日本では人手不足が続いています。
ところが、パートなどの短時間労働者そのものは減っていません。
2025年の短時間労働者数は1,614万人となり、2019年と比べて5%増えています。
それにもかかわらず、人数と1人当たりの労働時間を掛け合わせた労働供給量は2%減少しました。
この減少分は、短時間労働者34.8万人分の労働力に相当するとされています。
34.8万人の人が突然仕事を辞めたわけではありません。
多くの人が少しずつ働く時間を短くした結果、合計すると34.8万人分に相当する労働時間が失われたということです。
この数字には、日本の人手不足を考える重要なヒントがあります。
消えたのは人ではなく時間
34.8万人という数字を見ると、大量の人が労働市場から退出したように感じるかもしれません。
しかし、実際に減ったのは人数ではなく労働時間です。
例えば100人がそれぞれ月100時間働いていれば、全体では月1万時間です。
その100人がそれぞれ月95時間に勤務を減らせば、全体では9,500時間になります。
働いている人数は変わりません。
しかし、500時間分の労働力が減っています。
この小さな減少が1,600万人を超える短時間労働者全体で起きれば、非常に大きな数字になります。
1人当たりの労働時間は月79.1時間
厚生労働省によると、2025年の短時間労働者1人当たりの総実労働時間は月79.1時間でした。
2019年と比べて7%減っています。
短時間で働く高齢者の増加なども大きな要因です。
さらに最低賃金の大幅な引き上げが進んだ2023年以降は、3年連続で減少しました。
1人当たりでは数時間の変化でも、対象となる人数が1,614万人いれば、日本全体の労働供給には大きな影響を与えます。
年収の壁も時間を減らす
労働時間が減少する理由は1つではありません。
その中の1つが年収の壁です。
配偶者の社会保険の扶養に入り続けたい人は、130万円などの基準を意識して働く時間を調整することがあります。
2026年10月から106万円の賃金要件は撤廃されました。
しかし、130万円の壁は残っています。
さらに社会保険加入に関係する週20時間という労働時間要件もあります。
年収や勤務時間の一定ラインを超えないように、多くの人が少しずつ勤務時間を調整すれば、経済全体では大きな労働力減少になります。
働き控えは408万人
伊藤忠総研の推計によると、年収の壁を意識して働く時間を抑えている短時間労働者は、2026年4月から6月に408万人いました。
2022年と比べれば37万人減っています。
それでも非常に大きな人数です。
仮に408万人が1人当たり週1時間だけ勤務を増やしたとします。
単純計算では、1週間で408万時間の追加労働力になります。
1人にとってはわずか1時間でも、数百万人単位で積み上げると大きな労働供給になります。
年収の壁が人手不足と結びつく理由はここにあります。
最低賃金上昇が時間調整を促す
2026年度の最低賃金の全国加重平均は1,177円です。
時給が上がれば、同じ時間働いていても年収は増えます。
収入を増やしたい人にはプラスです。
一方、扶養内など一定の年収に抑えたい人は、時給上昇分だけ勤務時間を減らすことがあります。
例えば時給が10%上昇しても、年収を以前と同じ水準に保とうとすれば、働く時間を減らす必要があります。
企業側から見ると、賃上げをしても提供される労働時間が増えないことになります。
場合によっては減少することもあります。
小さな勤務調整が大きな不足になる
年収の壁による働き控えは、個人単位で見るとそれほど大きなものではない場合があります。
週に1時間減らす。
月に数日シフトを減らす。
年末に勤務日を少なくする。
こうした調整です。
しかし、同じ行動を何百万人もの人が行えば話は変わります。
店舗や工場、給食施設などでは、その不足した時間を誰かが埋めなければなりません。
正社員が残業する。
他のパート社員が追加勤務する。
新しい人を採用する。
企業は何らかの対応を迫られます。
新しく34.8万人を採用するのは簡単ではない
失われた労働時間が34.8万人分に相当するのであれば、新しい人を採用して補えばよいようにも思えます。
しかし、日本では生産年齢人口が減少しています。
企業は既に人材の獲得競争をしています。
さらに、新しく採用した人が短時間勤務を希望すれば、必要な労働時間を確保するためには34.8万人より多くの人数が必要になる可能性があります。
採用、教育、シフト管理などのコストも発生します。
既に働いている人が少し勤務時間を増やすことと、同じ労働時間を新規採用だけで確保することでは、企業の負担が大きく異なります。
人手不足対策は採用だけではない
企業の人手不足対策というと、求人を増やすことが最初に思い浮かびます。
時給を上げる。
求人広告を増やす。
外国人材を採用する。
高齢者の雇用を増やす。
もちろん、どれも重要です。
しかし、もう1つ大きな労働力があります。
既に働いている人です。
現在週15時間働いている人が、希望すれば週18時間働ける。
週19時間の人が、制度上の壁を気にせず週22時間働ける。
こうした変化が何百万人規模で起これば、大きな労働供給になります。
潜在的な労働力をどう生かすか
年収の壁を意識している408万人全員が勤務時間を増やしたいわけではありません。
育児、介護、健康、学習などの事情から、短時間勤務を希望している人もいます。
短時間で働くこと自体を問題視するべきではありません。
重要なのは、もっと働きたいにもかかわらず、制度上の壁だけを理由に勤務時間を抑えている人がどの程度いるのかです。
その人たちは、新たに労働市場へ呼び込む必要のない潜在的な労働力です。
既に職場にいて、仕事の経験もあります。
その力を生かせる制度をつくることは、人手不足対策として大きな意味を持ちます。
労働力は人数だけでは測れない
日本の雇用を見るとき、就業者数は重要な指標です。
しかし、短時間労働者が増える社会では、それだけでは実態を十分に把握できません。
何人働いているのか。
1人何時間働いているのか。
そして、働きたい時間と実際の勤務時間に差があるのか。
この3つを合わせて見る必要があります。
1,614万人という人数の増加だけを見れば、短時間労働者の労働力は増えているように見えます。
しかし、総労働時間を見ると違う景色が見えてきます。
結論
短時間労働者全体の労働供給量は、2019年と比べて2%減少しています。
これは34.8万人分の労働力に相当します。
34.8万人が仕事を辞めたわけではありません。
1,600万人を超える短時間労働者の1人当たりの勤務時間が少しずつ短くなり、その積み重ねが大きな労働力減少になっています。
その背景には高齢者の短時間就業など複数の要因があり、年収の壁を意識した働き控えもその1つです。
人口減少が続く日本では、新しい働き手を探すだけでは人手不足を解決できません。
既に働いている人が、本人の希望に応じてもう少し長く働ける環境を整えることも重要です。
34.8万人分の労働力は、どこかへ消えたわけではありません。
多くの人が少しずつ減らした勤務時間の中にあります。
その時間を無理なく生かせる制度をつくれるかどうかが、これからの日本の労働力を考える重要な課題になります。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 労働臨界「働き控え」なお400万人超 「年収の壁」106万円撤廃