自動車教習所の閉校というと、人口減少が進む地方の問題という印象を持つかもしれません。
ところが、東京都内でも教習所の閉校が起きています。
地方では若者や地域人口の減少が大きな問題ですが、都市部ではそれとは異なる事情があります。
公共交通機関が充実しているため自動車を必要としない人が多いことに加えて、教習所が保有する広い土地の価値が高くなっているからです。
利用者が減っている一方、土地を住宅や商業施設など別の用途に利用する価値が高まれば、教習所として営業を続ける経済合理性が低下する場合があります。
都市部の教習所閉校は、少子化と若者のクルマ離れだけでは説明できない問題なのです。
東京でも教習所が閉校している
東京都杉並区にあった杉並自動車学校は2023年8月に閉校しました。
跡地の一部には有料老人ホームが開所する予定とされています。
東京都目黒区の日の丸自動車学校も、2027年3月末で閉校するとされています。
東京都内であれば人口が多いため、教習所経営も安定しているように思えます。
しかし、人口が多いことと自動車免許の需要が大きいことは必ずしも同じではありません。
むしろ都市部だからこそ生じる問題があります。
都市部ではクルマがなくても生活できる
東京などの大都市には鉄道、地下鉄、バスなどの公共交通網があります。
通勤や通学だけではなく、買い物やレジャーにも公共交通機関を利用できます。
自動車を所有していなくても、日常生活に大きな支障がない人は少なくありません。
必要なときだけレンタカーやカーシェアを利用する方法もあります。
タクシーなどの配車サービスも利用できます。
そのため地方と比べると、自動車を所有する必要性そのものが低くなります。
自動車を所有する予定がなければ、運転免許を取得する必要性も低くなります。
人口の多い都市部であっても、教習所の潜在的な顧客が人口に比例して増えるわけではないのです。
都市部では自動車の維持費も高くなる
都市部で自動車を所有する場合、特に大きな負担になるのが駐車場です。
自宅に駐車スペースがなければ、月極駐車場を借りる必要があります。
さらに自動車には保険料、税金、車検費用、燃料費、整備費用などがかかります。
公共交通機関が充実しているにもかかわらず、高い固定費を負担して自動車を所有する必要があるのか。
こう考える人が増えれば、自動車を持たないという選択が合理的になります。
その結果、運転免許の取得についても優先順位が下がる可能性があります。
都市部の教習所は、人口の多さというメリットがある一方で、自動車を必要としない生活環境という逆風も受けているのです。
教習所には広大な土地が必要になる
都市部の教習所を考えるうえで、もう1つ重要なのが土地です。
自動車教習所には技能教習を行うためのコースが必要です。
交差点、坂道、方向転換、縦列駐車などを練習するため、一定規模の敷地を確保しなければなりません。
さらに校舎や駐車場なども必要です。
つまり、教習所は都市部では非常に土地を使う事業です。
地価が低い地域であれば大きな問題にならなくても、地価の高い都市部では事情が違います。
広い土地を教習所として使い続けることには、大きな機会費用が生じます。
土地には別の使い道がある
教習所の土地は、教習所としてしか使えないわけではありません。
立地や用途地域などの条件にもよりますが、住宅、マンション、商業施設、高齢者施設など別の用途へ転換できる場合があります。
都市部では住宅需要もあります。
高齢化が進めば、高齢者施設への需要も考えられます。
教習所として営業を続けた場合に得られる利益と、土地を売却したり別の用途に転換したりした場合の経済価値を比較することになります。
将来の教習生が増えるのであれば、教習所を続ける判断もしやすくなります。
しかし、若者が減り、免許取得者も減少すると予想されるなかでは、別の土地利用が選ばれる可能性が高まります。
再開発が閉校を後押しすることもある
都市部では再開発が活発です。
駅周辺や住宅地などでは、まとまった土地の価値が高くなる場合があります。
教習所は比較的大きな敷地を持つため、再開発の対象になりやすいという特徴があります。
しかも教習所は、店舗のように狭い土地へ簡単に移転できる事業ではありません。
同じ地域で新たに広大な土地を確保しようとすれば、多額の費用が必要になります。
そのため、現在の土地を手放した後、近隣へ移転して営業を続けることが難しい場合があります。
閉校して土地を別用途へ転換するという判断につながりやすいのです。
閉校すると残った教習所に利用者が集中する
都市部の教習所が閉校すれば、免許取得希望者は別の教習所を利用することになります。
一見すると、残った教習所にとっては利用者が増えるため良いことのようにも見えます。
しかし、地域全体で見れば別の問題が生じます。
予約が取りにくくなる可能性があります。
教習所までの移動時間が長くなる人もいます。
仕事や学校の帰りに通えなくなる場合もあります。
その結果、免許取得までの期間が長期化したり、そもそも取得を諦めたりする人が出てくる可能性があります。
教習所の閉校は、周辺の教習所にも影響するのです。
土地を持っているかどうかでも経営判断が変わる
都市部の教習所では、不動産の所有関係も重要になります。
土地を自社で所有している場合、その土地自体が大きな資産になっている可能性があります。
教習所事業の収益性が低下しても、土地価格が上昇していれば、売却によって大きな資金を得られる場合があります。
一方、土地を借りている場合には、賃料上昇が経営を圧迫する可能性があります。
同じ教習所事業でも、不動産を所有しているか借りているかによって経営判断は大きく異なります。
教習所業界を見るときには、本業の収益だけではなく不動産という視点も必要なのです。
地方と都市部では閉校理由が違う
地方と都市部の教習所は、同じように閉校していても背景が異なる場合があります。
地方では人口減少によって商圏そのものが縮小します。
教習生が減り、固定費を維持できなくなることが大きな問題です。
都市部では若者の免許離れに加えて、高い土地価値が影響します。
人口が多くても、自動車を必要としない人が多ければ免許需要は伸びません。
それにもかかわらず、教習所は広大な土地を使用しています。
その土地を別の用途に転換する価値が高くなれば、閉校する経済的な動機が強くなります。
教習所減少を考える場合には、地方と都市部を分けて考える必要があります。
高齢者講習をどこで行うのかという問題も残る
都市部の教習所が減少すると、若者の免許取得だけでなく高齢者講習にも影響します。
70歳以上の運転者が免許を更新する際には、高齢者講習が必要です。
高齢化が進めば、講習を必要とする人は増える可能性があります。
一方、その講習を実施する教習所が減少すれば、残った施設への需要が集中します。
土地の経済価値だけを考えれば、教習所から住宅や商業施設への転換には合理性があるかもしれません。
しかし社会全体で見ると、交通安全教育を担う施設が減少するという別のコストが発生します。
都市計画と交通安全政策を別々に考えることが難しくなる可能性があります。
教習所という土地利用そのものが問われる
これまで自動車教習所は、若者が免許を取得するための施設として当たり前に存在していました。
しかし人口構造が変われば、その土地をどのように使うのが社会全体として望ましいのかという問題が出てきます。
住宅不足への対応に使うのか。
高齢者施設に使うのか。
教習所として交通安全教育のために残すのか。
これは単純な教習所経営の問題ではありません。
都市部の限られた土地を何に使うのかという都市政策の問題でもあります。
結論
都市部の自動車教習所が閉校する背景には、地方とは異なる構造があります。
公共交通機関が充実しているため、自動車を持たなくても生活できます。
自動車の維持費も高く、若者を中心に免許取得の必要性が低下しています。
その一方で、自動車教習所は広大な土地を必要とします。
地価の高い都市部では、その土地を住宅、商業施設、高齢者施設など別の用途に転換する価値が高くなる場合があります。
つまり都市部の教習所は、利用者減少と土地価値上昇という2つの圧力を同時に受けています。
地方では人口減少によって教習所が維持できなくなり、都市部では土地の価値が高いため教習所を維持する合理性が低下する。
理由は違っても、結果として全国で教習所が減少する可能性があります。
これからの教習所問題を考えるときには、免許を取る人が何人いるのかだけではなく、交通安全教育のための土地と施設を社会としてどこまで残すのかという視点も必要になりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年9月28日 「車免許『要らない』 消えゆく教習所 若者の車離れ鮮明、シニアと外国人中心に」
日本経済新聞 2026年9月28日 「高齢者向け再教育の拡充を」