人口減少が進む日本では、地方自治体の財政運営が大きな転換点を迎えています。
これまで地方創生政策では、都市部から地方への移住を促し、定住人口を増やすことが重視されてきました。しかし、全国的に人口が減少するなかで、すべての自治体が定住人口を増やし続けることは現実的ではありません。
そこで注目されているのが、都市部と地方の双方に生活拠点を持つ二地域居住です。
2026年8月末時点で、全国二地域居住等促進官民連携プラットフォームに参画する自治体は813自治体となり、5年間で約3割増加しました。
二地域居住者が増えれば、地域の商店や飲食店の売上が増加し、空き家の活用や地域活動の担い手確保にもつながる可能性があります。
一方で、自治体財政の観点からは新しい問題が生じます。
住民票を移さずに地方で生活する人が増えても、その自治体の住民基本台帳人口は増加しません。
しかし、二地域居住者も道路、ごみ処理、消防、公共施設などの行政サービスを利用します。
つまり、行政サービスを利用する人が増えても、それに見合う税収や地方交付税が必ずしも増えるわけではないのです。
今回は、二地域居住と自治体財政の関係について、地方税、地方交付税、行政サービスの費用負担、地域経済への波及効果などを整理しながら、人口減少社会における地方財政のあり方を考えます。
地方自治体の財政は人口と深く関係している
地方自治体の財政は、住民税、固定資産税、地方消費税交付金、地方交付税、国庫支出金など、さまざまな財源によって支えられています。
このうち、人口と密接に関係するのが個人住民税と地方交付税です。
個人住民税は、原則として毎年1月1日時点の住所地で課税されます。
例えば、東京都内に生活の本拠がある会社員が、栃木県那須町に週末用の住宅を持っている場合です。
住民票を東京に置き、実際の生活の本拠も東京にあるのであれば、所得に応じた個人住民税は原則として東京の住所地で課税されます。
那須町で週末を過ごしていても、その所得に対する個人住民税が那須町に配分されるわけではありません。
一方、地方交付税は、自治体間の財政力格差を調整し、全国で一定水準の行政サービスを提供できるようにする制度です。
普通交付税は、原則として基準財政需要額から基準財政収入額を差し引いた財源不足額を基礎として算定されます。
基準財政需要額の算定には、人口、面積、道路延長など、さまざまな指標が用いられます。
このため、人口は地方財政を考えるうえで重要な要素となっています。
二地域居住者は住民基本台帳人口に含まれない
二地域居住の特徴は、主な生活拠点を維持しながら、別の地域にも継続的に滞在することです。
例えば、東京に住民票を置く人が、年間100日を地方で過ごしていたとしても、住民票を移していなければ、原則として地方の住民基本台帳人口には含まれません。
そのため、二地域居住者が増えても、自治体の住民基本台帳人口が直接増えるわけではありません。
もっとも、地方交付税の算定で用いられる人口は、国勢調査人口など、費目や算定方法によって異なります。
したがって、住民基本台帳人口が増えないことと、地方交付税が一切増えないことを単純に同一視することはできません。
また、二地域居住者が地域で消費活動を行えば、地域経済の拡大を通じて税収に間接的な影響を与える可能性があります。
しかし、少なくとも二地域居住者の人数が増えたという理由だけで、地方交付税が自動的に増額される仕組みにはなっていません。
ここに、二地域居住を推進する自治体が直面する財政上の課題があります。
行政サービスの利用者と納税者が一致しない問題
地方自治体は、地域で生活する人々にさまざまな行政サービスを提供しています。
道路の整備や維持管理、ごみ処理、消防、防災、公園、公共施設などです。
二地域居住者も、こうしたサービスを利用します。
例えば、地方に週末住宅を持つ人が、年間100日滞在する場合を考えます。
滞在期間中は地域の道路を利用し、ごみを排出し、消防や救急サービスを必要とする可能性があります。
しかし、所得に応じた個人住民税は、原則として生活の本拠がある自治体で課税されます。
そのため、滞在先自治体では行政サービスの利用が増えても、個人住民税の所得割が直接増えるわけではありません。
もっとも、行政サービスには利用者が増えても追加費用がほとんど発生しないものと、利用者数に応じて費用が増えるものがあります。
例えば、既存の道路を利用する人が多少増えても、直ちに道路維持費が大幅に増加するとは限りません。
一方、ごみ処理や水道などは、利用量の増加に応じて費用が増える場合があります。
したがって、二地域居住者が増えることによる財政負担は、行政サービスの種類や地域の受け入れ能力によって異なります。
自治体には、利用者の増加による費用と地域経済への効果を総合的に把握することが求められます。
家屋敷課税は二地域居住者の負担を調整する仕組み
住民票を置かない自治体でも、一定の条件を満たす住宅を所有または利用している場合には、個人住民税の均等割が課税されることがあります。
一般に家屋敷課税と呼ばれる制度です。
例えば、東京都内に住所があり、栃木県那須町に週末住宅を所有している場合です。
那須町の住宅が税法上の家屋敷に該当すれば、那須町でも個人住民税の均等割が課税される可能性があります。
個人住民税の均等割の標準税率は、市町村民税が年間3,000円、道府県民税が年間1,000円です。
合計すると年間4,000円となります。
ただし、自治体独自の超過課税などによって実際の税額が異なる場合があります。
家屋敷課税は、住所地以外の自治体でも行政サービスを利用する機会があることを踏まえた制度です。
しかし、年間数千円程度の均等割だけで、二地域居住者が利用する行政サービスの費用をすべて賄えるとは限りません。
また、家屋敷課税は、二地域居住者すべてに一律に課税される制度ではありません。
ホテルや短期滞在施設を利用する人など、家屋敷を有していない場合には、通常は対象となりません。
二地域居住の形態が多様化するなかで、既存の税制だけでは行政サービスの受益と負担を十分に調整できない可能性があります。
固定資産税は自治体にとって重要な財源になる
二地域居住者が地方に住宅を購入する場合、自治体にとっては固定資産税収が期待できます。
固定資産税は、原則として毎年1月1日時点の土地や家屋の所有者に対し、その所在地の市町村が課税します。
例えば、地方の空き家を購入し、二地域居住用の住宅として改修した場合です。
住宅を所有する人が地域外に住んでいても、固定資産税は住宅所在地の自治体に納められます。
ただし、ここで注意したいのは、既存の空き家が売買されただけでは、必ずしも自治体の固定資産税収が増えるわけではないという点です。
空き家の所有者が変わっても、従来から固定資産税が課税されていた場合には、税収が大きく変わらないこともあります。
一方、住宅の改修や建て替えによって固定資産の評価が変われば、税額に影響する可能性があります。
また、空き家が適切に管理されることで、周辺環境の悪化を防ぐ効果も期待できます。
二地域居住による空き家活用は、税収の増加だけでなく、地域の住宅資産を維持するという意味でも重要です。
二地域居住者の消費は自治体税収につながるのか
二地域居住者が増えれば、地域内の消費が拡大する可能性があります。
例えば、年間100日滞在する二地域居住者が、地域内で1日当たり3,000円を消費すると仮定します。
年間の地域内消費額は30万円になります。
同じ条件の二地域居住者が1,000人いれば、年間3億円の消費が生まれる計算です。
さらに、5,000人になれば年間15億円です。
これは単純なモデル計算ですが、二地域居住者が地域経済に与える影響を考えるうえで参考になります。
ただし、地域内消費額がそのまま自治体の税収になるわけではありません。
例えば、飲食店や商店の売上が増加すれば、事業者の利益や雇用が増える可能性があります。
その結果、法人住民税や個人住民税などの税収に間接的な影響を与える場合があります。
また、消費税に関連する地方消費税交付金も自治体財政の財源の一つです。
ただし、地方消費税交付金は、個々の店舗で発生した消費税額がそのまま店舗所在地の市町村に配分される仕組みではありません。
都道府県間の清算や市町村への交付には、法令で定められた算定方法が用いられます。
したがって、二地域居住者による消費拡大が自治体財政にどの程度寄与するかは、地域の産業構造や税収の仕組みを踏まえて検証する必要があります。
二地域居住の経済効果を具体的に試算する
ここで、人口5,000人の地方自治体が二地域居住者を1,000人受け入れるケースを考えます。
二地域居住者の年間滞在日数を60日、地域内消費額を1日当たり5,000円と仮定します。
1人当たりの年間消費額は30万円です。
1,000人では年間3億円になります。
さらに、二地域居住者のうち100人が地域の空き家を購入し、1戸当たり300万円の改修工事を行ったと仮定します。
改修工事の総額は3億円です。
仮に工事のすべてを地域内事業者が受注した場合、地域内に3億円の工事需要が生まれます。
地域内消費3億円と改修工事3億円を合わせると、合計6億円の需要が発生する計算になります。
ただし、これは経済波及効果を推計したものではなく、仮定に基づく直接的な支出額の合計です。
実際には、消費の一部が地域外の企業に流出する場合があります。
また、改修工事は毎年発生するとは限らず、一時的な需要です。
それでも、人口規模の小さい自治体にとって、地域外から継続的に資金が流入することには一定の意味があります。
重要なのは、二地域居住者の人数だけでなく、地域にどれだけの経済活動が生まれるかを把握することです。
二地域居住の推進には行政コストも発生する
二地域居住の促進には、自治体側にも費用が発生します。
例えば、空き家の改修補助金、滞在施設の整備、交流拠点の運営、移住相談窓口の設置などです。
さらに、二地域居住者向けの情報発信やイベント開催にも費用がかかります。
例えば、自治体が二地域居住促進事業に年間5,000万円を支出すると仮定します。
その結果、二地域居住者が500人増えた場合、単純計算では新規登録者1人当たり10万円の事業費を支出したことになります。
ただし、この数字だけで政策の良し悪しを判断することはできません。
二地域居住者が継続的に地域を訪れ、消費や地域活動に参加すれば、長期的な効果が期待できるからです。
一方、登録者が増えても実際の訪問や活動が少なければ、政策効果は限定的になります。
自治体には、事業費と成果を継続的に比較する仕組みが求められます。
自治体間の二地域居住者獲得競争に注意が必要
二地域居住の促進に取り組む自治体が増えることで、自治体間の競争が激しくなる可能性があります。
例えば、住宅改修費の補助、交通費の助成、滞在施設の割引などです。
こうした支援策は、二地域居住を始めるきっかけになります。
しかし、補助金の金額だけで利用者を呼び込む競争には注意が必要です。
補助金が終了すると、二地域居住者が別の地域へ移ってしまう可能性があるからです。
また、財政力のある自治体ほど手厚い支援を行えるため、自治体間の財政格差が誘致競争に影響することも考えられます。
本来、二地域居住は地域の魅力や生活環境を生かし、継続的な関係を築くための政策です。
補助金はそのきっかけにすぎません。
地域の自然、文化、教育、仕事、住民との交流など、補助金以外の魅力を高めることが重要です。
ふるさと住民登録制度は新しい財政制度につながるのか
総務省が実証を進める「ふるさと住民登録制度」は、地域との継続的な関係を可視化する取り組みです。
従来の住民票とは異なる形で、地域に愛着を持ち、継続的に関わる人を把握することを目指しています。
この制度が広がれば、自治体は地域外の人材との関係を把握しやすくなります。
例えば、年間の訪問回数、地域活動への参加、地域内消費などを把握できれば、二地域居住政策の成果を検証する材料になります。
ただし、ふるさと住民として登録しただけで、個人住民税の課税先が変わるわけではありません。
また、登録者数がそのまま地方交付税の算定人口に加算される制度でもありません。
今後、登録制度をどのように行政サービスや地域政策に活用するかが課題となります。
地域に継続的に関わる人の活動実態が明らかになれば、将来的に財政制度を検討する際の基礎資料になる可能性があります。
もっとも、登録者数に応じた財源配分を行うかどうかは、制度設計や財政負担の検討が必要であり、現時点で決まっているわけではありません。
二地域居住の成果は人口以外の指標で測る必要がある
従来の地方創生では、移住者数や定住人口が重要な成果指標とされてきました。
しかし、二地域居住では、住民票を移さない人が多いため、従来の人口指標だけでは政策効果を把握できません。
例えば、二地域居住者が1,000人登録していても、年間1回しか訪れない人が多ければ、地域経済への効果は限定的かもしれません。
一方、登録者が100人でも、年間100日滞在し、地域で仕事や活動を行う人が多ければ、地域への貢献は大きくなる可能性があります。
そのため、自治体は登録者数だけでなく、滞在日数、再訪率、地域内消費額、地域活動への参加状況などを把握する必要があります。
さらに、空き家の活用件数、新規事業の創出、地元企業との取引なども重要な指標になります。
財政面では、事業に投入した費用と税収への影響、行政サービスの追加負担などを検証することが求められます。
二地域居住政策の成果を正確に把握するには、人口という単一の指標から、地域との関係の深さを評価する仕組みへの転換が必要です。
人口減少社会では自治体財政の考え方も変わる
日本の人口減少は、今後も長期的に続くと見込まれています。
地方では、人口減少によって税収が伸び悩む一方、道路、上下水道、公共施設などの維持管理費が重い負担になる可能性があります。
さらに、高齢化に伴って医療や介護などの行政需要も変化します。
こうした状況では、定住人口の増加だけを目標にする財政運営には限界があります。
二地域居住者を含む地域外の人材が、地域経済や地域活動を支える仕組みを構築することが重要になります。
ただし、二地域居住者の増加だけで、人口減少による財政問題を解決できるわけではありません。
行政サービスの効率化、公共施設の再編、自治体間の広域連携なども必要です。
二地域居住は、人口減少社会における自治体財政を支える一つの手段として位置付けるべきでしょう。
結論
二地域居住の拡大は、地方自治体の財政運営に新しい可能性と課題をもたらしています。
住民票を移さずに地域で生活する人が増えれば、地域内消費や空き家活用、事業創出などを通じて地域経済の活性化が期待できます。
一方、二地域居住者が増えても、自治体の住民基本台帳人口が直接増えるわけではありません。
所得に応じた個人住民税も、原則として生活の本拠がある自治体で課税されます。
そのため、二地域居住者が利用する行政サービスの費用と、自治体が確保できる財源との間に差が生じる可能性があります。
家屋敷課税や固定資産税などの既存制度は、一定の財源確保につながりますが、二地域居住者の多様な活動を十分に反映できるとは限りません。
今後は、地域との関係を可視化する制度の整備とともに、二地域居住者の活動が地域経済や自治体財政に与える効果を正確に把握することが重要になります。
また、自治体は補助金による誘致競争に依存するのではなく、地域の魅力を高め、継続的な交流を促す仕組みを整える必要があります。
人口減少社会では、住民票のある人だけで地域を支えるという考え方から、地域に継続的に関わる多様な人々が地域を支えるという考え方への転換が求められています。
二地域居住は、その転換を象徴する政策の一つといえるでしょう。
重要なのは、二地域居住者の人数を増やすこと自体ではありません。
地域にどれだけの経済活動が生まれ、行政サービスの維持や地域社会の持続可能性につながるかという点です。
二地域居住を地方創生の実効性ある政策にするためには、地域経済と自治体財政の両面から成果を検証し、持続可能な仕組みを構築することが必要です。
参考
日本経済新聞 2026年10月掲載 データで読む地域再生「二地域居住」気軽に地方体験、推進自治体は3割増 担い手不足も解消
日本経済新聞 2026年10月掲載 データで読む地域再生 関東・山梨「関東・山梨の二地域居住、都市との近さ武器 山村留学やお試し滞在」
総務省 地方交付税制度の概要
総務省 個人住民税の概要
総務省 ふるさと住民登録制度に関する資料
国土交通省 二地域居住等の促進に関する制度資料