NISAと聞くと、多くの人は投資信託や株式を非課税で運用する制度を思い浮かべるでしょう。
ところが最近、NISAをめぐる議論が大きく変わり始めています。
個人向け国債をNISAの対象に加える案や、国債保有と相続税の優遇を組み合わせる案などが浮上しています。
NISAは単なる個人の資産形成制度ではなく、国民の貯蓄、国債、相続、さらには政府の財政政策まで関係する制度になりつつあります。
なぜNISAがこれほど政治的に重要な制度になったのでしょうか。
NISAとは何か
NISAは少額投資非課税制度です。
通常、株式や投資信託などへの投資によって利益や配当などを得ると税金がかかります。
NISA口座を利用して一定の範囲で投資すれば、こうした運用益が非課税になります。
制度の大きな目的は、家計に眠る預貯金を投資へ振り向け、長期的な資産形成を後押しすることです。
日本では長い間、家計金融資産の多くが現金や預金として保有されてきました。
そこで政策として進められてきたのが「貯蓄から投資へ」という流れでした。
NISAはその代表的な制度です。
NISAが巨大な制度になった
NISAが政治的にも無視できない存在となった背景には、利用者の急増があります。
参考記事によると、NISA口座は昨年末時点で約2826万口座に達しています。
NISAは満18歳以上の人について1人1口座が原則です。
つまり単純な金融商品の利用件数ではありません。
数千万人規模の国民が直接関係する制度になっているということです。
これだけ利用者が増えれば、NISA制度の変更は非常に多くの家計に影響します。
政治家にとっても重要な政策テーマになるのは自然な流れでしょう。
個人向け国債をNISAに入れる案
現在注目されているのが、個人向け国債をNISAの対象に加える考え方です。
現在のNISAは株式や一定の投資信託などが中心です。
一方、個人向け国債は国が個人から資金を借りる金融商品です。
株式とは性格がかなり違います。
個人向け国債には元本割れのリスクが基本的になく、一定の条件のもとで中途換金することもできます。
そのため株式投資ほど大きな価格変動を望まない人にとって、比較的利用しやすい金融商品です。
これをNISAの対象にすれば、投資信託や株式への投資には抵抗がある人でもNISAを利用しやすくなる可能性があります。
NISAの裾野を広げる効果は期待できるでしょう。
ただし政策目的は変わってくる
ここで重要なのが、NISAを何のための制度と考えるのかです。
もともとの大きな政策目的は「貯蓄から投資へ」でした。
家計のお金を企業などの成長資金へ向かわせ、その成果を家計にも還元するという考え方です。
ところが国債は政府がお金を借りるための商品です。
国債をNISAの対象にすると、
家計の資産形成を支援する制度
という側面に加えて、
個人による国債購入を促進する制度
という性格も強くなります。
似ているようですが、政策的な意味はかなり違います。
なぜ個人に国債を買ってほしいのか
日本では国債市場をめぐる環境も変化しています。
日本銀行は長期間、大量の国債を購入してきました。
しかし金融政策の正常化が進めば、日本銀行による国債購入に以前と同じように依存し続けることは難しくなります。
そこで重要になるのが、日本銀行以外の国債の買い手です。
銀行、生命保険会社、年金基金、海外投資家などに加えて、個人もその候補になります。
NISAを通じて個人向け国債の購入を促すことができれば、家計金融資産の一部を国債市場へ誘導できる可能性があります。
NISAと国債政策が結びつく理由はここにあります。
国債の買い手が増えると金利にも影響する
国債は買いたい人が多くなれば価格が上昇しやすくなります。
債券価格と金利は反対方向に動く関係にあるため、国債への需要が強まれば金利上昇を抑える方向に働く可能性があります。
政府にとって金利上昇は大きな問題です。
国債残高が巨額になっているため、金利が上昇すると将来的な利払い費も増えていきます。
個人による国債購入を増やす政策には、政府の資金調達を安定させるという意味も出てきます。
しかし、ここには難しい問題があります。
金利には財政を監視する役割もある
金利が上がらないことが常に良いとは限りません。
政府が財政赤字を拡大し続ければ、投資家は国債を保有するリスクに対して、より高い金利を求めることがあります。
つまり金利には政府の財政運営に対する市場からの警告という側面があります。
ところが政策によって国債需要を人工的に増やし、金利上昇を抑えることができれば、この市場からの警告が弱くなる可能性があります。
国債の利払い費を抑えることと、財政規律を維持すること。
この二つをどう両立させるのかが重要になります。
相続税優遇を組み合わせる議論もある
さらに議論を複雑にしているのが相続税です。
参考記事では、国民民主党が個人向け国債をNISAの対象に加えることなどとあわせて、相続税を非課税とする内容を含む法案を提出したことが紹介されています。
国債を保有すれば相続時にも税制上有利になる仕組みになれば、国債購入を促す力はかなり強くなるでしょう。
一方で問題になるのが、誰が大きな恩恵を受けるのかです。
相続する金融資産が多い人ほど、相続税の優遇によるメリットも大きくなる可能性があります。
国民全体の資産形成を支援する制度なのか。
高齢者から次世代への資産移転を促す制度なのか。
国債を安定的に消化する制度なのか。
複数の政策目的が一つの制度に入り始めると、制度そのものが分かりにくくなります。
NISAは万能の政策装置ではない
NISAが成功した制度だからこそ、さまざまな政策目的に利用したくなるのかもしれません。
しかし、一つの制度に多くの目的を持たせすぎると、本来の目的が見えにくくなります。
資産形成を促したい。
国債を買ってもらいたい。
相続を促したい。
市場の金利上昇を抑えたい。
それぞれ政策として検討する意味はあります。
ただし、それらをすべてNISAに背負わせる必要があるのかは別問題です。
制度を拡充するときには、誰が得をするのかだけでなく、その制度によって国民のお金がどこへ動くのかを見る必要があります。
NISA口座数の大きさが政治を変える
約3000万口座に近づいたNISAは、もはや一部の投資家だけの制度ではありません。
制度を変更すれば数千万人の生活や資産形成に関係します。
それだけ政治的な注目度も高くなります。
今後はNISAをめぐって、さらにさまざまな政策提案が出てくる可能性があります。
そのとき大切なのは、
「NISAで得をするか」
だけで判断しないことです。
なぜその金融商品をNISAに入れるのか。
政府は何を実現しようとしているのか。
税制優遇による負担は最終的に誰が負うのか。
こうした視点から制度を見る必要があります。
結論
NISAは「貯蓄から投資へ」を進めるための資産形成制度として成長してきました。
ところが利用者が約3000万口座規模まで増えたことで、その存在感は金融政策や財政政策にも及び始めています。
個人向け国債を対象に加えれば、投資初心者にとって選択肢が増える一方、NISAが国債購入を促す政策手段として利用される側面も生まれます。
さらに相続税優遇まで組み合わせれば、資産形成、国債政策、相続政策が一つの制度の中で交差することになります。
NISAの拡充そのものを良い悪いで判断するだけでは十分ではありません。
重要なのは、
「何のためのNISAなのか」
という原点です。
利用者が増えれば増えるほど、制度変更による影響も大きくなります。
NISAが国民の長期的な資産形成を支える制度であり続けるためにも、政策目的と税制優遇のバランスを丁寧に検証していく必要があるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年9月6日 朝刊 「なんでもNISA」の陥穽