AI時代の経済は「価格」から「言葉」へ広がる――人間とAIが共に知識を生み出す社会の可能性

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人工知能(AI)の急速な進化によって、私たちの働き方や企業経営、経済活動の仕組みが大きく変わろうとしています。

これまで経済を動かす中心的な情報は「価格」でした。商品やサービスの価格、賃金、金利、株価などを通じて、人々は経済状況を判断し、行動を決めてきました。

しかし、生成AIの普及によって、もう一つの重要な情報である「言葉」の役割が飛躍的に高まっています。

人々の意見や経験、価値観、知識をAIが整理し、共有することで、従来は難しかった大規模な意思決定や社会的な協調が可能になるかもしれません。

京都大学の谷口忠大教授は、こうした変化を「集合的予測符号化」という考え方から捉え、人間とAIが互いに影響し合いながら知識や意味を形成する社会の可能性を論じています。

この議論は、経済学だけでなく、企業経営、税務・会計、資産形成、そして人生100年時代の生き方にも深く関係しています。

価格が経済を動かしてきた仕組み

市場経済では、価格が重要な情報伝達の役割を担っています。

例えば、ある商品の需要が増えれば価格が上昇し、企業は増産を検討します。反対に需要が減れば価格が下がり、生産量や販売戦略の見直しにつながります。

価格には、消費者の欲求や商品の希少性、生産に必要な資源など、多くの情報が反映されています。

市場参加者が互いに相談しなくても、価格を通じて行動を調整できることが市場経済の大きな特徴です。

経済学者のハイエクは、社会に分散して存在する知識を活用する仕組みとして、価格メカニズムの重要性を指摘しました。

ただし、価格だけですべての経済活動を説明できるわけではありません。

家庭内で家事や介護の分担を決める際、通常は価格による取引を行いません。家族同士の会話や信頼、約束によって役割を調整しています。

企業でも同様です。

従業員の配置や新規事業の判断、顧客への対応などは、数字だけでは決まりません。現場の経験や関係者の意見、経営理念なども重要な判断材料になります。

つまり、経済活動は価格と同時に、言葉による情報交換によって支えられているのです。

AIが変える言葉の情報処理能力

これまで言葉による情報の集約には大きな制約がありました。

多数の人々から意見を集めても、それを整理し、共通点や相違点を把握するには膨大な時間が必要でした。

企業の会議や行政の審議会などでも、限られた人数と時間の中で意思決定する必要があります。

生成AIは、この制約を緩和する可能性を持っています。

例えば、1万人の住民から寄せられた意見について、AIを活用すれば、主要な論点や共通する要望、対立する価値観を比較的短時間で整理できます。

企業でも、顧客からの問い合わせ、従業員の提案、営業担当者の報告などを分析し、経営判断に役立てることができます。

従来は十分に活用できなかった言語情報が、経済的な価値を持つ資源へと変わるのです。

もっとも、AIが意見を要約できることと、社会全体の合意を形成できることは同じではありません。

少数意見を見落とさず、情報の偏りを防ぎ、最終的な判断の責任を明確にする制度が必要です。

AIは意思決定を支援できますが、意思決定の正当性まで自動的に保証するものではありません。

集合的予測符号化という新しい考え方

谷口教授が提唱する「集合的予測符号化」は、人々が言葉を通じて共通の意味や知識を形成する仕組みを説明しようとする考え方です。

人間は、それぞれ異なる経験や知識を持っています。

同じ出来事を見ても、立場や経験によって解釈は異なります。

例えば、「老後の安心」という言葉一つをとっても、十分な金融資産を持つことを重視する人もいれば、健康や家族関係、社会とのつながりを重視する人もいます。

それでも人々は、対話を重ねることで相手の考え方を理解し、共通する意味を見いだそうとします。

こうした相互作用の積み重ねによって、社会で共有される言葉や知識が形成されていきます。

集合的予測符号化は、この過程を個人の学習だけでなく、集団全体の情報処理として捉えようとする理論的な仮説です。

重要なのは、知識が一人の優れた専門家によって完成するとは限らないことです。

多様な人々が経験を持ち寄り、意見を修正し合う過程そのものが、新しい知識を生み出します。

AIは、その過程に参加する新たな存在になりつつあります。

企業経営で高まる対話と暗黙知の価値

AI時代の企業経営では、数値情報と同じように、現場で交わされる言葉の重要性が高まると考えられます。

例えば、企業の経理部門では、売上高や利益、キャッシュフローなどの数値を分析します。

しかし、数字の背景には、取引先との関係、営業現場の判断、従業員の経験など、数値化しにくい情報があります。

売上高が減少した場合でも、その原因が市場環境の悪化なのか、商品競争力の低下なのか、顧客との関係の変化なのかによって、必要な対策は異なります。

AIが会計データと現場の報告を組み合わせて分析すれば、経営課題をより多面的に把握できる可能性があります。

一方で、経験豊富な従業員が持つ暗黙知も重要です。

長年の経験から生まれる違和感や判断力は、必ずしも文章や数値として整理されていません。

AIを活用する際には、こうした暗黙知を対話によって引き出し、組織全体で共有する仕組みが求められます。

AIによる効率化だけでなく、人間同士の対話を充実させることが企業の競争力につながるのです。

税理士・FPの仕事も知識の提供から意思決定支援へ

税務やファイナンシャルプランニングの分野でも、AIの進化は専門家の役割を変える可能性があります。

税法の条文を調べることや、制度の概要を説明すること、複数の資産運用方法を比較することは、AIによって効率化が進むと考えられます。

しかし、相談者が何を大切にしているのかを理解することは、単なる情報処理ではありません。

例えば、60歳で退職するか、65歳まで働くかという問題があります。

経済的な損得だけを考えれば、給与収入、退職金、年金、税金、社会保険料などを比較することになります。

しかし、実際の意思決定には、健康状態、家族との時間、仕事への満足感、将来の不安なども関係します。

同じ金融資産を持つ人でも、最適な選択が同じになるとは限りません。

専門家に求められるのは、制度や数字を説明するだけでなく、相談者自身が価値観を整理し、納得できる選択をするための支援です。

AIが情報整理を担い、人間の専門家が相談者との対話や判断の支援に集中するという役割分担も考えられます。

ただし、AIが示す税務上の判断や制度情報には誤りが含まれる可能性があります。専門家による根拠の確認と責任ある判断は引き続き不可欠です。

人間とAIが互いに影響し合う社会

AIの利用が広がるほど、人間とAIの関係をどのように設計するかが重要になります。

従来のAIアライメントでは、AIの行動を人間の価値観や目的に適合させることが重視されてきました。

しかし、現実にはAIも人間の考え方に影響を与えています。

AIが提示した情報によって、商品選択や投資判断、政治的な意見が変化する可能性があります。

人間がAIを調整するだけでなく、AIも人間の判断や社会の価値観に影響を与えるという双方向の関係が生まれているのです。

谷口教授らが提案する「共生的アライメント」は、こうした関係を踏まえた考え方です。

そこでは、すべての人が一つの正解に従うことを目標としません。

異なる価値観や世界観を認めながら、社会として協調できる状態を目指します。

AIが示す答えを無条件に受け入れるのではなく、人間が批判的に検討し、必要に応じて修正することが重要になります。

言葉が経済を動かす時代のリスク

言葉の情報処理能力が高まることには、負の側面もあります。

SNSでは、刺激的な発言や感情を揺さぶる情報が広まりやすい傾向があります。

AIによって大量の文章や画像を生成できるようになれば、誤情報や世論操作のリスクも高まります。

経済活動でも、企業への評判や金融市場の期待が短期間で大きく変化する可能性があります。

例えば、景気悪化への懸念が広がると、消費者が支出を控え、企業が投資を抑制し、その結果として実際に景気が悪化することがあります。

言葉が人々の予測を変え、その予測が経済行動を変えるのです。

AIがこうした情報の循環を加速させれば、経済の不安定性が増す可能性も否定できません。

そのため、AIが生成した情報の透明性、情報源の検証、個人情報の保護、異なる意見を尊重する仕組みなどが必要になります。

市場経済に競争政策や消費者保護制度が必要であるように、AIが関わる情報空間にも適切な制度設計が求められます。

人生100年時代に求められる新しい学び方

AI時代には、知識を大量に記憶することだけでは十分ではなくなります。

必要な情報をAIから得られるようになるほど、その情報をどのように理解し、何に活用するかが重要になります。

特に人生100年時代には、学校教育で得た知識だけで生涯を過ごすことは難しくなります。

税制、年金、医療、介護、金融商品、デジタル技術などは変化を続けています。

高齢期になってからも、新しい制度を理解し、自分の生活に合った選択をする能力が必要です。

その際、AIは有力な学習支援者になります。

難しい制度を分かりやすく説明してもらい、複数の選択肢を比較し、自分の考えを整理することができます。

ただし、AIの回答をそのまま信じるのではなく、一次情報を確認し、必要に応じて専門家に相談する姿勢が欠かせません。

これからの学びでは、正解を覚える力だけでなく、適切な問いを立てる力、異なる意見を理解する力、自分の判断を見直す力が一層重要になると考えられます。

結論

AI時代の経済では、従来の価格メカニズムに加えて、言葉を通じた知識や価値観の共有が重要性を増していきます。

生成AIは、膨大な言語情報を整理し、人々の意思決定や社会的な協調を支援する可能性を持っています。

しかし、AIが導き出す答えが、必ずしもすべての人にとって望ましいとは限りません。

経済的な合理性だけでなく、個人の価値観や多様性、社会的な信頼を尊重することが必要です。

企業経営では、数字と現場の知識を結び付ける力が重要になります。税理士やFPなどの専門家には、制度の説明にとどまらず、相談者が自分に合った選択をするための支援が求められます。

そして、人生100年時代を生きる私たちにとっては、AIを単なる便利な道具として使うだけでなく、考えを深めるための対話相手として活用することが大切になります。

AI時代に本当に価値を持つのは、知識を独占することではなく、異なる知識や経験を結び付け、新しい理解を共に生み出す力ではないでしょうか。

価格が人々の経済行動を調整してきたように、これからは言葉が人々の理解と協調を支える重要な役割を担っていくと考えられます。

参考

日本経済新聞 2026/10/28 朝刊「AI時代の経済は『言葉』の役割が増す 谷口忠大氏」

谷口忠大氏(京都大学教授)による記号創発システム論、集合的予測符号化仮説、共生的アライメントに関する議論

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