ベンチャーキャピタルがスタートアップへ投資するとき、重要なのはどの会社へ投資するかだけではありません。
将来、その投資からどのように資金を回収するかも重要です。
この投資資金を回収することをエグジットと呼びます。
VCはスタートアップの株式を永久に保有することを目的としているわけではありません。企業価値が上昇した段階で株式を売却し、投資資金と利益を回収します。
日本では長い間、VCの代表的なエグジットがIPOとM&Aでした。
ところが未上場株の2次流通市場が発達すれば、会社がIPOやM&AをしなくてもVCだけが保有株式を別の投資家へ売却できるようになります。
セカンダリーという第三の出口が広がろうとしているのです。
エグジットとは何か
エグジットは出口という意味です。
スタートアップ投資では、投資家が保有している株式などを売却して投資資金を回収することを指します。
例えばVCが創業間もないスタートアップへ1億円を投資したとします。
その後、会社が成長してVCの保有株式の価値が10億円になったとしても、それだけでVCが10億円の現金を得たわけではありません。
株式を保有している状態だからです。
実際に株式を売却し、現金に換えることで投資成果が実現します。
この現金化がエグジットです。
スタートアップの企業価値を高めることと、VCが実際に投資利益を確定することは別なのです。
なぜVCにはエグジットが必要なのか
VCがエグジットを必要とする理由は、VCファンドの仕組みにあります。
VCは金融機関や事業会社、機関投資家などから資金を集め、ファンドをつくって複数のスタートアップへ投資します。
ファンドには一定の運用期間があります。
そのため、どれほど将来性のある会社でも永久に株式を持ち続けることはできません。
一定期間内に株式を売却して資金を回収し、ファンドへ出資した投資家へ分配する必要があります。
投資した会社の企業価値が上昇するだけでは十分ではありません。
その価値を現金へ変える出口が必要なのです。
代表的な出口がIPO
VCのエグジットとしてよく知られているのがIPOです。
IPOとは新規株式公開のことです。
未上場企業が証券取引所へ株式を上場すると、株式を市場で売買できるようになります。
例えばVCが創業期に一株100円で株式を取得していたとします。
会社が大きく成長し、IPO時には一株2000円の価値になったとします。
上場後、VCが株式を売却できれば大きな投資利益を得られます。
IPOによって、それまで換金しにくかった未上場株に市場価格と流動性が生まれます。
このためIPOはVCにとって重要なエグジット手段でした。
IPOしてもすぐ全部売れるとは限らない
ただし、IPOした瞬間にVCがすべての株式を自由に売却できるとは限りません。
IPOでは既存株主に一定期間の売却制限が設けられることがあります。
いわゆるロックアップです。
大量の株式を持つVCが上場直後に一斉に売却すれば、株式の需給が悪化して株価が大きく下落する可能性があります。
そのためIPO後も一定期間保有し、その後段階的に売却することがあります。
つまりIPOはエグジットの機会をつくりますが、必ずしもIPOした日にVCの投資が完全に終了するわけではありません。
もう一つの代表的な出口がM&A
VCの代表的なエグジットにはM&Aもあります。
例えば大企業がスタートアップを100億円で買収するとします。
買収の方法によって仕組みは異なりますが、既存株主が保有株式を買収企業へ売却するケースがあります。
VCも保有株式を売却し、投資資金を回収できます。
この場合、スタートアップは証券取引所へ上場する必要がありません。
買収企業の傘下に入ることでVCに出口が生まれます。
海外ではM&Aがスタートアップの重要なエグジット手段となっています。
企業にとっても大企業の資金力や販売網、技術などを利用して事業を成長させられる可能性があります。
IPOとM&Aには共通点がある
IPOとM&Aはまったく違う取引ですが、VCから見ると一つの共通点があります。
会社そのものに大きなイベントが必要になることです。
IPOなら会社が上場します。
M&Aなら会社が他社に買収されるなど経営権に大きな変化が生じます。
つまりVCがエグジットするために、投資先企業にも大きな変化を求めることになります。
ここに問題があります。
VCが株式を売りたい時期と、会社にとってIPOやM&Aが最適な時期が一致するとは限らないからです。
会社はまだIPOしたくないこともある
例えば創薬スタートアップがあるとします。
会社は新薬候補の研究開発を続けており、あと5年間は未上場のまま事業を育てたいと考えています。
一方、創業初期に投資したVCのファンド期限が2年後に迫っているとします。
VCは投資資金を回収したい。
会社はIPOしたくない。
M&Aで会社を売却する予定もない。
従来の日本では、このような場合に選択肢が限られていました。
VC側の資金回収の必要性が、企業側のIPO時期に影響する可能性があったのです。
第三の出口がセカンダリー
そこで注目されるのがセカンダリー取引です。
セカンダリー取引では、会社がIPOしなくてもVCが保有株式を別の投資家へ売却できます。
例えばVCが保有する株式を50億円で機関投資家へ売却するとします。
50億円は新しい投資家からVCへ支払われます。
会社は新株を発行しません。
会社自身が売却されるわけでもありません。
変わるのは株主だけです。
VCはエグジットできます。
会社は未上場のまま事業を続けられます。
これがセカンダリーという第三の出口です。
会社の出口と投資家の出口を分けられる
セカンダリー取引の大きな意味は、会社の出口と投資家の出口を分けられることです。
従来はVCが資金を回収するためにIPOやM&Aが必要でした。
つまり投資家の都合と会社の経営戦略が強く結び付いていました。
セカンダリー市場があれば違います。
VCはVCにとって必要な時期に株式を売却します。
会社は会社にとって最適な時期まで未上場を続けます。
新しい投資家がVCの代わりに株主になります。
企業そのものが出口へ向かわなくても、投資家だけが退出できるのです。
新しい買い手は誰なのか
VCが売却する株式の買い手として考えられるのが、機関投資家や事業会社、CVC、クロスオーバー投資家などです。
例えば創業初期の企業へ投資するVCにとって、企業価値1000億円の会社へさらに大規模な追加投資をすることは難しい場合があります。
一方、大規模な資金を運用する機関投資家にとっては、企業価値が十分に大きくなった段階から投資対象にできる場合があります。
IPO前から上場後まで投資するクロスオーバー投資家も買い手候補になります。
会社の成長段階に応じて、適した投資家へ株式を引き継ぐわけです。
一部だけエグジットすることもできる
セカンダリー取引では、VCが保有株式をすべて売却する必要はありません。
例えばVCが100万株を保有しているとします。
そのうち50万株を機関投資家へ売却し、残り50万株を保有し続けることもできます。
一部の投資利益を確定しながら、残りの株式で会社の将来成長にも参加できます。
これは部分的なエグジットと考えることができます。
会社側にとっても、長年支援してきたVCとの関係を完全に終了させず、新しい投資家も株主として迎えることができます。
株主の交代を段階的に進められることも2次流通の特徴です。
セカンダリーがVCの新規投資を増やす可能性
出口が増えることは、VCが現在持っている株式を売りやすくするだけではありません。
新しいスタートアップへの投資判断にも影響します。
例えば事業化まで15年かかる可能性があるディープテック企業があるとします。
VCファンドの期間が10年なら、従来は出口をどうするかが大きな問題でした。
しかし10年後に別の投資家へ株式を売却できる市場があれば、自分のファンドが15年間保有し続ける必要はありません。
最初の10年間をVCが支え、その後の成長を別の投資家が支えることができます。
エグジットの選択肢が増えることによって、長期間の成長を必要とする企業にも投資しやすくなる可能性があります。
エグジットした資金が次の企業へ向かう
VCのエグジットには、スタートアップ市場全体の資金循環という意味もあります。
例えばVCが1億円を投資した会社の株式を10億円で売却できたとします。
その投資成果がファンドの出資者へ還元されます。
投資家がVC投資で十分な成果を得られれば、次のVCファンドにも資金を出そうと考えやすくなります。
新しいファンドが組成され、その資金が次のスタートアップへ投資されます。
エグジットは投資の終わりであると同時に、次の投資の始まりでもあります。
出口が機能しなければ資金循環も滞ります。
IPO件数だけでスタートアップ市場を評価しなくなる
セカンダリー市場が発達すると、スタートアップ市場の評価方法も変わる可能性があります。
これまでは年間何社がIPOしたのかが市場の活況を示す分かりやすい指標でした。
しかしIPOしないことが必ずしも失敗とは限りません。
企業価値が大きくなっても、未上場のまま研究開発や海外展開を続ける会社があってよいからです。
VCはセカンダリーで資金を回収する。
会社は未上場を続ける。
新しい長期投資家が株式を取得する。
この仕組みが成立すれば、IPOだけを出口として考える必要がなくなります。
スタートアップの成功とIPOを切り離して考えられるようになるのです。
結論
VCのエグジットとは、スタートアップへ投資したVCが保有株式を売却し、投資資金と利益を回収することです。
VCファンドには一定の運用期間があるため、企業価値が上昇するだけでは十分ではありません。
最終的には株式を現金化する必要があります。
従来の代表的なエグジットがIPOとM&Aでした。
IPOでは会社が証券取引所へ上場し、VCが市場で株式を売却できるようになります。
M&Aでは会社が他社に買収されるなどして、VCが保有株式を売却します。
しかし、どちらも会社そのものに大きなイベントを求めます。
そこで第三の出口として重要になるのがセカンダリーです。
VCは会社がIPOやM&Aをしなくても、保有株式を機関投資家やクロスオーバー投資家などへ売却できます。
会社は未上場のまま成長を続けることができます。
これによって会社の出口と投資家の出口を切り離せます。
さらにVCが回収した資金が次のファンドを通じて新しいスタートアップへ向かえば、投資資金の循環も生まれます。
IPOすることだけがスタートアップ投資の成功ではありません。
投資家が必要な時期に退出でき、その株式を次の投資家が引き継ぎ、企業は必要な時間をかけて成長する。
セカンダリーという第三のエグジットが定着することは、日本のスタートアップ市場をIPOに依存した構造から変えていく重要な一歩になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月22日朝刊 未上場株、初の売買仲介 専業証券が年内に事業開始
日本経済新聞 2026年8月22日朝刊 未上場株式の売買 流動性乏しく小粒上場招く
日本経済新聞 2026年8月22日朝刊 未上場株の2次流通、買い手広がる フェアな価格形成課題