認知症などによって本人の判断能力が低下し、法定後見制度を利用すると、後見人などが本人の財産を管理することがあります。
そこで家族が疑問に感じるのが、後見人は本人のお金をどこまで使えるのかという問題です。
本人の銀行口座を管理するのであれば、生活費や介護費を支払うことはできます。
では家族との旅行費用はどうでしょうか。
孫へのお祝いはどうでしょうか。
毎年続けてきた子どもへの贈与はどうなるのでしょうか。
後見人の役割は、単純に本人のお金を使わずに保存することではありません。
一方で、本人のお金を家族の判断だけで自由に使うこともできません。
重要になるのが、本人の利益のための支出なのかという視点です。
本人のお金は最後まで本人のお金
最も重要な原則は、後見人が管理している財産の所有者は本人だということです。
後見人が銀行口座を管理していても、その預金が後見人の財産になるわけではありません。
家族が後見人になった場合も同じです。
例えば父親の長男が後見人になったとします。
父親の預金が3,000万円あったとしても、長男が自由に使える3,000万円ではありません。
父親の生活や介護などのために管理する財産です。
将来長男が相続する可能性があったとしても、父親が生きている間は父親の財産です。
生活費や介護費には当然使える
本人が生活するために必要なお金については、後見人が本人の財産から支払います。
日常の生活費。
家賃。
水道光熱費。
介護サービス費。
介護施設の利用料。
医療費。
税金。
社会保険料。
こうした本人の生活を維持するための支出は財産管理の基本になります。
後見制度は本人の財産を金庫に入れて保存する制度ではありません。
本人が生活するために財産を適切に使うことも後見人の重要な仕事です。
必要な住宅修繕にも使える
本人が自宅で生活している場合には、住宅に関する支出も必要になります。
雨漏りの修理。
給湯器の交換。
バリアフリー化。
介護に必要な住宅改修。
本人が安全に生活するために必要な支出であれば、本人の財産から支払うことが考えられます。
一方、本人の生活には必要のない大規模な改装を、将来その家を相続する子どものために行うとなれば意味が違ってきます。
同じ住宅への支出でも、誰のための支出なのかによって判断が変わります。
家族の生活費は自由に出せない
後見人が家族だからといって、本人の財産を家族の生活費として自由に使うことはできません。
例えば長男が父親の後見人になったケースで、長男自身の住宅ローンを父親の預金から支払うことは通常認められません。
長男の自動車購入費を父親の財産から出すことも同様です。
後見人には本人の財産と自分の財産を明確に区別することが求められます。
親子だから財布を一緒にしてよいという考え方ではありません。
家族への支出がすべて禁止されるわけではない
一方、本人のお金を家族のために使うことがすべて禁止されるわけでもありません。
例えば本人が配偶者の生活費を長年負担していた場合があります。
本人に扶養義務があり、これまでの生活状況などからみても相当な支出であれば、本人の財産から支払うことが考えられます。
本人と家族が同居していれば、食費や水道光熱費などを完全に分離することが難しい場合もあります。
重要なのは、その支出に合理的な理由があるかどうかです。
家族への支出だから直ちに問題になるのではなく、本人の生活や法律上の義務との関係を考える必要があります。
孫へのお祝いはどうなるのか
判断が難しいのが、本人が元気なころから続けてきた家族への支出です。
例えば毎年、孫の誕生日にお祝いを渡していたとします。
あるいは入学や結婚の際に一定額のお祝いを渡してきたかもしれません。
本人が認知症になったからといって、それまでの人間関係や生活習慣がすべてなくなるわけではありません。
本人の財産状況、これまでの支出状況、金額、本人の意思などを踏まえて考える必要があります。
ただし高額な贈与になれば、本人の財産を減少させる行為として慎重な判断が必要です。
相続税対策の生前贈与は別問題
さらに注意したいのが相続税対策としての生前贈与です。
本人が元気なころ、毎年子どもや孫へ贈与していた家庭もあるでしょう。
本人が認知症になった後も「これまで続けてきたから」と後見人が同じ贈与を続けたいと考えるかもしれません。
しかし相続税対策による贈与は、本人の財産を減らして将来の相続人へ移す行為です。
本人自身の利益になる支出とは性質が異なります。
後見人は本人の財産を本人のために管理する立場です。
将来の相続税を減らして相続人の手取りを増やすことを目的として、本人の財産を自由に贈与できるわけではありません。
本人の楽しみのためにも財産は使う
後見制度について、本人の財産をできるだけ減らさない制度だと考えるのも適切ではありません。
本人の人生は続いています。
趣味。
旅行。
外食。
衣服。
友人との交流。
本人がこれまで大切にしてきた生活があります。
本人の財産状況に余裕があり、本人の希望や生活歴に合った支出であれば、本人の生活の質を維持するために財産を使うことも重要です。
財産を残すことそのものが後見制度の目的ではありません。
本人のために財産を管理することが目的です。
将来の相続人ではなく現在の本人を見る
後見人が財産管理をするときに重要なのが、現在の本人と将来の相続人を区別することです。
例えば本人に5,000万円の預金があり、介護施設を選ぶ場面を考えます。
月額費用の高い施設に入れば、将来残る財産は少なくなります。
安い施設を選べば、相続財産は多く残るかもしれません。
しかし判断の中心になるのは、相続人にいくら残せるかではありません。
本人がどのような生活を望んでいるのかです。
本人の財産は本人の人生のために使う。
この考え方が基本になります。
高額な支出では慎重な判断が必要
日常的な生活費と違い、高額な支出については慎重な判断が必要になります。
不動産の購入や売却。
高額な住宅改修。
多額の贈与。
大きな資産運用。
こうした行為は本人の財産状況に大きな影響を与えます。
後見人が独断で判断するのではなく、必要に応じて家庭裁判所などに相談しながら進めることが重要になります。
特に本人の居住用不動産の処分については、成年後見人の場合、家庭裁判所の許可が必要となる仕組みがあります。
記録を残すことが重要
家族が後見人になった場合に特に重要なのが記録です。
本人の口座からいつ、いくら引き出したのか。
何に使ったのか。
領収書はあるのか。
本人のための支出なのか。
こうした記録を残します。
家族の中では当然の支出だと思っていても、数年後には理由を思い出せなくなることがあります。
また後見人は家庭裁判所に財産管理の状況を報告する必要があります。
本人の財産と後見人自身の財産を分け、客観的に説明できるようにしておくことが重要です。
制度改正では本人の意思がさらに重要になる
2026年6月に成立した改正法では、本人に必要な支援について個別に権限を設定する方向へ制度が変わります。
背景にある重要な考え方の一つが、本人の自己決定の尊重です。
認知症になったからといって、本人の意思がすべてなくなるわけではありません。
何を食べたいのか。
どこで暮らしたいのか。
何を楽しみたいのか。
誰と過ごしたいのか。
財産管理もこうした本人の希望と切り離すことはできません。
後見人の役割は単にお金を守ることから、本人が望む生活を財産面から支えることへと、より明確に変わっていくことになります。
結論
後見人は本人のお金を管理できますが、自由に使えるわけではありません。
管理している財産は最後まで本人の財産です。
生活費や介護費、医療費など本人の生活に必要な支出には使います。
一方、後見人自身の生活費や将来の相続人の利益を目的とした支出に自由に使うことはできません。
ただし財産を減らさないことだけが正解でもありません。
本人が旅行を楽しみたい。
趣味を続けたい。
より快適な介護施設で暮らしたい。
本人に十分な財産があり、その人らしい生活を続けるために必要なのであれば、財産を適切に使うことも重要です。
人生100年時代の財産管理で考えるべきなのは、最期にいくら残すかだけではありません。
自分が判断できなくなった後も、自分のお金を自分らしい生活のためにどう使ってほしいのか。
元気なうちにその希望を家族へ伝えておくことが、財産管理の重要な準備になるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 マネー相談 黄金堂パーラー 認知症と財産管理 上 変わる法定後見 必要なとき利用 解任も可能
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 改正法待たず早めに準備を