国税庁が、悪質な脱税事案に対応する査察事務のデジタル化を進めています。
2026年10月6日と7日に開催された全国国税局調査査察部長会議では、「環境変化に応じた査察事務におけるデジタル化の取組推進」が重要な議題となりました。
今回の会議では、GSSやKSK2の導入に加え、2027年10月1日から施行される犯則調査手続のデジタル化を踏まえ、今後の査察事務をどのように進めるかについて意見交換が行われました。
企業活動のデジタル化によって、会計帳簿、契約書、請求書、取引記録などの多くが電子データとして管理されるようになっています。
また、海外取引や電子商取引の拡大によって、資金の流れや取引関係が複雑になる場合もあります。
こうした環境変化に対応するため、国税当局にも電子データを適切に取り扱い、効率的に分析する能力が求められています。
査察事務のデジタル化は、国税当局の業務改革であると同時に、企業における電子データ管理の重要性を改めて示す動きといえます。
税務査察と通常の税務調査の違い
税務査察は、一般に「マルサ」と呼ばれる国税局の査察部門が担当する業務です。
通常の税務調査は、納税者の申告内容が税法に従っているかを確認し、必要に応じて申告内容の是正につなげることを目的としています。
一方、査察は、特に悪質な脱税事案について犯則調査を実施し、刑事責任の追及を視野に入れて証拠を収集する業務です。
両者は目的や法的手続が異なります。
通常の税務調査では、質問検査権などに基づいて帳簿書類や取引内容の確認が行われます。
これに対し、犯則調査では、国税通則法に定められた手続に従い、必要に応じて裁判官の許可状に基づく臨検、捜索、差押えなどが行われます。
したがって、通常の税務調査と査察を同じものとして理解することは適切ではありません。
また、申告誤りが発生したからといって、直ちに査察の対象になるわけでもありません。
査察は、悪質な脱税行為に対して厳正に対応するための制度です。
査察事務のデジタル化が必要となる背景
企業の会計処理や取引管理は、紙を中心とする方法から電子データを中心とする方法へ変化しています。
会計システム、電子契約、クラウドサービス、電子メール、インターネットバンキングなど、多くの業務がデジタル化されています。
例えば、売上や仕入れに関する情報がクラウド会計システムに保存され、契約書は電子契約サービスで管理される場合があります。
また、取引先との連絡や社内の意思決定が電子メールや業務用チャットで行われることも一般的になっています。
こうした環境では、取引の実態を確認するために、紙の帳簿だけでなく電子データを確認する必要があります。
さらに、電子データは大量に存在する場合があり、必要な情報を効率的に抽出することが重要になります。
国税当局が査察事務のデジタル化を進める背景には、このような企業活動の変化があります。
ただし、デジタル化によって国税当局が企業のすべての電子情報を自由に取得できるようになるわけではありません。
情報の収集や証拠の取得は、法令に定められた権限と手続に従って行われる必要があります。
2027年10月からの犯則調査手続のデジタル化
今回の会議では、2027年10月1日から施行される犯則調査手続のデジタル化が取り上げられました。
これは、犯則調査に関する手続について、デジタル技術の活用を進める制度的な対応です。
従来、行政手続や司法関係の手続では、書面を前提とする取扱いが多く存在していました。
しかし、行政全体でデジタル化が進む中、手続の効率化や情報管理の高度化が求められています。
犯則調査についても、法令に基づく手続を適正に実施しながら、デジタル化に対応することが重要になります。
もっとも、具体的にどの手続が電子化され、どのような方法で運用されるかについては、関係法令や施行に向けた公表資料を確認する必要があります。
手続のデジタル化と、調査権限そのものの拡大は区別して考える必要があります。
電子的な方法が導入されたとしても、犯則調査に必要な法的要件や手続保障がなくなるわけではありません。
GSSとKSK2が税務行政に与える影響
今回の会議では、GSSやKSK2の導入も査察事務のデジタル化に関する環境変化として取り上げられました。
GSSは、政府機関における業務環境の標準化や効率化を進めるためのデジタル基盤です。
KSK2は、国税庁の税務行政を支える次世代の基幹システムとして整備が進められているものです。
国税行政では、申告情報、納税情報、税務調査に関する情報など、多くのデータを取り扱っています。
こうした情報を適切に管理し、業務に活用することは、税務行政の効率性や正確性を高めるうえで重要です。
ただし、GSSとKSK2は役割が異なります。
また、今回の会議で、これらのシステムによって特定の査察機能が実現したと決定されたわけではありません。
重要なのは、国税庁が新しいデジタル環境への移行を踏まえ、査察事務の運営方法を見直そうとしていることです。
電子データが持つ証拠としての重要性
企業活動のデジタル化によって、電子データは取引の実態を確認するための重要な資料となっています。
例えば、会計システムに記録された仕訳データ、電子メールによる取引先との連絡、電子契約の内容などが、事実関係を確認する資料となる場合があります。
また、電子データには、作成日時や更新履歴などの情報が含まれることがあります。
こうした情報は、取引の経緯や処理の時期を確認する際に役立つ場合があります。
ただし、電子データに記録された情報が常に正確であるとは限りません。
システムの設定や運用方法によって記録内容が異なる場合もあり、証拠としての評価には慎重な検討が必要です。
企業としては、電子データを適切に保存し、必要なときに内容を確認できる管理体制を整えることが重要です。
これは査察への対応だけでなく、通常の税務調査や内部監査、会計監査においても役立ちます。
電子帳簿保存法との関係
企業における電子データ管理を考えるうえでは、電子帳簿保存法への対応も重要です。
電子帳簿保存法では、国税関係帳簿書類の電子保存や電子取引データの保存について、一定の要件が定められています。
例えば、電子メールなどで受領した請求書や領収書に関する電子取引データについては、原則として電子データのまま保存する必要があります。
保存に当たっては、真実性や可視性を確保するための要件を確認する必要があります。
ただし、電子帳簿保存法への対応と犯則調査手続のデジタル化は、直接同じ制度ではありません。
電子帳簿保存法は、主として納税者側の帳簿書類等の保存に関する制度です。
一方、犯則調査手続のデジタル化は、国税当局が犯則調査を実施する際の手続に関するものです。
両者を混同せず、それぞれの目的と法的要件を理解する必要があります。
デジタル化と国際的な脱税への対応
査察事務のデジタル化は、国際化への対応とも関係します。
海外金融口座、国外法人、国際的な資金移動などを利用した取引では、複数の国・地域に情報が分散する場合があります。
こうした事案については、国内の資料だけで取引の全体像を把握することが難しいことがあります。
国税当局は、租税条約などに基づく情報交換制度を活用し、外国税務当局との連携を進めています。
今回の会議でも、査察における国際化への対応が議題となりました。
国際的な情報交換とデジタル技術の活用は、それぞれ異なる仕組みですが、複雑な取引の実態把握を支える重要な要素です。
ただし、海外に資産を保有することや国外法人と取引すること自体が問題なのではありません。
問題となるのは、申告すべき所得を隠す行為や、虚偽の取引によって税負担を不当に免れる行為です。
企業や個人には、国内外の税務上の義務を正しく理解し、適正な申告を行うことが求められます。
企業に求められる電子データ管理体制
査察事務のデジタル化が進む中で、企業側にも電子データを適切に管理する体制が求められます。
第一に、電子データの保存場所や管理責任者を明確にすることです。
会計システム、電子契約サービス、電子メールなど、情報が複数のシステムに分散している場合には、必要な資料を確認できる仕組みが重要です。
第二に、アクセス権限を適切に管理することです。
重要な会計情報や契約情報について、誰が閲覧・変更できるのかを明確にする必要があります。
第三に、データの変更履歴や承認記録を適切に管理することです。
取引の経緯や会計処理の判断根拠を確認できる状態にしておくことが望まれます。
第四に、担当者の異動や退職によって情報が失われないようにすることです。
特定の担当者だけが保存場所や管理方法を把握している状態は、企業にとってリスクになります。
これらの取組は、税務調査への対応だけでなく、内部統制や情報セキュリティーの強化にもつながります。
デジタル化の進展と納税者の権利保護
査察事務のデジタル化を考える際には、業務の効率化だけでなく、納税者の権利保護にも目を向ける必要があります。
犯則調査は、刑事責任の追及につながる可能性があるため、法令に基づく適正な手続が特に重要です。
電子データの取得や分析が容易になったとしても、必要な法的要件を満たさずに情報を収集することが認められるわけではありません。
また、取得した情報については、目的に応じた適切な管理が求められます。
企業側も、調査への対応に当たっては、通常の税務調査と犯則調査の違いを理解し、必要に応じて税理士や弁護士などの専門家へ相談することが重要です。
税務行政のデジタル化は、行政の効率性と適正な手続の両立によって進められる必要があります。
結論
2026年10月の全国国税局調査査察部長会議では、GSSやKSK2の導入、2027年10月1日からの犯則調査手続のデジタル化などを踏まえ、査察事務の今後の運営方針が議論されました。
企業活動のデジタル化が進む中で、国税当局にも電子データを適切に取り扱い、複雑な取引の実態を把握する能力が求められています。
ただし、査察事務のデジタル化は、国税当局の調査権限が無制限に拡大することを意味するものではありません。
法令に基づく適正な手続と納税者の権利保護は、引き続き重要です。
企業にとって必要なのは、電子データの保存を単なる法令対応として捉えないことです。
会計情報や取引記録を適切に管理し、必要なときに取引の実態や税務判断の根拠を説明できる体制を整えることが重要になります。
税務行政のデジタル化が進むほど、企業側にも正確な記録管理と組織的な税務ガバナンスが求められます。
日常業務における適正な電子データ管理が、税務リスクの軽減と企業経営の安定につながります。
参考
税のしるべ 2026年10月26日「令和8年10月・調察部長会議、調査ノウハウを組織全体に還元、特別国税査察官の効果的運用で意見交換」
国税庁「査察制度の概要」
国税庁「税務行政の将来像」
国税庁「電子帳簿保存法関係」
国税通則法(犯則事件の調査及び処分に関する規定)