人生100年時代において、老後の住まいをどう確保するかは、誰にとっても避けて通れない課題です。
特に就職氷河期世代では、非正規雇用や賃金の伸び悩みなどによって、十分な金融資産を形成できないまま50代を迎えた人もいます。
一方、比較的高い収入を得ている人でも、住宅費や親の介護費、離婚後の養育費などによって、老後資金の準備が進まない場合があります。
2026年9月14日から18日にかけて、日本経済新聞は就職氷河期世代の単身者を中心とした住宅問題を取り上げました。
そこから見えてくるのは、住宅問題が単なる持ち家と賃貸の選択ではなく、収入、年金、健康、介護、人間関係、相続、財産管理などと密接に結び付いているという現実です。
老後の住宅を考える際には、現在の家賃や住宅価格だけでなく、70歳、80歳、90歳、さらには100歳までの生活を見据える必要があります。
今回はシリーズの最終回として、50代から始める住宅と老後の総合設計について考えます。
老後の住宅問題は50代から始まっている
老後の住まいについて、65歳で退職してから考えればよいと思っている人もいるかもしれません。
しかし、住宅の選択肢は年齢とともに変化します。
50代では、給与収入があり、住宅ローンを利用できる可能性もあります。
また、健康状態が比較的良好であれば、住み替えや引っ越しにも対応しやすい時期です。
一方、70代や80代になると、住宅ローンの利用が難しくなり、賃貸住宅への入居審査でも年齢が障壁になる場合があります。
さらに、健康状態によっては、引っ越しそのものが大きな負担になります。
そのため、老後の住宅問題は、退職後に初めて考えるものではありません。
50代のうちから、将来どこに住み、どのような生活を送りたいのかを検討する必要があります。
特に単身者の場合には、家族に住宅探しや引っ越しを任せられるとは限りません。
自分で判断し、行動できるうちに準備を進めることが重要です。
持ち家と賃貸のどちらが有利なのか
老後の住宅を考える際に、多くの人が悩むのが持ち家と賃貸の選択です。
持ち家には、住宅ローンを完済すれば毎月の返済負担がなくなるという利点があります。
また、住み慣れた住宅に長く暮らせる安心感もあります。
一方、固定資産税や修繕費、マンションの管理費などは継続して発生します。
建物の老朽化によって、大規模な修繕が必要になる場合もあります。
賃貸住宅には、住み替えが比較的容易であり、建物の所有に伴う大規模修繕の負担を原則として貸主が担うという利点があります。
しかし、家賃の支払いは長期間続きます。
また、高齢になると入居審査や保証人の問題によって、希望する住宅を借りられない場合があります。
どちらが有利かは、購入価格、家賃、金利、住宅の維持費、居住期間などによって異なります。
重要なのは、持ち家か賃貸かという二者択一ではありません。
自分の収入と金融資産に合った住宅を選び、将来も無理なく住み続けられるかを判断することです。
老後の住宅費は生涯総額で考える
住宅費を考える際には、毎月の負担だけでなく、生涯にわたる総額を確認する必要があります。
例えば、65歳から95歳までの30年間、家賃8万円の賃貸住宅に住む場合を考えます。
年間家賃は96万円です。
30年間では2,880万円になります。
家賃の値上がりや更新時の費用、引っ越し費用などは考慮していません。
一方、住宅ローンを完済した持ち家でも、維持費が発生します。
例えば、固定資産税、保険料、修繕費などを合わせて年間40万円と仮定します。
30年間では1,200万円です。
ただし、持ち家では大規模修繕や建て替え、マンションの修繕積立金の増額などによって、実際の費用がさらに増える可能性があります。
また、持ち家の購入費用や住宅ローンの利息、購入時の諸費用なども考慮する必要があります。
このため、賃貸住宅の家賃総額と持ち家の維持費だけを比較して、どちらが有利かを判断することはできません。
住宅費の比較では、購入から死亡時までの総支出と、住宅資産の価値を含めて検討することが重要です。
年金収入から逆算して住宅費を決める
老後の住宅費を考えるうえで、最も重要なのが年金収入です。
現役時代には家賃を無理なく支払えていても、退職後には収入が大幅に減少する可能性があります。
例えば、65歳以降の年金手取り収入が月15万円の単身者を想定します。
家賃が月7万円であれば、年金収入の約47%を住宅費が占めます。
残額は8万円です。
この中から食費、光熱費、通信費、医療費、交通費などを支払う必要があります。
一方、家賃が月4万円であれば、残額は11万円になります。
毎月3万円の違いですが、年間では36万円です。
30年間では1,080万円になります。
老後の住宅費を月3万円削減できれば、金融資産の取り崩しを大きく抑えられる可能性があります。
ただし、家賃を下げるために医療機関や買い物施設から遠く離れた住宅へ移ると、交通費や生活上の負担が増える場合があります。
住宅費は、単純に安ければよいというものではありません。
年金収入と生活の利便性を踏まえて、無理のない水準を設定することが重要です。
50代から老後資金をどれだけ準備できるのか
老後資金の準備では、50代から65歳までの期間をどう活用するかが重要です。
例えば、55歳時点の金融資産が500万円の会社員を想定します。
65歳までの10年間、毎月5万円を積み立てる場合を考えます。
年間積立額は60万円です。
10年間では600万円になります。
55歳時点の500万円と合わせると、65歳時点の金融資産は1,100万円です。
運用収益を考慮しない単純計算です。
一方、毎月10万円を積み立てる場合には、10年間で1,200万円になります。
65歳時点の金融資産は1,700万円です。
積立額が月5万円違うだけで、10年間では600万円の差が生じます。
この違いは、老後の住宅費や介護費を賄ううえで大きな意味を持ちます。
ただし、金融資産を増やすために、生活に必要な支出を過度に削減することは望ましくありません。
健康維持や医療費、必要な住宅修繕などを後回しにすると、将来さらに大きな負担が生じる可能性があります。
老後資金の準備では、無理のない積立額を継続することが重要です。
65歳以降も働くことが住宅費対策になる
人生100年時代には、65歳以降も働くことが老後の生活を支える重要な選択肢になります。
例えば、65歳から70歳までの5年間、年間180万円の手取り就労収入を得られた場合を考えます。
5年間では900万円になります。
この収入を生活費に充てれば、金融資産の取り崩しを抑えることができます。
また、厚生年金に加入して働く場合には、加入実績が将来の年金額に反映される可能性があります。
ただし、在職老齢年金制度によって、賃金と老齢厚生年金の合計額に応じて、老齢厚生年金の一部が支給停止となる場合があります。
2026年度の支給停止調整額は月65万円です。
一方、老齢基礎年金は在職老齢年金による支給停止の対象ではありません。
高齢期の就労を考える際には、給与収入だけでなく、税金や社会保険料、年金への影響を含めた手取り額を確認する必要があります。
また、健康状態によって働けなくなる可能性もあります。
65歳以降の就労収入を老後資金計画に組み込む場合には、働けなくなった場合の生活も想定しておくことが重要です。
住宅の立地は老後の生活費と健康に影響する
老後の住宅選びでは、立地が重要になります。
現役時代には、自動車を運転して買い物や通院をすることができても、高齢になると運転を続けることが難しくなる場合があります。
また、足腰が弱くなると、長い距離を歩くことが負担になる可能性があります。
そのため、老後の住宅では、病院、スーパー、薬局、金融機関、公共交通機関などへのアクセスが重要です。
例えば、家賃が月5万円の住宅と月7万円の住宅を比較します。
家賃の差は月2万円です。
年間では24万円になります。
しかし、家賃の安い住宅が交通不便な場所にあり、頻繁にタクシーを利用する必要がある場合には、交通費が増える可能性があります。
さらに、外出機会が減少すれば、運動不足や社会的孤立につながるおそれもあります。
住宅費を考える際には、家賃だけでなく、交通費や医療機関へのアクセス、生活の利便性などを総合的に判断する必要があります。
健康状態の変化に対応できる住宅を選ぶ
50代では問題なく暮らせる住宅でも、80代や90代になると住みにくくなる場合があります。
例えば、階段の多い住宅では、足腰が弱くなった際に移動が難しくなる可能性があります。
また、浴室やトイレに段差がある住宅では、転倒の危険が高まる場合があります。
老後の住宅では、バリアフリー性能が重要です。
エレベーターの有無や段差の少なさ、手すりの設置、浴室の安全性などを確認する必要があります。
また、断熱性能も重要です。
冬場の室温が低い住宅では、暖房費が増えるだけでなく、健康上のリスクが高まる可能性があります。
住宅の購入や住み替えを検討する際には、現在の生活だけでなく、将来の身体機能の変化を想定することが重要です。
高齢になってから大規模な住宅改修を行う場合には、費用だけでなく、工事中の生活や業者との契約なども負担になることがあります。
元気なうちに住環境を整えておくことが、長く安心して暮らすための準備になります。
単身者は見守りと緊急連絡体制を整える
単身者の老後では、住宅を確保することに加えて、緊急時の対応を考える必要があります。
例えば、自宅で転倒して動けなくなった場合や、急病によって救急搬送された場合を想定します。
近くに家族がいない場合には、誰が異変に気付き、誰が連絡を受けるのかという問題があります。
このため、見守りサービスや緊急通報サービスの利用を検討することが考えられます。
また、地域包括支援センターや自治体の高齢者福祉担当窓口など、相談できる場所を把握しておくことも重要です。
さらに、近隣住民や友人、知人などとのつながりも役立つ場合があります。
ただし、単身者が必ず地域活動に参加しなければならないわけではありません。
重要なのは、本人の希望に応じて、必要なときに支援につながる仕組みを確保することです。
見守りサービスを利用する場合には、異変を検知した後に誰が対応するのかまで確認する必要があります。
単にセンサーを設置するだけでは、十分な対策とはいえません。
身元保証と死後事務も老後設計に含める
単身者や子どものいない夫婦では、入院や介護施設への入居時の身元保証問題も重要です。
病院や介護施設では、緊急連絡先や費用の支払いに関する対応などを求められる場合があります。
家族や親族に頼れない場合には、民間の身元保証サービスなどを検討することも考えられます。
ただし、契約内容や費用、預託金の管理、事業者の継続性などについて慎重な確認が必要です。
また、死亡後の手続きについても準備が必要です。
例えば、葬儀や納骨、賃貸住宅の明け渡し、家財整理などがあります。
こうした事務については、死後事務委任契約などを利用する方法があります。
ただし、死後事務委任契約と遺言書は役割が異なります。
財産を誰に承継させるかという問題は、相続制度や遺言によって対応する必要があります。
老後の総合設計では、生きている間の生活だけでなく、判断能力が低下した場合や死亡後の手続きまで考えることが重要です。
認知症による資産凍結への備え
老後の財産管理では、認知症などによる判断能力の低下も重要な課題です。
例えば、単身者が自宅を所有している場合を考えます。
80歳になり、介護施設へ入居するために自宅を売却したいと考えました。
しかし、認知症などによって契約内容を理解し判断する能力が不足している場合には、不動産売買契約を有効に締結できない可能性があります。
また、金融機関での取引にも支障が生じる場合があります。
こうした事態に備える方法として、任意後見制度があります。
任意後見制度は、判断能力が十分にあるうちに、将来支援を受ける人や事務内容を契約で定めておく制度です。
また、財産管理等委任契約や遺言書などを組み合わせる方法もあります。
ただし、これらの制度には、それぞれ役割と限界があります。
例えば、任意後見契約を締結しただけで直ちに代理権が発生するわけではありません。
本人の判断能力が不十分となり、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点から効力が生じます。
また、家族信託などを利用する場合にも、適切な受託者の確保や契約内容の設計が必要です。
資産が十分にあっても、必要なときに使えなければ、安心した老後生活を送ることは難しくなります。
50代から100歳までの生活資金を試算する
ここで、老後の生活資金について具体的に考えてみます。
65歳時点で金融資産が2,000万円ある単身者を想定します。
公的年金の手取り収入は月15万円です。
毎月の生活費は20万円とします。
この場合、毎月5万円の不足が生じます。
年間では60万円です。
65歳から95歳までの30年間では1,800万円になります。
運用収益や物価上昇などを考慮しない単純計算では、金融資産2,000万円で不足分を賄える計算です。
しかし、生活費が月23万円になった場合はどうでしょうか。
年金収入との差額は月8万円です。
年間では96万円になります。
30年間では2,880万円です。
金融資産2,000万円では880万円不足する計算になります。
さらに、介護費や医療費、住宅修繕費などの臨時支出が発生する可能性があります。
また、物価上昇によって生活費が増える場合もあります。
老後資金を考える際には、平均的な生活費だけでなく、支出が増えた場合のシナリオも確認することが重要です。
住宅と老後の総合設計は5つの視点で考える
人生100年時代の老後設計では、5つの視点を組み合わせることが重要です。
第一に、収入です。
公的年金、企業年金、退職金、就労収入などを確認します。
第二に、支出です。
住宅費、生活費、医療費、介護費などを把握します。
第三に、資産です。
預貯金、有価証券、不動産などの資産と、借入金などの負債を整理します。
第四に、健康と生活環境です。
将来の身体機能の変化に対応できる住宅かどうか、医療機関や生活施設へのアクセスが十分かを確認します。
第五に、生活支援と財産管理です。
見守り、緊急連絡、身元保証、任意後見、遺言、死後事務などを検討します。
これらのうち、どれか一つだけを考えても、安心した老後生活を実現することは難しくなります。
例えば、十分な金融資産があっても、認知症によって資産を管理できなくなれば問題が生じます。
また、住宅を所有していても、医療機関や買い物施設へのアクセスが悪ければ、生活に支障が生じる可能性があります。
住宅と老後の総合設計では、経済面と生活面を一体として考えることが必要です。
50代から始める具体的な準備
老後の住宅と生活設計については、50代から段階的に準備することが重要です。
まず、現在の家計を把握します。
年間手取り収入と生活費、住宅費、貯蓄額を整理します。
次に、65歳以降の年金見込額を確認します。
ねんきん定期便やねんきんネットなどを利用して、将来の年金額を把握します。
さらに、現在の住宅に住み続けられるかを検討します。
賃貸住宅であれば、退職後も家賃を支払えるかを確認します。
持ち家であれば、住宅ローンの返済計画や修繕費を確認します。
また、将来の住み替え先についても情報を集めます。
公営住宅、UR賃貸住宅、居住サポート住宅、サービス付き高齢者向け住宅など、それぞれの制度や条件を確認します。
加えて、緊急連絡先や財産管理の方法についても考えます。
必要に応じて、専門家へ相談することも有効です。
老後の準備は、一度計画を作成すれば終わりではありません。
収入、資産、健康状態、家族関係などの変化に応じて、定期的に見直すことが重要です。
結論
人生100年時代において、終のすみかを確保することは、単に住宅を購入することでも、家賃の安い住宅を探すことでもありません。
将来の収入と支出、健康状態、介護、生活支援、財産管理などを踏まえて、安心して暮らし続けられる住環境を整えることです。
特に就職氷河期世代では、現役時代の雇用や所得の格差が、老後の住宅格差につながる可能性があります。
十分な金融資産を形成できなかった人にとって、住宅費の負担は生活の安定を左右します。
一方、高所得者であっても、親の介護費や養育費などによって、老後資金の準備が進まない場合があります。
また、単身者や子どものいない夫婦では、保証人、見守り、相続、財産管理、死亡後の手続きなどについても備える必要があります。
老後の住宅問題は、個人の資産形成だけでは解決できません。
公営住宅や居住サポート住宅などの住宅セーフティネットを充実させ、家族がいなくても安心して暮らせる社会制度を整備することが重要です。
その一方で、個人としても50代のうちから準備を始めることができます。
年金見込額を確認し、住宅費を見直し、金融資産を形成し、将来の住み替えや生活支援について検討することです。
そして、最も重要なのは、住宅を単なる資産としてではなく、人生の最後まで生活を支える基盤として考えることです。
人生100年時代の終のすみかとは、最期まで同じ住宅に住み続けることだけを意味するものではありません。
年齢や健康状態の変化に応じて、安心して暮らせる住まいを選び続けられることです。
50代から住宅と老後の総合設計を始めることが、将来の選択肢を広げ、自分らしい老後を実現するための第一歩になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月14日 就職氷河期おひとり様「家借りるのも大変」 見えぬワンルーム8畳の先
日本経済新聞 2026年9月15日 氷河期おひとり様、賃貸の緊急連絡先「誰に頼めば」 親高齢で難しく
日本経済新聞 2026年9月16日 50歳男性3割が未婚時代 独身前提で家購入?結婚に備え先延ばし?
日本経済新聞 2026年9月17日 子のない高齢者1000万人に、終のすみかは 結婚しても「いずれ一人」
日本経済新聞 2026年9月18日 高齢者賃貸、孤独死懸念で厳しく おひとり様「住宅政策の蚊帳の外」