金融庁が、上場企業の経営者に対して、有価証券報告書を正しく作成し開示するための社内手続きを自ら確認し、その仕組みが適切に機能していることを宣言するよう義務付ける方針です。
2027年春にも内閣府令を改正する方向で検討されています。
これまで上場企業の経営者は、有価証券報告書と同時に提出する確認書で、有価証券報告書の内容が金融商品取引法に基づいて適正に記載されていることなどを確認していました。
今回の見直しでは、単に完成した有価証券報告書の内容を確認するだけではありません。
正しい有価証券報告書を作るための社内手続きが整備されているのか、そのチェック体制が実際に機能しているのかまで、経営者自身が確認することになります。
会計不正を経理部門や監査部門だけの問題にせず、経営トップ自身の責任として位置付けようとしているのです。
有価証券報告書とは何か
有価証券報告書は、上場企業などが事業年度ごとに提出する重要な開示書類です。
企業の売上高や利益、資産、負債といった財務情報だけでなく、事業内容、経営上のリスク、設備の状況、役員、株式など、投資家が企業を判断するための幅広い情報が記載されています。
投資家はこうした情報を見ながら、その会社の株式を買うのか、保有し続けるのか、売却するのかを判断します。
そのため、有価証券報告書に虚偽の情報が記載されれば、投資家の判断を大きく誤らせる可能性があります。
企業の情報開示制度では、単に情報を公表するだけではなく、その情報が正確であることが非常に重要になります。
確認書とは何か
今回の制度改正で重要になるのが確認書です。
上場企業などは有価証券報告書を提出する際、原則として確認書も提出します。
現行制度では、経営者が有価証券報告書の記載内容について、金融商品取引法に基づき適正に記載されていることを確認した旨などを記載します。
つまり、完成した有価証券報告書について経営トップが確認する仕組みです。
しかし、会計不正を防止するためには、完成した書類を見るだけでは十分とは限りません。
重要なのは、その数字や情報がどのような手続きを経て作られたのかという部分です。
そこで金融庁は、確認書の内容そのものを厳格化しようとしています。
経営者は何を確認することになるのか
今回の改正では、大きく二つの内容について経営トップらが確認することが想定されています。
一つは、正確な有価証券報告書を作成して開示するための手続きが社内に整備されていることです。
もう一つは、そのチェック体制が実際に機能しているかについて、経営者自身が点検したことです。
ここが大きなポイントです。
社内規程やチェックリストが存在するだけでは足りません。
その仕組みが現実の業務の中できちんと動いているのかまで確認することが求められます。
たとえば売上を計上するときに必要な承認が行われているのか、重要な会計処理について複数の担当者が確認しているのか、異常な取引を発見した場合に経営陣まで情報が上がる仕組みになっているのかといった点です。
制度が存在することと、制度が機能していることは別だからです。
なぜ経営者本人の確認が重要なのか
大企業では、実際の会計処理を経理部門が担当します。
そのため、会計不正が発覚すると、担当部署や担当者の問題として捉えられることがあります。
しかし、有価証券報告書は会社として投資家に提出する書類です。
経理部門だけが責任を負うものではありません。
経営者には、正確な財務情報を作成できる組織を構築する責任があります。
今回の見直しは、この経営責任をより明確にするものと考えることができます。
経営者が公的な書類に自分の名前を記載して、社内のチェック体制を確認したと宣言することになれば、
「経理部門に任せていたので知らなかった」
という説明はしにくくなります。
経営者自身が会計や情報開示の体制に関心を持つことを制度によって促す狙いがあります。
内部統制とは何か
ここで関係してくるのが内部統制です。
内部統制とは、企業が業務を適正に行うために社内に設ける仕組みのことです。
代表的なものとして、担当者と承認者を分ける職務分掌があります。
一人の担当者が取引の実行から会計処理、承認まですべてできる状態では、不正が発生しても発見されにくくなります。
そこで複数の人が業務に関与することで、不正やミスを発見しやすくします。
ほかにも、取引の承認手続き、会計データへのアクセス制限、定期的な残高確認、内部監査などがあります。
こうした仕組みを組み合わせることで、会計不正や誤りを防止したり、早期に発見したりします。
内部統制報告制度とはどう違うのか
上場企業には、すでに財務報告に係る内部統制報告制度があります。
いわゆるJ SOXと呼ばれる制度です。
経営者が財務報告に関する内部統制を評価し、その結果を内部統制報告書として提出します。
そのため、
「すでに経営者が内部統制を評価しているのであれば、今回の確認書の厳格化は何が違うのか」
という疑問も生じます。
両者は関係していますが、役割は同じではありません。
内部統制報告書は、財務報告に係る内部統制について経営者が評価した結果を報告するものです。
一方、確認書は、有価証券報告書などの記載内容について経営者が確認するための書類です。
今回の改正では、この確認書についても、完成した有価証券報告書の内容だけではなく、その作成や開示を支える社内手続きまで経営者の確認対象として明確にしようとしています。
つまり、情報開示に対する経営者の責任を、より直接的に確認書へ反映させる方向だと考えられます。
経営者は会計数字だけを見ればよいわけではない
今回の制度改正で重要なのは、経営者に細かな仕訳まで確認させることではありません。
大企業の経営トップがすべての取引や仕訳を直接確認することは現実的ではありません。
経営者に求められるのは、正しい数字が作られる仕組みが会社の中に存在し、それが機能していることを確認することです。
たとえば重要な会計判断について誰が承認しているのか。
子会社から上がってくる数字はどのようにチェックされているのか。
異常な取引が発見された場合、経営トップまで報告されるのか。
内部監査部門や監査役などが指摘した問題について、改善状況を誰が確認しているのか。
こうした仕組みを経営者自身が把握することが重要になります。
会計不正を完全になくす制度ではない
もちろん、経営者による宣言を義務付けたからといって、会計不正が完全になくなるわけではありません。
経営者自身が不正に関与している場合には、確認制度だけで不正を防ぐことは難しくなります。
また、形式的なチェックだけを行い、実態を十分に確認しない可能性もあります。
そのため、監査法人による会計監査、監査役や監査委員会による監督、内部監査、内部通報制度などと組み合わせる必要があります。
重要なのは、経営者による確認を新たな書類作成業務として終わらせないことです。
経営トップが財務報告や情報開示の仕組みに実際に関与することによって、制度の意味が生まれます。
経営者の責任が書類の内容から仕組みへ広がる
今回の改正を理解するうえで重要なのは、経営者が確認する対象が広がることです。
これまでは、
「この有価証券報告書は適正に記載されています」
という完成した書類に対する確認が中心でした。
今後はそれに加えて、
「正しい有価証券報告書を作るための仕組みがあります」
「その仕組みが実際に機能していることを自分で確認しました」
というところまで経営者が責任を持つ方向になります。
これは小さな違いに見えて、企業経営では大きな意味があります。
会計不正が起きた後に責任を追及するだけではなく、不正が起きにくい会社の仕組みを経営者自身に作らせるという考え方だからです。
結論
金融庁は、上場企業の経営者に対して、有価証券報告書を正確に作成し開示するための社内手続きが整備され、そのチェック体制が実際に機能していることを自ら確認して宣言するよう義務付ける方針です。
2027年春にも内閣府令を改正する方向です。
ポイントは、経営者が有価証券報告書の完成後の内容だけを確認するのではなく、その数字や情報を作り出す社内の仕組みまで確認することです。
会計不正は経理部門だけの問題ではありません。
正しい財務情報を作り、投資家へ開示できる組織を構築すること自体が経営者の仕事です。
今回の確認書の厳格化は、その責任を公的な書類の上でも明確にしようとするものです。
制度が導入された場合、経営トップに求められるのは単なる署名ではなく、
「自社の数字はどのような仕組みで作られ、誰がチェックし、その仕組みが本当に機能しているのか」
を自分自身で説明できる状態にすることだと考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年8月29日 朝刊 会計、経営者自ら確認 不正防止へ「宣言」義務付け 金融庁