学校、病院、介護施設、企業などで毎日の食事を支えている給食業界で、人手不足が大きな課題になっています。
その一方で、求人では扶養内勤務を意識した動きが強まっています。
企業の採用支援を手掛けるHRソリューションズによると、2026年1月から9月の各月1日に公開されていた給食関連の求人は約28万4,300件ありました。
このうち「扶養外」を除き「扶養」と記載した求人は8.9%を占めています。
前年同期から6.8ポイント増加しました。
短期間で大きく上昇していることが特徴です。
なぜ給食業界では、年収の壁による働き控えの影響が大きくなりやすいのでしょうか。
給食は短時間勤務と相性がよい
給食の仕事には、調理、盛り付け、配膳、食器洗浄、清掃などさまざまな業務があります。
学校給食であれば、昼食の提供時間を中心に仕事が発生します。
企業の社員食堂でも昼の時間帯に業務が集中するケースがあります。
そのため、朝から昼過ぎまでなど、比較的短い時間で働ける仕事が多くあります。
家庭の事情でフルタイム勤務が難しい人にとって働きやすい職場になりやすく、短時間労働者が重要な戦力となっています。
この働き方の特徴が、扶養内勤務とも結びつきやすくなっています。
扶養内勤務が採用条件になる
短時間で働きたい人の中には、社会保険の扶養内に収入を抑えたい人もいます。
そのため、求人票に扶養内勤務が可能かどうかが書かれていることは重要です。
企業側も人材を確保するため、そのニーズに対応します。
扶養内勤務OKと明示する。
勤務日数を選べるようにする。
短時間のシフトを設定する。
こうした条件を用意することで応募者を増やそうとします。
扶養を記載した求人が8.9%まで増えた背景には、企業側の採用難もあると考えられます。
106万円がなくなっても問題は残る
2026年10月には、短時間労働者の社会保険加入をめぐる106万円の賃金要件が撤廃されました。
これによって106万円以内に収入を抑えるという働き方は意味を失っていきます。
しかし、社会保険加入に関係する週20時間という労働時間要件は残っています。
配偶者の社会保険の扶養に関係する130万円の壁もあります。
そのため、106万円の壁がなくなったからといって、給食業界の働き控えが直ちになくなるとは限りません。
むしろ今後は、週20時間や130万円という別の基準が意識される可能性があります。
最低賃金上昇で働ける時間が短くなる
2026年度の最低賃金の全国加重平均は1,177円となります。
時給が上昇することは、働く人の所得を増やすために重要です。
しかし、扶養内に収入を抑えたい人には別の問題が生じます。
同じ時間働けば年収が増えるため、一定の年収以内に収めるには勤務時間を減らす必要があるからです。
仮に年収130万円を目安として単純計算すると、時給1,177円で働ける時間は年間約1,104時間です。
52週で割れば週平均約21時間になります。
時給がさらに上昇すれば、同じ130万円以内で働ける時間はさらに短くなります。
給食は必要な仕事量を減らしにくい
給食業界の難しさは、従業員の勤務時間が減ったからといって、提供する食事の数を簡単に減らせないことです。
学校であれば決められた時間までに必要な人数分の給食を用意しなければなりません。
病院や介護施設では、毎日の食事提供を止めることはできません。
食事の内容によっては、利用者ごとの健康状態や食事制限への対応も必要です。
必要な作業量がある程度決まっているため、1人の勤務時間が減れば、その仕事を別の人が補う必要があります。
短い時間に人手が集中して必要になる
給食業務には、時間帯によって仕事量が大きく変わるという特徴もあります。
昼食を提供する直前には、多くの作業を短時間で終えなければなりません。
その時間帯に必要な人数がそろわなければ、現場の負担が急激に大きくなります。
1日全体で何時間働いたかだけではなく、必要な時間帯に何人いるかが重要です。
年収の壁を理由に勤務日数や勤務時間を減らす人が増えると、こうしたピーク時間の人員確保が難しくなります。
1人減れば残った人の負担が増える
例えば5人で担当していた作業を、勤務調整によって4人で行わなければならなくなったとします。
提供する食事数が変わらなければ、1人当たりの作業量は増えます。
残業で対応する。
正社員や責任者が穴を埋める。
他のパート社員に追加勤務を依頼する。
こうした対応が必要になります。
しかし、他のパート社員も年収の壁を意識していれば、追加勤務を頼みにくくなります。
働き控えが1人だけの問題ではなく、職場全体へ連鎖する可能性があります。
採用しても短時間勤務なら人数が必要になる
企業は不足した労働時間を補うため、新しい人を採用します。
ところが、新たに採用した人も扶養内勤務を希望していれば、1人当たりの勤務時間は限定されます。
その結果、必要な総労働時間を確保するために、さらに多くの人数を採用しなければなりません。
人数が増えれば採用や教育、勤怠管理の負担も増えます。
人手不足の時代に、短い労働時間を多くの人でつなぐ雇用モデルを維持することは、次第に難しくなります。
給食の人手不足は生活にも直結する
スーパーや外食の人手不足も深刻ですが、給食には別の重要性があります。
学校、病院、介護施設など、日常生活に欠かせない場所でサービスを提供しているからです。
人手不足によって現場の運営が難しくなれば、単に企業の売上が減るという問題では済みません。
食事を必要とする人へのサービスにも影響する可能性があります。
その意味で、給食業界における労働力確保は社会インフラの維持という側面も持っています。
年収の壁は現場の問題でもある
年収の壁は税制や社会保険制度の話として説明されることが多くあります。
しかし、実際には現場の人員配置に直結しています。
1人がシフトを1時間減らす。
勤務日を月に数日減らす。
年末に勤務を休む。
個人単位では小さな調整でも、多くの人が同時に行えば大きな労働力減少になります。
給食のように一定の時間までに一定量の仕事を終える必要がある業界では、その影響が特に表れやすくなります。
結論
給食業界で扶養を意識した求人が増えている背景には、短時間労働者を確保しなければ現場を維持できないという事情があります。
2026年1月から9月の求人では、扶養を記載した割合が8.9%となり、前年同期から6.8ポイント上昇しました。
一方、最低賃金が上昇すれば、扶養内で働ける時間は短くなります。
106万円の賃金要件が撤廃されても、130万円の壁や週20時間という基準は残っています。
給食は必要な時間に必要な人数を確保しなければならない仕事です。
そのため、働き控えによる1人当たりの勤務時間減少が、現場全体の人手不足につながりやすい特徴があります。
年収の壁は、個人の手取りだけの問題ではありません。
学校、病院、介護施設などを支えるサービスの持続可能性にも関係しています。
給食業界の求人動向は、年収の壁が社会全体の労働力問題へ広がっていることを示す象徴的な事例といえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 労働臨界「働き控え」なお400万人超 「年収の壁」106万円撤廃