企業による農業参入が増えています。
食品会社や小売会社などが農地を借り、自ら農産物を生産することは、原材料の安定調達やサプライチェーンの強化につながります。
一方で、農業へ参入した企業がすべて事業を続けられるわけではありません。
期待した収穫量を確保できない。
農産物を想定した価格で販売できない。
農業機械や施設への投資負担が大きい。
農業に詳しい人材を確保できない。
こうした問題から、農業事業を縮小したり撤退したりする企業もあります。
企業が農業から撤退する場合には、一般的な新規事業とは異なる問題もあります。
企業が使わなくなった農地を、その後誰が耕すのかという問題です。
企業参入を増やすだけではなく、長期間農業を続けられる企業を増やすことが重要になります。
企業の農業撤退とは何か
企業の農業撤退とは、農業を本業としない企業などが新規事業として始めた農業について、事業を終了したり大幅に縮小したりすることです。
企業はさまざまな目的で農業へ参入します。
原材料を安定して確保したい。
新しい収益源をつくりたい。
遊休農地を活用したい。
地域活性化へ貢献したい。
自社の技術を農業で利用したい。
しかし、参入時の目的が明確でも、実際に農業を始めると想定していなかった問題が発生することがあります。
農業は一般的な製造業やサービス業とは収益構造が大きく異なるからです。
農業は売上を安定させるのが難しい
企業が農業へ参入するときに理解しておく必要があるのが、農業特有の収益構造です。
通常の製造業では、一定の設備と原材料、人員を投入すれば、生産量をかなりの程度計画できます。
農業では同じようにはいきません。
猛暑や長雨、台風などによって収穫量が変わります。
病害虫によって品質が低下する場合もあります。
さらに収穫量だけではなく販売価格も変動します。
予定通り生産できない可能性と、予定した価格で販売できない可能性を同時に抱えているのが農業です。
企業が通常の事業と同じ感覚で売上計画を立てると、実績とのずれが大きくなることがあります。
天候リスクは企業努力だけではなくせない
農業経営では、天候が収益を大きく左右します。
企業が効率的な経営管理を行っても、雨を降らせたり猛暑を止めたりすることはできません。
スマート農業によって気象情報を分析したり、センサーを使って農地を管理したりすれば、一定の対応は可能です。
しかし、自然環境そのものを完全にコントロールすることはできません。
一つの地域だけで大規模な農業を行っていれば、その地域が災害を受けた場合に生産全体が大きな影響を受けます。
農地を複数地域に分散するなど、企業経営として農業リスクを管理する必要があります。
農業機械への投資が重荷になることもある
企業が農業へ参入する場合、最初から大規模な設備投資を行うことがあります。
トラクターや田植え機、コンバインなどを購入し、施設を整備し、スマート農業技術を導入します。
計画通り農地を拡大できれば、これらの設備を効率的に利用できる可能性があります。
しかし、予定していた農地を確保できなければ、設備の稼働率が上がりません。
高額な農業機械を少ない農地で使えば、一ヘクタール当たりの固定費は高くなります。
参入時に設備を持ちすぎることが、後の撤退要因になる可能性があります。
農業支援サービスや農機シェアリングなどを利用し、事業規模に合わせて段階的に投資する方法も重要です。
農業のノウハウは簡単には身につかない
企業には資金、経営管理、物流、販売などの強みがあります。
しかし、それだけで農作物をうまく生産できるとは限りません。
農業には地域ごとの土壌、気候、水利、病害虫などに関する知識が必要です。
同じ作物でも地域によって栽培方法が異なる場合があります。
熟練した農業者は、作物や農地の小さな変化から必要な作業を判断します。
こうした知識には、長年の経験によって身につく部分があります。
企業が農業を単純な製造業のように考え、農業技術や現場経験を軽視すれば、計画した収穫量や品質を実現できない可能性があります。
農業人材を確保できるかが重要になる
企業農業を継続するためには、農業を理解する人材が必要です。
農場責任者だけが農業に詳しく、ほかの社員が農業を理解していなければ、その責任者が退職したときに事業が不安定になる可能性があります。
企業として農業を続けるのであれば、個人の経験を組織の知識へ変えていく必要があります。
作業手順を標準化する。
栽培データを記録する。
複数の社員を育成する。
地域の農業者から技術を学ぶ。
スマート農業によって経験をデータとして蓄積する。
こうした仕組みが必要になります。
企業農業では、農地や機械だけでなく、人材とノウハウも重要な経営資産になります。
販売先がなければ大規模化しても利益は出ない
企業が農業へ参入するときには、生産することに目が向きがちです。
しかし、農産物をつくることと利益を出すことは別です。
大量に生産しても、販売先がなければ収益にはなりません。
市場価格が低下すれば、収穫量が増えても利益が減る場合があります。
その点、食品会社や小売会社、外食会社などは有利な面があります。
自社工場、自社店舗、自社の飲食店など、農産物の利用先を持っているからです。
農業参入を成功させるためには、農地を確保する前から誰に何をいくらで販売するのかを考えておく必要があります。
農業単体で採算を見るのかも重要になる
企業の農業参入では、農業部門単体では利益が小さくても、企業全体ではメリットがある場合があります。
たとえば食品会社が自社で原材料を生産することで、市場価格が上昇したときにも一定量を確保できるとします。
農場そのものの利益率が低くても、食品製造事業の安定につながる可能性があります。
小売会社であれば、自社農場の商品を独自ブランドとして販売することで店舗の差別化につながる場合があります。
逆に、農業部門だけに高い利益率を求めれば、短期間で撤退判断をする可能性があります。
なぜ農業を行うのかという目的を明確にし、それに合った採算評価を行う必要があります。
地域との関係も農業経営を左右する
農業は農地の中だけで完結する事業ではありません。
特に水田では、水路や農道などを地域で共同管理している場合があります。
企業が農地を借りれば、その地域の農業者や土地所有者との関係も生まれます。
企業側が農地だけを借りれば農業ができると考えていると、地域との認識にずれが生じる可能性があります。
地域の農業者が長年担ってきた共同作業や土地改良施設の維持管理についても理解する必要があります。
企業農業を長期間続けるには、地域社会の一員として農業に参加する視点が欠かせません。
撤退すると農地はどうなるのか
企業農業特有の重要な問題が、撤退後の農地です。
工場から企業が撤退する場合には、土地や建物を売却することなどが考えられます。
農地の場合、企業が農業をやめても、その土地は農地として残ります。
企業が農地を借りていたのであれば、賃貸借などの関係を整理する必要があります。
さらに重要なのは、その農地を次に誰が耕すのかということです。
地域の農業者が減少しているために企業を新しい担い手として受け入れた地域では、企業が撤退すると再び担い手不在になる可能性があります。
企業の撤退は、一企業の事業整理だけでは済まない場合があるのです。
農地を次の担い手へつなぐ必要がある
企業が撤退する場合には、利用していた農地を次の担い手へ円滑につなぐことが重要です。
そこで農地バンクや地域計画との連携が意味を持ちます。
農地バンクを通じた貸借であれば、地域の農地利用を踏まえて新たな担い手への貸付けを検討できます。
地域計画についても、企業の撤退によって将来の農地利用が変われば見直しが必要になります。
農地は一度荒廃すると、再び利用するために大きな費用がかかる可能性があります。
企業が撤退してから次の利用者を探すのではなく、撤退する段階で次の担い手へ引き継ぐことが重要です。
成功する企業は農業を長期事業として考える
企業農業の成功と失敗を分ける要因の一つが、時間軸です。
農業は参入直後から安定した利益を出せるとは限りません。
その土地に適した栽培方法を確立するまで時間がかかることがあります。
農業人材の育成にも時間が必要です。
地域との信頼関係も短期間では構築できません。
短期間で高い収益を求める新規事業として農業を評価すると、投資回収が遅いと判断されやすくなります。
一方、原材料の安定調達やサプライチェーン強化などを含めて長期的に評価できれば、農業を継続する意味が変わります。
小さく始めて拡大する方法もある
企業が農業へ参入する際には、最初から大規模農場をつくる方法だけが正解ではありません。
一定規模から始め、栽培技術や販売方法を確立してから農地を広げる方法もあります。
農業機械も最初からすべて購入せず、農業支援サービスなどを利用できます。
事業モデルが確立した段階で、自社設備を増やしていくことができます。
この方法なら、想定と違った場合の撤退コストも抑えられます。
農業でも、新規事業で一般的に行われる小規模な実証と段階的な拡大という考え方が重要になります。
結論
企業の農業撤退とは、農業へ参入した企業が採算悪化や事業戦略の変更などによって農業事業を終了したり縮小したりすることです。
企業には資金力、販売網、物流、データ活用などの強みがありますが、それだけで農業が成功するわけではありません。
農業には天候による収穫量の変動、農産物価格の変動、設備投資、人材確保、農業技術など特有の経営課題があります。
成功するためには、農地を広げることだけではなく、安定した販売先を確保し、設備投資を適切に管理し、農業人材を育て、地域との関係を築く必要があります。
さらに企業が撤退する場合には、借りていた農地をどうするのかという問題が残ります。
農業者が減少する地域では、企業が撤退すれば農地の担い手が再びいなくなる可能性があります。
だからこそ、企業参入政策では参入企業の数を増やすことだけを目標にするのではなく、長期間農業を続けられる事業モデルをつくることが重要です。
企業農業の成功と失敗を分けるのは、資金力の大きさだけではありません。
農業を短期的な新規事業として見るのではなく、農地、人材、地域、販売先を含めた長期的な事業として設計できるかどうかが重要だといえます。
参考
日本経済新聞 2026年8月16日 朝刊 企業、農地探しやすく 農水省がサイト、参入を後押し