人生100年時代において、健康を維持することと同じくらい重要なのが、人とのつながりを保つことです。
定年退職によって職場の人間関係が減少したり、子どもの独立によって家族との生活が変化したりする中で、高齢期の孤独や社会的孤立が大きな課題となっています。
こうした中、スポーツクラブが果たす役割に注目が集まっています。
スポーツ庁が2025年度に実施した世論調査では、複数人で行うスポーツを実施する人ほど、幸福度が高い傾向が確認されました。
幸福度を10点満点で尋ねたところ、テニスは7.51点、ゴルフは7.32点、バドミントンは7.30点でした。
一方、ウォーキングは6.74点、サイクリングは6.78点、筋力トレーニングは6.99点でした。
複数人で行うスポーツの方が、比較的高い幸福度を示しています。
もちろん、この結果だけで、複数人で運動することが幸福度を高めると断定することはできません。
しかし、スポーツには身体機能の維持だけでなく、人との交流や社会参加を促す可能性があります。
今回は、スポーツクラブと幸福度の関係を整理するとともに、退職後の人間関係、孤独や社会的孤立、健康寿命、地域社会、人生100年時代の生活設計について考えてみます。
複数人で運動する人ほど幸福度が高い傾向
スポーツ庁の2025年度の世論調査では、実施しているスポーツの種類によって幸福度に違いが見られました。
幸福度を10点満点で評価した結果、テニスは7.51点、ゴルフは7.32点、バドミントンは7.30点となっています。
これに対して、ウォーキングは6.74点、サイクリングは6.78点、筋力トレーニングは6.99点でした。
テニスとウォーキングを比較すると、幸福度には0.77点の差があります。
この結果から、複数人でスポーツを楽しむことと幸福度の高さには、一定の関連があると考えられます。
スポーツには、身体を動かすことに加えて、他人と会話したり、共通の目標に向かって活動したりする特徴があります。
例えば、テニスでは対戦相手や練習仲間との交流が生まれます。
ゴルフでは、長時間にわたって一緒にプレーすることで、会話や人間関係を深める機会があります。
バドミントンでも、練習や試合を通じて仲間とのつながりが生まれます。
ただし、これらの数値はスポーツの種類と幸福度の関連を示したものです。
もともと幸福度が高い人が、複数人で行うスポーツに参加しやすい可能性もあります。
また、年齢や所得、健康状態などの違いが結果に影響していることも考えられます。
それでも、運動を通じた人間関係には、身体的な健康とは別の価値があることを示唆しています。
定年退職によって人間関係が大きく変化する
高齢期の人間関係を考えるうえで、大きな転機となるのが定年退職です。
現役時代には、職場を通じて同僚や取引先など、多くの人と接する機会があります。
仕事上の会話や会議、昼食なども、人との交流の一部です。
しかし、退職すると、こうした日常的な交流が大幅に減少する場合があります。
特に長年同じ企業に勤務してきた人ほど、人間関係が職場中心になっていることがあります。
退職後に地域社会とのつながりが十分にない場合、外出する機会や人と会話する機会が減少する可能性があります。
また、配偶者や家族がいても、家庭以外の人間関係が少なくなることはあります。
そのため、退職後の生活設計では、金融資産や年金だけでなく、人間関係についても準備する必要があります。
例えば、60歳以降も働き続ける場合には、仕事を通じた社会的なつながりを維持できます。
一方、退職後は趣味や地域活動、ボランティアなどを通じて、新たな人間関係を築くことが重要になります。
スポーツクラブは、こうした人間関係を形成する場所の一つと考えられます。
スポーツクラブには第三の居場所としての役割がある
人間関係を考える際に注目したいのが、家庭でも職場でもない第三の居場所という考え方です。
現役時代には、家庭と職場が生活の中心になりがちです。
しかし、退職すると職場という居場所がなくなります。
そのとき、家庭以外にも定期的に通える場所があることは、生活の充実につながる可能性があります。
スポーツクラブは、そのような第三の居場所になり得ます。
例えば、毎週決まった曜日にスポーツクラブへ通うことで、顔なじみの利用者や指導者との交流が生まれます。
最初は簡単な挨拶だけでも、継続して通ううちに会話が増えることがあります。
共通の運動プログラムに参加すれば、自然に仲間意識が生まれる場合もあります。
こうした人間関係は、仕事上の役職や肩書とは関係がありません。
同じ運動を楽しむ参加者として、対等な関係を築きやすいことも特徴です。
ただし、すべてのスポーツクラブが交流に適しているわけではありません。
24時間営業の小規模ジムなどでは、利用者が個別にトレーニングすることを重視している場合もあります。
人との交流を目的とする場合には、スタジオプログラムやグループレッスンなどが充実した施設を選ぶことも考えられます。
孤独と社会的孤立は異なる問題である
高齢期の人間関係を考える際には、孤独と社会的孤立の違いを理解することも重要です。
孤独とは、本人が人とのつながりが不足していると感じる主観的な状態です。
一方、社会的孤立とは、人との接触や社会参加が少ない客観的な状態を指します。
例えば、一人暮らしであっても、友人や地域社会との交流が充実していれば、必ずしも孤独を感じるとは限りません。
反対に、家族と同居していても、十分な理解や交流が得られなければ、孤独を感じる場合があります。
また、人と接する機会が多くても、本人が孤独を感じていることもあります。
そのため、孤独や社会的孤立への対策では、単純に人と会う回数を増やすだけでは不十分です。
本人が安心して参加できる場所や、無理なく継続できる人間関係をつくることが重要になります。
スポーツクラブには、共通の活動を通じて交流できるという特徴があります。
会話そのものを目的としなくても、運動を一緒に楽しむ中で自然に関係が生まれる可能性があります。
こうした仕組みは、地域社会における孤独や社会的孤立への対策としても注目する価値があります。
人とのつながりは健康寿命にも関係する
人間関係は、精神的な充実だけでなく、健康状態とも関係しています。
社会的な孤立や孤独は、心身の健康に悪影響を及ぼす可能性があることが、さまざまな研究で指摘されています。
例えば、人との交流が少なくなると、外出や身体活動の機会が減少する場合があります。
また、生活上の困りごとを相談できる相手が少なければ、問題を抱え込みやすくなることも考えられます。
一方、定期的に人と交流する機会があれば、生活に一定のリズムが生まれます。
スポーツクラブへ通う予定があることで、外出するきっかけにもなります。
さらに、仲間と一緒に運動することで、運動習慣を継続しやすくなる可能性があります。
ただし、人間関係が多ければ必ず健康になるというわけではありません。
人付き合いが負担になる場合もあります。
重要なのは、人間関係の数だけでなく、本人にとって心地よい関係を維持できることです。
健康寿命を延ばすためには、身体機能の維持とともに、社会的なつながりを保つことも重要な視点になります。
高齢者の体力向上を社会参加につなげる
スポーツ庁の2025年度体力・運動能力調査では、60代から70代の男女の体力が長期的に向上していることが明らかになりました。
2001年度の体力合計点を100%とした場合、2025年度の60代男性は114.1%、女性は118.2%となっています。
70代でも男性109.8%、女性114.7%と改善しています。
この結果は、高齢者の社会参加を考えるうえでも重要です。
身体機能を維持できれば、スポーツや趣味、旅行、地域活動などに参加しやすくなります。
また、健康状態が良好であれば、60歳以降も働くことを選択できる可能性があります。
ただし、体力が向上しているからといって、すべての高齢者が積極的な社会参加を希望しているわけではありません。
一人で過ごす時間を大切にする人もいます。
重要なのは、本人の希望に応じて、社会参加の機会を選べることです。
スポーツクラブや地域の運動教室は、その選択肢の一つになります。
高齢者の体力向上を、単なる健康指標の改善にとどめず、生活の充実や社会参加につなげていくことが望まれます。
スポーツクラブ離れが地域の交流機会を減らす可能性
一方、スポーツ庁の調査では、成人男女のスポーツクラブ加入率が長期的に低下していることも明らかになりました。
特に35歳から39歳の女性では、2001年度の30.3%から2025年度の10.1%へと減少しています。
45歳から49歳の女性でも、32.2%から15.5%へと低下しました。
スポーツクラブへの加入率が低下する背景には、仕事や家事による時間的制約、スマートフォンの普及による余暇時間の変化などがあると考えられています。
ただし、クラブ加入率の低下が、そのまま人間関係の減少を意味するわけではありません。
自宅での運動やウォーキングなど、クラブに所属しない運動方法もあります。
また、地域活動や趣味の集まりなど、スポーツクラブ以外にも交流の機会はあります。
それでも、スポーツクラブへの参加が減少することによって、運動を通じた交流機会が減る可能性には注意が必要です。
特に働く世代では、仕事と家庭以外の人間関係を築く時間が限られがちです。
そのため、スポーツクラブだけでなく、地域の公園や公共施設などを活用して、気軽に運動や交流ができる環境を整えることが重要になります。
地域スポーツは孤独対策と健康づくりを両立できる
地域社会では、高齢化や人口減少によって、人とのつながりを維持することが課題となっています。
特に一人暮らしの高齢者では、外出や交流の機会が少なくなる場合があります。
こうした中、地域スポーツには健康づくりと交流を同時に実現できる可能性があります。
例えば、公民館や体育館で開催される体操教室があります。
地域のウォーキンググループや軽いスポーツの集まりも考えられます。
こうした活動は、民間のスポーツクラブと比較して費用を抑えられる場合があります。
また、自宅から近い場所で開催されれば、移動の負担も小さくなります。
ただし、地域によって公共施設の数や交通環境には違いがあります。
地方では自動車を利用しなければ参加できない場合もあり、高齢者にとって移動手段の確保が課題になります。
そのため、地域スポーツを普及させるには、施設整備だけでなく、交通手段や開催時間などにも配慮する必要があります。
行政、地域団体、民間事業者が連携し、誰もが参加しやすい環境を整えることが重要です。
スポーツを通じた人間関係は企業の健康経営にも役立つ
スポーツを通じた交流は、高齢者だけでなく、働く世代にとっても意味があります。
企業では、従業員の健康維持を支援する健康経営への関心が高まっています。
健康経営というと、健康診断や生活習慣病対策などを思い浮かべるかもしれません。
しかし、従業員同士の交流や職場の人間関係も重要な要素です。
例えば、社内のウォーキングイベントやスポーツ活動を通じて、普段は接点の少ない部署の従業員が交流する機会をつくることができます。
また、オンライン勤務が多い企業では、対面での交流機会を補う方法にもなります。
ただし、スポーツ活動への参加を強制することは適切ではありません。
運動能力や健康状態、家庭環境などによって、参加しやすさには違いがあります。
スポーツが苦手な人や、身体的な理由で参加が難しい人への配慮も必要です。
重要なのは、従業員が自分の希望に応じて参加できることです。
また、運動を伴わない交流の機会も用意することが望まれます。
企業の健康経営では、身体的な健康だけでなく、精神的、社会的な健康にも目を向ける必要があります。
人生100年時代には人間関係も重要な資産になる
人生100年時代の生活設計では、金融資産の準備が重視されています。
預貯金、株式、投資信託、公的年金などを組み合わせて、長い老後に備えることが重要です。
しかし、金融資産が十分にあっても、人とのつながりが少なければ、生活の充実を感じにくい場合があります。
反対に、経済的に大きな余裕がなくても、家族や友人、地域社会との関係が充実していれば、日々の生活に満足感を得られることがあります。
その意味で、人間関係も老後の重要な資産と考えることができます。
特に60歳以降は、職場中心の人間関係から、趣味や地域活動を通じた人間関係へと生活の軸が変化する場合があります。
そのため、退職してから新たな人間関係を築こうとするだけでなく、現役時代から仕事以外のつながりを持つことが望まれます。
例えば、週末にスポーツクラブへ通うことも一つの方法です。
同じ時間帯に継続して通うことで、顔なじみの利用者が増える可能性があります。
また、地域の運動教室やスポーツイベントに参加することも考えられます。
ただし、人間関係の形成を目的として、無理に交流を増やす必要はありません。
本人が心地よいと感じる距離感を保つことが大切です。
健康資産、金融資産、人間関係という3つの資産をバランスよく育てることが、人生100年時代の生活設計では重要になるでしょう。
孤独を防ぐためには運動を続けられる仕組みが必要になる
スポーツを通じた人間関係を維持するためには、運動を継続できることが重要です。
最初は意欲的にスポーツクラブへ加入しても、仕事や家庭の事情によって通えなくなる場合があります。
また、年齢を重ねるにつれて、体力や健康状態が変化することもあります。
そのため、長期間継続できる運動方法を選ぶ必要があります。
例えば、週1回の運動教室に参加する方法があります。
毎日決まった時間に近所を歩き、顔なじみの人と挨拶を交わすことも、社会的なつながりを維持するきっかけになります。
また、体力が低下した場合には、運動の強度を下げたり、参加する活動を変更したりすることも考えられます。
重要なのは、運動能力が低下したからといって、社会参加の機会まで失わないことです。
スポーツクラブや地域の運動施設には、年齢や体力に応じて参加できる多様なプログラムが求められます。
さらに、運動が難しい人でも交流できる仕組みを整えることが重要です。
運動を通じた交流を継続できる環境は、高齢期の孤独や社会的孤立を防ぐための一つの支えになると考えられます。
結論
スポーツ庁の2025年度の世論調査では、複数人で行うスポーツを実施する人ほど、幸福度が高い傾向が確認されました。
テニスは7.51点、ゴルフは7.32点、バドミントンは7.30点と、ウォーキングや筋力トレーニングなどと比較して高い数値となっています。
ただし、この結果だけで複数人で運動することが幸福度を高めると断定することはできません。
それでも、スポーツには身体機能の維持だけでなく、人との交流や社会参加を促す可能性があります。
特に人生100年時代では、退職後の人間関係をどのように維持するかが重要な課題になります。
職場を通じた人間関係が減少する中、スポーツクラブや地域の運動教室は、新たなつながりを築く場所になり得ます。
また、運動を通じた交流は、孤独や社会的孤立への対策としても期待されます。
ただし、スポーツクラブへの参加がすべての人に適しているわけではありません。
健康状態や経済状況、本人の希望に応じて、さまざまな交流の機会を選べることが重要です。
老後の生活設計では、金融資産の準備だけでなく、健康資産と人間関係の維持にも目を向ける必要があります。
健康を維持することで活動の選択肢が広がり、人とのつながりによって生活の充実が高まる可能性があります。
スポーツクラブは、単に身体を鍛える場所ではありません。
人と出会い、交流し、社会とのつながりを維持する場所としても価値があります。
人生100年時代において、運動習慣を通じて健康と人間関係を同時に育てることは、長い老後を豊かに過ごすための重要な生活戦略になるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月12日朝刊 進むスポーツクラブ離れ、休みは運動よりスマホ 働く世代の女性顕著
スポーツ庁 2025年度体力・運動能力調査
スポーツ庁 2025年度スポーツの実施状況等に関する世論調査
内閣府 2024年版高齢社会白書
内閣府 孤独・孤立対策に関する施策資料
世界保健機関 2020年 身体活動及び座位行動に関するガイドライン