同じ100万円を運用するとしても、預金、株式、投資信託、国債などさまざまな選択肢があります。
本来なら私たちは、それぞれの利回りやリスク、安全性、換金のしやすさなどを比較して、自分に合った商品を選びます。
ところが一つの商品だけ税金がかからないとしたらどうでしょうか。
その商品の魅力は一気に高まります。
金融商品の中身が変わったわけではありません。
税制が変わったことで、投資家から見た有利不利が変わったのです。
ここで重要になるのが「税制中立性」という考え方です。
個人向け国債をNISAの対象に加える議論を考えるうえでも、税制中立性は重要な論点になります。
税制中立性とは何か
税制中立性とは、簡単にいえば、税金によって個人や企業の経済行動を必要以上にゆがめないようにするという考え方です。
例えば二つの金融商品があるとします。
税金を考える前では、
A商品の利回りが3パーセント
B商品の利回りが3パーセント
だったとします。
リスクなどの条件も同じなら、どちらを選んでも大きな違いはありません。
ところがAだけ非課税になり、Bには約20パーセントの税金がかかるとしたらどうでしょうか。
投資家はAを選びやすくなります。
商品そのものの収益力ではなく、税制によって選択が変わるわけです。
税制中立性とは、こうした税金による経済行動への影響を考えるための重要な視点です。
税金を払った後の収益が重要になる
投資家が実際に受け取れるのは、税引前の利益ではなく税引後の利益です。
例えば100万円を運用し、どちらも年間3万円の利益が出る二つの商品があるとします。
A商品は非課税。
B商品には20.315パーセントの税金がかかるとします。
A商品なら3万円がそのまま残ります。
B商品なら税金は約6095円となり、手元に残るのは約2万3905円です。
税引前では同じ3万円だったのに、税引後では約6095円の差が生まれます。
投資額が1000万円なら、単純計算ではその差も10倍になります。
投資家が税制まで考えて金融商品を選ぶのは自然な行動です。
だからこそ税制を変えると、資金の流れも変わる可能性があります。
NISAそのものが政策的な例外である
実はNISAそのものが、完全な税制中立性から見れば特別な制度です。
通常の課税口座では、上場株式などの売却益や配当などに原則として20.315パーセントの税金がかかります。
NISAなら一定の範囲で非課税です。
つまり政府は意図的に税制上の差をつくっています。
なぜでしょうか。
家計の長期的な資産形成を後押しし、預貯金に偏っている家計金融資産を投資へ振り向けるという政策目的があるからです。
税制中立性は、
「すべてのものを絶対に同じ税率にしなければならない」
という意味ではありません。
政策上の理由があれば、あえて税制に差をつけることもあります。
重要なのは、その差を設ける合理的な理由があるかどうかです。
税制は人の行動を変えるためにも使われる
税金には大きく二つの側面があります。
一つは政府の財源を集めることです。
もう一つは、人や企業の行動に影響を与えることです。
例えば特定の投資を税制優遇すれば、その投資をする人が増える可能性があります。
反対に特定の行動へ重い税金をかければ、その行動を減らす方向に働くことがあります。
つまり税制は単なる集金の仕組みではありません。
経済政策の手段でもあります。
NISAはまさに税制を使って家計の投資行動を変えようとする制度です。
個人向け国債だけを優遇すると何が起きるのか
ここで個人向け国債を考えてみます。
現在、個人向け国債の利子には原則として税金がかかります。
銀行預金の利息にも原則として税金がかかります。
仮に個人向け国債がNISAの対象となり、その利子が非課税になる一方、銀行預金の利息には引き続き税金がかかるとします。
すると、
預金は課税
個人向け国債は非課税
という差が生まれる可能性があります。
同じように安全性を重視して資産を置いている人でも、税引き後の収益を考えれば国債を選びやすくなるでしょう。
これはまさに税制が資金の流れを変える例です。
預金から国債へ資金が動く可能性
例えば預金と個人向け国債の税引前利回りが同じだったとします。
税金まで同じなら、投資家は換金性や使いやすさなどを比較して選ぶでしょう。
しかし国債だけ非課税になれば、比較条件が変わります。
多少使い勝手が悪くても、
「税金がかからないなら国債にしよう」
と考える人が増える可能性があります。
その結果、銀行預金から個人向け国債へ資金が移るかもしれません。
家計から見れば金融商品の選択を変えただけです。
しかし経済全体から見ると、資金の行き先が変わっています。
預金として銀行へ向かっていたお金が、国債を通じて政府へ向かうからです。
銀行の融資にも影響する可能性がある
銀行にとって預金は重要な資金調達手段です。
銀行は集めた預金などを利用して企業や個人へ融資します。
住宅ローン。
企業の設備資金。
運転資金。
さまざまな形で民間経済へ資金を供給しています。
もちろん預金が少し国債へ移っただけで、すぐに銀行融資が減るわけではありません。
銀行には市場からの資金調達など、さまざまな方法があります。
それでも税制によって大規模な資金移動が起これば、金融機関の資金調達構造へ影響する可能性があります。
国債のNISA対象化は、個人と政府だけの問題ではないのです。
株式との競争にも影響する
もう一つ考える必要があるのが株式です。
NISAの非課税枠には上限があります。
その限られた枠の中で国債も購入できるようになった場合、投資家は、
株式
投資信託
国債
のどれに非課税枠を使うのかを選ぶことになります。
例えば安全性を重視する人がNISA枠の大部分を個人向け国債に使えば、その分だけ株式や投資信託へ向かう資金が少なくなる可能性があります。
つまり国債をNISAに追加することは、
NISA利用者を増やす効果
だけでなく、
既存のNISA資金の配分を変える効果
も持つ可能性があります。
国債を優遇する政策目的は何か
だからこそ重要なのが、
「なぜ国債を税制で優遇するのか」
という問いです。
例えば株式や投資信託をNISAで優遇する理由としては、家計の長期的な資産形成や「貯蓄から投資へ」という政策があります。
では個人向け国債を優遇する目的は何でしょうか。
安全性を重視する人にもNISAを利用してもらうためなのか。
個人の資産形成の選択肢を増やすためなのか。
個人による国債保有を増やすためなのか。
国債の安定的な買い手を増やすためなのか。
目的によって制度の評価も変わります。
政策誘導そのものが悪いわけではない
税制中立性を重視すると聞くと、
「税制で人の行動を変えてはいけない」
という意味に思えるかもしれません。
しかし、そうではありません。
政府が社会的に望ましいと考える行動を税制で後押しすることは広く行われています。
NISAもその一つです。
問題は、政策誘導を行うなら、その理由と効果を説明できることです。
税制上有利だから国民のお金が国債へ動いた。
しかし、なぜ国債へ動かす必要があったのか説明できない。
これでは政策として十分とはいえません。
税制中立性を崩して特定の商品を優遇するなら、それに見合う政策上の理由が必要なのです。
公平性という問題もある
税制中立性には公平性の問題も関係します。
例えば似たような安全性を持つ二つの商品があるのに、一方だけ非課税になれば、
「なぜこちらだけ優遇されるのか」
という疑問が生じます。
個人向け国債は非課税。
銀行預金は課税。
社債は課税。
となれば、それぞれの商品を提供する金融機関や保有する投資家の間で税制上の差が生まれます。
もちろん商品にはそれぞれ違いがありますから、完全に同じ扱いをする必要があるとは限りません。
しかし差をつけるなら、その理由を明確にする必要があります。
税制の公平性とは、単に全員を同じように扱うことではなく、合理的な理由のない差をできるだけ生じさせないことでもあります。
税制優遇には財政コストもある
前回取り上げた租税支出の考え方ともつながります。
特定の商品を非課税にすれば、利用者の手取りは増えます。
一方、政府は本来得られた可能性のある税収を受け取らなくなります。
つまり税制中立性を崩して特定の商品を優遇する場合には、
資金配分への影響
だけでなく、
財政上のコスト
も考える必要があります。
税収を減らしてまで国債を優遇するなら、それによって得られる政策効果が十分なのかを検証する必要があります。
NISAの商品追加は税率変更と同じくらい重要
NISAで新しい商品を買えるようになると聞くと、金融サービスの改善のように感じます。
しかし実際にはもっと大きな意味があります。
NISAに入るということは、その商品の収益について特別な税制上の扱いを受けられる可能性が生まれるからです。
つまり、
何をNISA対象にするか
という判断は、
どの商品を税制上有利にするか
という判断でもあります。
そして税制上の有利不利が変われば、家計のお金の流れも変わります。
NISAの商品範囲を考えるときには、この視点が欠かせません。
結論
税制中立性とは、税金によって個人や企業の経済行動を必要以上にゆがめないようにする考え方です。
同じような金融商品でも、一方だけ非課税になれば、投資家はその商品を選びやすくなります。
つまり税制は資金の流れを変える力を持っています。
NISA自体も、家計の長期的な資産形成を促すために、あえて税制上の差を設けた制度です。
したがって税制優遇そのものが問題なのではありません。
重要なのは、
なぜその商品を優遇するのか
という政策目的です。
個人向け国債をNISAに加えれば、投資家の選択肢が広がる一方、預金や株式などから国債へ資金が動く可能性があります。
さらに本来得られた税収も減る可能性があります。
だからこそ、
「NISAで買える商品が増えるから便利」
だけで判断することはできません。
税制によって国民のお金をどこへ動かそうとしているのか。
その誘導に十分な政策的理由があるのか。
そして他の金融商品との公平性を保てるのか。
NISAの商品拡大を考えることは、税制が経済のお金の流れをどこまで変えてよいのかを考えることでもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月6日 朝刊 「なんでもNISA」の陥穽