社員の健康管理が、本人の感覚だけではなくデータを活用する時代になりつつあります。
その代表的な道具が、スマートウォッチなどのウェアラブル端末です。
歩数や運動時間などを日常的に記録できるため、自分がどれくらい身体を動かしているのかを数字で確認できます。
企業にとっても、社員の運動習慣を支援するための新しい手段になります。
これまでの健康経営では、年に一度の健康診断などを中心に社員の健康状態を把握することが一般的でした。
しかしウェアラブル端末を利用すれば、日常生活の中の身体活動を継続的に確認できます。
一方で、企業が社員の健康データを扱うことには慎重さも必要です。
便利だからといって、会社が社員の生活を監視するような制度になってしまえば、健康経営そのものへの信頼を失いかねません。
健康データをどこまで活用し、どこからを個人の領域として守るのか。
ウェアラブル端末の普及は、健康経営に新しい可能性と課題の両方をもたらしています。
ウェアラブル端末とは何か
ウェアラブルとは、身に着けられるという意味です。
代表的なのが腕時計型のスマートウォッチや活動量計です。
スマートフォンでも歩数などを記録できますが、スマートウォッチは基本的に身に着けた状態で使用するため、日常の身体活動を記録しやすい特徴があります。
たとえば歩数や運動時間などを確認できます。
対応する機器やサービスによって取得できるデータは異なりますが、健康状態や身体活動について日常的に確認する道具として普及してきました。
従来の歩数計を大幅に高機能化したものと考えると分かりやすいでしょう。
健康状態を数字で見る時代へ
ウェアラブル端末の大きな特徴は、自分の行動を数字として確認できることです。
今日は何歩歩いたのか。
今週はどのくらい身体を動かしたのか。
昨日と比べて活動量は増えたのか。
こうした情報が画面に表示されます。
健康づくりが漠然としたものではなくなります。
運動不足だと思っているだけでは、具体的な行動にはつながらないことがあります。
しかし、今日は3000歩しか歩いていないと数字で示されれば、あと少し歩いてみようというきっかけになります。
データは健康状態を管理するだけではなく、人の行動を変える役割も持っています。
歩数の可視化が運動のきっかけになる
企業の健康経営でも特に活用しやすいのが歩数です。
歩数には分かりやすさがあります。
専門的な医学知識がなくても、自分が昨日より多く歩いたのか少なく歩いたのかを理解できます。
たとえば社員が自分で歩数目標を設定します。
ウェアラブル端末で毎日の歩数を確認します。
目標に少し届かなければ、帰宅時に少し遠回りする。
昼休みに散歩する。
階段を利用する。
こうした小さな行動につながります。
運動する時間を新たに1時間確保することは難しくても、日常生活の中で少し歩く量を増やすことなら実行しやすい人も多いでしょう。
健康ポイントとの組み合わせもできる
ウェアラブル端末は健康ポイント制度とも相性があります。
歩数を自動的に記録できれば、一定の条件を達成した社員へポイントを付与する仕組みをつくりやすくなります。
たとえば一定期間、本人が設定した歩数目標を達成する。
ウォーキングイベントへ参加する。
継続的に身体を動かす。
こうした行動をデータで確認し、ポイントや社内の特典などにつなげることができます。
健康行動を記録する作業が面倒であれば、制度そのものが続きません。
ウェアラブル端末によって記録を自動化できることは、健康施策を継続するうえで大きな利点になります。
社内イベントにも利用できる
ウェアラブル端末やスマートフォンのデータを使って、ウォーキングイベントを開催することもできます。
個人で一定の歩数を目指す。
チーム単位で目標を設定する。
会社全体で一定の総歩数を目指す。
こうした方法です。
健康づくりだけでなく、社員同士のコミュニケーションにもつながる可能性があります。
特にテレワークが多い企業では、普段顔を合わせない社員同士が共通のイベントに参加するきっかけにもなります。
ただし、単純な歩数ランキングだけにすると、もともと運動量の多い社員ばかりが上位になることがあります。
増加した歩数や目標の達成度など、さまざまな評価方法を組み合わせることが重要です。
年1回の健康管理から日常の健康管理へ
従来の企業の健康管理では、健康診断が大きな役割を果たしてきました。
健康診断は重要ですが、基本的には一定時点で身体の状態を確認するものです。
ウェアラブル端末が加わると、その間の日常的な行動にも目を向けることができます。
健康診断で運動不足を指摘された。
その後、本当に歩くようになったのか。
数カ月後にも運動を続けているのか。
こうした変化を本人自身が確認できます。
健康診断で問題を発見して終わるのではなく、その後の生活習慣を変えるところまで支援する。
健康経営の役割が広がっていく可能性があります。
企業は個人ではなく全体を見るという方法もある
企業が健康データを利用すると聞くと、社員一人ひとりの歩数を会社が監視する姿を想像するかもしれません。
しかし、必ずしも個人単位の情報を見る必要はありません。
企業の目的が健康施策の効果測定であれば、個人を特定できない形に加工した集計データを利用する方法も考えられます。
たとえばウォーキングイベントの前後で、参加者全体の平均的な活動量がどう変化したのかを見る。
部署ごとの傾向を見る場合でも、個人が特定されないように配慮する。
必要以上の情報を企業が持たないことは重要です。
健康データを集められるから集めるのではなく、目的に必要な範囲だけ利用するという考え方が求められます。
健康データは人事評価とは切り離して考える
特に慎重に考える必要があるのが、人事評価との関係です。
歩数が少ないから評価を下げる。
運動イベントに参加しなかったから昇進で不利になる。
このような制度になれば、社員は健康経営を支援ではなく監視だと感じるでしょう。
健康状態や運動能力には個人差があります。
身体的な事情から運動が難しい人もいます。
企業の健康施策は社員が健康的な行動を選びやすくするためのものであり、運動能力を評価する制度ではありません。
参加の任意性やデータの利用目的を明確にすることが重要になります。
個人情報への配慮が最大の課題になる
ウェアラブル端末を健康経営に利用する場合、避けて通れないのがプライバシーの問題です。
身体活動などのデータは、個人の生活に深く関係します。
取得するデータの種類によっては、より慎重な管理が必要になります。
企業は少なくとも、どのようなデータを取得するのか、何のために利用するのか、誰がアクセスできるのか、いつまで保存するのかといったルールを明確にする必要があります。
さらに社員に分かりやすく説明することも欠かせません。
便利な技術ほど、取得できる情報が増えます。
だからこそ、技術的に取得できる情報と企業が取得すべき情報を区別する必要があります。
監視されていると感じれば逆効果になる
健康経営の目的は、社員が健康な状態で働ける環境をつくることです。
ところが会社から常に自分の行動を監視されていると感じれば、それ自体がストレスになりかねません。
今日は歩いていない。
休日に運動していない。
生活習慣が会社に知られている。
社員がそう感じる制度では、本来の目的と逆になります。
ウェアラブル端末を導入するときには、会社が管理するという発想より、社員本人が自分の健康を管理するための道具を会社が支援するという発想の方が適しています。
データの主役はあくまで社員本人であるという考え方が重要です。
データから健康施策の効果を検証できる
一方、適切に利用すれば、ウェアラブル端末は企業の健康施策を改善する有力な道具になります。
これまで企業がスポーツイベントを実施しても、本当に社員の運動習慣が変わったのか分からないことがありました。
参加者が多かった。
社員から好評だった。
それだけでは健康への効果までは判断できません。
データを利用すれば、施策の前後で社員全体の身体活動に変化があったのかを検証しやすくなります。
効果がなければ施策を見直す。
効果があれば継続する。
健康経営にも、実施して終わりではなく、データを使って改善を繰り返す考え方を取り入れることができます。
健康経営もデータ経営になる
企業経営では、売上や利益、在庫、生産性など、さまざまなものがデータで管理されています。
人的資本経営が重視されるようになれば、人材に関する施策についても効果を測定する必要性が高まります。
社員の健康への投資も例外ではありません。
スポーツイベントを開催した。
ウェアラブル端末を配った。
健康ポイント制度を導入した。
重要なのは、その後です。
社員の運動習慣は変わったのか。
病欠は減ったのか。
休職や離職に変化はあったのか。
社員の満足度は高まったのか。
こうした効果まで検証できれば、健康経営を福利厚生ではなく経営戦略として位置付けやすくなります。
結論
ウェアラブル端末と健康経営の組み合わせは、社員の健康づくりを感覚からデータへ変える可能性を持っています。
歩数や運動時間などが見えるようになれば、社員自身が自分の生活を振り返り、身体を動かすきっかけをつくることができます。
企業側も、ウォーキング施策や健康ポイント、社内イベントなどと組み合わせることで、健康施策を継続しやすくなります。
一方で、最も重要なのはデータを集めることではありません。
社員が安心して健康づくりに参加できる環境をつくることです。
取得する情報を必要最小限にする。
利用目的を明確にする。
人事評価と安易に結び付けない。
個人を特定する必要がなければ集計データを利用する。
こうした配慮が欠かせません。
ウェアラブル端末は、使い方によって健康支援の道具にも社員監視の道具にもなり得ます。
これからの健康経営では、健康データをどれだけ集めるかではなく、社員の信頼を守りながらデータをどれだけ有効に活用できるかが問われるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊 スポーツ推進企業に支援