監査法人が出す監査意見の中でも、特に重大なのが「不適正意見」と「意見不表明」です。
どちらも通常の上場企業ではほとんど見ることがない監査意見ですが、その意味は大きく異なります。
不適正意見は、監査法人が十分な監査証拠を集めたうえで、財務諸表に重大な問題があると判断したものです。
一方、意見不表明は、監査法人が十分な監査証拠を集められず、財務諸表が適正なのかどうかについて判断そのものができない状態です。
ニデックの2026年3月期有価証券報告書では、PwCジャパン監査法人が意見不表明としました。
では、不適正意見と意見不表明では、どちらの方が深刻なのでしょうか。
実は単純に優劣をつけることはできません。重要なのは、それぞれが何を意味しているのかを理解することです。
不適正意見は財務諸表に重大な問題がある
監査法人は会社が作成した財務諸表について監査を行います。
その結果、重要な虚偽表示が存在すると判断した場合には、通常の無限定適正意見を出すことはできません。
ただし、問題の影響が限定的であれば限定付き適正意見となる場合があります。
問題がさらに大きく、財務諸表全体に広く影響している場合に出されるのが不適正意見です。
例えば、本来計上すべき巨額の損失を会社が計上しておらず、その影響が利益や純資産など財務諸表全体に及んでいるとします。
監査法人が必要な証拠を入手し、その会計処理が不適切であると判断できるのであれば、不適正意見につながる可能性があります。
つまり不適正意見では、監査法人は問題の存在を把握しています。
意見不表明は判断するための材料が足りない
これに対して意見不表明は性質が違います。
監査法人が財務諸表について判断するための十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合です。
例えば重要な取引の資料を入手できない。
海外子会社について必要な監査手続きを実施できない。
不正会計の調査が終わっていない。
経営者や担当者から得られる説明の信頼性に重大な疑問がある。
こうした事情によって、財務諸表にどの程度の影響があるのか判断できないことがあります。
つまり意見不表明は「問題がない」という意味ではありません。
問題がどこまで存在するのか確認できないため、監査法人が意見を出せない状態です。
2つの違いは監査証拠にある
不適正意見と意見不表明の違いを理解する鍵は「監査証拠」です。
不適正意見では、監査法人が判断に必要な証拠を集めています。
そして、その証拠を検討した結果、財務諸表に重要かつ広範な虚偽表示があると判断しています。
一方、意見不表明では、その判断に必要な証拠が十分に集まりません。
そのため財務諸表が適正とも、不適正とも結論付けることができません。
不適正意見は「調べた結果、重大な問題がある」。
意見不表明は「十分に調べられず、結論を出せない」。
この違いを押さえると理解しやすくなります。
意見不表明だから不適正意見より軽いとは限らない
判断できないのであれば、不適正と断定されるより問題は軽いようにも見えます。
しかし、必ずしもそうではありません。
監査法人が十分な証拠を得られないということ自体が、上場企業では重大な問題だからです。
上場企業には財務諸表を適正に作成するだけでなく、その数字を第三者が検証できる状態にしておくことが求められます。
帳簿や契約書などを保存する。
子会社から正確な財務情報を集める。
監査法人から質問を受ければ必要な資料を提示する。
経営者や担当者が正確な説明をする。
こうした仕組みも財務報告の信頼性を支えています。
それが機能していなければ、たとえ最終的な決算数値が正しかったとしても、監査法人はその正しさを確認できません。
虚偽説明がある場合はさらに問題が広がる
ニデックの場合には、監査証拠を十分に入手できなかったというだけではありません。
PwCジャパン監査法人は、会計監査人に虚偽の説明を行った役職員の一部が、会社やグループ会社の財務報告プロセスで責任ある立場を担当していると指摘しています。
ここが重要です。
監査法人への説明に問題があった場合、監査人はその人物から過去に提供された情報についても慎重に検証する必要が生じます。
さらに、その人物が財務報告プロセスで重要な役割を担っていれば、その影響が複数の会計処理や子会社に広がっていないか確認する必要があります。
特定の数字を修正するだけでは解決できない可能性が出てきます。
問題が内部統制や企業統治にまで広がるわけです。
不適正意見なら問題の範囲が分かる場合もある
不適正意見には明確な問題があります。
一方で、監査法人が問題の内容を把握できているという側面もあります。
例えば特定の会計処理が不適切であり、修正すべき金額も把握できているのであれば、会社がその会計処理を修正することで財務諸表を適正な状態に近づけられる可能性があります。
もちろん、不適正意見自体が極めて重大であることに変わりはありません。
ただ、何が問題なのか分かっている状態と、問題の全体像を確認できない状態では、改善の進め方も違います。
意見不表明の場合には、まず監査を成立させるための環境そのものを整えなければならない場合があります。
上場制度ではどちらも重大
東京証券取引所の上場制度においても、不適正意見と意見不表明は重要な意味を持ちます。
監査報告書に不適正意見または意見不表明が記載され、それを踏まえて市場の秩序を維持することが困難だと東証が判断する場合には、上場廃止に関わる問題となります。
ただし、不適正意見や意見不表明が付いたからといって、自動的に上場廃止になるわけではありません。
なぜその監査意見になったのか。
問題がどの程度広がっているのか。
会社がどのような改善策を講じているのか。
内部管理体制が改善されているのか。
こうした事情も重要になります。
したがって監査意見の名称だけで上場維持の結論を判断することはできません。
監査意見は4段階の成績表ではない
監査意見について誤解しやすいのが、4種類を単純な順位として考えることです。
無限定適正意見が最も良く、限定付き適正意見、その次が不適正意見、最も悪いのが意見不表明という4段階の成績表ではありません。
不適正意見と意見不表明では、監査人が直面している問題の性質が違います。
不適正意見では財務諸表そのものに重大な問題があります。
意見不表明では監査人が財務諸表について判断するための十分な証拠を得られないという問題があります。
投資家にとって大切なのは、どちらが上か下かではなく、その企業で何が起きているのかを確認することです。
翌年度の監査意見も重要になる
監査意見を見るときには、1年分だけではなく推移を見る必要があります。
例えば意見不表明となった企業が、問題を調査して内部統制を改善し、翌年度には限定付き適正意見、その後は無限定適正意見となれば、監査上の問題が改善していることを確認できます。
反対に意見不表明が何度も続くのであれば、問題が短期間で解消されていないことになります。
ニデックでは3回連続で意見不表明となりました。
そのため今後は、単に決算数値を修正するだけではなく、監査法人が十分な監査証拠を入手できる財務報告体制を構築できるかが重要になります。
投資家は監査報告書の根拠を読む
決算を見るとき、多くの人は損益計算書や貸借対照表から読み始めます。
しかし不適正意見や意見不表明が付いている企業の場合には、監査報告書も重要です。
特に確認したいのが、その意見を出した根拠です。
どの会計処理が問題なのか。
どの監査証拠を入手できなかったのか。
影響する金額はどの程度なのか。
問題が特定の事業や子会社に限定されているのか。
経営者の説明や内部統制そのものに問題があるのか。
これらを確認することで、監査意見の背景が見えてきます。
結論
不適正意見と意見不表明について、単純にどちらが深刻かを決めることはできません。
不適正意見は、十分な監査証拠を得た結果、財務諸表に重要かつ広範な問題があると監査法人が判断したものです。
意見不表明は、十分な監査証拠を得られず、財務諸表について意見そのものを形成できない状態です。
つまり問題の性質が違います。
特に意見不表明では、なぜ監査証拠を入手できなかったのかが重要です。
単なる資料不足なのか、不正調査が終わっていないのか、それとも経営者や役職員の説明そのものの信頼性が損なわれているのか。
監査意見は4段階の成績表ではありません。
その企業の財務報告にどのような問題が生じているのかを知らせる重要な情報です。
投資家に求められるのは監査意見の名称だけを見ることではなく、その根拠まで確認することです。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「ニデック監査、再び不表明 前期有報 上場維持厳しさ増す 最終赤字5646億円」
日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「ニデック統治、再構築急ぐ PwC『適切な監査証拠入手できず』 東証報告、月末に迫る」
日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「監査意見 財務情報の信頼性高める」