ファッション業界で起業する人の多くは、デザインや商品開発に強いこだわりを持っています。
しかし、優れた商品を作ることと、事業として利益を確保することは別の問題です。
商品が売れていても、原価や販売経費を適切に管理できなければ、経営が赤字になることがあります。
特に小規模なファッションブランドでは、生産数量が少ないため、材料費や加工費が割高になりやすく、在庫リスクも経営を圧迫します。
東京都荒川区の日暮里繊維街にある起業支援拠点「イデタチ東京」では、ファッション分野の創業企業に対して、経営の専門家による伴走支援を行っています。
2021年の開設から5年間で13事業者が卒業し、そのうち9事業者が区内で事業を継続しています。
ファッションブランドを持続的に成長させるためには、商品開発力に加えて、価格設定、原価管理、在庫管理、資金繰りなどの経営能力が欠かせません。
今回は、小規模ファッションブランドの経営を例に、適切な販売価格の決め方と利益を確保するための実務について考えます。
売上が増えても利益が残らない理由
創業企業の経営者は、売上高の増加を事業成長の指標として重視する傾向があります。
もちろん、売上を伸ばすことは重要です。
しかし、売上が増えても、それ以上に費用が増加すれば利益は減少します。
例えば、あるファッションブランドが年間1,000着の商品を販売し、売上高が1,000万円だったとします。
1着当たりの平均販売価格は1万円です。
この商品の材料費と縫製加工費が1着当たり5,000円であれば、年間の製造原価は500万円になります。
売上高1,000万円から製造原価500万円を差し引いた売上総利益は500万円です。
一見すると、十分な利益があるように見えます。
しかし、ここから広告宣伝費、販売手数料、家賃、通信費、人件費などを負担する必要があります。
これらの費用が年間450万円であれば、営業利益は50万円です。
売上高営業利益率は5%にとどまります。
さらに、借入金の利息や税金などの負担も考慮する必要があります。
売上高が1,000万円あっても、実際に手元に残る利益は限られる場合があります。
経営者には、売上高だけでなく、利益が生まれる仕組みを理解することが求められます。
販売価格は原価だけで決めてはいけない
商品の販売価格を設定する際、材料費や加工費に一定の利益を上乗せする方法があります。
例えば、製造原価が5,000円の商品に対して、原価の2倍となる1万円の販売価格を設定する方法です。
しかし、この方法だけでは適切な価格設定とは限りません。
商品を販売するためには、広告宣伝費や販売手数料などが発生するからです。
また、顧客がその商品にどの程度の価値を感じるかという視点も必要です。
価格設定では、少なくとも3つの要素を考える必要があります。
第一は、製造原価や販売経費などのコストです。
第二は、競合商品との価格比較です。
第三は、顧客が商品に感じる価値です。
例えば、一般的な衣料品と比較して、独自のデザインや高品質な素材、丁寧な縫製などに特徴がある場合、顧客が高い価格を受け入れる可能性があります。
一方、競合商品との違いが明確でなければ、高い価格を設定しても販売数量が伸びないおそれがあります。
重要なのは、原価に一定の利益を上乗せするだけでなく、顧客が評価する価値と市場の競争環境を踏まえて価格を決めることです。
粗利益率と限界利益率を区別する
小規模ブランドの経営では、粗利益率と限界利益率の違いを理解することが重要です。
粗利益率は、売上高から売上原価を差し引いた売上総利益の割合です。
一方、限界利益率は、売上高から変動費を差し引いた限界利益の割合です。
例えば、1着1万円の商品を販売するとします。
製造原価が5,000円であれば、売上総利益は5,000円、粗利益率は50%です。
しかし、販売する際に売上高の15%に相当する販売手数料が発生する場合、1着当たり1,500円の追加費用がかかります。
この場合、製造原価と販売手数料をすべて変動費と仮定すると、変動費の合計は6,500円です。
限界利益は3,500円、限界利益率は35%になります。
粗利益率50%だけを見ていると、実際の収益力を過大に評価する可能性があります。
さらに、送料無料で販売する場合には、送料負担も考慮する必要があります。
返品や値引きが発生すれば、実際の利益率はさらに変動します。
商品別の採算管理では、販売チャネルごとの費用も含めて分析することが重要です。
販売チャネルによって利益率は変わる
ファッションブランドの販売方法には、自社のオンラインショップ、百貨店、セレクトショップ、展示会などがあります。
それぞれの販売チャネルには、異なる費用構造があります。
例えば、自社オンラインショップでは、販売価格を自社で設定しやすい一方、広告宣伝費や決済手数料、配送費などが発生します。
百貨店やセレクトショップなどを通じて販売する場合には、卸売価格や委託販売手数料などを考慮する必要があります。
具体例として、消費税を除いた店頭販売価格が1万円の商品を考えてみます。
自社販売で、製造原価5,000円、販売関連の変動費1,000円であれば、1着当たりの限界利益は4,000円です。
一方、小売店への卸売価格が6,000円で、製造原価5,000円、追加の変動費がない場合、限界利益は1,000円になります。
この例では、自社販売の方が1着当たりの限界利益は大きくなります。
ただし、自社販売には顧客獲得のための広告宣伝費や運営費用が必要です。
卸売販売では、小売店の集客力を活用できるという利点があります。
したがって、1着当たりの利益だけで販売方法を判断することは適切ではありません。
販売数量、顧客獲得費用、在庫負担、代金回収期間などを総合的に比較する必要があります。
在庫管理が利益を大きく左右する
ファッション業界では、在庫管理が経営の成否を左右します。
衣料品は、季節や流行によって需要が変化するため、販売時期を逃すと値引きが必要になる場合があります。
例えば、1着5,000円で製作した商品を200着用意したとします。
製造原価の総額は100万円です。
販売価格を1万円に設定し、200着すべてを定価で販売できれば、売上高は200万円、粗利益は100万円になります。
しかし、120着しか定価で販売できず、残り80着を半額の5,000円で販売した場合、売上高は160万円です。
製造原価100万円を差し引いた粗利益は60万円になります。
定価で完売した場合と比較すると、粗利益は40万円減少します。
さらに、値引き販売を行っても売れ残る商品があれば、在庫処分の費用や評価損が発生する可能性があります。
小規模ブランドでは、在庫の過剰保有が資金繰りを圧迫することもあります。
そのため、販売数量の予測精度を高めるとともに、必要以上の在庫を持たない仕組みが重要です。
小ロット生産と予約販売の活用
在庫リスクを抑える方法として、小ロット生産や予約販売があります。
小ロット生産とは、一度に大量の商品を製造するのではなく、少量ずつ生産する方法です。
例えば、最初から500着を製作するのではなく、100着を製作して販売状況を確認し、必要に応じて追加生産する方法です。
この方法では、売れ残りのリスクを抑えられる可能性があります。
ただし、生産数量が少ないほど、1着当たりの製造原価が高くなる場合があります。
そのため、在庫削減効果と原価上昇のバランスを考える必要があります。
また、予約販売では、顧客から注文を受けてから製作することで、需要を把握しやすくなります。
場合によっては、代金を先に受け取ることで資金繰りを改善できる可能性もあります。
一方、納期が長くなれば、顧客満足度が低下するおそれがあります。
予約販売では、納期や返品条件などを明確にし、適切な顧客対応を行うことが重要です。
小規模ブランドにとっては、大量生産による原価低減だけを追求するのではなく、在庫リスクを抑えながら利益を確保する生産方法が求められます。
損益分岐点から必要な販売数量を考える
経営計画を作成する際には、どの程度の商品を販売すれば利益が出るのかを把握する必要があります。
例えば、1着当たりの販売価格が1万円、変動費が6,000円の商品を考えてみます。
限界利益は4,000円です。
年間固定費が400万円であれば、損益分岐点販売数量は1,000着になります。
年間1,000着を販売して、ようやく固定費を回収できる計算です。
ここで、年間100万円の営業利益を確保したい場合には、固定費400万円と目標利益100万円の合計500万円を限界利益で回収する必要があります。
500万円を1着当たり4,000円で割ると、必要販売数量は1,250着です。
つまり、年間1,250着を販売する必要があります。
この数字を月間に換算すると、約104着です。
経営者は、この販売数量が現実的に達成できるかを検討する必要があります。
例えば、月間の購入顧客数が50人であれば、顧客1人当たり平均2着以上の購入が必要になります。
販売目標を単なる希望的な数字ではなく、顧客数や購入単価などの具体的な根拠に基づいて設定することが重要です。
ブランド価値を高めることが価格競争を避ける鍵になる
小規模ファッションブランドが大手企業と価格競争を行うことは容易ではありません。
大手企業は、大量仕入れや大量生産によって製造原価を引き下げられる場合があります。
一方、小規模ブランドでは、生産数量が限られるため、同じような価格で販売すると利益を確保しにくくなります。
そのため、独自の価値を提供することが重要です。
例えば、デザインの独自性、素材の品質、縫製技術、着心地、商品の希少性などが考えられます。
また、商品の製作背景やブランドの考え方を顧客に伝えることも、ブランド価値の形成につながります。
ただし、ブランド価値は経営者が一方的に主張するだけでは成立しません。
顧客がその価値を認め、実際に購入することによって初めて経済的な意味を持ちます。
そのため、顧客の反応やリピート購入率などを継続的に確認する必要があります。
価格競争を避けるためには、単に高い価格を設定するのではなく、その価格に見合う価値を提供し続けることが重要です。
日暮里繊維街の産業集積を経営に生かす
日暮里繊維街には、生地や革、ボタンなどを扱う専門店が集まっています。
小規模ファッションブランドにとって、このような産業集積は重要な経営資源になります。
例えば、商品開発の段階で複数の素材を比較し、品質や価格を確認することができます。
また、材料の追加調達が必要になった場合にも、近隣の店舗を利用できることは利点です。
さらに、専門店の持つ商品知識や業界情報を活用することで、新しい商品開発の可能性が広がります。
ただし、地域内で調達することが常に最も安価であるとは限りません。
仕入価格だけでなく、輸送費、納期、品質、最低発注数量などを総合的に比較する必要があります。
例えば、遠方の仕入先の方が単価は安くても、最低発注数量が大きければ、在庫負担が増える可能性があります。
一方、近隣の専門店で必要な数量だけ購入できれば、単価が多少高くても資金繰りの面で有利になる場合があります。
地域の産業集積を活用する際には、単純な仕入価格だけでなく、事業全体のコストとリスクを考えることが重要です。
税理士と中小企業診断士による経営管理支援
小規模ファッションブランドでは、経営者自身が商品開発や販売に多くの時間を使うため、会計や経営管理が後回しになりがちです。
しかし、利益を確保するためには、商品別の採算や資金繰りを継続的に把握する必要があります。
税理士は、会計処理や税務の専門知識を通じて、経営者が財務情報を適切に理解できるよう支援できます。
例えば、月次試算表を活用し、売上高、売上総利益、営業利益などの推移を確認する方法です。
また、棚卸資産の評価や消費税の取扱いなど、ファッション関連事業で重要になる税務上の問題についても助言できます。
一方、中小企業診断士は、商品構成、販売チャネル、価格設定、事業計画などの改善を支援できます。
両者が連携することで、会計上の数字と実際の経営活動を結び付けた支援が可能になります。
例えば、売上総利益率が低下している場合、その原因が仕入価格の上昇なのか、値引き販売の増加なのか、商品構成の変化なのかを分析します。
そのうえで、価格改定、仕入方法の見直し、在庫削減などの改善策を検討します。
経営者が数字を理解し、具体的な行動につなげることが重要です。
結論
小規模ファッションブランドが持続的に成長するためには、優れた商品を開発するだけでなく、利益を確保できる経営構造を構築する必要があります。
特に重要なのは、適切な価格設定、商品別の採算管理、在庫リスクの抑制、販売チャネルごとの利益分析です。
売上高が増加しても、製造原価や販売経費が過大であれば、企業の収益力は高まりません。
また、在庫の増加や売掛金の回収遅延によって、黒字企業でも資金繰りが悪化する可能性があります。
東京都荒川区の日暮里繊維街のように、材料調達や専門設備の利用がしやすい地域では、こうした産業集積を活用することが競争力の強化につながります。
さらに、税理士や中小企業診断士などの専門家による伴走支援を通じて、経営者自身が利益構造や資金繰りを理解することが重要です。
小規模ブランドが目指すべきなのは、単に販売数量を増やすことではありません。
顧客に評価される独自の価値を提供し、その対価として適切な利益を確保することです。
売上高の大きさだけにとらわれず、利益率と資金繰りを重視した経営を実践することが、小規模ファッションブランドの持続的な成長につながると考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年10月16日 繊維の街・日暮里発、ファッション特化の起業支援 手厚い伴走で定着