ソフトガバナンスとは何か ルールだけでは解決できない組織の対立を調整する仕組み編

経営

企業では、規則や組織制度を整備すればすべての問題を解決できるわけではありません。特に利益と社会貢献のように異なる目的を同時に追求する組織では、どちらを優先するかについて意見が対立することがあります。そこで重要になるのが、制度や命令だけに頼らず、現場での対話や相互理解によって調整する「ソフトガバナンス」という考え方です。

ガバナンスとは何か

ガバナンスとは一般に「統治」と訳されます。

企業経営では、経営者が適切な意思決定を行っているかを監督し、企業が健全に運営されるようにする仕組みを意味します。

代表的なのがコーポレートガバナンスです。

取締役会を設置する。

社外取締役が経営を監督する。

内部統制を整備する。

社内規程を設ける。

権限と責任を明確にする。

こうした仕組みによって組織を適切に運営します。

企業の規模が大きくなるほど、多くの人が働き、多数の部門が存在するため、一定のルールが必要になります。

しかし、ルールだけでは解決できない問題もあります。

公式的なガバナンスとは何か

企業が一般的に採用しているのは、公式的な仕組みによるガバナンスです。

例えば取締役会で重要事項を決議します。

一定金額以上の投資には経営会議の承認を必要とします。

部門ごとに予算を設定します。

従業員には職務権限を与えます。

さらにコンプライアンス規程やリスク管理規程などを整備します。

誰が決めるのか。

誰が責任を負うのか。

どのような手続きを踏むのか。

これらを明確にすることで組織の秩序を維持します。

こうした公式的なガバナンスは企業経営に欠かせません。

しかし、複雑な経営問題になると、ルールだけでは答えが出ない場合があります。

なぜルールだけでは解決できないのか

例えば企業が環境負荷を減らすため、新しい設備を導入するケースを考えてみます。

環境部門は、

「社会的責任を果たすために導入すべきだ」

と主張するでしょう。

一方、財務部門は、

「投資額に対して十分な収益が見込めない」

と反対するかもしれません。

営業部門からは、

「環境対応によって商品の価格が上がれば顧客が離れる」

という意見が出る可能性があります。

どの意見にも一定の合理性があります。

問題は、

「誰が正しいのか」

ではありません。

社会的価値、収益性、顧客価値という異なる目的をどう調整するのかです。

このような問題について、すべてを事前に社内規程で決めることは難しいでしょう。

経営環境や事業内容によって最適な答えが変わるからです。

ソフトガバナンスとは何か

そこで重要になるのがソフトガバナンスです。

ソフトガバナンスとは、厳格な規則や命令だけではなく、対話、信頼、価値観の共有、非公式なコミュニケーションなどを通じて組織を調整する考え方です。

例えば、

「この事業を会社として本当に続けるべきなのか」

「利益は減るが社会的価値が高い投資をどこまで行うのか」

「顧客利益と会社利益が対立した場合にどうするのか」

といった問題について、関係者が率直に話し合います。

そして現実的な解決策を探します。

法律や規程によって答えを決めるのではなく、人と人との関係の中で調整するわけです。

ハードガバナンスとの違い

ソフトガバナンスを理解するには、ハードなガバナンスと比較すると分かりやすいでしょう。

ハードなガバナンスでは、

規則

組織制度

契約

承認手続き

監査

数値目標

などによって人の行動を管理します。

一方、ソフトガバナンスでは、

対話

信頼

企業文化

価値観

暗黙の了解

現場での調整

などが重要になります。

どちらか一方だけで組織を運営するわけではありません。

両方が必要です。

ルールがなければ組織運営が不透明になります。

しかしルールだけに頼れば、現実に合わせた柔軟な判断ができなくなることがあります。

企業経営では、ハードとソフトを組み合わせる必要があります。

本音のコミュニケーションが重要になる

ソフトガバナンスで特に重要なのが、本音のコミュニケーションです。

企業の正式な会議では、それぞれの参加者が自分の立場を背負っています。

財務担当者であれば収益性を重視します。

営業担当者であれば売上や顧客を重視します。

人事担当者であれば従業員を重視します。

サステナビリティー担当者であれば社会や環境を重視するでしょう。

公式の会議では、それぞれが自分の役割に沿った主張をすることになります。

その結果、全員が正論を言っているにもかかわらず、議論がまとまらないことがあります。

そこで必要になるのが、

「理想としてはどうしたいのか」

「現実にはどこまでできるのか」

「どこなら妥協できるのか」

という率直な話し合いです。

建前だけではなく、現場の現実を踏まえて落としどころを探します。

なぜ現場での対話が重要なのか

経営トップがすべての問題について判断することはできません。

企業活動の多くは現場で行われています。

例えば営業担当者は、顧客からどのような要求が出ているのかを知っています。

製造現場は、設備や品質の実態を理解しています。

調達担当者は、取引先がどの程度の負担に耐えられるかを把握しています。

人事担当者は、従業員がどのような問題を抱えているかを知っています。

こうした情報は、必ずしも経営トップまで完全に伝わるわけではありません。

だからこそ、現場の人たちが企業の目的を理解し、自分たちで調整できることが重要になります。

ソフトガバナンスとは、経営トップが管理を放棄することではありません。

むしろ現場が適切に判断できるよう、共通の価値観や判断基準をつくることだと考えられます。

二重目的組織では特に重要になる

ソフトガバナンスが重要になる代表的な組織が、二重目的組織です。

二重目的組織では、

経済的目的

と、

社会的目的

を同時に追求します。

例えば企業であれば、

「利益を上げる」

と同時に、

「環境問題を解決する」

「地域社会に貢献する」

「従業員の幸福を高める」

といった目的を持つことになります。

問題は、これらが常に一致するわけではないことです。

環境投資を増やせば利益が減るかもしれません。

賃金を上げれば人件費が増えます。

地域雇用を守れば事業効率が低下する場合があります。

このような対立を、単純な規則だけで処理することは難しいでしょう。

数値目標だけでも解決できない

企業ではKPIなどの数値目標を設定して組織を管理します。

これは非常に重要です。

しかし二重目的組織では、数値化できない価値もあります。

例えば、

顧客からの信頼

従業員の働きがい

取引先との長期的な関係

地域社会への貢献

企業文化

などです。

もちろん可能な範囲で数値化することはできます。

しかしすべてを数字だけで表すことは困難です。

さらに複数のKPIが対立する場合もあります。

売上目標を高く設定すれば、営業担当者が顧客に必要以上の商品を販売する可能性があります。

コスト削減目標を厳しくすれば、取引先に過度な値下げを要求するかもしれません。

数値目標を達成すること自体が目的になると、企業のパーパスから離れてしまうことがあります。

パーパスが共通の判断基準になる

そこで重要になるのがパーパスです。

パーパスとは、

「企業は何のために存在するのか」

という企業の存在意義です。

ルールで答えが出ないとき、パーパスが判断基準になります。

例えば顧客利益と短期的な売上が対立したとします。

そのとき、

「この会社は何のために存在しているのか」

という原点に戻ります。

顧客の長期的な利益を支援することがパーパスであれば、短期的な売上を犠牲にしてでも顧客利益を優先するという判断が考えられます。

パーパスは、現場の判断を細かく規制するルールではありません。

判断に迷ったときの方向を示すものです。

この点で、パーパスとソフトガバナンスは非常に相性がよいといえます。

心理的安全性も重要になる

本音のコミュニケーションを実現するには、社員が率直に意見を言える環境が必要です。

上司の意見に反対したら評価を下げられる。

失敗を報告したら責任を追及される。

問題を指摘すると面倒な社員と思われる。

このような組織では、本音のコミュニケーションは生まれません。

会議では全員が経営方針に賛成しているように見えても、現場では誰も納得していないという状態になる可能性があります。

ソフトガバナンスを機能させるためには、

「違う意見を言ってもよい」

という組織文化が必要です。

その意味では心理的安全性も、ソフトガバナンスを支える重要な要素になります。

ソフトだから曖昧でよいわけではない

ソフトガバナンスという言葉から、

「その場その場で話し合えばよい」

と考えるのは危険です。

企業には法律や規則があります。

会計、不正防止、安全管理、情報管理などについて、守るべきルールを曖昧にしてはいけません。

例えば粉飾決算をするかどうかを現場の話し合いで決めることはできません。

法令違反を認めるかどうかについて妥協することもできません。

ソフトガバナンスが必要なのは、

「ルールを守ったうえで、複数の合理的な選択肢からどれを選ぶのか」

という領域です。

守るべき最低線はハードな仕組みで明確にする。

そのうえで答えが一つではない問題について対話で調整する。

この使い分けが重要です。

日本企業との相性も考えられる

日本企業では以前から、正式な組織制度だけでなく、現場での調整を重視する経営が行われてきました。

部門間で事前に話し合う。

関係者の意見を聞く。

現場で問題をすり合わせる。

こうした組織運営にはソフトガバナンスと共通する部分があります。

ただし注意も必要です。

非公式な調整が強くなりすぎれば、意思決定の責任が曖昧になる可能性があります。

誰が決めたのか分からない。

反対意見を言いにくい。

暗黙の了解によって問題が隠される。

こうした弊害も考えられます。

したがって、日本企業にとって重要なのは非公式な調整を増やすことではありません。

透明性や責任の明確化というハードなガバナンスを維持しながら、本音で対話できる仕組みを組み合わせることです。

結論

ソフトガバナンスとは、規則や組織制度だけに頼るのではなく、対話、信頼、価値観の共有などを通じて組織内部の異なる考え方を調整する仕組みです。

特に利益という経済的目的と、社会貢献という社会的目的を同時に追求する二重目的組織では重要になります。

どちらの目的も正しいからこそ、単純なルールでは答えを出せない問題が生まれるからです。

ただし、ソフトガバナンスはルールを不要にする考え方ではありません。

法律や内部統制など、守るべき基準は明確にする必要があります。

そのうえで、正解が一つではない問題について現場が率直に話し合い、現実的な答えを探していく。

そして、そのときの共通の判断軸になるのが企業のパーパスです。

パーパス経営を実現するために必要なのは、立派な理念を掲げることだけではありません。

現場で意見が対立したときに、その理念を使って本音で議論できるかどうか。

企業のパーパスが本当に機能しているかは、むしろそうした難しい場面で明らかになるのではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年8月10日朝刊
エコノミクス トレンド
企業のパーパスを再考する
若林直樹・京都大学教授

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