企業の資本効率を測る代表的な指標がROEです。
ROEは株主が出資した資本を使って企業がどれだけ利益を生み出したのかを見る指標として、投資家や経営者から重視されています。
例えばROEが5%の企業と10%の企業があれば、単純には10%の企業の方が自己資本を効率的に使って利益を生み出しているように見えます。
しかし、ここで注意したいことがあります。
2社が異なる会計基準を採用している場合です。
日本基準とIFRSでは、のれん、減損、リースなどの会計処理が異なります。
その結果、ROEの分子となる利益と分母となる自己資本の両方に違いが生じる可能性があります。
ROEという同じ指標であっても、その数字が作られる過程が同じとは限らないのです。
ROEは利益と自己資本で決まる
ROEは、一般的には当期純利益を自己資本で割って計算します。
例えば当期純利益が500億円、自己資本が1兆円なら、単純計算のROEは5%です。
利益が1,000億円に増え、自己資本が1兆円のままならROEは10%になります。
一方、利益が500億円のままでも、自己資本が5,000億円まで減少すればROEは10%になります。
つまりROEは、利益が増える場合だけでなく、自己資本が減ることによっても上昇します。
この仕組みを理解することが、IFRS企業のROEを見る出発点です。
IFRSではのれんを規則的に償却しない
日本基準とIFRSの代表的な違いが、のれんです。
日本基準では、のれんを原則として20年以内の合理的な期間にわたって規則的に償却します。
例えば企業買収によって1,000億円ののれんが発生し、10年間で償却するとします。
単純計算では毎年100億円の償却費が発生します。
一方、IFRSではのれんを毎期規則的には償却しません。
減損が発生しない限り、日本基準で発生する毎年の償却費に相当する費用がありません。
そのため、同じようなM&Aを行った企業でも、IFRS企業の方が利益が大きく見える場合があります。
利益が大きくなればROEも高くなりやすい
例えば2社の自己資本がともに5,000億円だったとします。
日本基準の企業Aは、のれん償却前の利益が500億円、のれん償却費が100億円だったとします。
単純化すると利益は400億円です。
ROEは8%です。
一方、IFRS企業Bでは同様ののれんについて規則的な償却を行わないとします。
ほかの条件が同じであれば利益は500億円となり、ROEは10%です。
A社が8%、B社が10%です。
数字だけを見るとB社の資本効率が高く見えます。
しかし、この差の一部は事業の収益力ではなく、のれんの会計処理から生じています。
M&Aの多い企業ほど影響が大きい
のれんの違いは、M&Aを積極的に行う企業ほど重要になります。
買収を繰り返すと、のれん残高も大きくなりやすくなります。
日本基準企業では、そののれんに対する償却費が毎年発生します。
IFRS企業では規則的な償却を行いません。
そのため、M&Aを成長戦略の中心にしている企業同士を比較するときには、採用する会計基準によって利益やROEの見え方が変わる可能性があります。
単純にROEだけを並べて比較することには注意が必要です。
減損が発生すると関係が逆転することもある
IFRSののれんは償却しない代わりに、少なくとも毎年減損テストを行います。
買収した事業の収益力が低下すれば、多額の減損損失が一度に発生する可能性があります。
例えばそれまで10%前後のROEを維持していた企業が、巨額ののれん減損によって大幅な赤字になれば、その年度のROEも大きく悪化します。
つまり、IFRSではのれん非償却によって平時の利益が高く見える一方、減損が発生した年度には利益が大きく落ち込む可能性があります。
複数年度で見ることが重要です。
IFRS移行で自己資本が減る場合もある
IFRS移行では、ROEの分母となる自己資本も変化します。
減損。
リース。
退職給付。
資産評価。
こうした項目をIFRSに合わせて調整した結果、純資産が大幅に減少する場合があります。
出光興産では、2025年4月1日のIFRS移行日時点で純資産が約4,700億円減少しました。
こうした大幅な調整が発生すれば、ROEにも影響します。
利益が変わらなくても、分母となる自己資本が小さくなればROEは上昇する可能性があります。
ROE上昇が2つの方向から起こることもある
IFRS移行では、ROEの分子と分母の両方がROEを押し上げる方向に動く場合があります。
例えば、のれん償却費がなくなって利益が増える。
同時に、減損などによって自己資本が減る。
この2つが同時に発生すると、ROEは大きく上昇する可能性があります。
しかし、企業の売上やキャッシュフローが同じであれば、そのROE上昇のすべてを経営改善の成果と考えることはできません。
ROEが何%になったかより、なぜその数字になったのかを見ることが重要です。
リースも資本効率の見え方を変える
IFRSでは多くのリースについて、使用権資産とリース負債を貸借対照表に計上します。
そのため、店舗や事務所、倉庫などを多く借りている企業では、総資産や負債が大きくなる場合があります。
ROEそのものだけでなく、ROAやROICなど他の資本効率指標にも影響します。
企業が不動産を所有しているのか、借りているのかという経営戦略によっても財務指標の見え方が変わります。
会計基準と事業モデルの両方を考える必要があります。
ROEを3つに分解して考える
ROEを見るときに役立つのが、ROEを複数の要素に分解する考え方です。
代表的なのがデュポン分析です。
ROEを大きく分けると、利益率、資産効率、財務レバレッジという要素から考えることができます。
利益率が改善したのか。
少ない資産で売上を生み出せるようになったのか。
自己資本に対して負債を多く利用するようになったのか。
同じROE上昇でも原因によって意味が異なります。
IFRS移行企業では、会計基準変更がどの要素に影響したのかを見ることが重要です。
キャッシュフローとROEを組み合わせる
ROEの上昇が本当に企業の稼ぐ力の改善を伴っているのかを見るには、キャッシュフローも役立ちます。
ROEが5%から10%へ上昇した。
同時に営業キャッシュフローも大きく増加した。
この場合、本業の改善がROE上昇に寄与している可能性があります。
一方、ROEが大きく上昇しているのに営業キャッシュフローがほとんど変化していなければ、会計処理や資本構成の変化が大きく影響している可能性があります。
ROEと現金創出力をセットで見ることが重要です。
ROICも確認する
企業の資本効率を見る場合、ROEだけでなくROICを確認する方法もあります。
ROEは株主資本に対する利益を見る指標です。
一方、ROICは事業に投入された資本に対して、どれだけ利益を生み出しているのかを見るために使われます。
ただし、ROICも計算方法が企業によって異なることがあるため、数字だけを単純比較することには注意が必要です。
企業がどのような定義でROICを計算しているのかを確認することが大切です。
同業他社比較では会計基準を確認する
例えば同じ業界に3社あり、ROEがそれぞれ8%、10%、12%だったとします。
12%の企業が最も資本効率が高いとすぐに判断したくなるかもしれません。
しかし、1社が日本基準、2社がIFRSであれば、のれんなどの会計処理に違いがあります。
さらに各社のM&Aの規模や負債の利用状況も異なります。
したがって、ROEを比較するときには少なくとも採用会計基準、のれん残高、利益率、自己資本比率、負債、キャッシュフローなどを確認する必要があります。
過去との比較でも同じ物差しを使う
同じ企業のROE推移を見る場合にも注意が必要です。
例えば日本基準時代のROEが6%、IFRS移行後が9%になったとします。
3ポイント改善しています。
しかし、日本基準の6%とIFRSの9%では計算の基礎となる利益や自己資本が異なっている可能性があります。
企業が比較年度についてIFRSベースに組み替えた数字を開示している場合には、その数字を利用した方が実態を把握しやすくなります。
同じ物差しで比較することが重要です。
結論
ROEは企業の資本効率を見るうえで非常に重要な指標です。
しかし、日本基準企業とIFRS企業のROEをそのまま比較すると、企業の本当の収益力を見誤る可能性があります。
のれんを規則的に償却するかどうかによって利益が変わる。
減損などによって自己資本が変わる。
リースによって資産や負債が変わる。
こうした会計基準の違いがROEに影響します。
大切なのはROEという1つの数字だけを見ることではありません。
利益はなぜ増えたのか。
自己資本はなぜ減ったのか。
営業キャッシュフローは増えているのか。
負債はどの程度あるのか。
M&Aによるのれんはどれだけ残っているのか。
こうした数字を組み合わせて見る必要があります。
ROEは企業を見るための便利な物差しです。
しかし、物差しの前提となる会計基準が違えば、同じ10%でも意味が同じとは限りません。
IFRS企業と日本基準企業を比較するときには、ROEの高さだけではなく、そのROEがどのように作られているのかを見ることが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 IFRS移行時の注目点