日本企業の海外展開が進むと、監査も日本国内だけでは完結しなくなります。
米国、中国、東南アジア、欧州などに多数の子会社を持つ企業では、それぞれの国で事業が行われ、その数字が最終的に日本の親会社の連結財務諸表に集約されます。
もし海外子会社で巨額の粉飾決算が行われていたら、日本の親会社を担当する監査法人には関係がないのでしょうか。
現地の監査人が監査していたのだから、日本の監査法人には責任がないと単純に考えることはできません。
ここで重要になるのがグループ監査です。
連結決算には海外子会社の数字も入ってくる
大企業の決算を見るとき、親会社単体の数字だけを見るとは限りません。
親会社と子会社などを1つの企業グループとしてまとめた連結財務諸表が重要になります。
例えば日本の親会社が、
日本で5,000億円、
海外で5,000億円、
合計1兆円の売上を上げていたとします。
海外子会社の売上が不正に1,000億円水増しされていれば、連結売上高にも影響します。
海外で行われた不正だから日本の決算とは無関係、とはいえません。
海外子会社の数字も連結財務諸表を構成しているからです。
世界中を日本の監査人だけで監査するのは難しい
巨大企業では、世界各地に数百社の子会社を持っていることもあります。
日本の監査チームが世界中の子会社へ出向き、すべてを直接監査することは現実的ではありません。
そこで海外拠点の監査には、現地の監査人が関与することがあります。
例えば日本の親会社を日本の監査法人が担当し、中国子会社については中国の監査人、米国子会社については米国の監査人が監査手続を行うという形です。
グループ全体の監査を複数の監査チームが分担するわけです。
現地監査人に任せれば終わりではない
ここで重要なのは、
海外子会社は現地の監査人に任せたので、日本側は何もしなくてよい、
という仕組みではないことです。
グループ全体の財務諸表について監査意見を表明する以上、グループ監査を担当する側には全体を見渡す役割があります。
どの子会社が重要なのか。
どこに重大な虚偽表示のリスクがあるのか。
海外の監査人にどのような監査を求めるのか。
重要な問題が見つかった場合にどのように報告してもらうのか。
こうしたことを考える必要があります。
単なる作業の丸投げではありません。
海外子会社の重要性は金額だけでは決まらない
どの海外子会社を重点的に監査するかを考えるとき、売上高や資産などの金額は重要です。
しかし金額だけを見ればよいとは限りません。
例えば規模は比較的小さくても、不正リスクが高い子会社があるかもしれません。
急激に売上が伸びている。
複雑な取引が増えている。
現地経営者への権限集中が強い。
過去に内部統制上の問題が見つかっている。
特殊な取引を行っている。
こうした事情があれば、グループ全体から見た金額が小さくても注意が必要になる場合があります。
国が違えば監査環境も違う
グループ監査を難しくする理由の1つが、国ごとの違いです。
言語。
商習慣。
法制度。
会計実務。
企業統治。
情報システム。
監査環境。
同じ企業グループでも、子会社が置かれている環境はそれぞれ異なります。
日本では不自然に見える取引が、現地では一般的な商慣行である場合もあります。
逆に、日本の親会社から見ると普通に見える数字の裏側に、現地特有のリスクが存在することもあります。
そのため現地事情を理解する監査人との連携が重要になります。
同じ国際ネットワークでも別法人である
ここで、このシリーズの最初に取り上げたビッグ4の構造が関係してきます。
PwC、デロイト、EY、KPMGなどは世界共通のブランドを使用していますが、各国のメンバーファームは法律上それぞれ別法人として運営されています。
日本のメンバーファームと中国のメンバーファームが同じブランドを使っていても、同じ法人とは限りません。
一方で、世界的な企業の監査を行うためには国境を越えた連携が必要です。
法律上は別法人。
しかし監査では協力する。
この構造が国際的なグループ監査の特徴です。
共通ブランドには品質への期待が生まれる
企業や投資家から見れば、
同じブランドの監査法人なのだから、世界中で同じ水準の監査が行われているのではないか、
という期待が生まれます。
そのため国際ネットワークでは、監査手法や品質管理などについて一定の共通化が図られています。
しかし各国のメンバーファームが法律上独立している以上、
海外メンバーの監査に問題があった場合、誰がどこまで責任を負うのか、
という難しい問題が生じます。
中国恒大問題でPwC Internationalの責任まで争点になっているのは、この国際ネットワーク特有の構造が背景にあります。
海外子会社の異常を親会社側でも考える必要がある
例えば海外子会社の売上高が前年から急増したとします。
現地監査人から、
特に問題はありません、
という報告が届いたとしても、それだけで終わってよいとは限りません。
なぜ売上が急増したのか。
親会社の事業計画と整合しているのか。
利益率は不自然に変化していないか。
売掛金が急増していないか。
現金回収が売上増加に追いついているか。
グループ全体の情報と照らし合わせることで、現地だけでは見えなかった異常に気付く場合があります。
親会社の内部統制も重要になる
海外子会社の不正を防ぐ責任を、監査法人だけに求めることもできません。
まず企業グループ自身が適切な管理体制を作る必要があります。
海外子会社からどのような報告を受けるのか。
現地経営者へどこまで権限を与えるのか。
本社の内部監査部門がどのように確認するのか。
内部通報制度が海外でも機能しているのか。
不自然な取引を本社で把握できる仕組みがあるのか。
海外事業が拡大するほど、親会社によるグループ管理が重要になります。
監査は企業自身の管理体制に代わるものではありません。
海外M&Aの後は特に注意が必要になる
日本企業が海外企業を買収した場合、短期間でその会社が連結グループに加わることがあります。
買収前には別の企業文化、会計システム、内部統制で運営されていた会社です。
親会社の管理方法がすぐに浸透するとは限りません。
急速な海外M&Aによって子会社が増えれば、グループ管理が追いつかない可能性があります。
監査でも、新しくグループに加わった会社について、
どのような会計処理をしているのか、
内部統制は機能しているのか、
どこに不正リスクがあるのか、
を慎重に把握する必要があります。
海外不正は日本企業にも重大な影響を与える
海外子会社で粉飾が発覚すれば、問題はその国だけにとどまらない可能性があります。
連結財務諸表の訂正。
過年度決算の修正。
株価への影響。
経営者の責任。
監査への信用低下。
場合によっては企業グループ全体の経営問題へ発展します。
海外売上高の比率が高い企業ほど、海外子会社の会計や内部統制は日本の投資家にとっても重要です。
企業活動がグローバル化すれば、監査もグローバル化せざるを得ません。
結論
海外子会社で起きた不正だからといって、日本の親会社の監査と無関係とは限りません。
海外子会社の数字が連結財務諸表に含まれる以上、グループ全体の監査の中で適切に検討する必要があります。
ただし、日本の監査人が世界中の子会社をすべて直接監査することは現実的ではありません。
そこで現地の監査人と連携しながら、重要性やリスクに応じてグループ監査を行います。
重要なのは、現地監査人に仕事を任せることと、グループ全体を見る責任を手放すことは同じではないという点です。
どの海外子会社にリスクがあるのか。
現地ではどのような監査が行われたのか。
重要な問題は適切に共有されたのか。
グループ全体の情報と矛盾していないか。
国境を越えた企業活動が当たり前になった現在、監査にも国境を越えて数字と実態をつなぐ仕組みが求められています。
中国恒大問題は、国際的な監査ネットワークにおける品質管理と責任の所在という問題を改めて浮き彫りにしています。
次回はこのシリーズの最終回として、生成AIは監査法人の不正発見力を高めるのか、全件データ分析によって監査がどのように変わるのかを取り上げます。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC