続けるだけではなく、能力を発揮できる仕事と成長機会を提供する必要があります。
働く人自身も、会社が用意する昇進の階段だけに頼らず、自ら学び、経験を広げ、働き方を選択していくことが求められます。
結論
キャリア・プラトーとは、昇進や仕事上の成長が停滞する状態であり、特にミドル・シニア世代にとって重要な課題です。
背景には、管理職ポストの制約、仕事のマンネリ化、過大な業務負担、新しい経験を得る機会の減少などがあります。
企業には、副業や社内公募制度、リスキリング、役職定年後の適切な職務配置などを通じて、社員の能力を生かす仕組みが求められます。
一方、働く人自身には、役職や年齢にとらわれず、専門性を磨き続ける姿勢が必要です。
人生100年時代のキャリア形成で重要なのは、何歳まで昇進できるかではなく、何歳になっても学び、社会に価値を提供し続けられるかということです。
50代・60代は、キャリアの終着点ではありません。
これまで蓄積してきた経験を、新しい働き方へと結びつける重要な転換期です。
参考
『企業実務』2026年11月号
山本寛「ミドル~シニア世代が気をつけたい『キャリア・プラトー』とは」
パーソル総合研究所『第三回 副業の実態・意識に関する定量調査』(2023年)
日本労働組合総連合会『連合・賃金レポート2021』