企業経営では数字が重視されます。
売上高はいくらだったのか。
利益はいくら出たのか。
原価をどれだけ削減できたのか。
納期をどれだけ守れたのか。
数字にすれば目標と実績を比較できるため、経営状況を把握しやすくなります。
そこで多くの企業が利用しているのがKPIです。
しかし、KPIには注意すべき点があります。
社員は会社が測定する数字を意識して行動するからです。
売上高だけを評価すれば売上高を増やそうとします。
利益だけを評価すれば利益を増やそうとします。
原価低減だけを評価すればコストを下げようとします。
それ自体は悪いことではありません。
問題は、測定されない品質や安全、コンプライアンスなどが後回しになる可能性があることです。
KPIは単なる経営管理の数字ではありません。
どの数字をKPIにするかによって、社員の行動そのものを変える力を持っているのです。
KPIとは何か
KPIは重要業績評価指標と呼ばれます。
企業が最終的な目標へ向かって順調に進んでいるかを確認するための指標です。
例えば、会社が利益を増やすことを目標にしているとします。
利益だけを年末に確認しても、途中で何がうまくいっているのか分かりません。
そこで、
販売数量。
新規顧客数。
平均販売単価。
製造原価。
生産性。
納期遵守率。
などの数字を継続的に確認します。
これによって、目標達成へ向けてどこに問題があるのかを早く把握できます。
最終目標とKPIは同じではない
企業には最終的に達成したい目標があります。
例えば、企業価値を高めることです。
しかし、企業価値そのものを毎日の仕事で管理することは難しいため、途中の指標へ分解します。
売上高を増やす。
利益率を改善する。
顧客満足度を高める。
不良率を下げる。
新製品を増やす。
こうした具体的な数字を追いかけることで、最終的な目標へ近づこうとします。
つまりKPIは目的そのものではなく、目的へ向かう途中を測定するための数字です。
ところが、KPIの達成そのものが目的になってしまうと問題が起きることがあります。
売上高だけをKPIにすると何が起きるのか
例えば営業担当者を売上高だけで評価するとします。
売上高1億円を達成すれば高評価。
8千万円なら低評価。
この制度なら、営業担当者は売上高を増やそうと努力します。
新しい顧客を探す。
既存顧客への販売を増やす。
これは会社が期待する行動です。
しかし、売上高だけが強く評価されると別の行動も起こり得ます。
大幅な値引きをして販売する。
利益率の低い商品でも大量に売る。
代金回収に不安のある顧客にも販売する。
顧客に必要のない商品まで勧める。
売上高というKPIは達成していても、会社全体にとって望ましい結果とは限りません。
利益だけをKPIにしても問題は残る
では売上高ではなく利益をKPIにすればよいのでしょうか。
利益を重視すれば、無理な値引きを減らす効果が期待できます。
しかし、利益だけを強く評価しても別の問題が生まれます。
利益は、
売上高を増やす。
販売価格を上げる。
原材料費を下げる。
人件費を下げる。
設備費を減らす。
などによって改善できます。
そのため短期的な利益目標が強くなると、将来必要な支出まで削減する可能性があります。
設備の更新を先送りする。
社員教育を減らす。
研究開発費を削る。
品質管理の人員を減らす。
今期の利益は増えても、数年後の競争力を弱めるかもしれません。
財務指標とは何か
売上高や利益、原価など、お金で測定できる指標を財務指標と呼びます。
企業経営では非常に重要です。
会社は利益を上げなければ長期間存続できません。
しかし、財務指標には一つの特徴があります。
多くの場合、過去の活動の結果として現れる数字だということです。
品質管理を削減しても、すぐに利益が悪化するとは限りません。
むしろ費用が減るため短期的には利益が増える場合があります。
しかし、その後に品質問題が発生すれば、製品回収や顧客補償などによって大きな損失が発生する可能性があります。
利益だけを見ていると、将来の問題の芽を見落とすことがあるのです。
非財務指標とは何か
そこで重要になるのが非財務指標です。
直接お金で表されない企業活動を測定します。
例えば、
顧客満足度。
従業員満足度。
離職率。
不良率。
事故件数。
納期遵守率。
研究開発の進捗。
コンプライアンス研修の実施状況。
などです。
こうした数字は、現在の利益には直接表れなくても将来の業績へ影響する可能性があります。
品質の悪化が始まっている。
社員が大量に退職している。
顧客からの苦情が増えている。
こうした兆候を早い段階で把握できれば、財務的な損失が表面化する前に対応できます。
品質指標もKPIにする
製造業では品質に関するKPIも重要です。
例えば、
不良率。
顧客からの苦情件数。
返品率。
工程異常件数。
変更手続きの遵守率。
品質問題の是正完了率。
などが考えられます。
利益目標と同時に品質指標を確認することで、
利益は増えているが不良率も上昇している。
原価は下がっているが顧客からの苦情が増えている。
納期は改善しているが工程異常が増えている。
といった変化を把握できます。
一つの数字だけでは見えなかった問題が見えてくるのです。
不良率が低ければ品質管理は成功なのか
ただし、品質KPIを設定すれば自動的に問題が解決するわけではありません。
例えば、不良率を一定水準以下にするという目標を設定したとします。
本来なら不良品を減らすために工程を改善します。
しかし、不良率という数字を達成することだけが目的になると、
不良品の判定基準を緩くする。
不良として記録しない。
問題のある製品を別の区分へ移す。
といった行動が起きる可能性があります。
KPIを設定すると、その数字自体を良く見せようとする動機も生まれるのです。
測定される数字は社員の行動を変える
社員は会社から、
品質を大切にしてください。
顧客を第一に考えてください。
コンプライアンスを守ってください。
と言われます。
しかし毎月の会議で確認される数字が、
売上高。
利益。
原価。
納期。
だけだったらどうでしょうか。
社員は何が本当に重要なのかを理解します。
会社が言葉では品質第一と言っていても、実際には数字しか見ていないと感じる可能性があります。
経営者が何を測定し、何について質問するかは、社員への強いメッセージになります。
KPIと人事評価が結び付くと影響が大きくなる
KPIが人事評価や賞与に使われる場合には、さらに影響が強くなります。
例えば、工場長の評価の大部分が利益と原価低減によって決まるとします。
品質問題を正直に報告して出荷を止めれば、利益が減ります。
追加検査を行えば費用が増えます。
必要な設備投資をすれば原価低減目標を達成できないかもしれません。
一方で品質問題を表面化させなければ、KPIを達成できます。
この評価制度では、会社が意図していなくても悪い情報を隠す方向へ誘因が働く可能性があります。
KPIは複数の視点で設計する
だからといって、KPIを大量に設定すればよいわけではありません。
100個の指標を毎月確認しても、何が重要なのか分からなくなります。
大切なのは、企業が本当に守りたいものをバランスよく選ぶことです。
例えば、
売上高や利益などの財務指標。
品質に関する指標。
顧客に関する指標。
人材に関する指標。
安全やコンプライアンスに関する指標。
などを組み合わせます。
一つの数字を改善するために別の重要なものを犠牲にしていないかを確認できるようにするのです。
KPI同士が矛盾していないか確認する
複数のKPIを設定すると、指標同士が衝突する場合があります。
例えば、
製造時間を20パーセント短縮する。
検査を厳格化する。
という二つの目標です。
検査を増やせば時間がかかります。
製造時間だけを強く評価すれば、検査を省略したくなる可能性があります。
原価を大幅に削減する。
品質保証人員を増やす。
という目標も衝突する場合があります。
KPIを個別に設定するだけではなく、複数の目標を同時に達成できるだけの人員や設備、時間があるかを確認する必要があります。
異常に良いKPIにも注意する
KPI管理では悪い数字だけを見るとは限りません。
異常に良い数字にも注意が必要です。
例えば、他の工場では不良率が1パーセント程度なのに、ある工場だけ長期間ほぼゼロだったとします。
非常に優秀な工場なのかもしれません。
一方で、
不良品が正しく記録されているか。
検査基準が同じなのか。
問題を別の区分で処理していないか。
確認する必要があります。
目標を大幅に上回る数字が出た場合にも、なぜその数字を実現できたのかを確認することが重要です。
KPIは経営者への早期警報になる
適切に設計されたKPIは、経営者に問題を早く知らせる役割を持ちます。
利益が悪化してから品質問題に気づくのでは遅い場合があります。
顧客苦情が増え始めた。
工程異常が増えている。
品質保証部門の人員が減っている。
承認されていない変更案件が増えている。
こうした数字が先に変化する可能性があります。
KPIを単なる目標管理ではなく、会社の異常を早期に発見するための指標として利用することも重要です。
数字の背景まで確認する
どれだけ優れたKPIを設定しても、数字だけを見ていては十分ではありません。
なぜ利益率が上がったのか。
なぜ不良率が下がったのか。
なぜ納期遵守率が急に改善したのか。
なぜ顧客苦情が減ったのか。
その背景を確認する必要があります。
本当に業務改善によるものなのか。
測定方法が変わったのか。
報告されなくなっただけなのか。
経営者や管理職には、数字の結果だけでなく、その数字が作られた過程を見る姿勢が求められます。
結論
KPIとは、企業が目標へ向かって順調に進んでいるかを確認するための重要業績評価指標です。
売上高、利益、原価などの財務指標は企業経営に欠かせません。
しかし、それだけを強く評価すると社員の行動が数字の達成へ偏る可能性があります。
利益を増やすために品質管理費を削る。
原価を下げるため必要な手続きを省略する。
納期を守るため検査を簡略化する。
不良率目標を守るため問題を不良として記録しない。
KPIそのものが悪いのではありません。
何を測定し、どの数字を評価するかによって社員の行動が変わることを理解する必要があります。
だからこそ、財務指標だけでなく品質、顧客、人材、安全、コンプライアンスなどの非財務指標も組み合わせることが重要です。
そして数字が目標を達成しているかだけではなく、どのような方法でその数字が作られたのかまで確認しなければなりません。
企業が測定する数字は、社員に対して何を大切にしている会社なのかを伝えます。
KPIとは単なる経営管理の数字ではありません。
経営者が望む行動を組織全体へ伝える設計図でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデック、品質不正850件
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデックの品質不正「業績圧力が原因」 コスト低減、強く要求
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデック社長「顧客の信頼失った」 一問一答
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 調査報告書要旨