相続税対策では、「亡くなる前に現金を不動産へ変えれば評価額を下げられる」と説明されることがあります。
確かに、現金と不動産では相続税の評価方法が異なります。
しかし、相続直前に多額の現金を不動産へ移し、相続税評価額を大幅に圧縮する方法については注意が必要です。
近年の税務行政を見ると、形式的に評価ルールを満たしているかだけではなく、取引の時期や目的、実際の経済価値などを含めて判断する流れが強まっています。
2027年に予定されている不動産小口化商品の評価見直しも、その延長線上にあると考えられます。
現金から不動産への変更で評価額は変わる
例えば5,000万円の現金を持っている場合を考えてみます。
現金であれば、相続税評価額は原則として5,000万円です。
ところが、その5,000万円で不動産を購入すると、相続税評価額が5,000万円を下回ることがあります。
土地については路線価などを基礎として評価し、建物についても固定資産税評価額などを利用するためです。
さらに賃貸不動産であれば、一定の評価減が生じる場合もあります。
つまり、財産そのものの経済的価値が大きく変わっていなくても、財産の形を現金から不動産へ変えることで相続税評価額が下がる場合があります。
この仕組みが不動産を利用した相続対策の基本となってきました。
問題になるのは極端な評価差
不動産を購入して評価額が下がること自体が、直ちに問題になるわけではありません。
不動産には不動産独自の評価方法があるからです。
注意したいのは、市場価格と相続税評価額との間に極端な差が生じる場合です。
不動産小口化商品では、国税庁が3,000万円で購入された商品について贈与税評価額が484万円となった事例を示しています。
購入価格の約16%です。
実際には3,000万円で取引される財産が、税務上は484万円になる。
こうした大きな乖離が広く節税に利用されれば、課税の公平性という問題が生じます。
相続直前ほど説明が難しくなる
同じ不動産購入でも、長期間保有する目的で取得した場合と、相続直前に取得した場合では状況が違います。
例えば10年前に賃貸不動産を購入し、長期間家賃収入を得てきたケースを考えます。
不動産を取得した経済的な理由を説明することは比較的容易です。
一方、相続直前に多額の現金を不動産へ変え、その直後に相続が発生した場合はどうでしょうか。
なぜその時期に購入したのか。
なぜその物件だったのか。
収益目的だったのか。
長期保有する予定だったのか。
評価額を下げることが主な目的ではなかったのか。
こうした点が問題になりやすくなります。
財産評価基本通達には総則6項がある
相続税や贈与税の財産評価では、財産評価基本通達が重要な基準となります。
原則として、この通達に定められた方法によって財産を評価します。
しかし、通達には総則6項があります。
通達による評価をそのまま適用することが著しく不適当と認められる財産については、国税庁長官の指示を受けて評価できるという考え方です。
つまり、通常の計算式による評価額が出たからといって、その金額があらゆるケースで絶対的に認められるわけではありません。
相続対策で不動産を利用するときに、この点は非常に重要です。
2022年の最高裁判決が大きな転換点
この問題を考えるうえで重要なのが、2022年4月19日の最高裁判決です。
この事案では、被相続人が相続開始前に不動産を取得していました。
相続人側は財産評価基本通達に基づいて不動産を評価しましたが、その評価額と実際の取引価額などとの間には大きな差がありました。
課税当局は通達による評価額ではなく、鑑定評価額を基礎として更正処分を行いました。
最高裁は、この課税処分を適法と判断しました。
この判決は、不動産節税を考える人に大きな影響を与えました。
通達どおりなら必ず安全とは限らない
この判決から、「節税目的があればすべて否認される」と考えるのも正確ではありません。
重要なのは、特定の事情を総合的に判断するということです。
一方で、
財産評価基本通達どおりに計算した。
だから税務上絶対に問題ない。
という考え方も危険です。
形式的な計算結果だけではなく、その評価方法を適用することによって他の納税者との間に看過できない不均衡が生じないかという視点が重要になっています。
借入金を使った対策にも注意
相続直前の不動産対策では、借入金を利用するケースもあります。
例えば銀行から多額の資金を借りて不動産を購入します。
相続財産には不動産が加わりますが、借入金は債務として一定の要件のもと相続財産から控除されます。
不動産の相続税評価額が購入価格より大幅に低ければ、純資産の評価額を大きく圧縮できる場合があります。
しかし、ここでも取引全体を見る必要があります。
高齢になってから多額の借入れを行った理由は何か。
返済計画はどうなっていたのか。
不動産から十分な収益が得られるのか。
借入れと不動産購入が相続税対策だけを目的としたものではないか。
相続税額だけを見て多額の借金を抱えることには、税務以外のリスクもあります。
節税目的があるだけで違法になるわけではない
ここは区別して考える必要があります。
税負担を考えて財産を管理すること自体は珍しいことではありません。
生前贈与を行う。
生命保険へ加入する。
不動産を購入する。
遺言を作成する。
こうした行為にも相続税を意識した側面はあります。
したがって、「節税を考えたら問題になる」ということではありません。
問題は、取引全体の経済的実態と税務上の評価結果との間に、合理的に説明しにくいほど大きな差が生じている場合です。
節税目的の有無だけで白黒を決めるのではなく、取引全体を見る必要があります。
証拠を残しておくことも重要
不動産を購入するのであれば、なぜその投資を行ったのかを説明できるようにしておくことも大切です。
例えば、
安定した賃料収入を得るため。
資産を分散するため。
インフレへの備えとして保有するため。
将来家族が利用するため。
長期的な資産運用の一環として購入するため。
こうした投資目的があり、実際の行動とも整合しているのであれば、取引の合理性を説明しやすくなります。
契約書や投資判断に使った資料などを保存しておくことも重要です。
税務調査は相続後に行われる
相続対策の難しいところは、判断を求められる時期が後になることです。
不動産を購入した本人は「問題ない」と考えていたとしても、実際に相続税申告を行うのは相続人です。
その後、税務調査が行われる可能性があります。
その時点で、なぜ被相続人がその不動産を購入したのかを家族が説明できなければ困ることになります。
特に相続直前に行った大きな資産移動については、家族や専門家との情報共有も重要です。
相続直前ほど節税より安全性を重視する
相続が近づいてから大きな節税策を実行すると、税務上だけでなく資産運用上のリスクも高くなります。
短期間で商品を選ぶ。
大きな借入れをする。
換金しにくい資産へ資金を移す。
相続人が望んでいない不動産を残す。
こうした問題が起こる可能性があります。
節税できた金額以上に資産価値が下落すれば、本末転倒です。
相続が近いほど、大きな利益を狙うより財産を安全かつ円滑に引き継ぐことを優先する考え方も必要になります。
結論
相続直前の節税が注意を要する最大の理由は、「期限ぎりぎりだから」ということだけではありません。
近年の税務では、形式的な評価方法だけでなく、取引全体の実態や経済的な合理性、他の納税者との公平性を見ることが重要になっているからです。
2022年の最高裁判決。
2024年からのマンション評価見直し。
そして2027年に予定される不動産小口化商品の評価見直し。
これらには共通した流れがあります。
実際の価値と税務上の評価額との極端な乖離を利用する相続対策への対応です。
これからの相続対策で重要なのは、「ルール上できるか」だけではありません。
なぜその取引をするのか。
税制が変わっても保有する価値があるのか。
家族にとって本当に必要な資産なのか。
形式だけでなく実態から説明できる相続対策を行うことが、これまで以上に重要になっています。
参考
日本経済新聞 2026年10月8日朝刊 相続節税の不動産小口化、ルール改正で需要消失 FPGなど戦略転換