国民健康保険に加入すると、毎年、国保の保険料を支払います。
そのため、国保は加入者が支払う保険料だけで運営されていると思われがちです。
しかし、実際の国保財政はそれほど単純ではありません。
加入者の保険料に加えて、国や地方自治体から多額の公費が投入されています。
さらに、医療保険制度全体では、年齢構成や所得水準などによる負担の違いを調整するため、制度をまたいだお金の流れもあります。
なぜ国保には、これほど複雑な財政調整が必要なのでしょうか。
その理由を理解すると、国保逃れが単に個人の保険料を節約するだけの問題ではないことも見えてきます。
国保は保険料だけでは成り立たない
国保に加入している人は、所得や世帯構成などに応じて保険料を負担します。
この保険料が国保を支える重要な財源であることは間違いありません。
しかし、医療機関に支払われる医療費などを、加入者の保険料だけですべて賄っているわけではありません。
国保には公費が投入されています。
国、都道府県、市町村などが、それぞれの役割に応じて財政を支えています。
つまり国保は、加入者同士だけで支え合っている保険ではありません。
社会全体の税金も使いながら維持されている制度です。
なぜ公費を投入する必要があるのか
国保に公費が必要になる大きな理由は、加入者の構成にあります。
会社員の健康保険では、基本的に働いて給与を得ている人が被保険者です。
保険料には事業主負担もあります。
一方、国保には個人事業主やフリーランスだけでなく、退職者や無職の人なども加入します。
所得が低い世帯も少なくありません。
さらに、加入者の年齢構成によっては、1人当たりの医療費負担が大きくなることもあります。
こうした制度を保険料だけで支えようとすれば、加入者の負担が非常に重くなる可能性があります。
そこで公費を投入し、制度を支えています。
会社員には会社負担がある
国保と会社員の健康保険を比較するとき、重要なのが事業主負担です。
会社員の健康保険料は、原則として会社と本人が分担して負担します。
厚生年金についても同様です。
給与明細に表示されている本人負担額だけが、社会保険制度へ支払われている保険料の全額ではありません。
会社も保険料を負担しています。
一方、個人事業主には勤務先となる会社がありません。
国保には会社負担という仕組みがないため、公費による支援が制度上重要になります。
会社員と個人事業主の負担を比較するときには、この構造の違いを理解する必要があります。
低所得世帯には保険料の軽減がある
国保では、所得が一定水準以下の世帯について、保険料負担を軽減する仕組みがあります。
所得が低いからといって、医療を受ける必要がなくなるわけではありません。
むしろ、所得にかかわらず、病気やけがをすれば医療が必要になります。
保険料を払えないために医療保険から排除されることになれば、国民皆保険制度は成り立ちません。
そのため、負担能力に配慮しながら保険料を決め、公費も使って制度を維持しています。
国保には、社会保障としての所得再分配機能があるということです。
都道府県も国保財政を支えている
現在の国保では、都道府県が財政運営において重要な役割を担っています。
市町村は、住民に対する資格管理や保険料の賦課・徴収などを行います。
一方、都道府県は市町村とともに国保を運営し、都道府県単位で財政の安定化を図っています。
市町村ごとに、加入者の年齢構成や所得水準、医療費などには違いがあります。
小さな自治体だけで大きな医療費の変動を負担するのは、難しい場合があります。
より広い都道府県単位で財政を支えることで、国保運営を安定させる仕組みになっています。
市町村も重要な役割を持つ
国保加入者にとって最も身近なのは、市区町村です。
加入や脱退の手続き。
保険料の計算と徴収。
保険給付に関するさまざまな手続き。
こうした実務の多くを、市町村が担っています。
自治体によって国保保険料が異なることがあるのも、地域ごとの所得や医療費、保険料の算定方法などに違いがあるためです。
国保は国の制度でありながら、地域単位で運営される性格を持っています。
高齢者医療も制度全体で支えている
医療費を考えるうえでは、高齢者医療との関係も重要です。
一般的に、年齢が高くなるほど1人当たりの医療費は増える傾向があります。
高齢者の医療費を、高齢者だけの保険料で支えることは困難です。
そのため日本の医療保険制度では、公費や現役世代からの支援などを組み合わせて、高齢者医療を支えています。
国保だけを独立した財布として考えると、医療保険制度全体のお金の流れを理解できません。
会社員の健康保険、国保、高齢者医療、公費などが相互に関係しながら、国民皆保険を支えています。
保険料と税金の境界は意外に複雑である
国保は保険制度なので、加入者は保険料を負担します。
しかし、その財源には税金も大量に使われています。
このため、国保を考えるときには、保険料だけを見るのでは不十分です。
保険料を低く抑えれば、その分を公費で補う必要が生じる可能性があります。
公費を増やせば、最終的には税負担の問題になります。
逆に公費を減らせば、加入者の保険料負担が重くなる可能性があります。
誰が、どのような形で負担するのかという問題なのです。
国保逃れは他の加入者にも関係する
国保逃れを個人の立場だけから見ると、国保より安い社会保険へ移って保険料を節約する問題に見えます。
しかし、本来国保に加入すべき人が不適正に国保から抜ければ、国保へ保険料を支払う人が減ります。
特に一定以上の所得がある人が抜ければ、国保の保険料収入にも影響します。
国保の支出が同じだけ減るとは限りません。
不足する財源を他の加入者の保険料や公費で補うことになれば、負担は別の人へ移ります。
だからこそ国保逃れは、利用者本人だけの問題ではありません。
制度に参加する人全体の公平性に関わります。
社会保険の適用拡大とは区別する必要がある
一方、実際に企業で働く人が、制度改正によって勤務先の社会保険へ移ることは、国保逃れとは異なります。
社会保険の適用拡大は、被用者として働く人を被用者保険でカバーするという制度改革です。
その結果として国保加入者が減るのであれば、国保の財政構造も、それに合わせて見直していく必要があります。
問題なのは、本来の加入資格とは異なる形式的な関係を作り、保険料負担だけを回避することです。
適正な制度移行と、不適正な負担回避を区別して考える必要があります。
誰が負担するかという問題は残り続ける
医療費そのものが消えるわけではありません。
国保保険料を下げれば、誰か別の人が負担する必要があります。
会社員の健康保険に移れば、本人だけでなく会社も保険料を負担します。
公費を増やせば、税金を通じて社会全体が負担します。
高齢者医療についても、現役世代や公費から支援しています。
社会保障制度では、負担をなくすことよりも、誰がどのように負担するかを決めることが中心的な問題になります。
結論
国保は、加入者が支払う保険料だけで支えられている制度ではありません。
国や都道府県、市町村などから公費が投入され、医療保険制度全体の財政調整の中で運営されています。
その背景には、国保が個人事業主だけでなく、退職者や無職の人、所得の低い人など、幅広い人を受け入れる地域保険であるという事情があります。
勤務先の健康保険には会社負担がありますが、国保には同じ意味での事業主負担がありません。
だからこそ、公費の役割が大きくなります。
国保逃れによって本来負担すべき人が制度から抜けても、その負担が消えるわけではありません。
他の加入者や公費などに移る可能性があります。
国保の保険料が高いか低いかだけを見るのではなく、その医療費を最終的に誰が負担しているのかを見ることが重要です。
国保を誰のお金で支えるのかという問題は、国民皆保険を誰がどのように支えるのかという問題そのものなのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊「国保逃れ」の抜け道をふさげ
厚生労働省 国民健康保険制度
厚生労働省 国民健康保険の財政
厚生労働省 医療保険制度