転職活動といえば、現在の勤務先を辞めて新しい会社に移るための活動というイメージが一般的でした。しかし、最近では転職を急がず、現在の仕事を続けながら情報収集や自己分析を進める人が増えています。
こうした人々は「ゆる転職層」と呼ばれています。
2026年10月21日の日本経済新聞によると、実際の転職者数は横ばいで推移している一方、転職を希望する人や転職活動をしている人は大幅に増加しています。
背景には、人工知能であるAIの普及、働き方に対する価値観の変化、将来の雇用への不安などがあります。
これからの時代は、転職するかどうかという二者択一ではなく、現在の職場で働きながら外部の労働市場との接点を持ち続けることが重要になりそうです。
今回は、ゆる転職層が増加している背景を整理し、AI時代に求められる新しいキャリア戦略について考えてみます。
転職者は横ばいでも転職希望者は大幅に増加
総務省の労働力調査によると、2026年4月から6月期の転職者数は325万人でした。
2020年同期と比較してもほぼ同水準です。
就業者に占める転職者の割合も4.7%で、2020年同期の4.9%から大きく変わっていません。
ところが、転職を希望する人や現在とは別の仕事をしたいと考える人を含む転職等希望者数は969万人に達しています。
2020年同期と比較すると約20%増加しました。
さらに、情報収集など実際に求職活動をしている人は254万人から351万人へと約38%増加しています。
つまり、転職への関心は高まっているものの、実際に会社を移る人はそれほど増えていないのです。
この違いこそ、ゆる転職層の拡大を示す重要な特徴といえます。
転職活動をしても転職しない人が増えている
リクルートワークス研究所の調査では、前年に転職活動をしていた人のうち、実際に転職した人の割合は2025年に32.6%となりました。
2019年の42.8%から10.2ポイント低下しています。
転職活動を始めたからといって、必ずしも転職するわけではなくなっています。
その理由の一つとして、現在の勤務先の労働条件が以前より改善していることが考えられます。
働き方改革の進展によって、長時間労働の是正、有給休暇の取得促進、柔軟な勤務制度の導入などが進んできました。
現在の勤務先に一定の満足感がある場合、転職によって給与が多少上がっても、働きやすさや人間関係を失うリスクがあります。
転職によって得られる利益と失う可能性のある利益を慎重に比較する人が増えているのでしょう。
転職活動そのものが、現在の勤務先の良さを再確認する機会にもなっていると考えられます。
AIの普及が将来の雇用不安を高めている
ゆる転職層が増加する背景として見逃せないのが、AIの急速な進化です。
生成AIの普及によって、これまで人間が担当していた業務の一部が自動化され始めています。
例えば、経理部門では仕訳入力や請求書処理、営業部門では提案資料の作成、法務部門では契約書の確認などでAIの活用が進んでいます。
IT業界でもプログラムの作成や修正にAIを利用する場面が増えています。
こうした変化は業務効率を高める一方、従来の専門知識や経験だけでは将来の雇用を維持できないのではないかという不安につながります。
ただし、AIによって仕事がすべてなくなるわけではありません。
定型的な業務の一部が自動化される一方、AIを活用して課題を解決する能力や、複雑な判断を行う能力の重要性は高まると考えられます。
そのため、今すぐ転職する必要がなくても、自分の専門性が将来どの程度評価されるのかを確認しておくことには意味があります。
ゆる転職は、AI時代の雇用環境の変化に備える行動ともいえるのです。
若手社員にも広がる市場価値の確認
ゆる転職の動きは、社会人経験の長い人だけに限りません。
パーソルキャリアによると、2026年春に転職サービスのdodaへ登録した新社会人の数は、調査を開始した2011年と比較して約28倍になりました。
入社して間もない段階から、転職市場の情報を集める若者が増えていることになります。
以前は、一つの会社で長期間勤務することが安定したキャリアの代表的な形でした。
しかし、企業の事業再編やデジタル化が進む現在では、会社に所属していることだけで将来の安定が保証されるわけではありません。
若手社員にとっても、現在の会社で身につく能力が他社で通用するのかを知ることは重要です。
転職サイトへの登録は、必ずしも現在の勤務先への不満を意味しません。
むしろ、将来の選択肢を増やすための情報収集として利用する人が増えていると考えられます。
給与だけでは決まらない転職先の魅力
転職先を選ぶ際には、給与水準だけでなく、勤務地や働き方も重要な判断材料になります。
マイナビキャリアリサーチラボの調査では、68.8%の人が転勤に抵抗感を示しています。
また、求人情報の分析によると、フルリモートや完全在宅を条件に含む求人数は、2026年8月時点で2024年9月のピークから約30%減少しました。
求職者が希望する働き方と、企業が提示する条件との間に隔たりが生じている可能性があります。
例えば、現在の勤務先で在宅勤務が認められている人が、給与の高い企業へ転職したとしても、毎日の出社が必要になれば通勤時間や交通費が増加します。
転勤が必要になれば、住宅費や家族の生活にも影響します。
仮に年収が100万円増加しても、通勤時間が年間300時間増えれば、その負担をどう評価するかは人によって異なります。
これからの転職では、給与だけでなく、時間、健康、家族との生活、働きがいなどを総合的に判断する必要があります。
企業の採用活動も大きく変わり始めた
ゆる転職層の増加は、企業の採用活動にも変化をもたらしています。
従来の採用活動では、求職者が求人に応募し、書類選考や面接を経て採用を決定する流れが一般的でした。
しかし、最近では正式な応募前に企業と求職者が情報交換するカジュアル面談が広がっています。
カジュアル面談は、企業の事業内容や職場環境を知るとともに、求職者が自分の経験をどのように生かせるかを確認する機会になります。
企業にとっても、今すぐ転職する予定のない人材と早い段階から接点を持つことができます。
また、企業が求職者に直接声をかけるダイレクトリクルーティングの普及も、転職活動のあり方を変えています。
これからは、求人広告を出して応募を待つだけでなく、将来の採用候補者との関係を継続的に築くことが重要になるでしょう。
50代以降こそゆる転職の考え方が重要になる
ゆる転職という考え方は、50代や60代の働き方を考えるうえでも参考になります。
高年齢者雇用安定法では、企業に65歳までの雇用確保措置が義務付けられ、70歳までの就業機会確保措置は努力義務とされています。
しかし、長く働ける制度が整備されていても、希望する仕事や処遇が維持されるとは限りません。
そのため、定年や再雇用の時期を迎える前から、自分の専門知識や経験が社外でどのように評価されるのかを確認しておくことが重要です。
例えば、経理、税務、金融、法務、人事などの専門職では、長年の実務経験が企業の課題解決に役立つ可能性があります。
一方で、特定の企業内部でしか通用しない知識や業務手順に依存している場合は、外部での評価が限定されることもあります。
現在の勤務先で働き続けながら、専門知識の更新、資格取得、情報発信、人脈形成などに取り組むことが、将来の選択肢を広げます。
ただし、副業禁止規定や秘密保持義務がある場合は、社外活動の内容に注意する必要があります。
情報収集や学習と、実際の営業活動や報酬を伴う業務は区別して考えなければなりません。
転職だけでなく独立開業への準備にも応用できる
ゆる転職の考え方は、独立開業を目指す人にも応用できます。
会社を退職してから事業内容や顧客獲得方法を考えるのではなく、在職中から市場環境を調査し、必要な専門能力を高めておくという方法です。
例えば、将来コンサルティング業務を始めたい人であれば、どのような相談需要があるのか、どの分野で専門性を発揮できるのか、どの程度の料金設定が可能なのかを研究できます。
また、専門分野について継続的に文章を作成することは、知識の整理や説明能力の向上につながります。
ただし、在職中の情報発信についても、勤務先の就業規則や守秘義務を確認する必要があります。
独立開業では、専門能力だけでなく、営業、契約、経理、資金管理などの能力も求められます。
こうした準備を数年間続ければ、退職後に初めて事業を考える場合と比べて、経営上の不確実性を減らせる可能性があります。
転職や独立を急がず、準備を積み重ねること自体が重要なキャリア戦略になります。
AI時代に必要なのは選択肢を持ち続けること
今後の雇用環境では、AIの普及だけでなく、人口減少、人手不足、企業再編、定年延長など、さまざまな変化が予想されます。
こうした環境では、一つの勤務先だけに将来を依存することには一定のリスクがあります。
もっとも、頻繁に転職すればよいというわけでもありません。
現在の勤務先で経験を積み、専門性を高めることにも大きな価値があります。
重要なのは、現在の仕事を続けることと、将来の選択肢を確保することを両立させる姿勢です。
そのためには、自分の専門能力を定期的に確認し、業界の動向を調べ、新しい技術を学び続けることが必要です。
転職するかどうかは、その後に判断すればよいのです。
結論
ゆる転職層の増加は、日本人の働き方に対する考え方が変化していることを示しています。
2026年4月から6月期の転職者数は325万人と横ばいですが、転職等希望者数は969万人に達し、実際に求職活動をしている人も大幅に増えています。
これは、現在の勤務先を辞めることを前提とせず、将来の可能性を探る人が増えていることを意味します。
AIの進化によって職業や業務内容が変化する時代には、現在の雇用が安定していても、将来への備えが欠かせません。
特に50代以降は、定年や再雇用、独立開業などを見据え、早い段階から専門性を磨き、社外での評価を把握しておくことが重要です。
転職しないことと、転職できないことは大きく異なります。
自分の意思で現在の勤務先にとどまるためにも、必要であれば別の道を選べる能力を持っておくことが望ましいでしょう。
これからのキャリア形成では、転職することそのものよりも、いつでも自分の意思で働き方を選択できる状態を維持することが重要になると考えます。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日 ゆる転職層広がる 焦らず慎重に検討、AI時代の変化に備え
総務省 労働力調査 2026年4月から6月期
リクルートワークス研究所 転職活動と転職実現率に関する調査
マイナビキャリアリサーチラボ 転職希望者の働き方に関する調査