企業を救う「小さな違和感」 法務担当者はなぜ声を上げなければならないのか

経営

企業の重大な不祥事は、ある日突然発生するように見えることがあります。

しかし実際には、その前に小さな兆候が現れていることも少なくありません。

契約条件がいつもと少し違う。

取引の説明に不自然なところがある。

承認を急ぐ理由がよく分からない。

取引先との関係について質問しても明確な回答がない。

法律違反だと断定できるほどではなくても、「何かおかしい」と感じる瞬間です。

企業法務にとって重要なのは、この小さな違和感を見過ごさないことです。

そして、違和感を持ったときに、それを言葉にできるかどうかです。

不祥事の入口は必ずしも明確ではない

法務担当者が対応しやすいのは、問題が明確なケースです。

法律で禁止されている。

契約に違反している。

社内規程に反している。

このような場合は、根拠を示して問題を指摘できます。

難しいのは、まだ問題が明確になっていない段階です。

形式上は必要な手続きを踏んでいる。

契約書にも大きな問題はない。

担当部門の説明にも一応の合理性がある。

それでも、何となく不自然に感じる。

こうした違和感は、法律の条文だけでは説明できないことがあります。

しかし重大な問題ほど、最初はこうした小さな兆候として現れることがあります。

「案件を邪魔したくない」という心理

法務担当者が違和感を覚えても、すぐに発言できるとは限りません。

特に大型案件では、多くの人が長期間準備しています。

事業部門が何カ月も交渉している。

経営幹部が強く推進している。

取引先との契約日が迫っている。

すでに多額の費用を投入している。

こうした状況で法務担当者が疑問を投げかければ、案件が遅れる可能性があります。

場合によっては、

「法務はまた細かいことを言っている」

と思われるかもしれません。

そのため、

「もう少し様子を見よう」

「自分の考えすぎかもしれない」

「今さら問題にすると迷惑をかける」

と考えてしまうことがあります。

しかし、その遠慮が重大な問題を見逃す原因になる可能性があります。

違和感を口にすること自体に意味がある

違和感を持ったからといって、すぐに案件を止める必要はありません。

まず必要なのは質問することです。

「なぜ、この条件になっているのでしょうか」

「通常の取引と違うのはなぜでしょうか」

「この取引先を選んだ経緯を確認できますか」

「この支払いは何に対するものですか」

こうした問いを投げかけるだけでも状況は変わります。

合理的な理由が説明されれば、それで疑問が解消するかもしれません。

反対に、質問を重ねるほど説明が曖昧になるのであれば、詳しく調べる必要があります。

法務担当者の違和感は、問題を断定するためのものではありません。

問題を発見するための入口なのです。

法務部門の実務例 海外取引で不自然な手数料が出てきた場合

例えば、ある企業が海外で大型案件を受注しようとしているとします。

現地の販売代理店から、

「契約成立のために特別なコンサルティング会社を利用する必要がある」

と提案されました。

契約金額は1億円で、そのコンサルティング会社には成功報酬として1,000万円を支払う条件です。

営業部門は、

「現地では一般的な商慣行です」

と説明しています。

契約書にもコンサルティング業務と記載されています。

一見すると通常の業務委託契約です。

しかし法務担当者が資料を確認すると、いくつかの違和感がありました。

具体的な業務内容が曖昧です。

会社の実績もよく分かりません。

成功報酬の金額も比較的大きくなっています。

さらに営業担当者から、

「先方から指定された会社なので詳しいことは分かりません」

という説明がありました。

ここで法務担当者が、

「契約書があるから問題ない」

と処理してしまえば、それで終わります。

しかし、

「なぜこの会社を使う必要があるのか」

「誰がこの会社を紹介したのか」

「実際にどのような業務をするのか」

「報酬額は合理的なのか」

と質問すれば、状況が変わります。

調査した結果、コンサルティング会社の関係者と現地政府関係者との間に密接な関係があることが分かるかもしれません。

そうなれば贈収賄リスクを含め、より慎重な確認が必要になります。

重要なのは、最初の段階では違法行為が確認されていたわけではないことです。

出発点は、「この取引は少し変ではないか」という法務担当者の違和感です。

契約書だけを見ていても分からない

この実務例から分かることがあります。

企業法務では、契約書そのものに問題がなくても安心できないということです。

契約書には「コンサルティング業務」と書かれているかもしれません。

しかし重要なのは、その契約の背景です。

なぜその会社と契約するのか。

誰が紹介したのか。

どのようなサービスを受けるのか。

報酬は市場価格と比べて合理的なのか。

資金は最終的にどこへ流れるのか。

法務担当者が事業の実態を理解しなければ、こうした問題には気づけません。

これからの企業法務には、契約書の文章だけではなく、その背後にある取引そのものを見る力が求められます。

組織には「正常性バイアス」が働く

問題を見逃す原因は、個人の能力だけではありません。

組織全体にも心理的な作用があります。

その1つが正常性バイアスです。

多少おかしなことがあっても、

「これまでも問題なかった」

「今回も大丈夫だろう」

と考えてしまいます。

特に長年続いている取引では、この傾向が強くなる可能性があります。

「昔からこの方法でやっています」

という説明は、企業では珍しくありません。

しかし、昔から続いていることと、現在も適切であることは別問題です。

法律や社会の価値観は変わります。

過去に許容されていた慣行が、現在では重大な問題になることもあります。

法務部門には、組織が当然だと思っていることを改めて問い直す役割があります。

経営者が推進する案件ほど難しくなる

さらに難しいのが、経営トップが強く推進している案件です。

社長が重要だと考えている。

大型投資である。

会社の将来戦略に関係している。

すでに社外にも計画を説明している。

こうした案件ほど、途中で反対意見を言うことは難しくなります。

しかし、本来は案件が重要であればあるほど慎重な検討が必要です。

投資額が大きければ、失敗したときの損失も大きくなります。

企業価値に与える影響も大きくなります。

法務担当者に必要なのは、経営者に反対することではありません。

経営者が適切な判断をするために、必要な情報を提供することです。

そのためには、耳の痛い情報も伝えなければなりません。

声を上げられる組織をつくる

違和感を口にすることを個人の勇気だけに頼るのは危険です。

組織として発言できる環境をつくる必要があります。

法務担当者が疑問を示したとき、

「また法務が止めに来た」

と扱う会社と、

「何が気になったのか確認しよう」

と考える会社では、リスク管理能力に大きな差が生まれます。

事業部門と法務部門が日頃から対話していることも重要です。

問題が発生したときだけ法務が登場する組織では、法務はどうしても「取り締まる部署」に見えてしまいます。

普段から事業について相談し、法務も事業を理解していれば、疑問を示したときにも建設的な議論がしやすくなります。

法務自身も間違うことを前提にする

一方で、法務担当者の違和感が常に正しいわけではありません。

調べてみれば何も問題がなかったということもあります。

それでよいのです。

違和感を口にすることと、問題だと断定することは違います。

「私はこう感じたので確認したい」

という姿勢で問いかければよいでしょう。

法務部門が自分たちの判断を絶対視すると、逆に事業部門との関係が悪くなります。

法務も間違う可能性がある。

事業部門にも自分たちが知らない事情がある。

その前提で対話することが重要です。

AI時代ほど違和感を持つ力が重要になる

生成AIの普及によって、この問題はさらに重要になるでしょう。

AIは大量の契約書や資料を短時間で分析できます。

契約条件の違いを発見したり、法律上の論点を整理したりする能力も高まっていくでしょう。

しかし、AIが「問題なし」と判定したからといって、本当に問題がないとは限りません。

取引の背景。

担当者の説明。

交渉相手の態度。

社内の人間関係。

案件が異常に急がれている理由。

こうした情報までAIが十分に把握しているとは限りません。

人間が、

「何か変だ」

と感じる能力は依然として重要です。

むしろAIによるチェックが高度になるほど、人間がAIの結論をそのまま受け入れず、違和感を持てるかどうかが重要になるのではないでしょうか。

結論

企業を重大な不祥事から守るのは、必ずしも高度な法律知識だけではありません。

「何かおかしい」

という小さな違和感が出発点になることがあります。

重要なのは、その違和感を無視しないことです。

そして、

なぜなのか。

通常と何が違うのか。

誰が関係しているのか。

お金はどこへ流れるのか。

と問い続けることです。

もちろん、すべての違和感が問題につながるわけではありません。

しかし、問題がなければ確認して終わればよいのです。

怖いのは、違和感があったのに誰も口にしないことです。

AIが契約書を読み、法律を調べ、リスクを洗い出す時代になっても、人間に残る重要な仕事があります。

それは、目の前の情報をそのまま受け入れず、「本当にこれでよいのか」と問いかけることです。

法務担当者が持つ小さな違和感は、時として企業を大きな損失から守る最初の警報になるのだと思います。

参考

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「企業の法務機能は進化できるか 役割や育成、法務トップ経験者に聞く」

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「『違和感は口に出して』経営判断支える 三菱商事・野島嘉之氏」

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「AIの時代、価値判断に責任 弁護士、元米グーグル日本法人・野口祐子氏」

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「AI前提の再設計が課題に」

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