国税庁の徴収行政が、大きな転換期を迎えています。
従来の徴収行政は、納期限までに納付されなかった税金について、催告や財産調査、差押えなどを通じて徴収することが中心でした。
しかし、近年の国税庁は、滞納が発生してから対応するだけでなく、納税者が期限内に納付できる環境を整え、滞納そのものを未然に防止する取組を重視しています。
2026年11月2日付の「税のしるべ」に掲載された国税庁徴収部長・山下和博氏へのインタビューでは、キャッシュレス納付の利用拡大、人工知能(AI)の活用、大口・悪質滞納への厳正な対応など、今後の徴収行政の方向性が示されました。
こうした変化は、国税庁内部の業務改革にとどまりません。
企業の経理部門、税理士、個人事業主、一般の納税者にとっても、納税管理の在り方を見直す重要な契機になります。
徴収行政の役割と基本的な考え方
国税庁の徴収行政には、国税を適正かつ確実に収納するという重要な役割があります。
所得税、法人税、消費税、相続税などの国税は、社会保障、教育、公共事業、防衛など、国のさまざまな行政活動を支える財源です。
税負担の公平性を確保するためには、法律に基づいて計算された税金が、定められた期限までに納付されることが必要です。
納期限までに税金が納付されなかった場合、税務署は督促や催告を行い、必要に応じて財産の差押えなどの滞納処分を実施します。
一方、納税者が一時的な資金繰りの悪化などによって納付できない場合には、一定の要件のもとで納税の猶予などの制度が設けられています。
徴収行政には、期限内に納付した納税者との公平性を確保するとともに、個々の納税者の実情を踏まえた適切な対応が求められます。
滞納発生後の対応から未然防止への重点移行
今回のインタビューで注目されるのは、国税庁が滞納の未然防止を重視していることです。
税金の滞納には、さまざまな原因があります。
単純な納付忘れ、納付手続の誤り、資金繰りの悪化、事業不振、納税資金の準備不足などです。
なかには、納税する資力がありながら、意図的に納付を回避する悪質な事案もあります。
こうした原因の異なる滞納に対して、すべて同じ方法で対応することは合理的ではありません。
例えば、納付忘れによる滞納であれば、納期限の周知や自動納付の仕組みによって防止できる可能性があります。
納税資金の準備不足が原因であれば、納税予定額を早期に把握し、計画的に資金を確保することが重要になります。
国税庁が進める滞納の未然防止は、納税者が適切に納付できる環境を整えることによって、徴収行政全体の効率化を図る取組といえます。
税務行政の将来像とDX・BPRの推進
国税庁は、経済社会や技術環境の変化に対応するため、「税務行政の将来像」の実現に向けた改革を進めています。
その中心となるのが、DXとBPRです。
DXはデジタルトランスフォーメーションの略称で、デジタル技術を活用して業務や組織の在り方を変革することを意味します。
BPRはビジネスプロセス・リエンジニアリングの略称で、既存の業務手順を抜本的に見直す取組です。
税務行政におけるDXは、紙の申告書を電子申告に置き換えることだけではありません。
申告、納付、相談、情報管理、徴収といった一連の業務を見直し、納税者の利便性と行政運営の効率性を高めることが重要です。
例えば、電子申告を導入しても、納付のために金融機関へ出向く必要があれば、手続全体の効率化には限界があります。
申告から納付までを一体的に電子化することによって、納税者と行政機関の双方で事務負担を削減できます。
キャッシュレス納付54%目標の意味
国税庁は、2026年度末までに国税のキャッシュレス納付割合を54%とすることを目指しています。
キャッシュレス納付には、ダイレクト納付、インターネットバンキング、クレジットカード納付、スマートフォンアプリ納付、振替納税などがあります。
それぞれ利用できる税目や納付金額、手数料、手続方法などが異なるため、納税者の状況に応じた選択が必要です。
キャッシュレス納付の普及によって、納税者は金融機関や税務署に出向く負担を減らすことができます。
企業では、納付書の作成、金融機関への持参、納付済み書類の整理などの業務を見直すことが可能になります。
金融機関や行政機関でも、現金や紙の書類を取り扱うコストの削減が期待されます。
さらに、納付手続を電子化することは、納付忘れの防止にもつながります。
国税庁がキャッシュレス納付を重視する背景には、利便性の向上と滞納の未然防止という2つの目的があります。
自動ダイレクトと予納ダイレクトの活用
滞納の未然防止に役立つ仕組みとして、自動ダイレクトと予納ダイレクトがあります。
自動ダイレクトは、対象となる申告手続について、e-Taxによる申告書等の送信時に所定の条件を満たして利用することで、原則として法定納期限に登録口座から自動的に納付できる仕組みです。
電子申告後に別途納付手続を行う負担を減らし、納付忘れを防止する効果が期待されます。
ただし、利用できる税目や申告手続、納付額には条件があり、口座残高が不足している場合には納付できません。
一方、予納ダイレクトは、将来納付する国税について、あらかじめ納付日と金額を設定して予納する仕組みです。
納税資金を計画的に準備することで、納期限にまとまった資金を確保する負担を軽減できます。
特に中小企業や個人事業主では、納税資金を運転資金と区分して管理することが重要です。
これらの仕組みは、納税手続の利便性を高めるだけでなく、資金管理の改善にもつながります。
国税滞納残高9,847億円という現実
国税庁の説明によると、2025年度の滞納整理中の国税は、全税目合計で9,847億円となりました。
前年度より133億円、1.4%増加しています。
背景には、徴収決定済額が過去最高となったことなどにより、新規発生滞納額が整理済額を上回ったことがあります。
滞納残高の増加は、国税庁にとって重要な課題です。
ただし、滞納残高の増加だけをもって、納税者の納税意識が低下していると判断することはできません。
税収規模の拡大、経済環境の変化、企業の資金繰りなど、複数の要因を考慮する必要があります。
国税庁は、納期限前後の納付指導、納税コールセンターによる催告、計画的な納税資金準備の周知などを通じて、滞納の未然防止と早期解消を図っています。
AIを活用した徴収行政の高度化
徴収行政の改革では、AIの活用も進んでいます。
国税庁は、滞納者の過去の接触履歴、申告書データ、業種などの情報をもとに、効果的な接触方法を予測するモデルを構築しています。
電話、訪問、文書のうち、どの方法で接触できる可能性が高いかを分析する仕組みです。
また、電話催告について、応答する可能性が高い曜日や時間帯を予測するモデルも活用しています。
さらに、生成AIによって滞納事案の整理記録を要約し、優先的に対応する事案の選定や担当者変更時の引継業務を効率化する取組も進めています。
これまで職員の経験や判断に依存していた部分について、データ分析による支援が広がっていることになります。
ただし、AIの予測や生成AIの要約には誤りが生じる可能性があります。
納税者の権利や義務に関わる判断については、情報の正確性を確認し、職員が責任を持って対応することが重要です。
大口・悪質滞納への厳正な対応
滞納の未然防止を重視する一方、国税庁は大口・悪質な滞納事案に対して厳正に対応する方針を示しています。
財産の捜索、差押え、公売などの滞納処分を的確に実施し、財産を隠蔽して滞納処分を免れようとする悪質な事案については、滞納処分免脱罪による告発も視野に入れています。
また、国外送金等調書やCRSによる金融口座情報などを活用して国外財産を把握し、必要に応じて租税条約等に基づく徴収共助を要請する方針です。
徴収行政では、納税者の事情に応じた柔軟な対応と、悪質な納税回避に対する厳正な対応の両立が必要になります。
期限内に納付した納税者との公平性を確保することは、税制全体への信頼を維持するうえでも欠かせません。
企業経理と税理士に求められる対応
国税庁の徴収行政改革は、企業経理や税理士業務にも影響します。
企業経理では、電子申告の実施だけでなく、納付予定額の把握、納税資金の確保、納付手続、納付結果の確認までを一体的に管理する必要があります。
担当者の経験や記憶に依存する管理では、異動や退職によって納付漏れが発生する可能性があります。
納税予定表の整備、承認手続の標準化、納付結果の照合など、内部統制の強化が重要です。
税理士についても、申告書の作成や税額計算だけでなく、納税見込額の早期把握や資金繰りへの助言が求められます。
特に中小企業では、利益が計上されていても納税資金が不足する場合があります。
税額の確定後に対応するのではなく、決算予測や資金繰り計画と連動した納税管理を支援することが重要になります。
結論
国税庁の徴収行政は、滞納が発生してから徴収する仕組みを維持しながら、滞納そのものを未然に防止する取組へと重点を広げています。
その中心となるのが、キャッシュレス納付の利用拡大、納税資金の計画的な準備、AIを活用した徴収業務の効率化です。
一方、大口・悪質な滞納や国際的な徴収回避には、厳正な対応を継続する方針です。
重要なのは、納税者の利便性を高めることと、適正・公平な徴収を実現することを両立させることです。
企業や個人事業主にとっても、税務申告と納付を別々の手続として考えるのではなく、資金繰り管理まで含めた一連の業務として整備することが求められます。
これからの納税管理では、税金を正しく計算することに加え、期限内に確実に納付できる仕組みを構築することが重要になります。
徴収行政のデジタル改革は、税務署の業務を変えるだけでなく、企業経理や税理士の役割を見直す契機にもなるでしょう。
参考
税のしるべ 2026年11月2日「令和8年国税庁の幹部に聞く/徴収部長・山下 和博」
国税庁「税務行政の将来像」
国税庁「キャッシュレス納付のご案内」
国税庁「令和7年度租税滞納状況」