監査報酬170億円と730人投入 なぜ監査を増やしても解決しなかったのか

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ニデックの2026年3月期の監査では、異例ともいえる規模の人員と費用が投入されました。

PwCジャパン監査法人に支払った監査報酬は、同じメンバーファームを含めて約170億円です。

前期比では6倍超となりました。

さらに、監査には会計士を含む約730人が投入されたとされています。

これだけの人員と費用を投じれば、監査は完了しそうに思えます。

しかし、最終的にPwCジャパン監査法人が出した結論は「意見不表明」でした。

なぜ監査人を増やしても、監査意見を出せなかったのでしょうか。

監査は人海戦術だけでは完成しない

監査には多くの作業があります。

会計帳簿を確認する。

契約書を調べる。

取引先や金融機関に残高を確認する。

在庫を確認する。

経営者や担当者に質問する。

将来の事業計画を検証する。

海外子会社の監査結果を確認する。

巨大企業になればなるほど、監査対象となる取引や拠点も増えます。

そのため、大企業の監査には多くの監査人が必要です。

しかし、人数を増やせば必ず監査が終わるわけではありません。

監査で必要なのは、十分かつ適切な監査証拠だからです。

重要なのは証拠の量と質

監査証拠には量だけでなく質も求められます。

例えば、会社の担当者が作成した資料が1,000枚あったとします。

資料の枚数だけを見れば十分に思えるかもしれません。

しかし、その資料を作成した担当者が不適切な会計処理に関与していた場合はどうでしょうか。

1,000枚あるから安心とはいえません。

資料の作成過程そのものを検証する必要があります。

場合によっては、取引先や金融機関など会社外部から証拠を取り直す必要もあります。

つまり、監査では証拠をたくさん集めればよいのではなく、その証拠を信用できるかどうかが重要なのです。

ニデックでは人への信頼も問題になった

PwC側は、不適切な会計処理に関与した役職員について、決算の本業務ではなく支援に徹するなどの予防措置を求めていたと説明しています。

ところが、その措置が順守されないケースがあったとされています。

さらに9月に入ってからも、会計不正への関与者として新たに認定されるケースがあったとしています。

これは監査に大きな影響を与えます。

監査法人がある担当者から説明を受け、その説明を前提に監査を進めていたとします。

ところが後になって、その担当者が不適切な会計処理に関与していたことが分かった場合、それまでに得た説明や資料について再検証が必要になる可能性があります。

監査が前に進んでいるように見えても、途中で戻らなければならないことがあるのです。

730人でも時間は買えない

約730人という大規模な監査体制には、監査を期限までに終わらせようとする意図があったと考えられます。

しかし、人を増やしても短縮できない作業があります。

例えば将来の事業計画の妥当性を検証する場合です。

経営者から説明を受ける。

市場環境を確認する。

過去の予測と実績を比較する。

将来の売上予測を検討する。

必要に応じて専門家の評価を得る。

会社側に追加資料を求める。

提出された資料を再び検証する。

こうした手続きには一定の時間が必要です。

監査人を10倍に増やしたからといって、10分の1の時間で終わるわけではありません。

巨額減損が監査をさらに難しくした

ニデックは2026年3月期に、非金融資産について6,321億円の減損損失を計上しました。

減損は監査が難しい項目の1つです。

現金100億円が銀行口座に存在するかどうかであれば、金融機関への確認などによって検証できます。

しかし、工場や設備などが将来いくらのキャッシュを生み出すのかは、簡単には確認できません。

将来の売上高。

販売数量。

利益率。

市場成長率。

設備の稼働率。

こうしたさまざまな予測が必要です。

予測の前提が少し変わるだけでも、資産評価が大きく変わる場合があります。

巨額の減損では、その判断の妥当性を監査法人が慎重に検証する必要があります。

過剰投資の検証は過去にも広がる

戒田理夫社長は、巨額減損について過剰な設備投資の蓄積が原因との認識を示しています。

ここからさらに監査上の問題が生じます。

なぜその設備投資を行ったのか。

当時の事業計画は妥当だったのか。

投資後に事業環境はどう変わったのか。

資産価値が低下した兆候を適切な時期に認識していたのか。

もっと早い時期に減損すべきではなかったのか。

現在の減損額だけではなく、過去の会計判断にも検討範囲が広がる可能性があります。

1つの問題から別の論点が次々と出てくることが、監査を長期化させる要因になります。

海外展開も監査を複雑にする

ニデックは世界各地に事業を展開する巨大企業です。

海外子会社が多ければ、監査も複雑になります。

各国の子会社から財務情報を集める。

現地の監査人と連携する。

現地で行われた監査手続きを確認する。

グループ全体として会計処理が統一されているか確認する。

問題が見つかれば、ほかの国や子会社にも同じ問題がないか検討する。

国内企業だけを監査する場合とは異なる難しさがあります。

ニデック側は今後、複数の国で財務処理に影響を及ぼしている人材を特定し、配置や役割を見直す考えを示しています。

問題がグローバルに広がれば、監査に必要な作業も一段と増えます。

監査報酬170億円は問題解決費ではない

監査報酬が約170億円に達したと聞くと、それだけの費用を払ったのだから適正意見を得られるはずだと考えるかもしれません。

しかし、監査報酬は監査意見を購入するためのお金ではありません。

監査法人は報酬を受け取っていても、十分な監査証拠を得られなければ適正意見を出すことはできません。

むしろ独立性を守るためには、企業側が望む結論と監査法人の判断を切り離す必要があります。

高額な監査報酬を支払ったから適正意見が出るのであれば、監査制度そのものへの信頼が失われてしまいます。

監査コストの増加は株主にも関係する

約170億円という監査報酬は企業にとってコストです。

最終的には企業利益を減少させます。

つまり、監査問題が長期化することによる負担は、経営者や経理部門だけの問題ではありません。

株主にも影響します。

さらに監査対応に社員が長時間を費やせば、その人材を本来の事業活動に投入できなくなります。

監査対応のために外部専門家を雇えば、追加費用も発生します。

会計不正による経済的損失は、決算修正額だけでは測れません。

その後に必要となる監査、調査、法律、人事、内部統制改革などのコストまで考える必要があります。

本当に必要なのは会社側の監査可能性

企業にとって重要なのは、監査法人の人数を増やすことではありません。

監査しやすい会社になることです。

取引記録が適切に保存されている。

会計判断の根拠が文書化されている。

事業計画の前提が説明できる。

経理担当者の責任と権限が明確になっている。

内部統制が実際に機能している。

不適切な会計処理に関与した人が財務報告に影響を与えられない。

こうした状態になれば、監査法人は効率的に監査証拠を集めることができます。

逆に、この土台が崩れていれば監査人を何百人増やしても限界があります。

結論

ニデックの監査に約730人が投入され、監査報酬が約170億円に達したにもかかわらず、意見不表明となったことは象徴的です。

監査は、人員や費用を投入すれば必ず完成する仕事ではありません。

重要なのは、企業側に信頼できる財務報告の仕組みが存在することです。

会社から提出される資料を信用できる。

担当者の説明を検証できる。

会計判断の根拠が残っている。

内部統制が機能している。

こうした条件がそろって初めて、監査法人は効率的に監査を進めることができます。

約170億円という監査報酬と約730人という監査体制は、ニデック問題の大きさを示す数字であると同時に、もう1つ重要なことを教えてくれます。

監査の品質を支えるのは監査法人だけではありません。

企業自身が「監査できる会社」であることが、信頼できる財務報告の出発点なのです。

参考

日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 PwC「信頼できぬ」 迫る有報提出期限、水面下で攻防

日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 ニデック、人事の刷新必須 上場維持への条件

日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 ニデック減損、過剰投資の蓄積原因 戒田社長「最後に貢献」

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