金には利息がありません。
米国債で高い利回りを得られる時代であれば、利息を生まない金より国債を保有した方が合理的に見えます。
ところが、世界の中央銀行にとって金は依然として重要な準備資産です。
中央銀行による金購入は、個人投資家が値上がりを期待して金を買うこととは意味が違います。
そこには外貨準備の分散、信用リスクへの対応、通貨価値への備え、そして国際金融環境の変化という複数の理由があります。
中央銀行は外貨準備を持っている
各国の中央銀行や通貨当局は外貨準備を保有しています。
外貨準備は、為替市場への対応や対外債務の支払い、輸入代金の確保など、国の金融や経済の安定を支えるために利用されます。
その中心となってきたのがドル建て資産です。
米国債は市場規模が大きく、売買しやすいため、世界の外貨準備で重要な位置を占めています。
しかし、外貨準備を1つの通貨や資産だけに集中させれば、その通貨や国の金融政策の影響を強く受けます。
そこで分散先の1つとして金が利用されます。
金には発行体が存在しない
中央銀行にとって金が持つ大きな特徴は、誰かの負債ではないことです。
米国債は米国政府の債務です。
銀行預金は銀行の債務です。
他国の国債も、それぞれの政府の債務になります。
これに対して、金そのものには発行体がありません。
誰かが利息を払う約束をしているわけではなく、満期に元本を返す約束をしているわけでもありません。
利息がないという弱点がある一方、特定の発行体に対する信用リスクを直接負わないという特徴があります。
中央銀行が準備資産の一部として金を保有する重要な理由です。
外貨準備の分散に使われる
資産運用では分散が重要だといわれます。
中央銀行の外貨準備でも考え方は同じです。
ドル建て資産だけを保有していれば、ドルの価値や米国の金融政策の影響を大きく受けます。
ユーロや円など他の通貨に分散する方法もありますが、それらも法定通貨です。
金は特定の通貨ではありません。
そのため、通貨そのものから分散するための資産として利用できます。
中央銀行にとって金は、単なる投資商品ではなく、外貨準備全体のリスクを分散するための資産でもあるのです。
ドル離れと金購入は同じではない
中央銀行による金購入が増えると、しばしばドル離れという言葉で説明されます。
しかし、この点は慎重に考える必要があります。
金を増やしたからといって、直ちにドルを使わなくなるわけではありません。
国際貿易や金融取引ではドルが重要な役割を担っており、米国債市場にも高い流動性があります。
中央銀行にとっても、ドル建て資産は依然として重要です。
したがって、中央銀行による金購入はドルを完全に排除する動きというより、ドルなどへの集中を避けるための分散として捉えた方が実態を理解しやすくなります。
ドルか金かではなく、ドルも金も保有しながら構成を調整するという考え方です。
金融制裁への意識も無視できない
国際金融環境の変化も金の存在感を高める要因になります。
海外に保有する金融資産は、国際的な金融システムを通じて管理される場合があります。
国際情勢が大きく変化すると、金融制裁などによって資産の利用が制限される可能性があります。
金についても保管場所や取引方法による制約はありますが、自国内で現物を保有する金には、他国の金融機関の債務とは異なる性格があります。
この違いが、外貨準備を考える一部の国にとって重要になっています。
金の購入を単なる価格上昇への期待だけで説明できない理由です。
インフレへの備えという役割
中央銀行にとっても、通貨の購買力は重要です。
世界的にインフレが続けば、現金や固定利付資産の実質的な価値は影響を受けます。
金は短期的には大きく値下がりすることもあり、常にインフレ率と同じように価格が動くわけではありません。
それでも非常に長い期間にわたり価値の保存手段として利用されてきた歴史があります。
このため、長期的な通貨価値の変化に備える資産として金が組み込まれることがあります。
中央銀行は短期的な相場だけで準備資産を考えているわけではありません。
中央銀行の買いは金市場に影響する
中央銀行による購入が重要なのは、金価格にも影響するからです。
金市場には宝飾需要、投資需要、産業需要などがあります。
そこに中央銀行という大きな買い手が加わります。
中央銀行は短期的な値動きを狙って頻繁に売買する投資家とは性格が異なります。
外貨準備政策として長期的に金を保有するのであれば、市場に戻ってくる金も少なくなります。
継続的な購入は金市場の需給を引き締め、価格を支える要因になり得ます。
高金利でも金が買われる理由
ここで興味深いのが、高金利と中央銀行の金購入が同時に起こり得ることです。
一般的には金利が上昇すると、利息を生まない金には逆風になります。
しかし中央銀行が金を買う目的は、利回りの最大化だけではありません。
外貨準備の分散や信用リスクへの対応を重視するなら、米国債の利回りが高くても金を保有する意味があります。
つまり、個人投資家から見れば金利5%の国債が魅力的でも、中央銀行から見れば金と国債にはそれぞれ別の役割があります。
この違いが、高金利局面でも中央銀行による金需要が存在する理由の1つです。
金価格を見る新しい視点
以前の金相場では、米国の金利やドルの動きが特に重視されてきました。
もちろん現在でも重要です。
しかし、それだけでは金価格を説明できない局面があります。
実質金利が高い。
ドルも強い。
それでも金価格が底堅い。
こうした場面では、中央銀行などによる実物需要が金価格を支えている可能性を考える必要があります。
金を見るときには金融市場の価格だけでなく、誰が実際に金を買っているのかという需給にも目を向ける必要があります。
個人投資家にも共通する考え方
中央銀行と個人では、資産を保有する目的も規模も大きく異なります。
それでも参考になる考え方があります。
それは、すべての資産を利回りだけで比較しないことです。
預金には預金の役割があります。
債券には債券の役割があります。
株式には株式の役割があります。
そして金には金の役割があります。
中央銀行が金を保有しているから個人も金を買うべきだという話ではありません。
重要なのは、資産ごとに異なる役割があるということです。
結論
中央銀行が金を買う最大の特徴は、単純な値上がり益を狙った投資ではないことです。
外貨準備を特定の通貨に集中させない。
特定の発行体への信用リスクを分散する。
インフレや通貨価値の変化に備える。
国際金融環境の変化に対応する。
こうした複数の目的から金が保有されています。
金には利息がありません。
しかし、発行体もありません。
高金利時代にはこの利息のなさが弱点になりますが、国際金融への不安が強まる時代には、発行体がないことが金の特徴として改めて意識されます。
中央銀行による金購入を理解することは、金価格を見るだけでなく、世界の通貨や外貨準備の構造がどのように変化しているのかを考える手掛かりにもなるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日 夕刊 明暗分ける金と仮想通貨