NISAは誰のための制度なのか 資産形成と国の資金調達を一つの制度で両立できるのか編

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NISAは誰のための制度なのでしょうか。

最も分かりやすい答えは、国民の資産形成を支援するための制度です。

株式や投資信託などから得られる利益を一定の範囲で非課税にすることで、長期的な資産形成を後押しします。

ところが個人向け国債をNISAの対象に加える議論が出てくると、もう一つの目的が見えてきます。

国債を個人に買ってもらうという目的です。

家計の資産形成を支援することと、政府の資金調達を安定させること。

この二つは必ずしも対立するものではありません。

しかし同じ制度で二つの目的を追いかけるようになると、NISAが何のための制度なのかが分かりにくくなる可能性があります。

NISAの出発点は個人の資産形成

NISAの大きな目的は、家計の安定的な資産形成を支援することです。

通常、株式や投資信託などから得られる売却益や配当などには税金がかかります。

NISAでは一定の範囲でこれを非課税にします。

税金を軽くすることで、

投資を始めてみよう

長期間積み立ててみよう

老後に向けて資産を形成しよう

と考える人を増やす狙いがあります。

特に現在のNISAでは非課税保有期間が無期限となり、長期的な資産形成を意識した制度になっています。

制度の中心にいるのは、あくまで家計です。

政府が資産形成を支援する理由

そもそも、なぜ政府が個人の投資を税制で支援するのでしょうか。

背景には長寿化や家計金融資産の構成があります。

人生が長くなれば、老後に必要となる資金も長期間にわたります。

公的年金だけではなく、預貯金、退職金、企業年金、個人年金、投資などを組み合わせて生活を設計する重要性が高まります。

また、日本では家計金融資産の多くが現金や預金として保有されてきました。

その一部を長期的な投資へ向ければ、企業の成長による成果を家計も受け取れる可能性があります。

そこでNISAという税制優遇を使って、家計の資産形成を後押ししているわけです。

NISAは国民に与えられた非課税枠

NISAを理解するときには、非課税枠を一つの政策資源と考えると分かりやすくなります。

政府は、

「一定額までの投資について、利益に税金をかけません」

という特別な扱いを認めています。

これは国民にとって大きなメリットです。

一方、政府にとっては、本来得られた可能性のある税収を手放すことになります。

つまりNISAの非課税枠には政策上のコストがあります。

だからこそ、

その非課税枠を何のために使うのか

が重要になります。

そこへ国債が入ると意味が変わる

現在、個人向け国債はNISAの対象ではありません。

仮に対象となり、利子が非課税になる仕組みが導入されたとします。

個人にとってはメリットがあります。

株式の大きな価格変動を避けたい人でも、安全性を重視した資産をNISAで保有できるようになるからです。

資産形成の選択肢を増やすという意味では、NISAの目的と整合すると考えることもできます。

しかし国債にはもう一つの側面があります。

国債を買うということは、政府へお金を貸すことです。

したがって国債をNISAで優遇すれば、個人の資産形成を支援すると同時に、政府の資金調達を支援する効果も生まれます。

政府はなぜ国債の買い手を必要とするのか

政府は税収だけですべての歳出を賄っているわけではありません。

不足する資金の一部を国債発行によって調達しています。

国債を発行するには、それを買う人が必要です。

銀行。

生命保険会社。

年金基金。

海外投資家。

個人。

さまざまな投資家が国債を保有します。

十分な買い手がいなければ、より高い金利を提示しなければ国債を買ってもらえなくなる可能性があります。

政府にとって、安定した国債の買い手を確保することは重要です。

日銀だけに頼ることはできない

日本では長期間、日本銀行が金融緩和政策のもとで大量の国債を購入してきました。

その結果、日本銀行は国債市場で非常に大きな存在となりました。

しかし金融政策が正常化していけば、日本銀行が以前と同じ規模で国債を買い続けることを前提にはできません。

そうなれば、政府が発行する国債を誰が買うのかという問題がより重要になります。

そこで個人が注目されます。

日本の家計は巨額の金融資産を保有しています。

その一部が個人向け国債へ向かえば、政府にとって安定的な国債保有者を増やせる可能性があります。

NISAが国債販売促進制度になる可能性

ここで慎重に考える必要があります。

個人向け国債をNISAへ入れる理由が、

安全性の高い資産形成手段を国民に提供する

ことであれば、個人の資産形成というNISA本来の目的とのつながりは分かりやすいでしょう。

一方、

政府が国債の買い手を増やしたい

という目的が強くなれば、制度の意味は変わります。

NISAが、

国民の資産形成を支援する制度

であると同時に、

国債の販売を税制で後押しする制度

にもなるからです。

二つの目的が同じ制度の中に入ってくることになります。

二つの目的は必ずしも矛盾しない

もちろん、この二つは必ず対立するわけではありません。

例えば安全性を重視する人にとって、個人向け国債は資産形成に役立つ可能性があります。

その人が国債を購入した結果、政府の資金調達も安定する。

この場合、

個人にもメリットがある。

政府にもメリットがある。

という関係になります。

双方にメリットがあるなら問題はないようにも見えます。

しかし政策を評価するときには、もう一段深く考える必要があります。

誰の利益を優先して制度を変更するのか

重要なのは、制度変更の目的です。

例えば個人にとって最も望ましい資産配分が、

株式50パーセント

投資信託30パーセント

安全資産20パーセント

だったとします。

政府が国債の買い手を増やしたいからといって、税制を使って国債を必要以上に有利にすれば、その人の資産配分が国債へ偏る可能性があります。

個人の資産形成を支援するはずの制度が、政府の資金調達を優先する制度へ変わってしまえば本末転倒です。

NISAを国債政策にも利用するなら、

個人の利益

と、

政府の利益

のどちらを優先して制度を設計しているのかを明確にする必要があります。

政府と国民の利害がいつも一致するとは限らない

政府にとって国債金利は低い方が財政負担を抑えやすくなります。

低い金利で資金を借りられるからです。

一方、国債を買う個人から見れば、同じ安全性なら金利は高い方が有利です。

ここでは利害が完全には一致しません。

政府はできるだけ低い金利で借りたい。

投資家はできるだけ高い金利を受け取りたい。

この関係は普通の金融取引でも同じです。

借り手と貸し手では望む条件が異なります。

だからこそ、政府が税制を設計する側でありながら、自らが発行する国債を優遇する場合には慎重な検討が必要になります。

税制で国債の魅力を高める意味

個人向け国債の利子がNISAで非課税になれば、国債の表面金利を変えなくても個人の税引き後利回りを高めることができます。

例えば同じ年3パーセントでも、

課税される3パーセント

と、

非課税の3パーセント

では手取りが違います。

つまり政府は税制を使うことで、自ら発行する国債の商品としての魅力を高めることができます。

利用者にはメリットがあります。

しかし、その非課税分は政府にとって税収減になる可能性があります。

だからこそ、

国債を買いやすくするために、どこまで税制優遇を使うべきなのか

という議論が必要になります。

制度目的が増えるほど評価が難しくなる

政策には、できるだけ目的を明確にした方が評価しやすいという側面があります。

例えばNISAの目的を、

国民の長期的な資産形成

と定めれば、

利用者が増えたか。

長期投資が増えたか。

家計の資産形成が進んだか。

といった点から効果を検証できます。

しかし目的が、

資産形成

企業への成長資金供給

国債の安定消化

相続促進

金融市場の安定

などと増えていけば、何をもって成功とするのか分かりにくくなります。

ある目的では成功していても、別の目的では逆効果になる可能性もあります。

なんでもNISAにすることの難しさ

NISAが多くの人に利用されるようになれば、

この商品もNISAへ

この政策にもNISAを

という議論が出てくるのは自然です。

利用者が多い制度に政策を乗せれば、多くの国民へ影響を与えられるからです。

しかしNISAは万能の政策装置ではありません。

何かをNISA対象にするということは、その商品へ税制上のメリットを与えることです。

そして税制上のメリットを与えれば、家計のお金の流れが変わる可能性があります。

制度が成功したからこそ、何でもNISAに入れるのではなく、制度の原点を確認することが重要になります。

個人の選択肢を増やすこととの違い

ここでもう一つ注意したいのが、

選択肢を増やすこと

と、

税制優遇すること

は同じではないという点です。

個人向け国債は、NISAに入らなくても購入できます。

つまり国民にはすでに、

国債を買う

という選択肢があります。

NISA対象化で新しく生まれるのは、国債そのものではありません。

国債を非課税で保有できるという税制上のメリットです。

したがって議論すべきなのは、

国債を買えるようにするか

ではなく、

国債を他の商品より税制上有利にする必要があるのか

という問題なのです。

NISAの原点を確認する必要がある

NISAが大きな制度になればなるほど、その目的を確認する必要があります。

NISAは誰のためにあるのか。

家計のためなのか。

企業の成長資金のためなのか。

国債市場のためなのか。

政府の財政運営のためなのか。

複数の目的を持つこと自体が悪いわけではありません。

しかし複数の目的を持たせるなら、それぞれの関係を明確にする必要があります。

特に政府自身が資金を調達する国債を税制優遇する場合には、

個人の資産形成という目的が後回しになっていないか

を確認する視点が重要になります。

結論

NISAはもともと、国民の長期的な資産形成を税制面から支援する制度として発展してきました。

そこへ個人向け国債を加えれば、安全性を重視する人にもNISAを利用しやすくなる可能性があります。

その意味では、個人の資産形成に役立つ制度拡充と考えることができます。

一方、国債を購入することは政府へお金を貸すことです。

NISAで国債を優遇すれば、政府の国債の買い手を増やし、資金調達を支える効果も生まれます。

つまり、

個人の資産形成

と、

政府の資金調達

という二つの目的が同じ制度の中に入ってくる可能性があります。

二つを両立させることは不可能ではありません。

しかし最も重要なのは順番です。

NISAがまず守るべきなのは誰の利益なのか。

国民の資産形成を支援した結果として政府の資金調達も安定するのか。

それとも政府の資金調達を安定させるために国民の投資行動を税制で誘導するのか。

同じ制度でも、この二つでは意味が大きく違います。

NISAが巨大な制度へ成長した今だからこそ、

「何をNISAに入れるか」

だけではなく、

「そもそもNISAは誰のための制度なのか」

という原点を確認することが重要なのです。

参考

日本経済新聞 2026年9月6日 朝刊 「なんでもNISA」の陥穽

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