株式会社の取締役は、会社の経営を担う重要な立場にあります。
代表取締役だけでなく、その他の取締役も、会社法上の義務と責任を負っています。
中小企業では、取締役という役職を経営者の家族や知人が引き受けていることもあります。
しかし、実際の経営に深く関与していない場合であっても、取締役としての法的責任が問題になることがあります。
会社法では、取締役が職務上の義務に違反して会社に損害を与えた場合の責任や、第三者に損害を与えた場合の責任について規定しています。
また、会社が取締役の責任を追及しない場合には、一定の要件を満たす株主が会社に代わって責任を追及する制度も設けられています。
一方、取締役が過度に責任を恐れて経営判断を行えなくなることを防ぐため、一定の条件のもとで責任を免除したり、責任額を限定したりする仕組みもあります。
今回は、取締役の民事責任、株主代表訴訟、責任の免除、責任限定契約について整理します。
取締役が負う基本的な義務
取締役は、会社から経営に関する職務を委ねられた立場にあります。
会社法第330条では、株式会社と役員などとの関係について、委任に関する規定に従うこととしています。
そのため、取締役には民法上の善管注意義務が課されます。
善管注意義務とは、取締役としての地位や職務に応じて、通常期待される注意を払って職務を遂行する義務です。
また、会社法第355条では、取締役は法令、定款、株主総会の決議を遵守し、会社のため忠実に職務を行わなければならないと定めています。
これを忠実義務といいます。
例えば、会社の財産を私的に利用したり、会社の利益よりも自己の利益を優先したりする行為は、これらの義務との関係で問題になります。
また、取締役会設置会社では、他の取締役の職務執行を監督する役割も重要です。
取締役は、自分自身が不正を行わなければ責任を問われないというものではありません。
職務に応じた監督義務を果たしているかどうかも問題になります。
会社に対する損害賠償責任
会社法第423条第1項では、取締役などの役員等が任務を怠ったことによって株式会社に損害を与えた場合には、その損害を賠償する責任を負うと定めています。
これを任務懈怠責任といいます。
例えば、取締役が必要な調査や検討を行わず、著しく不合理な経営判断によって会社に損害を与えた場合には、責任が問題になることがあります。
ただし、経営判断の結果として会社に損失が発生したからといって、直ちに取締役が損害賠償責任を負うわけではありません。
事業経営には不確実性があり、適切な判断を行っても損失が発生することがあります。
重要なのは、意思決定の過程や判断内容が、取締役として求められる注意義務に照らして適切であったかという点です。
任務懈怠責任については、原則として故意または過失が問題になります。
取締役が合理的な情報収集や検討を行い、適切な手続を経て経営判断をしたかどうかが重要です。
中小企業でも、大規模な設備投資や新規事業への参入、多額の借入れなどを行う際には、判断の根拠を記録しておくことが望まれます。
違法な利益供与に関する責任
会社法では、株主の権利行使に関する利益供与を禁止しています。
例えば、株主総会で特定の議案に賛成してもらうことを目的として、会社が株主に不当な利益を提供する行為などが問題になります。
会社法第120条では、株主の権利行使に関して財産上の利益を供与してはならないと定めています。
違法な利益供与が行われた場合には、利益を受けた者の返還義務だけでなく、利益供与に関与した取締役などの責任も問題になります。
資料では、取締役などについて、職務を行うに当たり注意を怠らなかったことを証明した場合を除き、一定の支払義務を負う仕組みが紹介されています。
これは、株主総会の公正な運営を確保するための重要な規制です。
特に、株主間で経営権を巡る対立が生じている会社では、利益供与に該当する行為がないか注意する必要があります。
違法配当と取締役の責任
会社法では、剰余金の配当や自己株式の取得について、財源規制を設けています。
会社が自由に財産を株主へ分配できるとすれば、会社債権者の利益が損なわれる可能性があるためです。
会社法第461条では、一定の剰余金配当や自己株式取得などについて、分配可能額を超えてはならないと定めています。
この規制に違反した場合には、会社法第462条に基づく支払義務が問題になります。
また、一定の剰余金配当などによって事業年度末に欠損が生じた場合には、会社法第465条に基づく責任が問題になることがあります。
資料では、これらの責任について、職務を行うに当たり注意を怠らなかったことを証明した場合の取扱いが説明されています。
中小企業では、利益が出ていることだけを理由に配当を行うことは適切ではありません。
会社法上の分配可能額を確認し、適法な手続を経る必要があります。
会計上の利益と会社法上の分配可能額は、必ずしも一致しないことに注意が必要です。
第三者に対する損害賠償責任
取締役の責任は、会社に対するものだけではありません。
会社法第429条第1項では、役員等が職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは、それによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。
例えば、取締役が会社の経営状況を著しく不適切に管理し、その結果として取引先などに損害を与えた場合には、責任が問題になることがあります。
ただし、会社が取引先に代金を支払えなくなったという事実だけで、取締役個人が当然に責任を負うわけではありません。
取締役の職務執行について悪意または重大な過失があったかどうかなど、法律上の要件を確認する必要があります。
また、会社法第429条第2項では、計算書類などの虚偽記載や虚偽登記などに関して、一定の責任が規定されています。
この場合には、注意を怠らなかったことを証明した場合を除き、責任を負う仕組みが設けられています。
さらに、会社法上の責任とは別に、民法第709条などに基づく不法行為責任が成立する場合もあります。
取締役の責任を検討する際には、会社に対する責任と第三者に対する責任を区別することが重要です。
株主代表訴訟とは何か
取締役が会社に損害を与えた場合、本来は会社自身が取締役に対して責任を追及することになります。
しかし、会社の経営陣が取締役の責任を追及しない場合も考えられます。
特に、代表取締役と他の取締役が密接な関係にある場合には、会社による責任追及が十分に行われない可能性があります。
そこで会社法では、株主代表訴訟という制度を設けています。
株主代表訴訟とは、一定の要件を満たす株主が、会社のために取締役などの責任を追及する訴えを提起する制度です。
株主が自分自身の損害賠償を求める制度ではなく、会社に生じた損害の回復を目的としています。
そのため、訴訟によって損害賠償が認められた場合には、原則として賠償金は会社に支払われます。
この制度は、取締役に対する責任追及を通じて、会社経営の適正性を確保する役割を持っています。
株主代表訴訟を提起できる株主
会社法第847条では、株主による責任追及等の訴えについて規定しています。
公開会社では、原則として6か月前から引き続き株式を保有している株主が、会社に対して責任追及等の訴えの提起を請求できます。
ただし、定款で6か月を下回る期間を定めている場合には、その期間によります。
一方、非公開会社では、原則として6か月の継続保有要件はありません。
ただし、単元未満株主の権利行使に関する制限など、個別の要件には注意が必要です。
また、株主や第三者の不正な利益を図る目的や、会社に損害を与える目的で責任追及等の訴えを提起しようとする場合には、制度を利用できません。
株主代表訴訟は、経営者に対する圧力のために自由に利用できる制度ではなく、会社の利益を守るための仕組みです。
会社が訴訟を提起しない場合
株主代表訴訟では、原則として、まず株主が会社に対して責任追及等の訴えを提起するよう請求します。
会社が請求の日から60日以内に訴えを提起しない場合には、請求した株主が会社のために訴訟を提起することができます。
ただし、60日の経過を待つことによって会社に回復できない損害が生じるおそれがある場合には、直ちに訴訟を提起できることがあります。
この仕組みは、会社自身による責任追及を原則としながら、会社が適切に対応しない場合に株主が行動できるようにするものです。
中小企業でも、株主間で意見が対立した場合や、経営者の交代後に過去の経営判断が問題になった場合には、株主代表訴訟が関係する可能性があります。
取締役の責任は免除できるのか
会社法では、取締役の会社に対する責任について、一定の条件のもとで免除する仕組みを設けています。
会社法第424条では、任務懈怠責任の免除について、原則として総株主の同意を必要としています。
ただし、会社法第425条では、取締役が職務を行うについて善意で、かつ重大な過失がない場合に、株主総会の特別決議によって責任の一部を免除できる制度が設けられています。
この場合、法律で定める最低責任限度額を超える部分について免除することができます。
また、一定の会社では、定款の定めに基づき、取締役会の決議などによって責任の一部を免除できる場合があります。
ただし、故意または重大な過失がある場合には、これらの一部免除制度を利用できません。
なお、違法な分配に関する責任などについては、一般的な任務懈怠責任とは異なる特別の規制があります。
特に、分配可能額を超えた部分に係る支払義務については、免除が制限されています。
最低責任限度額の仕組み
会社法では、取締役などの責任を一部免除する場合に、最低限負担すべき責任額を定めています。
資料では、役職に応じて次の基準が示されています。
代表取締役または代表執行役については、報酬等の年額の6倍です。
代表取締役以外の業務執行取締役や、代表執行役以外の執行役などについては、報酬等の年額の4倍です。
それ以外の取締役、会計参与、監査役、会計監査人については、報酬等の年額の2倍です。
例えば、代表取締役の報酬等の年額が1,000万円である場合、単純化すると最低責任限度額は6,000万円になります。
ただし、実際の最低責任限度額の算定には、会社法施行規則に従った計算が必要です。
この制度は、取締役の責任を無制限に免除するものではありません。
一定の責任を残しながら、過度に重い賠償責任によって経営判断が萎縮することを防ぐ仕組みです。
責任限定契約の活用
会社法第427条では、一定の役員等について、あらかじめ責任の限度額を定める契約を締結できる制度が設けられています。
これを責任限定契約といいます。
対象となるのは、業務執行取締役等に該当しない取締役、会計参与、監査役、会計監査人などです。
責任限定契約を締結するためには、定款にその旨の定めが必要です。
また、責任限定契約による責任の制限は、職務を行うについて善意で、かつ重大な過失がない場合に限られます。
例えば、社外取締役や監査役が就任する際に、責任限定契約を締結することがあります。
これにより、適切に職務を遂行している役員が、過度な賠償リスクを負うことを防ぐ効果が期待されます。
ただし、責任限定契約を締結していても、すべての責任が免除されるわけではありません。
また、会社に対する責任の限定と、第三者に対する責任は区別して考える必要があります。
中小企業の取締役が注意したい事項
中小企業では、代表取締役が経営判断の大部分を担うことが一般的です。
しかし、取締役が複数いる場合には、それぞれの取締役が自らの職務に応じた責任を負います。
特に、取締役会設置会社では、他の取締役の業務執行に対する監督も重要な職務です。
取締役会に出席するだけで、必要な検討や確認を行わない場合には、監督義務との関係で問題になることがあります。
また、親族や知人が取締役に就任する場合にも、役職の意味を十分に理解する必要があります。
実際の経営に関与しないことを前提として就任した場合であっても、会社法上の地位に伴う責任が当然になくなるわけではありません。
経営判断を行う際には、必要な情報を収集し、判断の根拠を明確にすることが重要です。
特に、多額の投資、借入れ、関連会社との取引、利益相反取引などについては、適切な承認手続と記録を残すことが望まれます。
取締役の責任を防ぐためには、事後的な責任限定制度だけに頼るのではなく、日常の経営管理を適切に行うことが基本です。
結論
株式会社の取締役は、会社に対して善管注意義務や忠実義務を負い、任務を怠って会社に損害を与えた場合には、損害賠償責任を負うことがあります。
また、職務執行について悪意または重大な過失がある場合などには、第三者に対する責任が問題になることもあります。
会社法では、違法な利益供与や違法配当などについても、特別の責任規定を設けています。
さらに、会社が取締役の責任を追及しない場合には、一定の要件を満たす株主が株主代表訴訟を提起することができます。
一方、善意で重大な過失がない場合には、責任の一部免除や責任限定契約などによって、責任負担を一定の範囲に制限できる仕組みもあります。
ただし、これらの制度は、取締役の義務そのものを軽減するものではありません。
特に中小企業では、経営者本人だけでなく、親族や知人が取締役に就任する場合にも、法的責任を十分に理解しておく必要があります。
取締役にとって重要なのは、責任を回避することだけではなく、適切な情報収集、合理的な経営判断、法令遵守、監督機能の確保を日常的に実践することです。
こうした経営管理の積み重ねが、会社の健全性を高め、取締役自身を守ることにもつながります。
参考
明治大学会計専門職研究科 弥永真生「商法・会社法」サブテキスト(27~33ページ)
会社法第120条、第330条、第355条、第423条~第427条、第429条、第461条、第462条、第465条、第847条
民法第644条、第709条