ストックオプションによって大きな資産を形成できたとしても、その資産を守り、人生のさまざまな場面で活用できなければ、制度のメリットを十分に生かしたことにはなりません。
スタートアップ企業の成長によって、従業員が数千万円から1億円を超える利益を得る可能性があります。しかし、株式の売却時期や税金、相続対策を誤れば、想定していた資産を確保できない場合があります。
特に注意したいのは、ストックオプションによる利益と、実際に利用できる現金は異なるという点です。
株式の評価額が1億円になっていても、未上場企業で売却先が見つからなければ、現金化できない可能性があります。
また、株式上場後も保有し続けた結果、株価が大幅に下落することもあります。
さらに、ストックオプションによって取得した株式を保有したまま死亡した場合には、相続税の問題が生じる可能性があります。
人生100年時代には、資産を増やすことだけでなく、増やした資産を守り、計画的に使い、次の世代へ引き継ぐことが重要になります。
今回は、ストックオプションによって得た資産を守るための税務、相続、資産管理、出口戦略について考えてみます。
ストックオプションの利益と現金は異なる
ストックオプションは、あらかじめ決められた価格で自社の株式を取得できる権利です。
例えば、1株100円で購入できるストックオプションを10万株分保有している場合を考えます。
企業が成長し、株式の評価額が1株1,100円になったとします。
従業員は1,000万円を支払って、評価額1億1,000万円の株式を取得できる可能性があります。
単純計算では、1億円の含み益が生じることになります。
しかし、この時点では現金を受け取ったわけではありません。
未上場企業の場合、株式を自由に売却できるとは限らないからです。
また、株式上場後であっても、売却制限やインサイダー取引規制などによって、希望する時期に売却できない場合があります。
さらに、株価が変動すれば、含み益も変化します。
例えば、株価が1,100円から600円に下落した場合、10万株の評価額は1億1,000万円から6,000万円に減少します。
権利行使費用1,000万円を差し引いた含み益は、1億円から5,000万円に減少します。
つまり、株式の評価額が高いことと、資産が確定していることは異なります。
資産形成では、評価額だけでなく、実際に現金化できるかどうかが重要です。
税制適格ストックオプションの売却時の税金
ストックオプションによって取得した株式を売却する場合、税制上の取り扱いを確認する必要があります。
税制適格ストックオプションでは、一定の要件を満たすことで、権利行使時の課税が繰り延べられます。
その後、取得した株式を売却した際に、原則として株式の譲渡所得として課税されます。
一般的な株式譲渡益に対する税率は20.315%です。
例えば、権利行使価額の合計が1,000万円で、取得した株式を1億1,000万円で売却した場合を考えます。
売却額と権利行使価額との差額は1億円です。
売却費用などを考慮しない場合、税額は約2,032万円となります。
税引後の利益は約7,968万円です。
ただし、実際には売却費用や他の株式取引の損益などによって税額が変わる場合があります。
また、未上場株式と上場株式では、損益通算や繰越控除などの取り扱いが異なります。
税制適格ストックオプションで取得した株式を売却する際には、株式の区分や税務上の要件を確認することが重要です。
税制非適格では権利行使時の納税資金に注意する
一般的な無償の税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の利益が給与所得として課税されます。
例えば、権利行使価額が1,000万円で、権利行使時の株式の時価が5,000万円だった場合を考えます。
この場合、4,000万円の経済的利益が発生します。
一般的な雇用関係に基づくストックオプションでは、この4,000万円が給与所得として課税されます。
所得税と住民税などを合わせた最高税率は約56%です。
ただし、所得税は超過累進税率であるため、4,000万円の全額に最高税率が適用されるわけではありません。
また、権利行使後に株式を売却した場合には、権利行使時の株式の時価を取得価額として、売却時の譲渡損益を計算することになります。
重要なのは、未上場株式の場合、権利行使時に税金が発生しても、株式を売却できるとは限らないことです。
例えば、権利行使時に4,000万円の給与所得が発生しても、現金収入がなければ、納税資金を別途確保する必要があります。
そのため、税制非適格ストックオプションでは、権利行使の時期と納税資金の確保が重要な課題になります。
株式を一度に売却するか段階的に売却するか
ストックオプションによって取得した株式を売却する際には、一度に売却する方法と、段階的に売却する方法があります。
例えば、時価1億円の上場株式を保有している場合を考えます。
すべてを一度に売却すれば、その時点の株価で利益を確定できます。
一方、半分だけ売却し、残りを保有する方法もあります。
この場合、一定の現金を確保しながら、残りの株式について将来の株価上昇を期待できます。
ただし、株価が下落すれば、残りの株式の価値も減少します。
例えば、1億円の株式のうち5,000万円分を売却し、残り5,000万円分を保有した場合を考えます。
その後、株価が40%下落すれば、残りの株式の評価額は3,000万円になります。
資産全体の価値は、売却代金5,000万円と残りの株式3,000万円の合計8,000万円です。
なお、この計算では税金や売却費用を考慮していません。
売却方法を決める際には、株価の見通しだけでなく、生活資金、納税資金、住宅ローン、老後資金などを考慮する必要があります。
また、上場企業の役職員には、インサイダー取引規制や社内の株式売買ルールが適用される場合があります。
希望する時期に自由に売却できるとは限らないため、事前に確認することが重要です。
勤務先の株式に資産が集中するリスク
ストックオプションによって大きな利益を得た場合、勤務先の株式に資産が集中することがあります。
例えば、金融資産が1億5,000万円あり、そのうち1億円が勤務先の株式だった場合を考えます。
金融資産の約67%が一つの企業に集中していることになります。
この企業の株価が50%下落すれば、勤務先株式の評価額は5,000万円になります。
他の資産が変わらなければ、金融資産全体は1億円に減少します。
つまり、勤務先の株価下落だけで、金融資産全体の約33%を失うことになります。
さらに、勤務先の業績が悪化すれば、給与や賞与、雇用の安定性にも影響する可能性があります。
収入と資産の両方が同じ企業に依存することは、大きなリスクです。
そのため、ストックオプションによって利益が実現した場合には、資産の一部を預貯金や債券、投資信託などへ分散する方法が考えられます。
ただし、適切な資産配分は、年齢、家族構成、収入、生活費、投資経験などによって異なります。
重要なのは、企業の成長を期待することと、生活資金を守ることを区別することです。
ストックオプションと相続税の関係
ストックオプションによって取得した株式を保有したまま死亡した場合、相続税の問題が生じる可能性があります。
相続税は、相続や遺贈によって取得した財産の価額を基に計算されます。
上場株式については、原則として死亡日の最終価格などを基に評価し、一定の月平均額との比較による評価方法が認められています。
一方、未上場株式については、会社の規模や株主の状況などに応じて、原則的評価方式や配当還元方式などが用いられます。
未上場株式の評価は複雑であり、企業の財務状況や株主構成によって評価額が大きく異なる場合があります。
例えば、相続財産として未上場株式1億円相当を保有していた場合を考えます。
相続税の計算上、一定の評価額が付いたとしても、その株式をすぐに売却できるとは限りません。
相続人が納税資金を確保できなければ、相続税の支払いに困る可能性があります。
特に未上場企業の株式では、評価額と換金可能性の違いに注意する必要があります。
また、ストックオプションそのものを保有したまま死亡した場合には、契約上の権利承継の可否や、相続税法上の財産評価などを個別に確認する必要があります。
ストックオプションが死亡によって消滅する契約も考えられるため、株式を取得済みの場合とは区別する必要があります。
相続税の基礎控除と具体的な計算例
相続税には基礎控除があります。
基礎控除額は、3,000万円に600万円と法定相続人の数を掛けた金額を加えて計算します。
例えば、法定相続人が配偶者と子ども2人の合計3人であれば、基礎控除額は4,800万円です。
相続財産の課税価格の合計額が1億5,000万円で、債務控除などを考慮しない場合を考えます。
基礎控除額4,800万円を差し引くと、課税遺産総額は1億200万円になります。
この課税遺産総額を法定相続分で分けたものとして、相続税の総額を計算します。
配偶者の法定相続分は2分の1です。
子ども2人の法定相続分は、それぞれ4分の1です。
この場合、配偶者の法定相続分に相当する金額は5,100万円、子どもはそれぞれ2,550万円です。
相続税の速算表を適用すると、配偶者分は1,080万円、子ども分はそれぞれ367万5,000円となります。
相続税の総額は1,815万円です。
ただし、これは相続税の総額を算出する段階の計算例です。
実際に各相続人が負担する税額は、遺産の取得割合や配偶者の税額軽減などによって異なります。
また、相続財産に未上場株式が含まれる場合には、その評価額によって税額が変わる可能性があります。
そのため、ストックオプションによって大きな資産を形成した場合には、相続税の試算を行うことが重要です。
配偶者の税額軽減を理解する
相続税には、配偶者の税額軽減という制度があります。
配偶者が実際に取得した正味の遺産額が、1億6,000万円または法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、原則として配偶者に相続税がかからない仕組みです。
例えば、相続財産が1億5,000万円で、配偶者がその全額を取得した場合、一定の要件を満たせば、配偶者の相続税はゼロになる可能性があります。
ただし、配偶者の税額軽減を適用するためには、原則として相続税の申告が必要です。
また、配偶者が多額の財産を相続した場合、その配偶者が死亡した際の二次相続で、子どもなどの税負担が大きくなる可能性があります。
そのため、一次相続だけでなく、二次相続まで考慮することが重要です。
ストックオプションによって形成した資産が大きい場合には、配偶者と子どもの将来の生活を踏まえて、財産の分け方を検討する必要があります。
生前贈与による資産承継の注意点
ストックオプションによって得た資産を子どもや孫へ引き継ぐ方法として、生前贈与も考えられます。
暦年課税では、贈与税の基礎控除額は年間110万円です。
ただし、相続開始前の一定期間内に行われた贈与については、相続税の課税価格に加算される場合があります。
2024年以降の贈与については、相続開始前7年間の贈与を加算する制度への移行が進められています。
ただし、適用される期間は相続開始時期によって異なり、延長された4年間に対応する贈与については、合計100万円を控除する仕組みがあります。
また、相続時精算課税制度では、2024年から年間110万円の基礎控除が設けられています。
この基礎控除部分については、原則として相続時の課税価格に加算されません。
ただし、相続時精算課税制度には適用対象者や選択手続きなどの要件があります。
一度選択すると、原則として同じ贈与者からの贈与について暦年課税へ戻すことはできません。
さらに、未上場株式を贈与する場合には、株式評価や譲渡制限などの問題があります。
ストックオプションそのものについても、契約上譲渡が禁止されている場合があります。
そのため、生前贈与を検討する際には、税務上の取り扱いだけでなく、契約条件や株式の権利内容を確認する必要があります。
60代以降は資産の出口戦略が重要になる
60代以降の資産管理では、資産を増やすことだけでなく、いつ、どのように使うかが重要になります。
例えば、65歳時点でストックオプションによって税引後5,000万円の利益を得た場合を考えます。
その資金をすべて株式に再投資する方法もありますが、生活資金や老後資金を確保する必要があります。
例えば、生活予備資金として1,000万円を預貯金で保有し、残り4,000万円を長期的な資産形成に活用する方法が考えられます。
ただし、これは一例であり、適切な資産配分は個人の状況によって異なります。
また、公的年金や退職金、住宅ローンの有無、家族構成などによって必要な資金は変わります。
70代以降には、医療費や介護費用が増加する可能性もあります。
そのため、ストックオプションによって得た資産を、生活費、医療費、介護費用、住宅関連費用、家族への資産承継などに分けて考えることが重要です。
資産を増やすことだけを目的とせず、人生のさまざまな段階で活用できるように管理する必要があります。
家族への情報共有も重要になる
ストックオプションや未上場株式を保有している場合、家族がその存在を知らないことがあります。
特に未上場株式では、証券会社の口座に一般的な上場株式と同じように表示されない場合があります。
また、ストックオプションの契約書や権利行使条件などが、本人しか分からない状態になっていることも考えられます。
このような場合、本人が死亡したり、認知症などによって財産管理が難しくなったりすると、家族が対応に困る可能性があります。
そのため、保有するストックオプションや株式について、契約書、株式数、権利行使価額、権利行使期限、発行会社の連絡先などを整理しておくことが重要です。
また、相続人が権利を承継できるかどうかも確認する必要があります。
特にストックオプションは、本人の死亡によって権利が消滅する契約があるため、事前の確認が欠かせません。
資産を次の世代へ引き継ぐためには、税金だけでなく、財産情報の整理と家族への共有も重要です。
結論
ストックオプションによって大きな資産を形成できたとしても、その資産を守り、計画的に活用することが重要です。
株式の評価額が高くても、実際に売却できなければ現金として利用することはできません。
また、株式上場後も保有し続けた結果、株価が大幅に下落する可能性があります。
そのため、ストックオプションによって利益が実現した場合には、税金を考慮したうえで、資産の一部を預貯金や分散投資に振り向けることが考えられます。
さらに、資産が大きくなれば、相続税や生前贈与などの問題も重要になります。
特に未上場株式では、相続税評価額と実際の換金可能性が一致しない場合があります。
そのため、相続税の納税資金を確保できるかどうかも検討する必要があります。
また、ストックオプションそのものについては、死亡時の権利承継や契約上の制限を確認することが重要です。
人生100年時代には、資産を増やすことだけでなく、資産を守り、使い、次の世代へ引き継ぐことが求められます。
ストックオプションは、企業の成長成果を個人の資産形成につなげる制度です。
しかし、その利益を人生全体の豊かさにつなげるためには、税金、相続、資産管理、出口戦略を総合的に考える必要があります。
大切なのは、株式の評価額や含み益に一喜一憂するのではなく、実際に利用できる資産を確保し、長期的な生活の安定につなげることです。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日 ストックオプション、就活の検討材料に 働く意欲と将来の報酬を左右
日本経済新聞 2026年10月17日 未上場ストックオプション取引、エヌストックが仲介 社員の換金手軽に
国税庁 ストックオプションに対する課税
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