株式市場では、企業の重要な未公開情報を知った関係者が、その情報が公表される前に株式を売買するインサイダー取引が禁止されています。
この考え方が暗号資産市場にも本格的に導入されます。
暗号資産は24時間世界中で取引され、価格が短時間で大きく動くことがあります。
さらに、新しい暗号資産の発行、取引所への新規取扱い、技術仕様の変更など、価格を大きく動かす可能性のある情報もあります。
一部の関係者だけがこうした情報を事前に知り、一般投資家より先に売買できるのであれば、公正な市場とはいえません。
暗号資産を金融商品として位置付ける制度整備では、税制だけでなく市場の公平性をどのように確保するかが重要になります。
インサイダー取引とは何か
インサイダー取引とは、一般に、投資判断に大きな影響を与える未公開の重要情報を知った関係者が、その情報が公表される前に金融商品を売買する行為を指します。
株式市場で考えると分かりやすいでしょう。
例えば上場会社が巨額の利益を計上することを決算発表前に知った役員が、発表前に自社株を購入したとします。
好決算が公表されて株価が上昇すれば、その役員は一般投資家が知らなかった情報を利用して利益を得たことになります。
このような取引を許せば、市場参加者の間に大きな不公平が生じます。
そのため、株式市場では法律によってインサイダー取引が規制されています。
なぜ暗号資産にもインサイダー規制が必要なのか
暗号資産についても、投資対象としての性格が強くなっています。
多くの投資家が値上がりを期待してビットコインなどを購入しています。
ETFやデリバティブなどを通じて、既存の金融市場とのつながりも強まっています。
市場規模が大きくなれば、一般投資家が安心して取引できる環境が必要です。
一部の関係者だけが重要情報を利用して利益を得られる市場では、投資家の信頼を維持できません。
暗号資産を金融商品として扱うのであれば、価格形成の公平性についても金融市場としてのルールが必要になります。
株式では会社という情報の中心がある
株式のインサイダー規制では、情報の中心となる会社が比較的明確です。
決算情報。
新製品の開発。
企業買収。
増資。
業績予想の大幅な変更。
こうした情報は、基本的には上場会社の事業活動から生まれます。
そのため、会社役員や従業員、取引先など、重要情報に接する可能性のある関係者を考えやすい面があります。
これに対して暗号資産では、情報が生まれる場所が必ずしも一つの会社とは限りません。
ここに暗号資産特有の難しさがあります。
暗号資産には発行会社が存在しない場合がある
ビットコインには、一般企業の株式のような発行会社がありません。
分散型ネットワークによって運営されているからです。
そのため、株式市場のインサイダー規制をそのまま暗号資産へ当てはめればよいわけではありません。
一方、すべての暗号資産がビットコインと同じ仕組みでもありません。
特定の企業や財団、開発チームなどが大きな影響力を持つ暗号資産もあります。
暗号資産ごとに、誰が重要情報を持ち得るのかが異なる可能性があります。
取引所への新規取扱い情報は価格を動かす可能性がある
暗号資産特有の重要情報として考えられるものの一つが、取引所での新規取扱いに関する情報です。
ある暗号資産が大手取引所で新たに取り扱われることになれば、その暗号資産を購入できる投資家が増える可能性があります。
その期待から価格が大きく動くことも考えられます。
もし取引所の関係者が新規取扱いの決定を公表前に知り、その暗号資産を先回りして購入すれば、一般投資家との公平性が問題になります。
株式の重要事実とは形が違っても、市場価格へ大きな影響を与える未公開情報という点では共通します。
暗号資産の技術変更も重要情報になり得る
暗号資産では、ネットワークやプログラムの仕様変更が価格に影響することがあります。
大規模なアップデート。
ネットワークの分岐。
新しい機能の導入。
重大な技術上の問題。
セキュリティー上の脆弱性。
こうした情報によって、暗号資産の利用価値や将来性に対する市場の評価が変わる可能性があります。
開発者など限られた関係者が重要情報を事前に把握するケースも考えられます。
暗号資産市場では、企業業績だけではなく技術情報そのものが重要な投資情報になる場合があります。
大量保有者の行動も価格へ影響する
暗号資産では、一部の投資家や関係者が大量の暗号資産を保有している場合があります。
こうした大口保有者の取引は市場価格へ大きな影響を与える可能性があります。
ただし、大量保有者が自分の資産を売買したというだけで直ちにインサイダー取引になるわけではありません。
重要なのは、規制対象となる未公開情報を利用して取引したかどうかです。
価格へ影響を与える大口取引と、未公開情報を利用したインサイダー取引は分けて考える必要があります。
情報を聞いた人にも問題が及ぶ可能性がある
株式市場では、会社関係者本人だけがインサイダー取引規制の問題になるわけではありません。
重要な未公開情報を関係者から伝えられた人についても、一定の場合には規制の対象となります。
暗号資産でも市場規制が整備されれば、情報を最初に持っていた人だけではなく、その情報を受け取って取引した人の扱いが重要になります。
知人から絶対に価格が上がる情報を聞いたというだけで安易に売買することには注意が必要です。
情報の出所や公開状況を確認する重要性が高まります。
インサイダー規制と相場操縦は違う
暗号資産市場の不公正取引には、インサイダー取引以外にもさまざまなものがあります。
例えば大量の注文を利用して価格を意図的に動かそうとする行為や、実態以上に取引が活発であるように見せる行為などです。
こうした行為は相場操縦などの問題として考えます。
インサイダー取引は未公開情報の不正利用が中心です。
相場操縦は市場価格や取引状況を人為的にゆがめることが中心です。
どちらも市場の公正性を損ないますが、問題となる行為の性質は異なります。
暗号資産市場は24時間動いている
暗号資産市場には、株式市場とは異なる特徴があります。
代表的なのが取引時間です。
株式市場には取引所ごとの取引時間がありますが、暗号資産は基本的に24時間365日取引されています。
重要情報が深夜や休日に公表されれば、その直後から世界中で価格が動く可能性があります。
さらに複数の国や地域の取引所で同じ暗号資産が売買されています。
市場監視を考えるうえでも、既存の株式市場とは異なる難しさがあります。
海外取引との関係も課題になる
暗号資産は国境を越えて取引できます。
日本の投資家が海外取引所を利用することも可能です。
そのため、日本国内の市場規制だけですべての取引を監視できるわけではありません。
どの取引が日本の規制対象となるのか。
海外で行われた取引をどのように扱うのか。
各国の規制当局がどのように連携するのか。
暗号資産の金融商品化では、こうした国際的な市場監視も重要な課題になります。
税制改正と市場規制は表裏一体になる
2028年から一定の暗号資産取引について、20%を基本とする申告分離課税が導入される見込みです。
一定の損失については3年間の繰越控除も設けられます。
税制だけを見ると、暗号資産が株式などに近づく改革です。
しかし同時に、金融商品としての規制も強化されます。
税制上は投資商品として扱いやすくする。
その一方で、インサイダー取引などの不公正取引を規制する。
さらに取引業者から税務当局への情報報告制度も整備する。
暗号資産を金融資産として認めることと、金融市場としてのルールを求めることはセットになっています。
一般投資家にも情報の扱いが重要になる
インサイダー規制は、取引所や暗号資産の開発者だけの問題とは限りません。
一般投資家にとっても、どのような情報を基に売買しているのかを意識する必要があります。
特に暗号資産市場では、交流サイトや動画、オンラインコミュニティーなどを通じて情報が急速に広がります。
未確認の情報や、情報源が不明な極秘情報をうたう投稿もあります。
制度整備が進めば、単に情報が早いかどうかではなく、その情報がどこから来たのか、すでに公表された情報なのかを確認する重要性が高まります。
結論
暗号資産のインサイダー取引とは、価格に大きな影響を与える可能性のある未公開情報を知った関係者などが、その情報が公表される前に暗号資産を売買することが問題となる仕組みです。
株式市場では企業の決算や企業買収などが代表的な重要情報ですが、暗号資産では取引所での新規取扱い、技術仕様の変更、重大なセキュリティー問題など、暗号資産特有の情報が価格へ影響する可能性があります。
さらに暗号資産には発行会社が存在しないものもあり、24時間世界中で取引されるため、株式市場とは異なる市場監視の難しさがあります。
それでも、一般投資家が知らない重要情報を一部の関係者だけが利用して利益を得る市場では、公正な価格形成は期待できません。
2028年から税制が株式などに近づく一方、金融商品取引法による市場規制も強化されます。
暗号資産の金融商品化とは、税負担を金融商品に近づけるだけではありません。
投資家保護と市場の公平性についても、暗号資産市場に金融市場としてのルールを求めることを意味しています。
参考
日本経済新聞 2026年8月15日朝刊 資産運用の税、ルール点検 暗号資産、28年に税率変更
日本経済新聞 2026年8月15日朝刊 金融商品として規制