株式市場では、取引所が一つだけ存在するよりも、複数の取引市場が競争することで投資家の利便性が高まる場合があります。
日本では東京証券取引所が圧倒的な存在感を持っていますが、近年はPTSの取引シェアが拡大し、市場間競争が現実的なテーマになってきました。
市場同士が競争すると、価格や手数料、取引時間、システムの使いやすさなどさまざまな面で改善が進む可能性があります。一方で、取引が複数市場へ分散することで新たな課題も生まれます。
市場間競争とは何か
市場間競争とは、同じ金融商品を売買できる複数の市場が、投資家や注文を獲得するために競争することです。
日本株の場合、代表的なのは東京証券取引所とPTSとの競争です。
同じ上場株式であっても、投資家は東証だけでなくPTSで売買できる場合があります。
すると各市場は、
より有利な価格
より低い取引コスト
より長い取引時間
より高速なシステム
より高い約定可能性
などを提供することで注文を集めようとします。
これが市場間競争です。
なぜ競争が必要なのか
一つの市場に取引が集中すると、流動性を集約できるというメリットがあります。
売買注文が一カ所に集まるため、買いたい人と売りたい人が出会いやすくなります。
一方で、競争相手がほとんど存在しなければ、市場運営者がサービスを改善する圧力は弱くなる可能性があります。
そこで複数の市場が競争すると、
取引コストの低下
システム改善
注文方法の多様化
取引時間の拡大
などが期待できます。
市場間競争は、株式市場全体の効率性を高める手段の一つと考えられています。
東証とPTSはどのように競争するのか
東証とPTSでは、同じ銘柄を売買できることがあります。
しかし取引ルールやサービスは完全に同じではありません。
例えばPTSには、
東証より細かな呼び値
夜間取引
独自の取引手数料
異なる注文方法
などがあります。
こうした違いを利用してPTSは注文を集めます。
東証側も競争を意識し、呼び値制度や取引時間、システム機能などの改善を進めてきました。
つまりPTSの存在そのものが、既存の取引所に改善を促す役割を果たすことがあります。
手数料競争が起こる
市場間競争の分かりやすい効果の一つが、取引コストの引き下げです。
市場を運営する側は、できるだけ多くの注文を集めたいと考えます。
そのため取引参加者に対する手数料を引き下げたり、一定条件で優遇したりすることがあります。
証券会社側も、取引コストの低い市場を利用できれば、顧客向けサービスを改善しやすくなります。
結果として市場間競争が、最終的には個人投資家の売買コスト低下につながる可能性があります。
価格競争も生まれる
市場間競争は手数料だけではありません。
同じ株式でも市場によって一時的に価格が異なる場合があります。
例えば、
東証では1000円で売り注文
PTSでは999円80銭で売り注文
が出ているとします。
買い手にとってはPTSの方が有利です。
このような価格差があれば、SORなどを通じて注文がPTSへ流れる可能性があります。
すると各市場は、より良い価格を提示するために投資家や流動性を呼び込もうとします。
こうした競争によって価格条件が改善される可能性があります。
取引時間の競争
PTSの特徴として大きいのが、取引時間の柔軟性です。
東証が閉まった後でも取引できるPTSがあります。
例えば企業が夕方に決算を発表した場合、東証では翌営業日まで売買できません。
一方、夜間取引に対応したPTSであれば、その日のうちに売買できる場合があります。
海外市場の急変や重要ニュースに対応できる点も、投資家にとってのメリットです。
市場間競争は、単なる価格競争だけでなく、サービス時間の競争にもつながっています。
システム競争も重要
現在の株式市場は、高度な電子システムによって動いています。
そのため、
処理速度
安定性
注文方法
情報提供
障害への対応
なども市場競争の重要な要素です。
特に大規模なシステム障害が起きれば、投資家が取引できなくなる可能性があります。
複数の市場が存在すれば、一つの市場に問題が起きたときに別の市場が補完的な役割を果たせる可能性があります。
市場間競争には、金融インフラの強靱性を高める側面もあります。
投資家利便性はどう高まるのか
市場間競争が適切に機能すると、投資家は複数のメリットを受ける可能性があります。
例えば、
より有利な価格で取引できる
売買コストが下がる
取引できる時間が広がる
注文方法が増える
約定機会が増える
といった効果です。
個人投資家自身が複数市場を常に比較しなくても、SORを利用する証券会社であれば、自動的に有利な市場へ注文を振り分けてもらえる場合があります。
市場間競争とSORは密接な関係にあります。
競争が強すぎると問題も起きる
市場が増えれば増えるほど良いというわけではありません。
最大の課題は、流動性が分散することです。
例えば100万株の買い注文と100万株の売り注文が一つの市場に集まっていれば、取引は成立しやすくなります。
しかし注文が複数市場へ細かく分かれると、それぞれの市場では売買相手を見つけにくくなる可能性があります。
その結果、
価格が市場ごとにばらつく
大口注文が成立しにくくなる
市場全体の需給が見えにくくなる
といった問題が起こることがあります。
市場監視も複雑になる
取引場所が増えると、不公正取引を監視する仕組みも複雑になります。
例えば一つの市場で買い注文を出しながら、別の市場で売買するなど、複数市場を利用した取引が行われる可能性があります。
相場操縦やインサイダー取引を監視する場合も、一つの市場だけを見るのでは不十分になる可能性があります。
そのため市場間競争を促進するなら、市場をまたいだ監視体制も整備する必要があります。
競争促進と投資家保護はセットで考える必要があります。
金融庁がPTSを育成してきた理由
日本では長年、株式売買が東証に集中してきました。
金融庁は市場間競争を促す観点から、PTSの利用拡大につながる制度整備を進めてきました。
PTSでの信用取引解禁や売買高規制の見直しなども、その流れの一つです。
また、2020年には東証のシステム障害によって終日売買できない事態が発生しました。
一つの市場に過度に依存することには、金融インフラ上のリスクもあります。
PTSには競争相手としてだけでなく、東証を補完する市場としての役割も期待されています。
PTSの成長が新たな課題を生んだ
PTSを育成した結果、その売買シェアは大きく伸びています。
ここで問題になるのが、市場シェア10%をめぐる現在のルールです。
一定の市場シェアを超えたPTSについては、金融商品取引所への移行が問題になります。
しかし取引所化すれば、現在と同じ形で東証上場銘柄を取り扱うことが難しくなるなど、制度上の課題があります。
PTSの競争力を高めようとしてきた一方、その成長によって既存制度との矛盾が表面化したともいえます。
これから重要になる競争と集約のバランス
株式市場には二つの異なる力が働きます。
一つは、競争を促すために取引場所を増やす方向です。
もう一つは、流動性を一カ所に集めて効率的な価格形成を実現する方向です。
競争を重視しすぎれば市場が分断されます。
一方、集約を重視しすぎれば市場運営者の競争が弱くなります。
どちらか一方が正しいのではなく、
競争による利便性向上
流動性の確保
市場の透明性
不公正取引への監視
を同時に実現する制度設計が重要です。
結論
市場間競争とは、東証やPTSなど複数の取引市場が、投資家の注文を獲得するために価格、手数料、取引時間、システムなどで競争することです。
競争が適切に機能すれば、投資家はより有利な価格、低い取引コスト、長い取引時間などのメリットを受けられる可能性があります。
また、一つの取引所に障害が起きた場合に別の市場が補完することで、市場インフラの強靱性を高める効果も期待できます。
一方で、取引場所が増えるほど流動性や注文情報が複数市場へ分散し、価格形成や市場監視が難しくなるという問題もあります。
PTS制度の見直しで問われているのは、単に市場シェア10%という数字を変更するかどうかではありません。
日本の株式市場で「競争」と「市場の一体性」をどのように両立させるのかという、より根本的な市場設計が問われています。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
私設取引「PTS」、制度見直し検討 金融庁 シェア10%上限引き上げ議論 売買活況で対応急ぐ