国際最低税率は企業の競争力を弱めるのか――税負担より重い事務コストの問題

税理士
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多国籍企業に最低15%の法人税負担を求める「グローバル・ミニマム課税」が、日本企業の経営に新たな負担をもたらしています。

この制度は、世界各国の法人税率引き下げ競争を抑制し、国際的な課税の公平性を確保することを目的としています。

しかし、企業にとって問題となるのは、追加的な法人税負担だけではありません。

海外子会社からの情報収集、国・地域別の実効税率の計算、申告書の作成、税務調査に備えた資料保存など、膨大な事務作業が必要になります。

2026年11月2日の日本経済新聞では、グローバル・ミニマム課税の初回申告において、申告書や関連資料が1万ページを超える事例が紹介されています。

実際の追加納税額が限定的であっても、申告に必要な人件費や専門家報酬、システム費用が大きくなる可能性があります。

こうした費用は「税務コンプライアンスコスト」と呼ばれ、企業の利益や投資余力に影響します。

今回は、グローバル・ミニマム課税による事務コストを経営の視点から分析し、日本企業の競争力への影響を考えます。

税金そのものとは異なる税務コンプライアンスコスト

企業が税務制度に対応するために負担する費用は、法人税の納付額だけではありません。

税務申告書の作成、税額計算、資料収集、税務調査への対応などにも費用が発生します。

これらは税務コンプライアンスコストと呼ばれています。

主な費用には、税務担当者の人件費、外部専門家への報酬、税務システムの導入・維持費用、社内教育費用などがあります。

例えば、ある企業がグローバル・ミニマム課税によって年間3,000万円の追加納税を行う一方、制度対応のために年間5,000万円の事務費用を負担していると仮定します。

この場合、追加納税額と事務費用を合わせた年間負担は8,000万円になります。

税額だけを見れば3,000万円ですが、企業の利益やキャッシュフローへの影響はそれだけではありません。

しかも、事務費用は追加納税が発生しない年度にも必要となる場合があります。

この点が、グローバル・ミニマム課税の経営上の重要な特徴です。

追加納税額と事務負担が比例しない構造

通常、法人税は課税所得に応じて計算されます。

利益が増えれば税負担が増加し、利益が減少すれば税負担も小さくなることが基本です。

しかし、グローバル・ミニマム課税への対応に必要な事務負担は、追加納税額と必ずしも比例しません。

例えば、海外20カ国で事業を展開する企業を考えます。

そのうち19カ国では実効税率が15%以上で、残る1カ国だけが15%を下回っている場合でも、原則として各国の課税状況を確認する必要があります。

一定のセーフハーバーを利用できる場合には計算を簡素化できますが、適用要件の確認は必要です。

結果として追加納税額がゼロであっても、情報申告や関連資料の保存などの義務が残る場合があります。

つまり、納税額が少ない企業でも、制度対応に相当な経営資源を投入しなければならない可能性があります。

この構造は、税務コンプライアンスコストを考えるうえで重要です。

税務担当者の人件費が増加する問題

グローバル・ミニマム課税への対応では、専門的な知識を持つ税務担当者が必要になります。

制度上の対象所得や対象税額の計算には、財務会計、法人税、国際税務などの知識が求められます。

さらに、海外子会社との情報交換や各国の制度確認も必要です。

例えば、制度対応のために5人の担当者が年間1,000時間ずつ追加作業を行い、時間当たりの社内人件費を8,000円と仮定します。

この場合、年間の追加人件費相当額は4,000万円になります。

もちろん、実際の負担額は企業の規模や業務体制によって異なります。

しかし、専門人材が長時間にわたって申告作業に従事することは、企業にとって大きな負担となります。

また、税務担当者を増員する場合には、採用費用や教育費用も発生します。

国際税務に精通した人材は限られており、短期間で育成することも容易ではありません。

人材不足が続けば、既存の担当者への業務集中や、申告ミスのリスクが高まる可能性があります。

外部専門家への報酬と依存度の上昇

グローバル・ミニマム課税は、国際的な共通ルールに基づく制度ですが、各国の国内法制や実務運用には違いがあります。

そのため、多国籍企業では税理士法人や会計事務所、海外の専門家への相談が必要になる場合があります。

例えば、日本の親会社が海外30カ国に子会社を保有している場合、各国の税務制度や申告義務について確認する必要があります。

すべての情報を社内だけで把握することは容易ではありません。

外部専門家を活用すれば、制度解釈や申告内容の確認に役立ちます。

一方、専門家報酬が継続的に発生することになります。

さらに、外部専門家に業務を委託しても、社内で必要な情報を収集し、計算結果を確認する責任がなくなるわけではありません。

企業側には、専門家の助言を理解し、適切に判断できる人材が必要です。

外部専門家への依存度が高まりすぎると、制度対応に必要な知識や経験が社内に蓄積されにくくなる可能性もあります。

外部委託と社内人材の育成をどのように組み合わせるかが重要になります。

システム投資と情報管理コストの増加

グローバル・ミニマム課税への対応では、海外子会社の財務情報や税務情報を継続的に収集する必要があります。

しかし、既存の連結決算システムだけでは、必要な情報を十分に収集できない場合があります。

そのため、税務情報を管理するシステムの導入や改修が必要になることがあります。

例えば、海外子会社からの報告項目を追加したり、国・地域別の実効税率を自動計算する仕組みを整備したりすることが考えられます。

また、税務計算の根拠資料を保存し、後から検証できるようにする必要があります。

こうしたシステム投資には、初期導入費用だけでなく、保守費用や制度改正への対応費用も発生します。

さらに、海外子会社との情報共有では、機密情報の保護やアクセス権限の管理も重要です。

税務システムは、単に申告書を作成するための道具ではありません。

グループ全体の税務情報を正確に管理するための経営基盤として位置付ける必要があります。

税務業務の増加による機会損失

税務コンプライアンスコストを考える際には、実際に支出する費用だけでなく、機会損失にも注目する必要があります。

機会損失とは、ある業務に経営資源を投入することによって、別の業務に利用できなくなることから生じる損失です。

例えば、税務担当者がグローバル・ミニマム課税の申告対応に多くの時間を費やす場合を考えます。

その時間を海外投資の税務分析や企業買収の検討、資金管理の高度化などに利用できれば、企業価値の向上につながる可能性があります。

しかし、申告作業に追われれば、こうした経営支援業務に十分な時間を確保できなくなります。

機会損失は、会計帳簿に直接表示されるものではありません。

そのため、経営者が問題を認識しにくいという特徴があります。

税務部門の役割を、単なる申告書作成から経営判断を支援する機能へ発展させるためには、定型業務の効率化が重要になります。

研究開発や設備投資への間接的な影響

企業が利用できる経営資源には限りがあります。

税務制度への対応費用が増加すれば、その分だけ他の用途に利用できる資金が減少する可能性があります。

例えば、年間1億円の追加的な税務対応費用が発生する企業では、その資金を研究開発や設備投資、人材育成などに充てることが難しくなる場合があります。

もちろん、税務対応費用が増加したからといって、必ず研究開発費が同額減少するわけではありません。

企業の資金余力や経営方針によって影響は異なります。

しかし、国際競争が激しい産業では、継続的な技術開発や設備投資が競争力を左右します。

税務コンプライアンスコストの増加が長期間続けば、企業の成長投資に間接的な影響を与える可能性があります。

この点からも、税務制度の経済的な負担を税額だけで評価することは適切ではありません。

企業規模によって異なる負担の重さ

グローバル・ミニマム課税は、原則として連結売上高7億5,000万ユーロ以上の多国籍企業グループを対象とします。

したがって、一般的な中小企業が直接対象となることは通常ありません。

しかし、対象企業の中でも、事業規模や海外展開の状況によって負担は異なります。

例えば、売上高が同程度でも、海外子会社が10社の企業と200社の企業では、情報収集の複雑さが大きく異なる可能性があります。

また、海外子会社の会計システムが統一されている企業と、国ごとに異なるシステムを利用している企業でも、事務負担に差が生じます。

さらに、国際税務の専門人材を十分に確保できる企業と、限られた人数で対応する企業では、業務負担の重さが異なります。

制度の対象となる企業を一律に扱うのではなく、実際の事務負担の違いにも配慮することが重要です。

税務コストを経営指標として管理する必要性

企業が税務コンプライアンスコストを適切に管理するためには、費用を把握する仕組みが必要です。

まず、税務申告や制度対応に必要な作業時間を把握することが考えられます。

次に、外部専門家への報酬やシステム費用を整理し、制度ごとの負担を確認します。

さらに、業務の標準化やデジタル化によって、どの程度の時間削減が可能かを検証することが重要です。

例えば、海外子会社からの情報収集を標準化し、年間2,000時間の作業を削減できたとします。

時間当たりの社内コストを8,000円と仮定すれば、年間1,600万円相当の業務効率化になります。

ただし、削減した作業時間がそのまま現金支出の減少につながるとは限りません。

人員の再配置や外部委託費用の削減など、具体的な経営効果を確認する必要があります。

重要なのは、税務業務の効率化を単なる担当者の努力に任せるのではなく、経営管理の対象として位置付けることです。

制度改革と企業努力の両立

グローバル・ミニマム課税への対応負担を軽減するためには、企業側の努力だけでは限界があります。

制度そのものが複雑であれば、どれほど業務を効率化しても一定の事務負担は残ります。

そのため、セーフハーバーなどの簡素化措置の活用や、既存のCFC税制との重複負担の見直しが重要になります。

一方、企業側も税務業務の標準化やデジタル化を進める必要があります。

特に、海外子会社からの情報収集を効率化し、同じデータを複数の制度で活用できる仕組みを整備することが求められます。

生成AIについても、資料の整理や照合、制度改正情報の分析などで活用する余地があります。

ただし、税額計算の正確性や情報管理を確保するため、専門家による確認と内部統制が不可欠です。

制度改革と企業の業務改革を組み合わせることが、持続的な負担軽減につながります。

結論

グローバル・ミニマム課税は、国際的な課税の公平性を確保するための重要な制度です。

しかし、企業が負担するコストは追加納税額だけではありません。

海外子会社からの情報収集、税額計算、申告書作成、専門家への相談、システム整備など、多くの事務費用が発生します。

さらに、税務担当者が申告業務に多くの時間を費やすことによる機会損失も考慮する必要があります。

こうした負担が長期間続けば、企業の利益や投資余力、国際競争力に影響する可能性があります。

今後は、税務コンプライアンスコストを経営指標の1つとして把握し、業務の標準化やデジタル化を進めることが重要です。

同時に、国際的な課税の公平性を維持しながら、過度な事務負担を軽減する制度改革も求められます。

税務制度の経済的な負担は、納付する税金だけでなく、その制度を遵守するために必要な費用と機会損失まで含めて評価する必要があります。

企業の競争力を守るためには、課税の公平性と税務コンプライアンスの効率性を両立させる視点が欠かせません。

参考

日本経済新聞 2026年11月2日 朝刊

「国際最低税率、申告書1万ページ超 識者『日本企業の競争力を阻害』」

OECD「Global Anti-Base Erosion Model Rules(Pillar Two)」

OECD「GloBE Information Return」

国税庁「グローバル・ミニマム課税への対応に関する情報」

財務省「令和5年度税制改正の解説」

財務省「令和7年度税制改正の解説」

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