AI時代に若手法務はどう育つのか 「下積み消滅」がもたらす新たな問題

経営

生成AIは企業法務の仕事を大きく効率化しようとしています。

契約書を要約する。

問題となりそうな条項を抽出する。

法律や判例を調べる。

契約書の修正案を作る。

これまで若手の法務担当者が時間をかけて行ってきた仕事の多くを、AIが短時間で処理できるようになりつつあります。

企業にとっては大きな生産性向上です。

一方で、別の問題も生まれます。

若手はどこで経験を積むのでしょうか。

これまで専門家は、時間のかかる地道な仕事を繰り返しながら判断力を身につけてきました。

AIがその「下積み」を代替するようになれば、人材育成の仕組みそのものを作り直す必要があります。

下積みには意味があった

若手社員にとって、契約書を最初から最後まで読む仕事は決して楽ではありません。

分からない言葉を調べる。

関連する法律を調べる。

過去の契約書を探す。

自分で修正案を作る。

上司に提出する。

大量の修正を受ける。

そして、なぜ修正されたのかを考える。

一見すると非常に非効率です。

しかし、この繰り返しによって少しずつ、

「この条項は危ない」

「ここは確認した方がよい」

「この表現には別の意味がある」

という感覚が身についていきます。

専門家の判断力は、教科書から得た知識だけで形成されるものではありません。

数多くの案件を経験し、失敗や修正を繰り返すことで蓄積されてきた部分があります。

AIは若手を一気に「完成形」へ連れていく

生成AIを使えば、この過程を大幅に短縮できます。

例えば30ページの契約書をAIに読み込ませれば、

重要な条項。

自社に不利な条件。

標準契約との差異。

修正候補。

などを短時間で整理できるでしょう。

若手担当者は、その結果を確認すれば仕事を進められます。

非常に便利です。

しかし、ここには落とし穴があります。

AIが最初から答えを示してしまうと、

「なぜこの条項が問題なのか」

を自分で考える時間が減る可能性があります。

数学で答えを見ながら問題を解いているようなものです。

仕事は速く終わりますが、自分自身で答えにたどり着く力が育っているとは限りません。

法務部門の実務例 若手がAIで契約書をレビューする場合

例えば、入社2年目の法務担当者が業務委託契約書をレビューするとします。

以前であれば、まず本人が契約書を読みます。

業務内容を確認する。

契約期間を確認する。

秘密保持条項を確認する。

知的財産権の帰属を確認する。

損害賠償条項を確認する。

分からない部分を調べ、自分なりの修正案を作ります。

その後、上司がレビューします。

ところが生成AIを利用すると、最初の段階でAIが、

「知的財産権がすべて相手方に帰属しています」

「損害賠償責任に上限がありません」

「再委託について自社の事前承諾が不要となっています」

などと問題点を示してくれます。

さらに修正案まで作成します。

若手担当者はそれを上司へ提出しました。

内容自体はかなり完成しています。

しかし上司が、

「なぜ損害賠償責任に上限を設ける必要があるのですか」

と質問すると、担当者は十分に説明できません。

「AIがリスクだと指摘したからです」

という状態になっているかもしれません。

これでは、作業はできても判断できる法務担当者にはなっていません。

「AIを使わせない」は解決策にならない

それなら若手にはAIを使わせなければよいのでしょうか。

現実的ではないでしょう。

これからAIが標準的な業務ツールになれば、AIを使う能力自体が法務担当者に必要になります。

AIを使わず1時間かけて行う仕事を、他社の法務担当者が10分で終えるようになれば、企業競争力にも影響します。

大切なのは、AIを禁止することではありません。

AIを使いながら考えさせることです。

例えばAIが問題点を示した後で、

なぜ問題なのか。

問題が現実化すると会社にどのような損失が出るのか。

修正しなければ契約できないほど重大なのか。

別の対応方法はないのか。

と上司が質問する方法があります。

AIが答えを出しても、人間がその理由を説明させるのです。

「先に自分で考える」仕組みも必要になる

案件によっては、AIを見る前に自分の考えをまとめる方法も有効でしょう。

まず若手担当者が契約書を確認します。

自分で問題点を3つ挙げる。

その後でAIにレビューさせる。

自分が発見した問題とAIが発見した問題を比較する。

なぜ自分は見落としたのか。

逆に、AIが指摘した問題は本当に重要なのか。

こうした使い方をすれば、AIを答え合わせの道具として利用できます。

最初からAIの回答を見る場合とは、学習効果が大きく違うでしょう。

重要なのはAIを使う順番です。

AIの回答を疑う経験を積ませる

AI時代の法務教育では、「AIが間違える経験」も重要になると思います。

AIの回答が常に正しければ、人間はAIを疑わなくなります。

しかし実際には、

法律の適用を間違える。

契約の前提条件を誤解する。

存在しない判例を示す。

重要な事情を見落とす。

といった可能性があります。

若手担当者には、

「AIの回答のどこが間違っているか探してください」

という訓練も有効でしょう。

AIを先生として使うだけではなく、AIをレビューする立場にも立たせるのです。

これは将来、AIを監督する人材を育てるうえで重要になります。

上司の仕事も変わる

AI時代には、管理職やベテラン法務担当者の役割も変わります。

従来は若手が作成した契約書を赤字で修正することが教育になっていました。

しかしAIがかなり完成度の高い文書を作るようになれば、単純な修正箇所は減ります。

その代わりに、

なぜこの判断をしたのか。

他の選択肢は考えたのか。

事業部門は何を実現したいのか。

最大のリスクは何だと思うか。

経営者ならどう判断すると思うか。

と問いかける必要があります。

答えを教える教育から、判断理由を説明させる教育へ変わっていくのです。

失敗できる案件を意識的につくる

若手育成では、実際の案件を経験することも欠かせません。

ただし重大案件をいきなり任せることはできません。

そこで、

金額の小さい契約。

定型的な取引。

影響範囲の限定された案件。

過去に類似事例が多い案件。

などから、自分で判断する機会を増やす方法があります。

AIを利用しても構いません。

重要なのは、

「最終的に自分ならどう判断するのか」

を求めることです。

小さな案件で判断し、その結果を振り返る。

この経験を積み重ねてから、より重要な案件へ進む。

AI時代には、このような経験の設計を会社側が意識的に行う必要があります。

法務部門の外で経験させる意味も大きくなる

AIが法務部内の定型作業を代替するほど、事業部門や子会社での経験の価値も高まります。

営業担当者と顧客交渉をする。

事業計画を作る。

子会社の経営会議に参加する。

トラブルが発生した現場で対応する。

こうした経験には、契約書だけでは分からない情報があります。

相手の表情。

社内の利害関係。

時間的な制約。

顧客との信頼関係。

経営者の判断軸。

AIが大量の法律知識を提供できるようになっても、こうした現場経験を完全に代替することは難しいでしょう。

若手に必要なのは「答え」より「判断の過程」

AI時代の人材育成では、成果物だけを評価することにも注意が必要です。

完成した契約書だけを見れば、AIを使った若手と経験豊富な担当者との差は小さく見えるかもしれません。

しかし、

なぜこの条項を修正したのか。

なぜこのリスクを受け入れたのか。

なぜこの条件だけは譲らなかったのか。

を説明させれば、判断力の差が見えてきます。

これからは「何を作ったか」だけでなく、「なぜそう判断したのか」を評価することが重要になります。

AIが若手の成長を速める可能性もある

もちろん、AIは人材育成にとって悪いことばかりではありません。

使い方によっては、若手の学習速度を大きく高める可能性があります。

分からない法律用語をすぐ確認する。

契約条項の意味を説明してもらう。

複数の修正案を比較する。

仮想的な交渉相手になってもらう。

自分の考えに反対意見を出してもらう。

これまで上司が時間をかけなければできなかった訓練の一部を、AIが補助できるようになります。

問題はAIを使うことではありません。

考えることまでAIに委ねてしまうことです。

結論

生成AIによって、若手法務担当者の仕事は確実に変わっていくでしょう。

これまで何時間もかけていた契約レビューや法律調査を、AIが短時間で処理するようになります。

それは企業にとって大きなメリットです。

しかし、効率化によって失われるものにも目を向ける必要があります。

何度も契約書を読む。

間違える。

上司に修正される。

なぜ間違ったのかを考える。

別の案件で再び判断する。

こうした一見非効率な経験の積み重ねによって、専門家の判断力は育ってきました。

AI時代には、その経験が自然には与えられなくなる可能性があります。

だからこそ企業側が意識的に、

自分で考える。

AIと比較する。

判断理由を説明する。

AIの間違いを探す。

小さな案件で自分の判断を試す。

という機会を設計する必要があります。

AIが優秀になるほど、人間の教育を省略できるわけではありません。

むしろ「AIを使って仕事ができる人」と「AIの答えを評価して責任ある判断ができる人」を区別し、後者をどう育てるのか。

それがAI時代の企業法務における重要な人材育成の課題になるのではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「企業の法務機能は進化できるか 役割や育成、法務トップ経験者に聞く」

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「『違和感は口に出して』経営判断支える 三菱商事・野島嘉之氏」

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「AIの時代、価値判断に責任 弁護士、元米グーグル日本法人・野口祐子氏」

日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「AI前提の再設計が課題に」

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