スマートフォンの普及によって、私たちの生活は大きく変化しました。
ニュースの閲覧、動画視聴、SNS、買い物、金融取引など、さまざまなことがスマートフォン1台でできる時代になっています。
生活が便利になる一方で、身体を動かす機会が減少している可能性があります。
スポーツ庁が2026年10月11日に公表した2025年度の体力・運動能力調査によると、成人男女のスポーツクラブ加入率は約25年間で大幅に低下しました。
特に35歳から39歳の女性では、2001年度の30.3%から2025年度の10.1%へと減少しています。
スポーツクラブへの加入率が低下する背景について、専門家はスマートフォンや動画視聴サービスの普及によって、画面を見る時間が長くなっている可能性を指摘しています。
ただし、スマートフォンの普及がスポーツクラブ離れの直接的な原因であると証明されたわけではありません。
重要なのは、デジタル機器の利用が日常生活の身体活動にどのような影響を与えているのかという問題です。
今回は、スマートフォンの普及と運動習慣の変化、長時間座ることによる健康リスク、企業の健康経営、人生100年時代の健康管理について考えてみます。
スマートフォンが余暇時間の使い方を変えた
かつて、休日や仕事帰りの余暇時間には、外出して買い物をしたり、スポーツを楽しんだり、友人と交流したりする機会がありました。
もちろん、テレビ視聴や読書など、自宅で過ごす時間もありました。
しかし、スマートフォンの普及によって、余暇時間の過ごし方はさらに多様化しています。
動画配信サービスでは、好きな番組を好きな時間に視聴できます。
SNSでは、友人や知人との交流だけでなく、さまざまな情報を収集できます。
ゲームや電子書籍なども、スマートフォンがあれば手軽に楽しめます。
こうしたサービスは便利である一方、利用時間が長くなると、身体を動かす時間が減少する可能性があります。
特に仕事や家事で疲れている場合、外出して運動するよりも、自宅でスマートフォンを利用する方が手軽に感じられるでしょう。
放送大学の関根紀子教授は、スマートフォンや動画視聴サービスの充実によってスクリーンタイムが長くなっていることが、スポーツクラブ加入率低下の一因となっている可能性を指摘しています。
ただし、スマートフォンの利用時間が増えた分だけ運動時間が減少したと断定することはできません。
それでも、余暇時間の使い方が運動習慣に影響する可能性は、今後の健康政策を考えるうえで重要な視点です。
座りすぎは運動不足とは別の健康問題である
スマートフォンの普及による健康への影響を考える際、注目したいのが座位行動です。
座位行動とは、座ったり横になったりして、身体をほとんど動かさずに過ごす活動を指します。
睡眠は通常、座位行動には含まれません。
例えば、デスクワーク、テレビ視聴、スマートフォンの操作などが代表的です。
ここで重要なのは、運動不足と座りすぎは、必ずしも同じ問題ではないということです。
例えば、毎朝30分のウォーキングをしている人でも、その後の仕事で8時間座り続け、帰宅後も長時間スマートフォンを利用していれば、1日の座位時間は長くなります。
つまり、一定の運動習慣があっても、座りすぎによる健康リスクが残る可能性があります。
世界保健機関は2020年に公表した身体活動及び座位行動に関するガイドラインで、成人に対して座位時間を減らすことを推奨しています。
長時間の座位行動は、心血管疾患や2型糖尿病などの健康リスクと関連することが研究で示されています。
ただし、座位時間と健康リスクの関係には、運動量や年齢、生活習慣なども影響します。
そのため、単純に座っている時間だけで健康状態を判断することはできません。
大切なのは、運動時間を確保することに加えて、日常生活の中で座り続ける時間を減らすことです。
デスクワークとスマートフォンが重なる現代の生活
現代の働く世代では、仕事中も余暇時間も画面を見る生活が一般的になっています。
例えば、朝の通勤電車ではスマートフォンでニュースを確認します。
職場ではパソコンを使用して仕事をします。
昼休みにはスマートフォンでSNSや動画を閲覧します。
帰宅後も、スマートフォンやテレビを見ながら過ごします。
このような生活では、意識的に運動しなければ、身体を動かす機会が少なくなる可能性があります。
特に在宅勤務では、通勤による歩行時間がなくなるため、身体活動量が減少する場合があります。
通勤がなくなった時間を運動に充てられればよいのですが、実際には仕事や家事などに使われることも考えられます。
また、オンライン会議が普及したことで、職場内を移動する機会が減少している場合もあります。
デジタル技術は業務効率を高める一方、身体を動かす必要性を減らす側面もあります。
そのため、デジタル社会では、仕事の効率化と健康管理を両立させる仕組みが求められます。
働く世代の体力低下との関係
スポーツ庁の2025年度調査では、働く世代の体力低下も確認されました。
2001年度の体力合計点を100%とした場合、2025年度の30代女性は96.3%、40代女性は93.6%、40代男性は98.8%となっています。
特に40代女性では6.4%の低下となりました。
一方、60代女性は118.2%、70代女性は114.7%と改善しています。
この結果は、働く世代と高齢世代で体力の変化に違いがあることを示しています。
ただし、今回の調査だけで、スマートフォンの普及が働く世代の体力低下を引き起こしたと判断することはできません。
体力には、運動習慣だけでなく、労働時間、睡眠、食生活、健康状態など、さまざまな要因が関係します。
それでも、働く世代が身体を動かす機会を確保することは重要です。
特に30代から40代は、仕事や家事、育児などによって自由に使える時間が限られやすい時期です。
運動の必要性を理解していても、実際に取り組む時間がないという人も少なくないでしょう。
そのため、運動習慣の改善には、まとまった時間を確保する方法だけでなく、日常生活の中で短時間の身体活動を積み重ねる工夫が必要です。
スマートフォンの長時間利用は睡眠にも影響する
スマートフォンの利用による健康への影響は、身体活動量の減少だけではありません。
睡眠との関係も重要です。
就寝前に動画を視聴したり、SNSを利用したりすることで、予定していた就寝時間が遅くなる場合があります。
また、画面から発せられる光や、刺激の強い情報に触れることが、睡眠に影響する可能性も指摘されています。
睡眠不足が続けば、日中の疲労感が強まり、運動する意欲が低下することも考えられます。
さらに、疲労によって身体を動かす機会が減少すると、生活リズムが乱れるという悪循環が生じる可能性があります。
ただし、スマートフォンの利用がすべて睡眠に悪影響を与えるわけではありません。
利用する時間帯や内容、個人の生活習慣によって影響は異なります。
重要なのは、睡眠時間を削ってまでスマートフォンを利用しないことです。
健康管理では、運動、食事、睡眠を別々に考えるのではなく、相互に関係する生活習慣として捉える必要があります。
高齢者にも広がるデジタル生活と運動習慣
スマートフォンの普及は、若い世代だけの問題ではありません。
高齢者の間でも、スマートフォンを利用してニュースを読んだり、家族と連絡を取ったり、動画を視聴したりする機会が増えています。
デジタル技術は、高齢者の生活を便利にする重要な手段です。
特に外出が難しい人にとって、オンラインで家族や友人と交流できることには大きな意味があります。
一方、長時間の利用によって身体を動かす時間が減少する可能性にも注意が必要です。
高齢期には、筋力やバランス能力の維持が重要になります。
身体活動が不足すると、筋力低下や転倒リスクの増加につながる場合があります。
今回のスポーツ庁の調査では、60代から70代の男女で体力が向上していることが明らかになりました。
これは望ましい変化ですが、今後も同じ傾向が続くとは限りません。
デジタル機器を便利に活用しながら、ウォーキングや筋力トレーニングなどを継続することが大切です。
特に退職後は、通勤や仕事による身体活動が減少する場合があります。
そのため、生活の中に意識的に運動する時間を組み込む必要があります。
企業の健康経営には座りすぎ対策が必要になる
働く世代の座りすぎを改善するためには、企業の役割も重要です。
従来の健康経営では、健康診断の受診促進や生活習慣病対策などが重視されてきました。
今後は、勤務時間中の身体活動量を増やす取り組みも重要になると考えられます。
例えば、長時間座り続けることを避けるため、定期的に立ち上がって身体を動かす方法があります。
オンライン会議の合間に短時間のストレッチを行うことも考えられます。
また、職場内の移動や階段の利用を促進することも、日常的な身体活動量を増やす手段になります。
在宅勤務の場合には、休憩時間に短時間のウォーキングを取り入れる方法もあります。
ただし、こうした取り組みを従業員の自主性だけに任せると、仕事が忙しい人ほど実践できなくなる可能性があります。
そのため、企業が休憩を取りやすい勤務環境を整えることが重要です。
スポーツ庁は2027年度から、従業員の運動習慣づくりに取り組む企業への支援を強化する方針です。
健康経営を進める企業にとって、座りすぎ対策は今後の重要なテーマになるでしょう。
デジタル技術を健康づくりに活用する
スマートフォンは運動時間を減らす要因になる可能性がある一方、健康づくりを支援する道具にもなります。
例えば、スマートフォンの歩数計機能を利用すれば、日常生活の身体活動量を把握できます。
運動習慣がない人でも、まず自分が1日にどれくらい歩いているのかを確認することから始められます。
また、健康管理アプリを利用すれば、運動時間や睡眠時間などを記録できます。
オンラインの運動動画を活用すれば、自宅にいながら筋力トレーニングやストレッチに取り組むこともできます。
仕事や家事で忙しい人にとって、移動時間を必要としない運動方法は有効な選択肢です。
ただし、健康管理アプリを利用すること自体が目的になってはいけません。
歩数や運動時間などの数値を過度に気にすると、かえって負担になる場合があります。
また、健康状態によって適切な運動量は異なります。
重要なのは、デジタル技術を活用して、自分に合った運動習慣を無理なく継続することです。
スマートフォンを運動不足の原因として捉えるだけでなく、健康管理の道具として活用する視点も必要です。
毎日の生活に短時間の運動を取り入れる
運動不足や座りすぎを改善するために、必ずしもスポーツクラブへ通う必要はありません。
日常生活の中で身体を動かす機会を増やすことも重要です。
例えば、朝起きてから10分程度のストレッチや体操を行う方法があります。
通勤時に少し長く歩いたり、階段を利用したりすることも考えられます。
昼休みに短時間のウォーキングを取り入れることも有効です。
帰宅後には、自宅で軽い筋力トレーニングを行う方法もあります。
世界保健機関は成人に対し、週150分から300分の中強度の有酸素性身体活動、またはそれに相当する活動を推奨しています。
さらに、週2日以上の筋力強化活動も推奨しています。
ただし、運動習慣がない人が最初から高い目標を設定する必要はありません。
まずは現在より少しでも身体活動量を増やすことが大切です。
また、座りすぎを防ぐためには、一定時間ごとに立ち上がって身体を動かすことも考えられます。
運動時間を確保することと、長時間座り続けないことの両方を意識する必要があります。
人生100年時代にはデジタルとの付き合い方が重要になる
人生100年時代では、健康状態を維持することが、長く働き、充実した生活を送るための重要な条件になります。
金融資産を十分に準備していても、健康状態が悪化すれば、旅行や趣味、仕事などの選択肢が狭まる可能性があります。
反対に、健康を維持できれば、高齢期になってもさまざまな活動を続けやすくなります。
その意味で、運動習慣は長期的な健康投資と考えることができます。
デジタル技術が進歩するほど、私たちの生活は便利になります。
しかし、便利になることと、健康的な生活を送れることは必ずしも同じではありません。
移動しなくても買い物ができ、外出しなくても娯楽を楽しめる社会では、意識的に身体を動かす必要性が高まります。
特に60歳以降も働き続ける場合には、長時間のデスクワークやスマートフォン利用と、運動習慣とのバランスを考えることが重要です。
例えば、朝と夜に短時間の運動を行い、週末にはスポーツクラブや地域の運動施設を利用する方法もあります。
大切なのは、デジタル技術を否定することではありません。
便利な技術を活用しながら、健康を維持できる生活習慣を確立することです。
結論
スマートフォンの普及によって、私たちの余暇時間の使い方は大きく変化しました。
動画視聴やSNSなどを手軽に楽しめる一方、身体を動かす時間が減少する可能性があります。
スポーツ庁の2025年度調査では、成人男女のスポーツクラブ加入率が長期的に低下していることが明らかになりました。
特に働く世代の女性で減少幅が大きく、運動習慣を維持するための時間的制約が課題となっています。
ただし、スマートフォンの普及がスポーツクラブ離れや体力低下の直接的な原因であると断定することはできません。
重要なのは、デジタル社会において身体活動量をどのように確保するかという問題です。
また、運動不足と座りすぎは、関連しているものの異なる健康課題です。
一定の運動習慣があっても、長時間座り続ける生活には注意が必要です。
今後は、企業の健康経営や地域社会の健康政策においても、座りすぎを減らす取り組みが重要になるでしょう。
人生100年時代において、健康は金融資産と同じように長期的な視点で維持していくべき重要な資産です。
スマートフォンを使わない生活に戻ることは現実的ではありません。
むしろ、デジタル技術を上手に活用しながら、身体を動かす時間を意識的に確保することが求められます。
便利さを追求するだけでなく、健康を維持するための時間も大切にすることが、これからのデジタル社会に必要な生活習慣ではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月12日朝刊 進むスポーツクラブ離れ、休みは運動よりスマホ 働く世代の女性顕著
スポーツ庁 2025年度体力・運動能力調査
世界保健機関 2020年 身体活動及び座位行動に関するガイドライン
厚生労働省 2024年 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023