高額な資産を売買するときには、売る側にも買う側にも大きな心配があります。
買う側は、代金を支払ったのに資産を受け取れなければ困ります。
売る側は、資産を渡したのに代金を受け取れなければ困ります。
数千円の買い物なら影響は限定的ですが、5000万円の不動産や1億円の有価証券となれば、この問題は非常に重要になります。
そこで金融取引では、お金と資産をできるだけ同時に交換する仕組みが利用されています。
これをDvPといいます。
ステーブルコインとトークン化された資産を組み合わせることで、このDvPをブロックチェーンなどのデジタル基盤上で実現できる可能性があります。
DvPとは何か
DvPとはDelivery versus Paymentの略です。
日本語では一般に証券と資金の同時受け渡しなどと説明されます。
簡単にいえば、
資産を渡すこと
代金を支払うこと
を条件として結び付ける仕組みです。
例えばAさんがBさんから1億円の有価証券を購入するとします。
Aさんは1億円を支払います。
Bさんは1億円分の有価証券をAさんへ渡します。
この2つの処理が別々に行われると、一方だけが完了してしまうリスクがあります。
そこで資産の引き渡しと代金の支払いを連動させます。
資産が渡るならお金も渡る。
お金が渡らないなら資産も渡らない。
この考え方がDvPです。
代金だけ払うリスクとは何か
例えば5000万円の資産を購入するとします。
買主が先に5000万円を送金したとします。
ところが、その後に売主側で問題が発生して資産を受け取れなかったらどうでしょうか。
買主は5000万円を支払ったにもかかわらず、目的の資産を取得できません。
反対に、売主が先に資産を買主へ移転したとします。
その後、買主から5000万円が支払われなければ、今度は売主が損失を受けます。
つまり、
資金だけ先に動くリスク
資産だけ先に動くリスク
の両方があります。
金融取引では、このように取引の片側だけが完了してしまうリスクを減らすことが重要になります。
時間差があるほどリスクが生まれる
資産とお金の交換で問題になるのは、両者の間に時間差が生じることです。
例えば午前10時に買主が1億円を支払い、午後3時に売主が資産を移転する取引を考えます。
5時間の間、買主は代金を支払ったのに資産を受け取っていない状態になります。
この間に売主が破綻したり、システム障害が起きたりすれば、取引が予定通り完了しない可能性があります。
反対に資産を先に渡せば、売主側が同じリスクを負います。
そこで資金と資産をできるだけ同時に動かすことによって、この時間差を小さくします。
これが同時決済の重要な意味です。
ステーブルコインは資金側をデジタル化できる
DvPをブロックチェーン上で行うためには、資産だけでなく、お金もデジタル上で動かせる必要があります。
ここでステーブルコインが重要になります。
例えば1億円分のデジタル証券をブロックチェーン上で売買するとします。
買主は1億円相当の円建てステーブルコインを用意します。
売主は1億円分のデジタル証券を保有しています。
そして、
デジタル証券を売主から買主へ移転する
1億円相当のステーブルコインを買主から売主へ移転する
という2つの処理を連動させます。
両方が成立する場合だけ取引を完了させる仕組みにできれば、資産だけ、お金だけが一方的に移転するリスクを抑えられます。
資産移転との同時処理とは何か
例えばA社がB社から1億円のデジタル証券を購入するとします。
A社は1億円相当のステーブルコインを用意します。
B社は対象となるデジタル証券を用意します。
システム上で、
A社に必要なステーブルコインがある
B社に必要な証券がある
取引条件が一致している
ということを確認します。
条件が整えば、
証券はB社からA社へ
ステーブルコインはA社からB社へ
移転します。
どちらかの条件が満たされなければ、両方とも実行しないという設計が考えられます。
これによって取引の片側だけが実行されるリスクを減らせます。
スマートコントラクトと相性がよい
前回の記事で説明したスマートコントラクトは、同時決済でも重要な役割を果たします。
例えば、
買主が1億円相当のステーブルコインを保有している
売主が対象となる資産を保有している
双方が取引を承認している
という条件をプログラムで確認します。
すべての条件が成立した場合にだけ、資金と資産を移転します。
人が一つずつ確認して銀行振込を実行するのではなく、取引条件そのものをプログラムへ組み込む考え方です。
これによって決済時間の短縮や事務作業の削減につながる可能性があります。
有価証券との相性がよい
DvPが特に重要なのが有価証券取引です。
株式や債券などを売買すると、
証券の受け渡し
代金の受け渡し
の両方が必要になります。
現在の証券市場にも、こうした受け渡しを安全に行うための決済インフラがあります。
そのためDvPという考え方そのものは、ステーブルコインによって初めて登場したものではありません。
重要なのは、証券そのものがデジタル化され、ブロックチェーンなどのネットワーク上で動くようになった場合です。
資産はブロックチェーン上にあるのに、代金は従来の銀行決済網で動かすとなれば、2つの異なるシステムを連携させる必要があります。
一方、円建てステーブルコインを利用すれば、資産と決済手段を同じデジタル基盤上で動かせる可能性があります。
セキュリティトークンとの組み合わせ
ブロックチェーンなどを利用してデジタル化された有価証券として、セキュリティトークンがあります。
例えば不動産を裏付けとした金融商品をデジタル証券として発行する仕組みがあります。
投資家が100万円分のセキュリティトークンを購入するとします。
代金を銀行振込で支払うこともできます。
しかし円建てステーブルコインを利用すれば、
100万円分のセキュリティトークン
100万円相当のステーブルコイン
をデジタル上で交換する仕組みを作れる可能性があります。
資産もデジタル、お金もデジタルという状態になることで、取引全体を一つの仕組みの中で処理しやすくなります。
不動産そのものへの応用には違いがある
不動産取引でも同時決済の考え方は重要です。
例えば5000万円の住宅を購入するとします。
買主は5000万円を支払い、売主は住宅の所有権を移転します。
理想的には、この2つを同時に行いたいところです。
しかし現在の日本では、不動産の所有権について法務局の登記制度があります。
住宅そのものをブロックチェーン上のトークンとして移転すれば所有権移転が完了するという仕組みではありません。
そのため、
5000万円相当のステーブルコインの決済
所有権移転登記に必要な手続き
をどのように安全に連携させるのかが課題になります。
ステーブルコインを利用すれば、代金側をデジタル化できますが、それだけで不動産登記まで自動化されるわけではありません。
不動産の受益権などをトークン化する場合は相性が変わる
一方、不動産に関連する権利をデジタル証券としてトークン化する場合には、ステーブルコインとの相性が高まります。
例えば不動産を信託し、その受益権などを基礎とした金融商品をデジタル化する仕組みがあります。
こうした資産がブロックチェーン上で移転できれば、
資産側はデジタルトークン
資金側はステーブルコイン
という組み合わせになります。
すると双方を同じデジタル基盤上で交換するDvPを実現しやすくなります。
ステーブルコインが注目される背景には、単独の決済手段としてだけでなく、トークン化された資産の決済手段になる可能性があることも関係しています。
決済期間を短縮できる可能性がある
金融取引では、売買契約が成立した瞬間と、実際に資産と代金を受け渡す瞬間が同じとは限りません。
一定の決済期間が存在する取引があります。
この期間には、取引相手が破綻するなどのリスクが残ります。
デジタル資産とステーブルコインを利用して取引成立後の決済を迅速化できれば、こうしたリスクが存在する時間を短縮できる可能性があります。
また、決済まで資金や資産を確保しておかなければならない時間が短くなれば、資金効率の改善につながる可能性もあります。
ただし、決済を速くすればすべて良くなるとは限りません。
企業や金融機関には資金を準備する時間も必要なため、市場全体の仕組みとして慎重に設計する必要があります。
仲介する仕組みがすべて不要になるわけではない
ブロックチェーンで同時決済できれば、金融機関や仲介者がすべて不要になると思うかもしれません。
しかし実際にはそう単純ではありません。
誰が本人確認をするのか。
資産が本物であることを誰が確認するのか。
取引できる投資家を誰が管理するのか。
システム障害が起きたら誰が対応するのか。
誤った取引が行われた場合にどうするのか。
こうした役割は残ります。
ステーブルコインやスマートコントラクトは、取引の一部を自動化する技術です。
金融取引に必要な信用や法的な仕組みまで完全に不要にするものではありません。
同時決済は高額取引ほど意味が大きい
1000円の商品を購入する場合、代金と商品の受け渡しに多少の時間差があっても、社会全体への影響は限定的です。
しかし1億円、10億円、100億円という取引になると話は変わります。
一方だけが先に履行される時間が長いほど、大きな信用リスクを抱えることになります。
そのため高額な企業間取引や金融取引では、ステーブルコインによる同時決済の意味が大きくなります。
信託型ステーブルコインが100万円を超える大口取引に利用できるようになれば、こうした分野での活用も広がる可能性があります。
結論
ステーブルコインの同時決済とは、代金となるステーブルコインと、購入する資産の移転を条件として結び付け、取引の片側だけが完了するリスクを減らす仕組みです。
金融取引では、この考え方をDvPと呼びます。
買主がお金を払ったのに資産を受け取れない。
売主が資産を渡したのにお金を受け取れない。
こうした取りっぱぐれを防ぐため、資金と資産をできるだけ同時に移転させます。
ステーブルコインが重要なのは、資金側をブロックチェーンなどのデジタル基盤上で動かせることです。
さらに有価証券などがトークン化されれば、
資産もデジタル
お金もデジタル
という環境を作ることができます。
その結果、スマートコントラクトなどを利用して、両方がそろった場合だけ取引を完了させる仕組みを構築できる可能性があります。
ステーブルコインが金融を変える可能性は、単に送金が速くなることだけにありません。
お金と資産を同じデジタル基盤上で同時に動かせるようになることによって、資産取引そのものの仕組みを変える可能性があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 家・車もステーブルコイン