租税特別措置によって年間7000億円の税金が軽減されているなら、その制度を廃止すれば7000億円の税収が増える。
一見すると非常に分かりやすい計算です。
日本維新の会は国税と地方税を合わせた租税特別措置120件を評価し、65件を即時廃止すべきだとしています。
記事によると、これらの税優遇の規模は少なくとも国税で約6900億円、地方税で約220億円です。
単純に合計すれば7000億円を超えます。
しかし、現在の減税額と制度を廃止した後に実際に増える税収は必ずしも同じではありません。
企業や個人は税制が変われば行動を変えるからです。
租特廃止を財源として考えるときには、この違いを理解する必要があります。
減税額と増収額は同じではない
例えば、ある租特によって企業全体で年間1000億円の法人税が軽減されているとします。
現在の経済活動がまったく変わらないと仮定すれば、制度を廃止することで1000億円の税収増を期待できます。
しかし実際には税負担が変われば企業の行動も変わる可能性があります。
例えば設備投資に対する税額控除を廃止すれば、
設備投資を延期する
投資額を減らす
別の投資方法を選ぶ
国内投資を見直す
といった行動が起こる可能性があります。
企業の所得そのものが変化すれば、法人税収も変わります。
したがって現在1000億円の税優遇があるからといって、廃止後に必ず1000億円の税収が増えるとは限りません。
静学的試算とは何か
税制改正の影響を考えるときに重要なのが静学的な試算です。
静学的とは、税制が変わっても企業や個人の行動は変わらないと仮定して計算する考え方です。
例えば100万社が平均10万円の減税を受けている制度があるとします。
減税総額は1000億円です。
この制度を廃止すれば、
1000億円の減税がなくなる
したがって1000億円税収が増える
と計算します。
非常に分かりやすい方法です。
しかしこの計算では、税負担が増えた企業がその後どのような行動をするかは考慮していません。
動学的効果とは何か
これに対して、税制変更によって企業や家計の行動が変わり、それが経済や税収に及ぼす影響まで考えるのが動学的な視点です。
例えば設備投資減税を廃止して企業の税負担が増えたとします。
企業が設備投資を減らせば、
設備を販売する企業の売上が減る
設備を設置する工事会社の仕事が減る
生産性向上が遅れる
将来の企業利益が減る
といった影響が生じる可能性があります。
その結果、法人税だけでなく所得税や消費税などにも影響する可能性があります。
税制変更によって経済主体が行動を変えることまで考えるのが動学的な考え方です。
賃上げ税制を廃止した場合を考える
中小企業向け賃上げ促進税制は、今回の見直し対象のなかでも税優遇規模が大きく、2024年度は5053億円とされています。
仮にこの制度を廃止したとします。
企業が賃上げをまったく変えず、利益も変わらないのであれば、税額控除がなくなった分だけ法人税収が増える方向に働きます。
しかし企業が、
賃上げ幅を小さくする
採用を抑える
賞与を減らす
設備投資を減らす
価格を引き上げる
といった対応を取る可能性があります。
その結果、法人税以外の税収や社会保険料収入、個人消費などにも影響するかもしれません。
税制がなくても賃上げするなら増収効果は大きくなる
反対に、賃上げ税制を廃止しても企業行動がほとんど変わらない可能性もあります。
例えば深刻な人手不足によって、企業が税制とは無関係に賃上げしなければならない状況だったとします。
税額控除がなくなっても同じ金額を賃上げするなら、企業行動への影響は小さくなります。
その場合には税制優遇を廃止した分が比較的そのまま税収増につながりやすくなります。
つまり租特廃止による財源効果を考えるには、
税制が企業行動をどれだけ変えていたのか
が重要になります。
これは租特の政策効果そのものを検証することでもあります。
中小企業の法人税15%特例でも行動は変わり得る
中小企業については、一定の所得800万円以下の部分に適用される法人税率を19%から15%へ軽減する特例があります。
これを廃止すれば、対象企業の法人税負担は増えます。
所得800万円なら単純計算で32万円の負担増です。
企業がそのまま事業を続け、同じ利益を出せば税収は増えます。
しかし多数の企業が、
設備投資を減らす
経費の使い方を変える
役員報酬を見直す
法人形態を見直す
などの対応を取れば、課税所得そのものが変わる可能性があります。
税率を戻せば、その税率差がすべて税収になるとは限りません。
贈与税の優遇を廃止した場合も同じ
企業向け租特だけの問題ではありません。
住宅取得資金贈与の非課税制度を廃止した場合を考えてみます。
現在は一定の条件を満たせば、親や祖父母から住宅購入資金を受け取っても一定額まで贈与税が非課税になります。
制度を廃止すれば、同じ贈与が行われる限り贈与税収は増える可能性があります。
しかし実際には、
贈与額を減らす
一括贈与をやめる
別の資産移転方法を選ぶ
住宅購入時期を変更する
といった行動が考えられます。
非課税制度の利用額が、そのまま廃止後の贈与税収になるわけではありません。
税収が逆に増える効果も考えられる
動学的効果は税収を減らす方向だけとは限りません。
租特を廃止して得た財源を、より経済効果の高い政策に使えば、別の税収が増える可能性があります。
例えば効果の低い税制優遇を廃止し、その財源を社会保険料負担の軽減などに使ったとします。
家計の可処分所得が増え、消費が増えれば、消費税収や企業の売上に影響する可能性があります。
あるいは教育や子育て、成長投資などに財源を振り向ければ、長期的な経済成長に影響するかもしれません。
したがって租特廃止の経済効果は、廃止する制度だけでなく、確保した財源を何に使うのかによっても変わります。
7000億円は財源候補としてどう見るべきか
維新が即時廃止を求める65件について、現在の税優遇規模から少なくとも7000億円ほどの税収増を見込んでいます。
この数字には重要な意味があります。
現在どの程度の税収が租特によって失われているのかを可視化できるからです。
一方で7000億円を、
自由に使える7000億円が確実に生まれる
と考えるのは慎重であるべきです。
制度廃止後には企業や家計の行動が変わる可能性があります。
さらに租特のなかには、廃止によって経済活動に影響するものもあれば、ほとんど影響しないものもあるでしょう。
65件を一括して同じように扱うのではなく、制度ごとの政策効果を見る必要があります。
それでも租特見直しに意味がある理由
廃止額がそのまま税収にならないからといって、租特を見直す意味がなくなるわけではありません。
むしろ重要なのは、税制優遇を財源として認識することです。
例えば5000億円の補助金なら、その金額は政府支出として目立ちます。
5000億円の税制優遇では、政府から現金を支出しないため財政コストが見えにくくなります。
しかしどちらも国の財政に影響します。
そのため、
現在いくら税収を失っているのか
政策効果はどれくらいあるのか
廃止した場合の影響は何か
他の政策に財源を使ったほうが効果的ではないか
を検証することには大きな意味があります。
財源として使うなら慎重な見積もりが必要
租特廃止による税収を恒久的な政策の財源に使う場合には、特に慎重な見積もりが必要です。
例えば毎年7000億円必要な政策を始め、その財源として租特廃止による7000億円を見込んだとします。
実際の増収が5000億円しかなければ、毎年2000億円の財源不足が発生します。
その不足を国債で補えば、当初の財源確保という目的が崩れます。
恒久的な歳出や減税には、安定して確保できる恒久財源が求められる理由です。
消費税減税との規模にも大きな差がある
今回の議論では、租特廃止による税収増を消費税減税などの財源に利用する考え方があります。
しかし記事では、食料品の消費税率引き下げだけでも年間5兆円規模の財源が必要とされています。
7000億円をすべて確保できたとしても、5兆円には大きく届きません。
さらに、
ガソリン税の旧暫定税率廃止
高校授業料の無償化
などにも財源が必要です。
租特廃止は重要な財源候補ですが、それだけですべてを賄えるわけではありません。
結論
租特を廃止すれば税収が増える方向に働きますが、現在の税優遇額と廃止後の実際の増収額が必ず一致するわけではありません。
税制が変われば、企業や個人が賃上げや設備投資、贈与、住宅購入などの行動を変える可能性があるからです。
現在の経済活動が変わらないと仮定して計算するのが静学的な試算です。
一方、税制変更による企業や家計の行動変化、その後の経済や税収への影響まで考えるのが動学的な視点です。
維新が示す7000億円規模の税優遇は、租特見直しの規模を理解する重要な数字です。
しかし、その7000億円すべてを確実な恒久財源として最初から使えると考えることには注意が必要です。
租特を財源として利用するなら、どの制度を廃止した場合に企業や家計の行動がどう変わるのかを制度ごとに検証し、実際に安定して確保できる税収を見極める必要があります。
租特見直しで本当に問われるのは、単純にいくら減税を廃止できるかではなく、政策効果の低い税制から、より効果の高い政策へ限られた財源を移せるかどうかなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく
財務省 2026年 租税特別措置の適用実態調査
財務省 2026年 租税特別措置等に係る政策評価