企業に貯めさせる税制から使わせる税制へ 日本経済の資金循環を考える

税理士
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日本企業は以前に比べて強い財務基盤を持つようになりました。

財務省の法人企業統計によれば、2024年度の企業の利益剰余金は、金融業と保険業を除いて約637兆円に達しています。

企業が利益を蓄積し、自己資本を厚くすることは経営の安定につながります。

しかし、日本経済全体で考えたときには別の問題があります。

企業が稼いだお金が企業内部にとどまり続ければ、家計所得や国内投資へ十分に資金が回りません。

これからの法人税制に求められるのは、企業から税金を取ることだけではなく、企業が稼いだお金を次の成長へ動かすことではないでしょうか。

日本企業は稼げるようになった

日本企業にとって長く大きな課題だったのは、収益力の向上でした。

利益を増やし、財務体質を改善することが重視されてきました。

企業が利益を上げれば自己資本が増えます。

借入金への依存度を下げることができます。

経済危機にも耐えやすくなります。

利益を確保すること自体は企業経営にとって極めて重要です。

問題は利益を上げた後です。

稼いだお金を何に使うのかが、日本企業の次の課題になっています。

お金は使われて初めて次の所得になる

経済全体では、誰かの支出は別の誰かの所得になります。

企業が従業員の給与を増やせば家計所得になります。

企業が設備を購入すれば、設備を販売する企業の売上になります。

研究開発を外部に委託すれば、研究機関や別の企業の収入になります。

株主へ配当すれば、株主の所得になります。

企業が支出した資金は、別の経済主体へ移動します。

その資金がさらに消費や投資に使われれば、次の所得を生み出します。

経済の好循環とは、この資金移動が繰り返される状態ともいえます。

企業が貯めれば家計に回らない

反対に、多くの企業が利益を企業内部に残すことを優先するとどうなるでしょうか。

賃金の伸びが弱くなります。

家計は将来への不安から消費を抑えます。

消費が伸びなければ企業の売上も伸びません。

企業は国内市場の成長を期待できず、設備投資に慎重になります。

投資先がないため、企業はさらに資金を蓄積します。

個々の企業にとって合理的な行動が、経済全体では資金循環を弱める可能性があります。

ここに日本経済の難しさがあります。

内部留保を減らせばよいわけではない

だからといって、企業の利益剰余金を減らすこと自体を政策目標にするべきではありません。

利益剰余金は現預金ではありません。

過去の利益は工場や機械、不動産、子会社株式などに姿を変えている場合があります。

また、企業には一定の手元資金も必要です。

景気後退。

自然災害。

感染症。

金融危機。

地政学的な問題。

企業はさまざまな危機に備えなければなりません。

財務基盤の強い企業が増えること自体は、日本経済にとっても重要です。

問われるべきなのは内部留保の金額ではなく、企業が保有する資金を有効に使っているかどうかです。

賃上げは最も直接的な資金移転になる

企業から家計へ資金を動かす最も直接的な方法が賃上げです。

給与が増えれば家計の可処分所得を押し上げる要因になります。

所得が継続的に増えるという期待が生まれれば、家計は消費しやすくなります。

消費が増えれば企業の売上が増えます。

企業の利益が増えれば、さらに賃上げする余地が生まれます。

企業利益と賃金が一緒に増える循環をつくることが重要です。

ただし、賃金だけを上げればよいわけではありません。

生産性が上がらないまま人件費だけが増え続ければ、企業の収益を圧迫します。

設備投資が賃上げを支える

持続的な賃上げには生産性向上が必要です。

そこで重要になるのが設備投資です。

デジタル化。

自動化。

省力化。

研究開発。

高付加価値製品への投資。

こうした投資によって従業員1人当たりが生み出す付加価値を増やすことができれば、企業はより高い賃金を支払えるようになります。

特に人口減少と人手不足が進む日本では、少ない人数でより高い付加価値を生み出す仕組みが必要です。

設備投資と賃上げは競合するものではありません。

設備投資による生産性向上が、将来の賃上げを支える関係にあります。

人への投資も重要になる

企業の成長投資は機械や工場だけではありません。

人材への投資もあります。

従業員の教育。

デジタル人材の育成。

資格取得支援。

リスキリング。

経営人材の育成。

技術が急速に変化する時代では、設備だけ新しくしても、それを使う人材が成長しなければ生産性は高まりません。

企業の利益を人材育成へ振り向けることも、将来の企業価値を高める投資です。

法人税制を考える場合にも、人への投資をどう評価するかという視点が必要になります。

株主還元も資金循環の1つ

企業が投資先を見つけられない場合には、株主へ資金を返すという選択肢もあります。

配当や自己株式取得です。

企業内部に資金を置いておくより、株主へ返した方が資本を有効に活用できる場合があります。

株主は受け取った資金を消費することもできます。

別の成長企業へ投資することもできます。

資本市場を通じて、資金がより成長性の高い企業へ移動する可能性があります。

したがって、株主還元を企業から資金が流出するだけの行為と考えるべきではありません。

経済全体の資金循環という視点では重要な役割があります。

法人税の累進課税は選択肢の1つ

企業の資金を動かす方法として、法人税の累進課税という考え方があります。

高い利益を上げる企業ほど税率を高くすれば、企業は利益をそのまま残すことと、賃上げや成長投資に使うことを比較するようになります。

しかし、税率を高くすれば自動的に望ましい投資が増えるわけではありません。

企業が海外投資を増やす可能性もあります。

必要のない支出を増やす可能性もあります。

国際競争力への影響も考えなければなりません。

したがって、累進課税を単独で考えるのではなく、投資を促す税制と組み合わせる必要があります。

使った企業が報われる税制へ

例えば、利益をそのまま蓄積する企業には一定の税負担を求める。

一方で、賃上げを行った企業には税額控除を認める。

生産性を高める設備投資を行えば特別償却などを認める。

研究開発や人材育成を積極的に行った企業にも一定の税制上の恩恵を与える。

こうした仕組みを組み合わせれば、法人税は単なる利益への課税ではなくなります。

企業のお金の使い方を変える仕組みになります。

重要なのは、お金を使えば何でも優遇することではありません。

将来の付加価値を生み出す支出を重点的に後押しすることです。

税制だけでは好循環はつくれない

もちろん、税制だけで企業の資金を動かすことはできません。

企業が国内投資を増やすためには、将来の需要が期待できなければなりません。

人材を確保できる環境も必要です。

エネルギー供給やインフラも重要です。

規制や行政手続きの予見可能性も企業の投資判断に影響します。

企業が日本国内で投資すれば成長できると考える環境をつくり、その後押しとして税制を使う必要があります。

税制は企業行動を変える重要な道具ですが、それだけで経済成長を生み出すことはできません。

目指すのは税収最大化ではない

法人税制を考えると、税率を上げれば税収がどれだけ増えるのかという議論になりがちです。

しかし、本当に重要なのは税収を最大にすることではありません。

企業が成長する。

従業員の所得が増える。

家計の消費が増える。

企業の売上が増える。

さらに投資が増える。

結果として企業利益も家計所得も増え、税収も増える。

こうした循環をつくることが理想です。

税収は経済活動の結果として増える方が持続可能です。

結論

これからの法人税制を考えるうえで重要なのは、企業からどれだけ税金を取るかだけではありません。

企業が稼いだ利益をどこへ向かわせるかです。

賃上げ。

設備投資。

研究開発。

人材育成。

株主還元。

企業が資金を適切に動かせば、そのお金は別の経済主体の所得となり、さらに次の消費や投資につながります。

企業に利益を貯めさせないことを目的にする必要はありません。

必要な資金はしっかり確保し、それを超える資金を成長へ動かす企業が報われる仕組みをつくることです。

企業が稼ぐ。

人と設備へ投資する。

生産性が上がる。

賃金が上がる。

消費が増える。

企業がさらに稼ぐ。

法人税制が目指すべきなのは、この循環を止めないことではないでしょうか。

企業に貯めさせる税制から、企業が成長のためにお金を使いたくなる税制へ。

法人税改革を考えるとき、税率の数字以上に重要なのは、日本経済の中でお金が動き続ける仕組みをつくることなのです。

参考

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「法人の累進課税で好循環 葭田英人氏」

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