企業経営では、高い目標を掲げることがあります。
売上高を20%増やす。
利益率を改善する。
新しい市場を開拓する。
コストを削減する。
高い目標が組織を成長させることもあります。
しかし、目標が現実から離れていても現場が「できません」と言えなくなれば、企業経営には大きなリスクが生まれます。
ニデックの会計問題では、創業者を中心とする強い経営スタイルや利益達成への圧力が企業文化に与えた影響が問題になりました。
会計不正を防ぐためには、不正な仕訳だけを見るのでは十分ではありません。
なぜ現場が経営トップに悪い情報を伝えられなくなるのかを考える必要があります。
最初から不正をしようとする人ばかりではない
会計不正という言葉から、最初から会社をだまそうとした人物を想像するかもしれません。
しかし、組織的な問題では違う経路も考えられます。
今月だけ何とかしよう。
次の四半期には回復する。
少し数字を前倒しすれば目標に届く。
来期に修正すればよい。
こうした小さな判断から始まる可能性があります。
本人にとっては会社のための一時的な対応だったとしても、それが繰り返されれば正常な会計処理から離れていきます。
重要なのは、なぜその判断を選んだのかです。
「できません」と言った後が問題になる
上司から厳しい利益目標を示されたとします。
現場責任者は現在の市場環境では達成が難しいと考えています。
ここで「できません」と報告したとき、上司が理由を聞き、計画を見直してくれるのであれば大きな問題にはなりません。
しかし、未達を認めない組織では状況が変わります。
できない理由を説明すると能力不足と評価される。
さらに高い目標を要求される。
会議で厳しく追及される。
人事評価が下がる。
役職を外されるかもしれない。
こうした経験を社員が繰り返すと、組織は学習します。
「できません」と言わないほうが安全だと考えるようになるのです。
トップが聞きたい数字だけが上がってくる
経営トップが強い権限を持つ企業では、トップの意向が情報伝達に大きく影響します。
本来100しか売れない商品について、トップが150売ることを求めたとします。
事業部長は130なら可能だと報告する。
その下の部長は、さらに少し上乗せして135を目標にする。
現場には140を要求する。
このように階層を下りるごとに圧力が強くなる場合があります。
逆に現場から上に情報が伝わるときには、悪い情報が削られることがあります。
現場では100しか売れないと分かっていても、トップには130売れるという報告が届く。
経営トップ自身が虚偽を指示していなくても、結果として実態と経営情報が乖離することがあります。
悪い情報を伝える人が損をする組織
企業にとって本当に価値のある情報は、良い情報だけではありません。
むしろ経営判断では悪い情報が重要です。
新製品が売れていない。
工場の稼働率が低い。
設備投資を回収できない。
顧客を失った。
利益目標を達成できない。
こうした情報を早く把握できれば、経営者は対策を取れます。
ところが、悪い情報を報告した人が責任を追及される組織では、報告が遅れます。
問題を発見した人ではなく、問題を報告した人が責められるからです。
これでは社員は沈黙するようになります。
成功体験が強いトップほど注意が必要
創業者や長期政権の経営者には大きな強みがあります。
会社を成長させてきた経験があります。
過去に困難な目標を達成してきた実績があります。
周囲が不可能だと言った事業を成功させた経験もあるかもしれません。
こうした成功体験は企業成長の原動力になります。
しかし、過去の成功体験が強すぎると「できないというのは努力不足だ」という考え方につながる危険があります。
過去には努力で突破できた問題でも、市場環境や競争条件が変われば同じ方法が通用するとは限りません。
経営者の成功体験が、現場の現実認識を押しつぶさない仕組みが必要です。
長時間の会議が正しい数字を作るとは限らない
利益目標を達成できない部門を長時間問い詰めれば、数字が改善するでしょうか。
原因を分析し、改善策を議論する会議なら意味があります。
しかし「目標を達成するまで帰れない」という状態になれば、別の行動を誘発する可能性があります。
現実的な数字を報告するより、上司が納得する数字を提示したほうが会議を終えられるからです。
経営管理の目的は、望ましい数字を報告させることではありません。
現実を正確に把握して、必要な経営判断を行うことです。
予算がいつの間にか絶対的な数字になる
本来、予算は将来予測です。
市場環境が変われば、実績と予算に差が出るのは当然です。
しかし、企業によっては予算が達成すべき絶対的な数字になります。
予算を達成できないこと自体が失敗とされる。
すると予算と実績の差を経営改善に使うのではなく、差をなくすことが目的になります。
営業を強化して差をなくすのであれば問題ありません。
しかし、会計処理によって差を小さくしようとすれば財務報告がゆがみます。
予算管理と財務会計の境界を守ることが重要です。
減損判断にも同じ問題が起きる
ニデックは2026年3月期に6,321億円の減損損失を計上しました。
減損では将来の事業計画が重要になります。
現場が「この工場は計画通りの利益を生み出せない」と考えていても、その情報を経営陣に伝えられなければどうなるでしょうか。
表面上は高い売上計画や利益計画が維持される可能性があります。
将来キャッシュフローも高く見積もられます。
その結果、資産価値の見直しが遅れる可能性があります。
現場が悪い情報を言えるかどうかは、企業文化だけでなく会計数字にも影響するのです。
社外取締役の役割も重要になる
経営トップの権限が強い企業ほど、社内だけでトップを監督することが難しくなる場合があります。
そこで重要になるのが社外取締役です。
利益目標は現実的なのか。
現場に過度な圧力がかかっていないか。
経理部門は経営トップに異論を言えるのか。
内部監査は機能しているのか。
内部通報制度に重要な情報が届いていないか。
経営トップ自身が作り出しているリスクを、取締役会が確認する必要があります。
トップの強いリーダーシップとトップへの監督は両立させなければなりません。
経営者に必要なのは反対意見を聞く仕組み
優れた経営者であっても、すべての判断が正しいわけではありません。
重要なのは、間違ったときに修正できることです。
そのためには反対意見が必要です。
この計画は達成できません。
この設備投資は回収できません。
この会計処理は認められません。
この事業から撤退すべきです。
こうした意見を言える人を組織の中に残す必要があります。
全員が経営トップと同じ意見を言う会社は、意思決定が速いように見えます。
しかし、間違った方向にも速く進む可能性があります。
「できません」を経営情報として扱う
現場から「できません」という報告が上がってきたとき、経営者には2つの対応があります。
努力不足として退ける。
あるいは、なぜできないのかを分析する。
後者であれば、重要な経営情報を得られます。
市場が縮小している。
競争条件が変わった。
設備能力が不足している。
人材が足りない。
価格設定が間違っている。
そもそも事業計画が現実的ではない。
「できません」という言葉の中に、経営戦略を修正する材料が含まれている場合があります。
結論
現場がトップに「できません」と言えなくなる会社では、問題そのものが消えるわけではありません。
問題が見えなくなるだけです。
売上不足。
採算悪化。
過剰設備。
投資の失敗。
会計上の損失。
これらが報告されなくても、経済的な現実は変わりません。
むしろ報告が遅れるほど対応も遅れ、最終的な損失が大きくなる可能性があります。
強いリーダーシップは企業成長の武器になります。
しかし、本当に強い組織とはトップの指示に全員が従う組織ではありません。
必要なときに現場がトップへ「できません」「違います」「この計画は危険です」と言える組織です。
会計不正を防ぐうえでも、企業再生を進めるうえでも、悪い情報が経営トップまで正確に届く仕組みを作ることが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 過去との決別がニデック存続の条件だ
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 ニデック、人事の刷新必須 上場維持への条件
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 東芝の「転落」繰り返すか
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 ニデック減損、過剰投資の蓄積原因 戒田社長「最後に貢献」