2026年10月21日
就職や転職を考える際、給与や賞与、福利厚生、勤務地などを重視する人は多いでしょう。しかし、スタートアップ企業を中心に、これまでとは異なる報酬制度が人材獲得の重要な手段になっています。
それがストックオプションです。
ストックオプションは、企業が将来成長した場合に、従業員が株式を通じて経済的な利益を得られる仕組みです。企業の成長と個人の資産形成を結び付ける制度として注目されています。
一方、企業が期待通りに成長しなければ、利益を得られない可能性があります。また、税制上の取り扱いや権利行使の条件によって、実際に手元に残る金額は大きく異なります。
人生100年時代において、ストックオプションは単なる報酬制度ではなく、働き方や資産形成、さらには将来の独立や起業を考えるうえでも重要な選択肢になりつつあります。
ストックオプションとは何か
ストックオプションとは、あらかじめ決められた価格で、自社の株式を購入できる権利です。
会社法上は新株予約権の一種であり、企業が役員や従業員などに付与します。
例えば、次のようなケースを考えてみましょう。
ある企業が従業員に対して、1株100円で購入できるストックオプションを1,000株分付与したとします。
その後、企業が成長して株式を上場し、株価が1株2,000円になった場合、従業員は10万円を支払って1,000株を取得できます。
取得した株式を200万円で売却できれば、差額の190万円が利益となります。
もちろん、実際には税金や手数料などを考慮する必要があります。
重要なのは、企業の成長が従業員の将来の報酬に直接結び付く点です。
通常の給与は、基本的に労働の対価として支払われます。
これに対してストックオプションは、企業価値の上昇によって報酬が増える可能性を持っています。
従業員が企業の成長に積極的に関わる動機となることから、企業側にも大きなメリットがあります。
新規上場企業の約9割が導入
ストックオプションは、スタートアップ企業の人材戦略において重要な役割を果たしています。
プルータス・コンサルティングの調査によると、2025年に東京証券取引所へ新規上場した60社のうち、53社がストックオプションを導入していました。
割合にすると約88%です。
新規上場企業の大部分が、株式を活用した報酬制度を採用していたことになります。
スタートアップ企業は、大企業と比較すると経営基盤が弱く、十分な給与を支払うことが難しい場合があります。
そこで、将来の企業成長による利益を従業員と共有する仕組みとして、ストックオプションを活用します。
もっとも、現在ではスタートアップ企業でも高い給与水準を提示する企業が増えています。
そのため、ストックオプションは低い給与を補う制度というだけではありません。
優秀な人材の採用や定着、経営目標の共有、企業価値向上への参加意識を高める制度として位置付けられています。
今後は、就職先を選ぶ際に、年収だけでなく株式報酬の有無や内容を確認することが一段と重要になるでしょう。
税制適格と税制非適格では手取りが大きく異なる
ストックオプションを理解するうえで、特に重要なのが税金です。
一般的な無償のストックオプションには、税制適格ストックオプションと税制非適格ストックオプションがあります。
税制非適格ストックオプションの場合、通常、権利行使時の株価と権利行使価額との差額が給与所得として課税されます。
給与所得には累進税率が適用され、所得税と復興特別所得税、住民税を合わせた最高税率は約56%となります。
さらに、権利行使後に株式を売却した場合には、権利行使時の株価を取得価額として計算した譲渡損益について、別途課税関係が生じます。
一方、一定の要件を満たす税制適格ストックオプションでは、権利行使時の課税が繰り延べられます。
取得した株式を売却した際に、原則として株式の譲渡所得として課税されます。
上場株式等の譲渡益に適用される税率は、所得税、復興特別所得税、住民税を合わせて20.315%です。
例えば、権利行使価額と売却価額との差額が1,000万円だった場合を考えてみましょう。
税制適格ストックオプションであれば、他の条件を考慮しない単純計算で、税額は約203万円となります。
一方、税制非適格の場合には、給与所得としての課税が発生するため、本人の所得水準によって税負担が大きく変わります。
ただし、税制適格ストックオプションには、付与対象者、権利行使期間、年間権利行使価額、株式の管理方法などについて細かな要件があります。
また、税制非適格であっても、有償型など契約内容によって課税関係が異なる場合があります。
したがって、ストックオプションを受け取る際には、税制適格かどうかを必ず確認する必要があります。
企業の成長が人生の選択肢を広げる
ストックオプションによって得た利益が、その後の人生を大きく変えることもあります。
自動運転技術を開発するチューリングの田中大介最高執行責任者は、その一例です。
田中氏は2016年に医療分野のデジタル化を手掛けるメドレーに入社しました。
同社は2019年に株式を上場しました。
田中氏は2022年8月にストックオプションを行使し、従来から保有していた株式も含めて売却しました。
売却額は合計約2億2,000万円となり、税金を差し引いた手取りは約1億8,000万円だったといいます。
その後、田中氏はメドレーを退職し、チューリングに参画しました。
得られた資金の大半を新たな企業への出資に振り向け、次の挑戦につなげています。
この事例で注目したいのは、単に大きな利益を得たことではありません。
ストックオプションによって形成した資産が、新たな仕事や事業に挑戦するための資金になったことです。
人生100年時代には、一つの会社で働き続けるだけでなく、転職、独立、起業、再就職など、複数のキャリアを経験する可能性があります。
ストックオプションは、そのような人生の転機を支える資金源となる可能性を持っています。
ストックオプションには大きなリスクもある
一方、ストックオプションには注意すべきリスクがあります。
第一に、企業が予定通りに成長するとは限りません。
スタートアップ企業が株式上場を目指していても、上場が延期されたり、計画そのものが中止されたりする可能性があります。
第二に、株価が権利行使価額を下回る場合があります。
例えば、1株1,000円で購入できる権利を持っていても、株価が500円であれば、通常は権利を行使する経済的なメリットがありません。
第三に、未上場株式は換金が難しいことです。
企業価値が上昇していても、株式を自由に売却できなければ、実際の生活資金として利用することはできません。
第四に、退職時の取り扱いです。
ストックオプションには、一定期間勤務しなければ権利が確定しない条件や、退職によって権利が失われる条件が設けられることがあります。
第五に、税金を支払うための資金が必要になる場合があります。
特に税制非適格ストックオプションでは、株式を売却できない段階で権利行使時の課税が発生することがあります。
こうした点を理解せず、将来の利益を前提として住宅購入や教育資金などの計画を立てることは危険です。
ストックオプションは、確実にもらえる給与や預貯金とは区別して考える必要があります。
就職や転職では何を確認すべきか
ストックオプションを導入している企業への就職や転職を検討する際には、制度の有無だけで判断してはいけません。
まず、何株分の権利が付与されるのかを確認する必要があります。
ただし、株数だけでは経済的価値を判断できません。
発行済株式数や潜在株式数を踏まえた持分割合が重要です。
例えば、1万株分のストックオプションでも、会社全体の株式数が100万株の場合と1億株の場合では、持分割合が大きく異なります。
次に、権利行使価額を確認します。
将来の株価が上昇しても、権利行使価額が高ければ利益は限定的になります。
さらに、権利確定までの勤務期間、退職時の取り扱い、権利行使期限なども重要です。
税制適格の要件を満たしているかどうかも確認する必要があります。
そして、最も大切なのは企業の成長可能性です。
事業内容、競争優位性、資金調達状況、収益構造、経営陣の実績などを総合的に評価する必要があります。
ストックオプションの価値は、企業の将来価値と切り離して考えることができないからです。
人生100年時代の資産形成とストックオプション
ストックオプションは、長期的な資産形成の観点からも興味深い制度です。
一般的な資産形成では、給与収入から生活費を差し引き、残った資金を預貯金や株式、投資信託などで運用します。
新NISAを利用すれば、一定の範囲で運用益を非課税にすることもできます。
一方、ストックオプションは、自分が働く企業の成長によって資産を形成する仕組みです。
つまり、労働による収入と株式による資産形成が結び付いています。
ただし、給与収入と将来の株式報酬が同じ企業の業績に左右されるため、リスクが集中するという問題があります。
企業の業績が悪化すると、給与や雇用だけでなく、ストックオプションの価値まで同時に低下する可能性があります。
そのため、ストックオプションを保有している場合でも、預貯金や分散投資による資産形成を継続することが重要です。
特に住宅購入、子どもの教育、親の介護、老後資金など、将来必要となる資金については、ストックオプションの利益を確実な収入として見込まない方がよいでしょう。
60代以降の働き方にも新しい可能性
ストックオプションは若い世代だけの制度ではありません。
近年は、スタートアップ企業が大企業で経験を積んだ専門人材を採用する動きもあります。
財務、経理、税務、法務、人事、経営企画などの分野では、長年の実務経験を持つ人材が企業の成長を支えることができます。
例えば、60代の専門人材がスタートアップ企業に参画し、経営管理体制の整備や内部統制の強化、資金調達の支援などを担当するケースが考えられます。
その際、現金報酬に加えてストックオプションが付与されれば、企業の成長成果を共有できる可能性があります。
ただし、外部専門家や業務委託契約者などの場合には、付与対象者としての適格性や税制上の取り扱いを個別に確認する必要があります。
また、60代以降は資産を増やすことだけでなく、生活資金を安定的に確保することも重要になります。
そのため、ストックオプションの将来価値を過大評価せず、現金報酬とのバランスを考えることが必要です。
人生100年時代には、経験豊富なシニア人材が企業の成長に参加し、その成果を株式報酬として受け取る働き方も、選択肢の一つになるでしょう。
結論
ストックオプションは、企業の成長と従業員の将来報酬を結び付ける制度です。
2025年に新規上場した企業の約9割が導入していたという事実は、スタートアップ企業にとって重要な人材戦略になっていることを示しています。
一方、ストックオプションは、付与された時点で将来の利益が保証されるものではありません。
企業の成長、株価、上場の実現、権利行使条件、税制上の取り扱いなどによって、実際に得られる利益は大きく変わります。
就職や転職を検討する際には、給与や福利厚生だけでなく、ストックオプションの内容を理解し、自分の人生設計に合っているかを見極めることが重要です。
特に人生100年時代には、働くことによる収入と資産形成を一体的に考える視点が求められます。
ストックオプションは、成功すれば将来の独立や起業、新しい挑戦を支える資金になる可能性があります。
しかし、その可能性を過信することなく、安定した生活基盤と分散された資産形成を維持することが大切です。
これからのキャリア選択では、現在の年収だけでなく、企業の成長にどのように参加し、その成果をどのように受け取るかという視点も重要になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日 ストックオプション、就活の検討材料に 働く意欲と将来の報酬を左右
国税庁 ストックオプションに対する課税
経済産業省 ストックオプション税制に関する資料