介護保険制度は、全国共通の仕組みに基づいて運営されています。
しかし、要介護認定の手続きにかかる時間や審査簡素化の活用状況は、自治体によって異なる可能性があります。
同じような介護の必要性がある高齢者であっても、住んでいる地域によって認定結果が届くまでの時間に差が生じるとすれば、制度の公平性という観点から見過ごせない問題です。
厚生労働省は、要介護認定の更新手続きを迅速化するため、審査簡素化の対象者を拡大する方向で検討しています。
さらに、自治体ごとの審査簡素化率を毎年公表する案も浮上しています。
2024年度には、要介護認定申請の32.7%が審査簡素化の対象となり得ましたが、実際に簡素化されたのは17.9%にとどまりました。
また、申請から30日以内に認定された割合は22.8%でした。
こうした状況を改善するためには、制度の見直しだけでなく、自治体ごとの運用実態を把握することが重要です。
今回は、要介護認定の地域格差が生じる背景と、審査実績の公表が持つ意味、今後の制度改革について解説します。
全国共通の制度でも自治体によって運用が異なる
介護保険制度では、市町村が保険者として制度を運営しています。
要介護認定についても、市町村が申請を受け付け、認定調査や介護認定審査会による審査などを経て認定結果を決定します。
要介護認定の基準は全国共通ですが、実際の事務処理体制は自治体によって異なります。
例えば、高齢者人口が多い都市部の自治体では、認定申請の件数が多く、調査員や審査会委員の確保が課題になる場合があります。
一方、人口規模が小さい自治体では、申請件数は比較的少なくても、専門職の確保や審査会の開催体制に制約が生じることがあります。
また、複数の市町村が共同で介護認定審査会を設置している地域もあります。
こうした違いが、認定までに必要な日数や審査簡素化の活用状況に影響している可能性があります。
ただし、自治体間の差がすべて事務処理の効率性によって生じているわけではありません。
高齢者の心身状態や医療機関との連携状況など、地域ごとの事情も考慮する必要があります。
要介護認定の30日以内の処理は約2割にとどまる
介護保険法では、要介護認定の申請から原則30日以内に認定結果を通知することが定められています。
しかし、2024年度に30日以内に認定された申請は全体の22.8%にとどまりました。
これは、約8割の申請で30日を超えていることを意味します。
認定手続きが長期化する背景には、複数の要因が考えられます。
まず、認定調査の日程調整です。
高齢者本人が入院している場合や、家族の立ち会いが必要な場合には、調査日程の調整に時間がかかることがあります。
次に、主治医意見書の取得です。
医療機関の診療状況などによって、意見書の作成や提出に時間が必要になる場合があります。
さらに、介護認定審査会の開催日程も影響します。
審査会の開催回数が限られている場合には、必要な資料がそろっていても、次の審査会まで待つことになります。
こうした工程のどこに時間がかかっているのかを把握することが、迅速化に向けた第一歩となります。
審査簡素化率の違いは何を示しているのか
厚生労働省は、要介護認定の更新審査を簡素化できる対象者の拡大を検討しています。
現行制度では、65歳以上の更新申請者について、1次判定の結果が前回の要介護度と一致していることなど、一定の条件を満たす場合に審査を簡素化できます。
その条件の一つが、前回の認定有効期間が12カ月以上であることです。
今回、この期間を6カ月以上に短縮する案が検討されています。
一方、制度上は簡素化できる申請であっても、実際には通常の審査が行われているケースがあります。
2024年度には、申請全体の32.7%が簡素化の対象となり得たものの、実際に簡素化されたのは17.9%でした。
この数字から計算すると、簡素化の対象となり得る申請のうち、実際に簡素化された割合は約54.7%です。
つまり、簡素化できる可能性がある申請の約45.3%では、簡素化が行われていなかった計算になります。
こうした差が生じる理由を把握するためにも、自治体ごとの実績を確認することが重要です。
自治体別の審査実績公表にはどのような意味があるのか
厚生労働省は、審査簡素化の条件を満たす申請のうち、実際に簡素化した割合を自治体ごとに毎年公表する案を検討しています。
これは、自治体の取り組み状況を可視化するための施策です。
例えば、人口規模や高齢化率が近い自治体であっても、簡素化率に大きな差がある場合、その原因を分析することができます。
簡素化率が高い自治体では、審査会の運営方法や職員の事務処理体制などに工夫があるかもしれません。
こうした取り組みを共有することで、他の自治体でも業務改善を進めやすくなる可能性があります。
また、自治体の担当者にとっても、自分たちの取り組みを全国の状況と比較する機会になります。
ただし、簡素化率が高い自治体が必ずしも優れているとは限りません。
本人の心身状態が変化している場合には、通常の審査が必要になることがあります。
したがって、単純な数字の比較ではなく、地域の実情を踏まえた評価が求められます。
数字を公表するだけでは地域格差は解消しない
自治体別の審査実績を公表することは、制度改革の第一歩になります。
しかし、数字を公表するだけで認定手続きが迅速化するわけではありません。
例えば、簡素化率が低い自治体があった場合、その理由を詳しく分析する必要があります。
職員が制度を十分に理解していないのか、審査会の運営方針が慎重なのか、あるいは対象者の状態に特徴があるのかによって、必要な対策は異なります。
また、認定までに時間がかかっている自治体についても、認定調査、主治医意見書の取得、審査会の開催など、どの工程が遅れているのかを把握する必要があります。
例えば、主治医意見書の取得に時間がかかっている場合には、審査会の開催回数を増やしても大きな改善につながらない可能性があります。
一方、審査会の開催日程が原因であれば、開催方法や頻度を見直すことが有効かもしれません。
重要なのは、自治体ごとの課題を具体的に把握し、それに応じた改善策を実施することです。
自治体を比較する際には複数の指標が必要になる
要介護認定の地域格差を評価する場合には、簡素化率だけでなく、複数の指標を組み合わせることが重要です。
例えば、申請から認定までにかかった平均日数や、30日以内に認定された割合などです。
また、認定調査の実施までにかかった日数や、主治医意見書の取得期間なども参考になります。
さらに、認定申請の件数や高齢者人口、認定調査員の人数なども考慮する必要があります。
例えば、年間1万件の申請を処理する自治体と、年間1,000件の申請を処理する自治体では、必要な事務体制が異なります。
また、病状が急激に変化する高齢者の申請が多い自治体では、通常より慎重な対応が必要になる場合もあります。
こうした事情を考慮せず、単純に審査期間の短さだけで自治体を順位付けすることは適切ではありません。
審査の迅速性と適正性を両立しているかどうかを、多面的に評価することが重要です。
地域格差の改善には国の支援も必要になる
要介護認定の迅速化を自治体だけの努力に任せることには限界があります。
特に、人口規模が小さい自治体では、認定調査員や審査会委員などの専門職を十分に確保することが難しい場合があります。
また、デジタルシステムの導入や事務処理方法の見直しにも費用が必要です。
そのため、国による技術的な支援や情報提供が重要になります。
例えば、審査簡素化の判断基準を分かりやすく整理し、自治体職員への研修を充実させることが考えられます。
また、効率的な事務処理を行っている自治体の取り組みを全国に共有することも有効です。
さらに、認定調査や主治医意見書の電子化などを進める場合には、自治体ごとに異なるシステムを導入するのではなく、共通化できる部分を整理することが望まれます。
国と自治体が連携し、制度全体の効率化を進めることが重要です。
地域格差は高齢者と家族の生活にも影響する
要介護認定の地域格差は、行政事務だけの問題ではありません。
高齢者本人や家族の生活にも影響します。
例えば、退院後に自宅で介護サービスを利用する予定の高齢者について、認定結果が出るまでに長い時間がかかる場合を考えてみます。
必要なサービスを早期に利用するためには、暫定ケアプランを作成するなどの対応が必要になる場合があります。
しかし、認定結果が確定するまでは、利用できるサービスの範囲や費用負担について不安が残ることがあります。
また、認知症が進行している高齢者や、がんなどによって急激に状態が悪化する人にとっては、認定の遅れが大きな問題になる可能性があります。
住んでいる自治体によって認定までの期間が大きく異なる状況は、利用者の立場から見れば改善が求められる課題です。
全国どこに住んでいても、必要な介護サービスを適切な時期に利用できることが重要です。
地域格差をなくすことと認定結果を同じにすることは異なる
要介護認定の地域格差を考える際には、注意すべき点があります。
それは、すべての自治体で要介護認定率や要介護度の分布を同じにすることが目的ではないということです。
地域によって高齢者の年齢構成や健康状態、生活環境などは異なります。
そのため、要介護認定率に違いが生じること自体が、直ちに不公平を意味するわけではありません。
重要なのは、同じような状態の高齢者が、全国共通の基準に基づいて適切に評価されることです。
また、認定手続きについても、地域の事情を踏まえながら、必要以上の遅れが生じないようにすることが求められます。
地域格差の改善とは、単純に数字をそろえることではありません。
全国共通の制度として、公平性と迅速性を確保することにあります。
結論
要介護認定の迅速化を実現するためには、自治体ごとの運用実態を把握し、改善につなげることが重要です。
2024年度には、要介護認定申請の32.7%が審査簡素化の対象となり得たものの、実際に簡素化されたのは17.9%にとどまりました。
また、申請から30日以内に認定された割合は22.8%でした。
厚生労働省は、審査簡素化の対象者を拡大するとともに、自治体別の簡素化率を公表する案を検討しています。
こうした情報公開によって、自治体ごとの取り組み状況を比較し、業務改善を進めることが期待されます。
ただし、簡素化率や審査期間だけで自治体を評価することは適切ではありません。
高齢者の状態や地域の医療体制、認定事務の運営方法などを踏まえ、複数の指標によって評価する必要があります。
また、地域格差を改善するためには、自治体の努力だけでなく、国による制度面や技術面の支援も重要です。
人生100年時代において、介護保険制度は全国の高齢者と家族を支える重要な社会基盤です。
住んでいる地域によって必要な介護サービスの利用に大きな差が生じないよう、迅速で公平な要介護認定を実現することが求められます。
参考
日本経済新聞 2026年10月22日 要介護認定の更新を迅速に 簡素な審査の対象者を拡大へ、厚労省検討
厚生労働省 要介護認定の仕組み
厚生労働省 社会保障審議会介護保険部会 要介護認定制度に関する検討資料
厚生労働省 介護保険制度の概要